まだ、言えない

怜虎

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1.Rainy season.

再会

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「おっ来たか、吉澤よしざわ


放課後、担任である飯田いいだに呼ばれていた蛍は職員室に来ていた。

声を掛ける前に気付かれ、振り向いてすぐ発せられた大きな声に驚いて寄せた眉間は、少し長くなった前髪に隠れたお陰で気付かれてはいないだろう。

体育会系・熱血教師の代名詞とも言えるこの男。

露骨に嫌な顔なんて流石にしないが、出来れば関わりを最小限にしたい。

担任という時点で無理なのは解っているのだが、こういったいかにもクセのある人間とは関わりたくない。


「わざわざ悪いな」


“悪い” という言葉を使う割には悪びれる様子もなく、暑苦しい笑顔を振り撒きながら言った飯田に、蛍も当たり前のように返す。


「いえ」


「早速で悪いんだが、産休に入るしま先生の代わりに臨時で森田もりた先生という方が今日から来ることになったんだが、これからその先生手伝いを少し頼まれてほしい」


「はい、わかりました」


蛍は少しも迷うことなく、半ば反射的に言葉を返した。


“大人に反発してはいけない”


忘れた筈の苦い思い出が、一瞬にして鈍った感覚を連れ戻す。

心の中ではまず、“面倒”と思った筈だ。

しかしそれと同時に自身が地理の教科係である事も思い出し、無意識の内に諦めたのかもしれない。

前の島の時は一度も手伝いに呼ばれた事がなかったが、初日から呼ばれたことを考えるとこの先も出番は少なくないのだろう。


「吉澤ならそう言ってくれると思ってたよ。
森田先生は第2準備室にいるから、あとは頼んだぞ!」


もやもやと考える蛍の気も知らずに、飯田は再び暑苦しい笑顔を振り撒いて、蛍の肩を力強く叩いた。

調子良くも飯田は、要件だけ伝えると蛍との会話を早々に切り上げ、椅子に座り書き物を始めた。


「はい⋯」


最後に力なく返事だけすると飯田には届いていない様だ。

しっかりと会釈してから職員室を出ると、蛍は仕方なく第2準備室へ向かった。


職員室から第2準備室はそう遠くない。

裏庭での出来事や新しい教科担当の手伝いの事、主には文句あれこれを考えているともう目的地だ。

開きっぱなしのドアをノックしてから失礼しますと断り教室に入る。

教科書を持って質問をしている生徒や、何か問題を起こしたのだろう、説教をする先生と様々。

イメージにそぐわない賑やかしさを感じながら部屋の奥まで進んだ。


この第2準備室は常駐ではない先生がメインで使っている。

謂わば第2職員室だ。

奥に設えられた倉庫に、授業で使う道具を仕舞っていることもあり、他の教科の先生からも真面目な印象が付いているらしい蛍は手伝いによく呼ばれこの教室にも来る機会が多かった。

入口に立って教室2つ分程の大きさがある部屋を見渡すと、ひとりで黙々と作業する見慣れないスーツの男性が目に付いた。

彼が “森田先生” だろうか。


「あの⋯」


少し躊躇いながらも声を掛けると、彼は作業の手を止めずにこちらを振り向いた。

目が合うと同時に彼の動きも止まる。


「⋯⋯」


数秒の沈黙の後、確信に迫る言葉をなんとか絞り出すと、彼もまた驚いて目を見張った。


「もしかして⋯蛍?」


語尾に笑いが混じり震えたその問い掛けに、言葉にならずコクコクと首を縦に振ると、変わらないなと言って目を細め、頭をわしゃわしゃと掻き回された。



ー幼い頃、共働きの両親にかわり何かと面倒を見てくれた、近所に住んでいた頼れるお兄さん。

森田隼人もりたはやとさん、8つ上の現在26歳。

長身で、切れ長の目に眼鏡が知的さを増す、所謂イケメン。

教員になるという自分の夢の為の勉強もあるだろうに、教えるのも身になるからなんて理由をつけて、いつも勉強を見てくれた。

優しくて、恰好良くて、ずっと憧れていた人。



しかし、隼人が大学生の時に留学するからと家を出て以来、一度も会う事はなかった。

今度はいつ会えるだろうと何度も思い出したけど、まさかこんな所で会うなんて思わなかった。

撫で回される手の感触と思い出が、みるみるうちに蛍の顔を赤く染めていく。

久しぶりに会っても、その憧れは全く消えていなくて、嬉しさと緊張で胸が高鳴った。


「変わらないな、すぐ顔赤くなるとこも」


クスクスと笑いながら隼人は、蛍のくしゃくしゃにした髪を整える様に撫でた。


「はや兄⋯」


ごめんと言いながらも髪を撫でる手はいつまでも終わらない。


「恥ずかしいから⋯」

「わかったわかった」


仕上げと言わんばかりに、ぽんぽんと頭をたたいてから手は離れていった。


蛍は火照った頬を手で覆って、小さく深呼吸をする。

隼人を見上げると、懐かしい笑顔がそこにあった。


それから思い出話に花を咲かせながら、蛍は隼人の教師としての準備を手伝った。

蛍は再会できた喜びと、隼人の “先生としての初めての準備“ を手伝える貴重な時間を噛み締めながら、作業を続けた。


“来たのが蛍で良かった”


赤くなるのを面白がって、内緒話の如く隼人は蛍の耳元で囁く。

その反応はいつも新鮮で可愛らしいと隼人は満足そうに笑った。

それでも蛍は、頼りにしてくれた事が、役に立てた事が実感出来て嬉しいと感じていた。

耳まで真っ赤に染まった顔を隠すように、自身の手で抑えながら蛍は照れくさそうに笑った。


「よし、これで最後かな」

「ありがとう、蛍。蛍のお陰で予定よりも大分早く終わったよ」


そう言って隼人は蛍の頭を撫でた。


「はや兄⋯俺、もう高3だよ?」


隼人の目に映る蛍はいつまでも小さな子供というイメージらしい。

こうして頭を撫でて貰うのは嫌ではないが、何よりも恥ずかしさが勝る。

隼人はこれから、臨時とはいえこの学校の教師になる人間だ。


幼馴染みだからといって、 そこら中で頭を撫でられては周りから変な目で見られるのは間違い無い。


「ごめんごめん。懐かしくてつい」

「はや兄は目立つんだから。学校ではそういうの禁止ね」

「ははは⋯わかったよ。
でも、蛍のいる教室で授業をするなんて不思議だな。今から楽しみだ」

「⋯うん」


隼人は、はにかむ蛍の顔を覗き込んでもう一度頭を撫でる。


“一緒に帰りたいところだけど、会議が入っているからまた今度”


そう残して去っていった隼人の後ろ姿を見つめて目を細め、しばらくの間余韻に浸った。

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