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ユーシウス殿下の憂鬱な日常 3

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「身体を鍛えないから、熱など出すんだ」

 熱が下がって一番にやってきたアレクシスは、開口一番そう言った。

 傲慢な言い草だが、王族に次ぐ高位貴族で、互いの祖母が姉妹という間柄。年齢も血も近しい親族だ。幼いころからよく一緒に遊んだ仲で、要するに気心が知れている。

「身体を鍛えようが鍛えまいが、病になるときはなると思うが…………」
「私はここ数年、風邪などひいたことないぞ」

 アレクシスがニヤリとすると、茶を用意していた侍女が頬を染める。
 いつものことだ。寝台に上半身だけ身を起こしていた私は、半眼でそれを眺める。
 アレクシスは老若男女に好かれる。燃え上がる見事な赤毛、太陽のような笑みと態度に、誰もが好感を持つのだ。
 常に一定の距離を置かれる私とは、対極にいる気がする。

「…………これでも一応鍛えてはいる。だが、紅の騎士隊長と一緒にされては困る」
「いや、七日に一度の鍛錬、しかも一時間程度はかなり少ないと思うぞ」

 …………誰だ、私の鍛錬状況を漏らしたのは。
 いや、城の者たちは、アレクシスに尋ねられたら喜んで喋りそうだ。昔からそうやって色んなところから情報を入手していたしな。

「ユーシウスが熱を出すのは久しぶりだな。昔はよく寝込んでいたが」
「……子供のころの話だ」
「事実だろう。同じように遊んでいても、お前だけが熱を出し、私はケロッとしていたものだ」

 懐かしそうに目元を緩め、アレクシスはカップに口をつけた。
 窓から差し込んだ明るい日差しが、優雅に長い脚を組んで椅子に座るアレクシスを照らし出す。いつになく和らいだ空気を纏う姿は、まるで絵画のようだった。

「一応聞いておくが、熱は完全に下がったんだな?」
「そうだな。明日からは執務に戻れるだろう」
「ふむ。午前中に湯で汗を流し、昼食も完食したそうだからな。問題ないか」

 …………どこまで漏れているんだ、私の情報。
 少し気になったが、常に周囲に誰かがいるのが当たり前なのだ。国益を損ねるような情報が流出していれば問題だが、相手はアレクシスだしな、とひとりで納得する。

「ようやく結婚する気になったそうじゃないか」

 当然のようにそんなことを切り出されても、驚きはない。

 寝込みながらも、私は大臣たちに指示を出した。早急に、私の結婚相手にふさわしい女性を見繕うようにと。
 今頃大臣たちが集まって、国益にも繋がる相手を探してくれているだろう。

 自国の令嬢は無理だろうから、他国の王族か高位貴族となるだろうか。

 諸外国の姫の名を思い浮かべていると、アレクシスがカチャリとカップをソーサーに戻し、人払いをした。
 眉根を寄せる私に、「確認したいことがあるんだ」という。

「意中の相手ができたんじゃないのか?」

 真剣な顔をして何を言い出すのかと思えば、アレクシスは突然『婚姻したい』と言い出した私に想い人がいるのかと探りを入れにきたようだ。

「そんな理由ではない」
「では、どんな心境の変化だ? これまで婚姻どころか、婚約の話が出るたびに理由をつけては逃げ回っていたくせに」

 アレクシスの疑問は至極当然であったかもしれない。
 思いがけず様々な条件が重なった結果、私の婚姻は長らく有耶無耶になっていたが…………、それは、私にとって望ましいことだった。

 もしも、レイヴェンが王になりたいというときに、諍いの種は一つでも少ない方が良い。

 体調を崩しやすい私よりも、頑健な弟を。
 争い事を厭う私よりも、やや強引であっても物事を解決する弟を。

 『王族とはこうあるべき』と求められるまま生きてきた自分には、確固たる意志を持って生きるレイヴェンの存在は眩しく、だからこそ引け目を感じる。

 そんな風に考えてしまうことこそ、王に相応しくない証なのではないかと――――ずっと心のどこかで感じていた。
 今思えば、私はそうやって問題を先延ばしにしてきただけなのだが。

 けれど、もうそんなことは言っていられない。

「レイヴェンの為にも、フュレイン王家存続の為にも、私は子を残さねば…………!」

 決意を込め、拳を握る。アレクシスが、「レイヴェン? 子?」と首を傾げた。
 騎士隊長であるアレクシスは、職務の関係上、私よりもレイヴェンやディニアスと接する機会が多い。信用できる人物でもある。しかし、その二人が恋仲だと話すのはまだ早い。

 私は、話題を変えることにした。

「アレクシス。大臣たちがどんな候補を挙げてくると思う? 私は、ガランバードンの姫辺りが有力かと思っているのだが」

 ガランバードンは北方の国だ。あそこの王家は、先祖の悪行のせいでどうしても悪い印象をもたれやすい。そのため、代々王族の婚姻相手に苦慮していると聞く。
 フュレイン王家との婚姻をちらつかせれば、色々と有利な条件をつけることができそうだ。

 確か、ちょうど年齢的にもつり合いがとれたような気がする、と考えていると、アレクシスが口角を上げた。

「馬鹿だな、ユーシウス。我が国は遠い北国の援助を必要としていない。むしろ、民の間でも評判の良くない王家の姫を次期王妃に迎えた方が余計な不安と混乱を招く恐れがあるぞ」

 大真面目な表情でそう告げたアレクシスに、私は瞬きをした。

「…………それほどまでか?」 

 少なくとも、以前何度か公務で会ったことのあるかの国の王太子にそんなふうには感じなかった。正面から見ると、若干額が広いなぁという印象が強く残っている程度だ。

 アレクシスは肩を竦めた。

「古来より根強く残る風評だからな。特に民はこの手の話を好み、面白おかしく脚色する。祖先がしたことで、延々と悪名を語り継がれるのは気の毒だが」

 大臣たちも同じように考えるとしたら、他国の姫の線は消える。
 私は眉を寄せた。

 私の周囲に適齢期の令嬢はいないが、年齢がもっと下になれば、一応、いる。
 しかしそれでは、成人するまで時間を要することになる。レイヴェンの恋路を後押ししたい身としては困るので、一応、適齢期の女性という条件は付けた。だから、あまりに幼い相手は除外されると思うのだが…………

「私の見解を教えてやろう。ユーシウスの相手は我が国の高位の貴族令嬢だ。今頃重臣どもは大神殿へ婚姻の儀の日取りを申し込みでもしているところかな」
「婚姻!?」

 思いがけない言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまった。

「そこはまずは婚約ではないのか?」
「気が変わらないうちにと、向こうも必死だろうよ」

 婚約者の選定からだと悠長に考えていたのだが…………いや、問題はそこではない。今すぐ私と婚姻できるような年回りの令嬢などいないはずだ。
 私の出した条件を無視するということだろうか。それでは困る。
 それに、幼い少女を婚約者に据えるのと、幼いまま妃に迎えるのとでは、かなり意味合いが違ってくる気がする…………



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