記憶堂書店

佐倉ミズキ

文字の大きさ
上 下
24 / 27
三章

あずみ 2

しおりを挟む
翌日。
修也が記憶堂に入った時、なんだか臭いと思った。
独特な鼻を突くような匂い。
強烈というわけではないが、なんだか臭うぞと感じる位に臭みがあった。

「龍臣君、何この臭い?」
「臭い?」

龍臣は首を傾げている。龍臣には感じないのだろうか。何度も鼻をヒクヒクさせているが、わからないようで不思議そうにしていた。

「鼻がマヒしているんじゃないの?」

そう言いながら奥まで来ると、階段下でピタッと足を止めた。
そして、ソロッと二階を見あげる。

「ねぇ、龍臣君。今日、あずみさんは起きて来たの?」
「いや? まだ起きてきていないよ」

そう言われるが、修也は顔をしかめた。

「どうした?」
「この臭い、二階からしている。凄く臭い」
「え?」

龍臣は階段下で修也の隣に立つがやはり何も感じない。
しかし修也は臭そうにしている。

「あずみさんに何かあったんじゃ……?」

そう言われて二階を覗きに行くが、あずみの姿はどこにも見当たらない。
まだ起きていないのだろう。起きていない時のあずみは記憶堂にいても姿も気配も感じられないのだ。
龍臣は修也に首を振るが、修也は険しい顔のままだ。

「やっぱりおかしい。最近のあずみさんの様子も変だし、この臭いといい、何かあったとしか思えないよ。龍臣君、心当たりない?」

そう言われて、龍臣は昨日のお婆さんの言葉を思い出した。
『黒くなってきている』
それはあずみの状態と関係があるのだろうか。
龍臣が最近のあずみの様子とお婆さんの話を修也にすると、修也も大きく頷いた。

「そうかもね。何かあるのかも……。あずみさんは今までとは何か違うもんな」
「……悪霊的なものになってきているってことなのか? あずみが?」
「可能性は否定できないよ。でもそれをどう本人に伝えるかだね」

龍臣はため息をついた。
自分で言っていて少なからずショックだった。

「そのお婆さんが言っていた、あずみさんが自分と同じような経験をしているって言葉も引っかかるね」
「あぁ。あずみが生きていた時に何かあったのかもな」

頷くと、二階からカタンと物音が聞こえた。
二人が振り返って階段の方を振り向くと、薄く透けている人影が見えた。あずみだ。
いや、一瞬あずみだとわかりにくいくらい、その姿はいつもと違った。
いつも一つにリボンで束ねている長い髪は下ろされていた。ボサボサの髪に、俯き加減でのっそりと降りてくる。
修也が息を飲んで龍臣の後ろに隠れた。
明らかにいつものあずみではない。

「あずみ……? どうした?」

龍臣は少しだけ後ずさりをしながら、階段を下りて俯いているあずみにそう声をかけた。
顔を上げてこちらを向いたあずみは、目を真っ赤にして泣きはらした顔をしている。しかしその表情からは感情が読み取れない。
無表情でこちらを見ている。

「あずみさん……?」

修也の声かけにも無反応だ。
そしてしばらく龍臣を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。

「どうしてあの時、来てくれなかったの……?」
「え?」

あずみは一歩ずつ龍臣に向かって歩いて来る。

「私、ずっとあなたを待っていた。きっと迎えに来てくれるって、そう信じていた……。でも結局、あなたは来てくれなかったわ」
「あずみ、何の話をしているんだ?」

あずみにそう問いかけるが、その眼は龍臣を見ながらも『他の誰か』を見ているようだ。
また混同しているのだろうか。
いつも、龍臣を通して見ている誰かと。

「あずみ僕は龍臣だよ。僕には君の話がわからない」
「嘘を言わないで。言い訳なんて聞きたくないわ!」

龍臣の言葉を遮るようにあずみは声高く叫んだ。

「あんなに愛していたのに! どうして!」

あずみが大きな声で叫んだと同時に、あずみから大きな風が巻き起こった。

「うわっ」

修也がたまらず龍臣の服を掴む。
以前、怒った時に巻き起こした風とはまた違う。もっとあずみの身体から発せられるような強い風だ。

「やめろ、あずみ!」

そう叫ぶが、あずみには届いていない。
店がガタガタと大きく揺れ、あらゆる本が巻き上げられている。あずみに近寄ろうにも、風で押されて側にいけない。

「龍臣君、どうしよう! あずみさんには俺たちの声も姿も見えていないんだよ。違う人が見えているみたいだ」

後ろから修也に言われ、龍臣も同意を込めて頷く。
しかし、あずみから発せられるエネルギーがすさまじく、龍臣達は圧倒されるばかりだ。
店の外に目を向けるが、通行人はこちらの様子に気が付いていない。
つまりは外からは何も変わりないように見えているのかもしれなかった。ということは、外部からの助けは求められない。
どうしたらいい?
そう思うが、とりあえずあずみを落ち着かせなければならない。
龍臣は押される体を無理やり動かして、少しでもあずみに近寄ろうとした。
あずみの悲痛なエネルギーに腕や身体がビリビリとしびれる感じを受けながら、必死に手を伸ばした。
そして、やっとあずみの腕に触れた。
その瞬間。
触れたところから眩い光が発せられ、辺り一面、明るい光に包まれた。龍臣は一気に視界が奪われ、たまらず目を強く閉じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...