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三章
あずみ 1
しおりを挟むあの日の一件から、あずみは龍臣に会うとふとした瞬間に恥ずかしそうに照れるそぶりをみせることが多くなった。
まるで恋する乙女だ。
龍臣としてはその反応にどう返していいのかわからないが、あずみが触れてこない限りはとりあえず今まで通り接するようにしている。
以前のように、一週間も現れないとか泣いているとかそういうのではなかったので、それについてはホッと胸をなでおろした。
これで完全に避けられたらたまったものではない。
気まずいことこの上ないし、修也に何を言われるかと思ってしまう。
そして、あずみが今まで以上に龍臣を意識しだすと、それに伴って不可解な言動が増えているように感じていた。
「うわぁ、紅葉よ」
あずみは店の小窓から外をのぞき、赤く色ついた紅葉を見て感嘆の声を上げた。
最近では夕方どころか、龍臣が出勤すると起きてきていることが多くなっていた。それが当たり前に感じる位に。
そして今朝も、龍臣が店先の掃除をして中へ入ると、集められた紅葉をしげしげと眺めていたのだ。
「綺麗ね。これはあそこの大きな紅葉の葉っぱから落ちて来たのかしら?」
「あそこって?」
「あそこよ、ほら、裏の大きな二つの木の……」
「裏のじゃないよ」
「え? そうなの? あの木は切ってしまったのかしら」
あずみは紅葉を見ながらそう話すが、記憶堂の裏は塀になっており、紅葉の木などはない。この集められた紅葉は表通りから舞い落ちて来たものだ。
あずみ自身、そんなことはとうの昔にわかっているはずだ。
龍臣はまたか、と思う反面、以前のようにあずみが自分の発言に疑問を感じなくなっているのが気になっていた。
以前なら、指摘するとハッとした表情になるのに今ではそれもない。
かといって、昔の記憶を思い出している風でもない。
まるで、自分が生きていた頃と現代を混同しているかのような様子なのだ。
あずみがキラキラした表情で紅葉を見つめているため、龍臣は一枚拾ってあずみの目の前に差し出した。
もちろん触れることはできないが、嬉しそうに机に置いてそれを眺めている。
「あずみは秋が好きなのか?」
「そうよ。だってあなたがよく庭の落ち葉で焼き芋をしてくれたじゃない。あれ、楽しかったわ」
あずみは紅葉から目を離さずにそう言う。
もちろん、龍臣はそんなことをしたことがない。
あずみの中で、また誰かと龍臣が混ざっているのだ。
龍臣はこっそりとため息をついた。
そしてあずみの前に静かに立つ。すると、あずみがゆっくりと顔をあげた。
「あずみ、僕は誰?」
そう聞くと、あずみは驚いた顔をした後フフッと笑った。
「どうしたの、龍臣。急に変なことを聞くのね」
その様子に、またため息が出る。
あずみは何も気が付いていないから、龍臣の様子に首を傾げるだけだ。
「そういえば、最近は記憶の本が落ちてこないわね」
「あぁ、確かにそうだな」
最近は静かだなと思っていると、パサッと本が落ちる音がした。
「あら、噂をすればなんとやらね」
本棚の間を見ると、一冊の記憶の本が落ちていた。
手にしてみると、とても軽い。
すると、早々に店の扉が開いた。
「すみません、こちらに私の本がありませんか?」
入ってきたのは身なりの整った上品なお婆さんだった。しっかりしている様子だが、歳の頃だともう80代くらいに見える。
「どうぞ、こちらへ」
そっと手を支えながら、足元に注意してもらってソファーへ案内した。
龍臣は一通り、記憶の世界への話をする。そして、了承を得てからそのお婆さんと記憶の世界へ入って行った。
記憶の世界では、お婆さんが若い頃の話だった。
まだ戦前、学生時代に想いを寄せていた人がいた。しかし、その人は自分の家の使用人。身分が違く、お互い思いあっていたが周囲の反対に会い泣く泣く別れたのだそう。
それから、その使用人の男性とは会えず生きてきたが、晩年になりどうしても一目その人に会いたかったのだと言う。
もし駆け落ちをしていたら、自分はその男性と結ばれていたのだろうかと、そう思って生きてきたのだそうだ。
そして、選択しなかったもう一つの世界では二人は無事に結ばれていた。
それを見て、お婆さんは泣いていたがもう一人の自分が幸せそうにしているところを見て嬉しそうにもしていた。
「良い冥途の土産になりますわ」
現代に戻ってくると、記憶が失われなかったようで涙をふきながら微笑んだ。
そして、机に並べられている紅葉を「あら」と手に取って眺めた。
「綺麗な紅葉ね。彼女のものかしら?」
お婆さんはそう言って、龍臣の肩越しに視線を寄越した。
ギクッとして後ろを振り向くと、そこには硬い表情をしたあずみが立っている。
お婆さんの方は穏やかな表情だ。
見えているということなんだろうか……。
龍臣は変な汗を感じながら、しらを切ることにした。
「えっと……? 彼女のものとは?」
「そこの彼女よ。袴姿の、髪の長い子」
明らかにあずみのことだ。お婆さんにはあずみが見えているということになる。
「私、昔から不思議な物が見える方でね。彼女、生きていないのでしょう? あぁ、怒らないでね。別にどうこうしようとかではないわ」
あずみからは怒りは感じられないが、良く思ってはいなさそうで龍臣はハラハラする。
「でも、あなた……、私と同じような経験があるのではなくて? 私の記憶に強く呼応されているようだわ」
「どういうことですか」
あずみではなく、龍臣が口を開いた。
今のお婆さんの記憶にあずみが反応しているというのか?
もう一度あずみを見るが、表情は硬いもののそれ以外の大きな変化は見られない。
いや、そう感じているのは龍臣だけなのだろうか。
「彼女にも似た経験があるのかもしれないわね」
そう悲し気に微笑みながらお婆さんは席を立った。
「ありがとう、店主さん」
外まで手を引いて送り出すと、お婆さんは丁寧に頭を下げた。
そして、龍臣にだけ聞こえる声で囁いた。
「あなた、彼女を大切に思っているのね。でもね、彼女は死んでいるわ。彼女の一方的な感情ならまだしも、あなたまでがそこに強く反応して共感するとあなたが彼女に引きずられてしまう」
「それは……」
「彼女は黒くなってきている。くれぐれも気を付けてね」
それだけ言うと、お婆さんは微笑んで帰って行った。
その背中を見送りながら、龍臣は唖然としていた。
どういう意味だろう。
あずみの思いに引きずられないようにという忠告はわかった。
そのあとの『黒くなってきている』というのは? 何を指しているのだろう。
あずみの最近の様子と関係あるのだろうか。
龍臣は店の中に視線を向ける。
あずみは先ほどから微動だにせず、同じ場所に突っ立ったままだった。
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