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5.衣食住、ゲット!

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「悪魔様、起きてください」

リユは悪魔様の部屋に入ると寝室で眠る悪魔様を起こした。まぁ、一発で起きるとは思っていない。リユはフライパンを出すとお玉でそれを激しく叩いた。
ガンガンと音が鳴り、ベッドの中の悪魔様は寝ながら耳を塞ぐ。

「リユ! それ、止めろって言ってるだろ!」
「悪魔様が起きないからです」

迷惑そうな声にもひるまず、今日の予定を伝えると悪魔様はのっそりと起き出した。
胸元がはだけたシャツに、寝起きのかすれた声は色気が駄々洩れである。リユは軽く赤面して目をそらした。



「俺の嫁になれ」


そう宣言されたが、現在リユはこの洞窟の屋敷で家政婦として、悪魔様の身の回りの世話をしている。
そう、嫁ではなく家政婦だ。

あの日、嫁になれと言われて目を丸くした。しかし、悪魔様は首を振る。

「本当に嫁になれというわけではない。来月、大王様主催のパーティーがあるんだ。そこにパートナーを連れて行かなければならない。あいにくと今、俺にはそういう相手がいないんだ。だからお前にその相手になってもらう」
「大王様?」
「俺らの頂点にいるジジイだ」
「なるほど……。わかりました。そういうことなら。でも、私なんかでいいんですか?」

リユは自分の貧相な体を見る。
明らかにやせ細り、髪もぼさぼさ。身だしなみを整えたところで、マナーも教養もない。
しかし、悪魔様は気にならないようだ。

「一か月あればなんとかなるだろう。飯を食ってここの図書を読んで勉強しろ。あ、家政婦でも何でもするといったな。そしたら家政婦として掃除洗濯、食事の準備全てを頼むぞ」

眠そうに欠伸をしながら悪魔様は告げた。
部屋はさっきのところを使えと言って悪魔様は二階へ行ってしまった。

その背中を見送る。
つまり、ここに居てもいいということか。良かった。居場所が出来た。

「生きられた……」

安堵のため息が出ると同時に、幼子たちを思い出して涙が溢れてきた。
新しい孤児院なんて嘘だった。奴らは抵抗できない孤児を売っただけなのだ。
院長や村長の言う通り、もしリユがそのことを知ったら知恵を絞って幼子たちを逃がそうとするだろう。あんな幼い子供たちがどうして死ななければならなかったのか。

「ファズ……」

抱き締めた温もりを思い出す。
小さな小さな命だった。リユちゃんと笑顔で抱き着いてくる可愛い子。他の幼子たちも同じだった。リユを誰よりも慕い頼りにしてくれた。
リユも年長者として彼らを弟妹のように感じていた。きっと彼らは、リユの言葉を信じて、疑いもなく隣町の孤児院へ行くと思っていたのだろう。孤児院など行かず、売られるなんて微塵も思いもしない。

たとえ孤児でも、小さな彼らは生きるべきなのに。そんな彼らが助からず、生贄になった自分が助かっている。しかも、生きたいと思ってしまった。悪魔様が人間を食べないと知ってホッとしてしまった。
命を懸けると決心したのに……。

「なんて浅ましい」

この期に及んで命が惜しくなるなんて。
それでも、こうして生きられたことに安堵している自分がいる。


ベッドに寝そべる。温かくてふわふわで清潔だ。こんなところで眠れるなんて今までなら想像すらしなかった。糊のきいた新しいシーツに涙がにじむ。

「ごめんね……。みんな……、ごめんね……」

そんなリユの呟きを、悪魔様は部屋の入口で気配を殺しながら黙って聞いていた。


落ち込んで病んでしまうかもしれない。そんな思いがよぎったが、リユはふさぎ込んだりはしなかった。
翌日にはフライパンをもって悪魔様を元気にたたき起こし、屋敷の掃除から洗濯、食事の準備をこなす。食材は毎朝起きるとキッチンに揃えてあった。

夜中のうちに届くらしい。誰が届けるのかわからないが……。

「便利ね。凄い、肉も魚もあるわ。野菜も切れ端なんかじゃない」

豊富な食材を前に目を輝かせる。

「思ったより元気じゃないか」

眠そうにしながらキッチンに顔を出した悪魔様は、水を飲みながらリユに声をかけた。

「切り替えが早いタイプなんです」
「ふぅん……」

目をそらし、口元に笑みを浮かべてそう答える。
本当は切り替えなんてできていない。まだ幼子たちのことはショックだ。でも目の前の何かに没頭出来ていたら気がまぎれる気がした。
と、同時に、村長や院長が目の前から消えたことに関しては何も感じていなかった。
薄情だと思われるかもしれないが、驚きもせずその事実を自然と受け入れられたのだから不思議だ。

悪魔様はジッとリユを見つめてくる。見透かすような瞳に落ち着かない。

「用意できました。食べましょう」

新鮮な食材を使っての料理は緊張した。
今までは余りものや切れ端ばかりだったから。自分で作っておきながら、豪華な食事に目が自然と輝いた。

「リユも食べろ」
「え? いいんですか?」
「当り前だろう。大王様に会うんだ、少しは太って体を整えろ。毎日、風呂にも入って服も着替えろ。服はお前の部屋のクローゼットにあるだろう」

クローゼットに服?
そう言えば部屋の中をまだよく見ていない。悪魔様がそう言うのなら、食後に見てみようと思った。

まずは食事だ。
肉や野菜、卵、味が付いたスープ。自分で作っておきながら涎が出そうなメニューだ。

「い、いただきます」

一口食べて感激する。思わず、「う~ん!」と唸ってしまった。
美味しい! やはりちゃんとした食材と調味料で作るご飯は格別だ。こんなの初めて食べる。

リユはいつも揃った食材で院長に食事を作っていた。孤児院の子供達が食べられるのは、そこで余ったものだけだ。ちょろまかそうとすると折檻が待っているので、料理の腕だけは上がっていたが食べるのは初めてだ。

「凄く美味しい! お肉なんて何か月ぶりに食べただろう。お野菜もこんなにシャキシャキしているなんて!」

感激するリユに興味なさそうに「そうか」と悪魔様は呟く。

「……あの子たちに食べさせたかった」

思わず心の声が口から洩れる。悪魔様は一瞬目線だけリユに向けるが、何も言わない。食べ終わると席を立った。

「食事が終わって片づけたら、風呂に入れ。お前、臭うぞ」
「す、すみません!」

リユはパッと顔を赤くした。
今までお風呂なんて一週間に一度はいれればいい方だった。暑い季節は水で体を拭いていたが、寒い季節はお湯が使えないので体を拭くのもためらう。
不快な思いをさせてしまった。
それからリユは慌てて食事を済ませ、片付けを済ませると急いで自室へと向かった。

しかし、自室に備え付けられた浴室を見て困った。

「どうやって入ればいいんだろう?」

リユはお風呂の入り方が分からなかったのだ。
いつも体を拭くか、桶に湯を張って入るかしかしていない。こんな立派で広いお風呂など見たことないし入ったこともなかった。
お湯の出し方も何もわからない。
どうしようかと戸惑っていると、部屋がノックされた。

「悪魔様かしら? はーい」

ちょうどいい。使い方を聞こうと、扉を開けるとそこには誰もいない。

「あれ? 聞き間違いだったかな?」

首をかしげて部屋に戻ろうとすると、小さな咳払いが聞こえた。

「え?」
「ここでございます」

頭上から声がして顔を上げる。
するとそこには――。

「えぇ!?」
「初めまして。リユ嬢。私、使い魔のジュピと申します。以後お見知りおきを」

きちんとスーツを着て、グレーの髪をオールバックにし、眼鏡をかけた男性がいた。しかし驚きなのはそのサイズだ。
手のひらサイズの二頭身。まるで人型のお人形がふわふわと浮いているのだ。よく見ると、その背中には黒い羽根がぱたぱたと動いている。

「な、なに!?」
「ですから使い魔のジュピです。あなたがまだこの屋敷になれていないだろうからと、ご主人様に申し付かって来ました。勉強とか家事とかちゃんとやるかどうか、監視して指導せよとのことです」
「は、はぁ……」

ジュピの言葉に小さく頷く。
監視されるのはあまりうれしくないが、いろいろと教えてもらえるのはありがたい。
だがしかし、目の前のジュピの姿にリユは混乱した。人間の住む世界ではありえない。だがしかし、相手は悪魔様だ。そもそも人ではない。
村長や院長を消した時も、きっと魔法のようなものでやったのだろうし、そう考えるとジュピのような使い魔がいてもおかしなことではないのだろう。

「とりあえず、お風呂に入りましょう」

ジュピはその小さな鼻を小さな指でつまんで顔を歪めた。



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