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2.悪魔の正体
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「リユちゃんは行かないの?」
ファズは大きなリュックを背負ったまま、泣きそうな顔で目の前のリユに問いかける。リユはそんなファズを安心させるように微笑んだ。
「ごめんね。私は町へ行って仕事をすることが決まったの。大きな町よ。そこで元気に働いているからね。隣村へは一緒には行けないけど、いつまでもみんなのことは忘れないわ。いつまでもずっと大好きよ」
幼子たちを順番に抱きしめる。
温かいぬくもり。幼い子特有の甘い香り。もう二度と会うことはない。リユは溢れそうな涙をこらえて、元気なそぶりを見せる。
あれから一週間もたたずに孤児院は閉鎖になった。
今日、幼子たちはまとめた荷物を背負いながら、隣村から来た孤児院の院長に連れられて村を出て行く。リユと離れるのが寂しくて全員泣いていたが、リユは泣き顔を見せまいと笑顔で大きく手を振った。
隣村の院長は穏やかそうな老人だ。きっと優しくしてくれるに違いない。
あの子たちが今までよりも多くのご飯を食べて、安心して暖かい布団で眠る生活を送れるなら、リユは自分の命など惜しくはないと思うようになっていた。
幼子たちが見えなくなるまで、リユはずっと大きく元気に手を振っていた。聞こえないとわかっていても「元気でね!」「大好きよ!」そう叫んでいた。
「さて、行くよ! さっさとしな!」
幼子たちが見えなくなった道を名残惜し気に見ていると、後ろから院長先生に小突かれた。
リユはこれから身を清め、清潔な布をまとい、村人たちに連れられてエトラン山へと向かう。そして悪魔様が住むと言われている洞窟まで行き、そこで祈りを捧げながら死を待つのだ。
平然と自分を生贄にする村のために祈りをささげることができるだろうか。
いや、きっとリユは出来てしまう。
両親に捨てられ、たどり着いたこの村の孤児院に引き取られ、粗末ながらも食べ物も着る物も住むところも与えてもらった。
本当ならば、もっと昔に失っていたかもしれないこの命をここまで繋ぎ止められたのだ。
(辛いながらも、あの子たちとの生活は楽しかった。だからこそ、今までの感謝を込めて祈りをささげよう)
人を恨むのは簡単だ。しかし、面倒見がよく心根が優しいリユにはそれが出来なかった。
最後に誰かの役に立てるなら……。
孤児の自分がここまで生きてきた意味があるというものだ。
太めの木の枝とわらで作られた簡易的な輿に乗って、リユはロープで縛られながら村長や村の男たちの手によってエトラン山へと運ばれた。
山に近づくたびに体が凍えそうなほど寒くなる。歯の根が合わないほど震えながら複雑な山道を行き、気が付けば洞窟の前まで運ばれていた。
それなりに歩いたのだろう。村人たちは疲れたようにぐったりとしている。
大人の足でも大変だったのだから、リユがここから逃げてどこかへ行こうとしてもそれは叶わないだろう。
輿を降りてロープがほどかれる。促されるまま、リユは洞窟の入口へと向かった。
そこで立ち止まると、村長が声を張り上げた。
「エトラン山に住む悪魔様! 本日は生贄を持ってまいりました。貧相な娘ではありますが、まだ若い生娘でございます。どうぞこれでお怒りを鎮め下さいませ! なにとぞ! なにとぞ!」
村長と村人たちは膝をつき土下座をして手を合わせた。
同じ言葉を二度繰り返して深々と頭を下げた後、彼らはリユを残して下山を始める。誰一人、別れの言葉をかけることも振り返ることもなかった。
(行ってしまったわ……)
一抹の寂しさを感じつつも、寒さがこらえきれずいそいそと洞窟の中へと入る。まだ外にいるよりは風も寒さもしのげそうだ。
「大きい洞窟ね。どこまで行けばいいのかしら」
どこまでも続いている様で、奥は真っ暗で何も見えない。暗い洞窟内を明かりもなく歩くのは少し怖かった。
奥に進めば進むほど、寒さは多少和らいだ。どこかで行き止まりになるだろう。そしたらそこで、ゆっくりと時がたつのを待てばいい。
しかしその前に、足がもつれて転んでしまう。
「いたた……」
捻ったのだろうか、足が動かない。
「ここでお仕舞かな……」
ハァとため息をついてその場に座り、壁にもたれ掛かる。
新しい服を着せられても、生地はペラペラだ。素足にボロボロの靴では足が凍えるのも早い。感覚など当の昔になくなっていた。
洞窟の壁も冷たいとすら感じない。それほど体が冷え切っているのだ。意識が揺らいでいくのが分かった。目がかすむ。
「悪魔様……、私なんかが生贄になったところで満足してくれるのかしら……。こんな貧相な娘を差し出しやがってって怒らないかな……。骨と皮だけだから、食べ応えがないだろうし……」
あぁ、出来れば完全に死んでから食べてほしい。痛いのは嫌だから。
そんなことを思いながら目を閉じる。
すると……。
「今度の生贄はまだ子供じゃねぇか」
遠のく意識の中で、そんなうんざりした声が聞こえた。うっすらと目を開けると、目の前には小さな男の子がいる。黒い服を着た、黒髪でクリッとした目が可愛らしい。しかしその瞳の奥は鋭く光っている。赤い唇がため息をついた。
「生贄なんて100年ぶりぐらいだぜ」
呆れたような、面倒くさそうな顔をして自分の髪をクシャっとしていた。
この人が悪魔様? それにしてはまだ幼い。見たところ、7、8歳くらいの少年だ。
「ようこそ、悪魔の洞窟へ」
少年は苦笑しながら呟いた。
ファズは大きなリュックを背負ったまま、泣きそうな顔で目の前のリユに問いかける。リユはそんなファズを安心させるように微笑んだ。
「ごめんね。私は町へ行って仕事をすることが決まったの。大きな町よ。そこで元気に働いているからね。隣村へは一緒には行けないけど、いつまでもみんなのことは忘れないわ。いつまでもずっと大好きよ」
幼子たちを順番に抱きしめる。
温かいぬくもり。幼い子特有の甘い香り。もう二度と会うことはない。リユは溢れそうな涙をこらえて、元気なそぶりを見せる。
あれから一週間もたたずに孤児院は閉鎖になった。
今日、幼子たちはまとめた荷物を背負いながら、隣村から来た孤児院の院長に連れられて村を出て行く。リユと離れるのが寂しくて全員泣いていたが、リユは泣き顔を見せまいと笑顔で大きく手を振った。
隣村の院長は穏やかそうな老人だ。きっと優しくしてくれるに違いない。
あの子たちが今までよりも多くのご飯を食べて、安心して暖かい布団で眠る生活を送れるなら、リユは自分の命など惜しくはないと思うようになっていた。
幼子たちが見えなくなるまで、リユはずっと大きく元気に手を振っていた。聞こえないとわかっていても「元気でね!」「大好きよ!」そう叫んでいた。
「さて、行くよ! さっさとしな!」
幼子たちが見えなくなった道を名残惜し気に見ていると、後ろから院長先生に小突かれた。
リユはこれから身を清め、清潔な布をまとい、村人たちに連れられてエトラン山へと向かう。そして悪魔様が住むと言われている洞窟まで行き、そこで祈りを捧げながら死を待つのだ。
平然と自分を生贄にする村のために祈りをささげることができるだろうか。
いや、きっとリユは出来てしまう。
両親に捨てられ、たどり着いたこの村の孤児院に引き取られ、粗末ながらも食べ物も着る物も住むところも与えてもらった。
本当ならば、もっと昔に失っていたかもしれないこの命をここまで繋ぎ止められたのだ。
(辛いながらも、あの子たちとの生活は楽しかった。だからこそ、今までの感謝を込めて祈りをささげよう)
人を恨むのは簡単だ。しかし、面倒見がよく心根が優しいリユにはそれが出来なかった。
最後に誰かの役に立てるなら……。
孤児の自分がここまで生きてきた意味があるというものだ。
太めの木の枝とわらで作られた簡易的な輿に乗って、リユはロープで縛られながら村長や村の男たちの手によってエトラン山へと運ばれた。
山に近づくたびに体が凍えそうなほど寒くなる。歯の根が合わないほど震えながら複雑な山道を行き、気が付けば洞窟の前まで運ばれていた。
それなりに歩いたのだろう。村人たちは疲れたようにぐったりとしている。
大人の足でも大変だったのだから、リユがここから逃げてどこかへ行こうとしてもそれは叶わないだろう。
輿を降りてロープがほどかれる。促されるまま、リユは洞窟の入口へと向かった。
そこで立ち止まると、村長が声を張り上げた。
「エトラン山に住む悪魔様! 本日は生贄を持ってまいりました。貧相な娘ではありますが、まだ若い生娘でございます。どうぞこれでお怒りを鎮め下さいませ! なにとぞ! なにとぞ!」
村長と村人たちは膝をつき土下座をして手を合わせた。
同じ言葉を二度繰り返して深々と頭を下げた後、彼らはリユを残して下山を始める。誰一人、別れの言葉をかけることも振り返ることもなかった。
(行ってしまったわ……)
一抹の寂しさを感じつつも、寒さがこらえきれずいそいそと洞窟の中へと入る。まだ外にいるよりは風も寒さもしのげそうだ。
「大きい洞窟ね。どこまで行けばいいのかしら」
どこまでも続いている様で、奥は真っ暗で何も見えない。暗い洞窟内を明かりもなく歩くのは少し怖かった。
奥に進めば進むほど、寒さは多少和らいだ。どこかで行き止まりになるだろう。そしたらそこで、ゆっくりと時がたつのを待てばいい。
しかしその前に、足がもつれて転んでしまう。
「いたた……」
捻ったのだろうか、足が動かない。
「ここでお仕舞かな……」
ハァとため息をついてその場に座り、壁にもたれ掛かる。
新しい服を着せられても、生地はペラペラだ。素足にボロボロの靴では足が凍えるのも早い。感覚など当の昔になくなっていた。
洞窟の壁も冷たいとすら感じない。それほど体が冷え切っているのだ。意識が揺らいでいくのが分かった。目がかすむ。
「悪魔様……、私なんかが生贄になったところで満足してくれるのかしら……。こんな貧相な娘を差し出しやがってって怒らないかな……。骨と皮だけだから、食べ応えがないだろうし……」
あぁ、出来れば完全に死んでから食べてほしい。痛いのは嫌だから。
そんなことを思いながら目を閉じる。
すると……。
「今度の生贄はまだ子供じゃねぇか」
遠のく意識の中で、そんなうんざりした声が聞こえた。うっすらと目を開けると、目の前には小さな男の子がいる。黒い服を着た、黒髪でクリッとした目が可愛らしい。しかしその瞳の奥は鋭く光っている。赤い唇がため息をついた。
「生贄なんて100年ぶりぐらいだぜ」
呆れたような、面倒くさそうな顔をして自分の髪をクシャっとしていた。
この人が悪魔様? それにしてはまだ幼い。見たところ、7、8歳くらいの少年だ。
「ようこそ、悪魔の洞窟へ」
少年は苦笑しながら呟いた。
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