上 下
2 / 10

2.悪魔の正体

しおりを挟む
「リユちゃんは行かないの?」

ファズは大きなリュックを背負ったまま、泣きそうな顔で目の前のリユに問いかける。リユはそんなファズを安心させるように微笑んだ。

「ごめんね。私は町へ行って仕事をすることが決まったの。大きな町よ。そこで元気に働いているからね。隣村へは一緒には行けないけど、いつまでもみんなのことは忘れないわ。いつまでもずっと大好きよ」

幼子たちを順番に抱きしめる。
温かいぬくもり。幼い子特有の甘い香り。もう二度と会うことはない。リユは溢れそうな涙をこらえて、元気なそぶりを見せる。

あれから一週間もたたずに孤児院は閉鎖になった。
今日、幼子たちはまとめた荷物を背負いながら、隣村から来た孤児院の院長に連れられて村を出て行く。リユと離れるのが寂しくて全員泣いていたが、リユは泣き顔を見せまいと笑顔で大きく手を振った。
隣村の院長は穏やかそうな老人だ。きっと優しくしてくれるに違いない。
あの子たちが今までよりも多くのご飯を食べて、安心して暖かい布団で眠る生活を送れるなら、リユは自分の命など惜しくはないと思うようになっていた。

幼子たちが見えなくなるまで、リユはずっと大きく元気に手を振っていた。聞こえないとわかっていても「元気でね!」「大好きよ!」そう叫んでいた。

「さて、行くよ! さっさとしな!」

幼子たちが見えなくなった道を名残惜し気に見ていると、後ろから院長先生に小突かれた。

リユはこれから身を清め、清潔な布をまとい、村人たちに連れられてエトラン山へと向かう。そして悪魔様が住むと言われている洞窟まで行き、そこで祈りを捧げながら死を待つのだ。

平然と自分を生贄にする村のために祈りをささげることができるだろうか。
いや、きっとリユは出来てしまう。
両親に捨てられ、たどり着いたこの村の孤児院に引き取られ、粗末ながらも食べ物も着る物も住むところも与えてもらった。
本当ならば、もっと昔に失っていたかもしれないこの命をここまで繋ぎ止められたのだ。

(辛いながらも、あの子たちとの生活は楽しかった。だからこそ、今までの感謝を込めて祈りをささげよう)

人を恨むのは簡単だ。しかし、面倒見がよく心根が優しいリユにはそれが出来なかった。
最後に誰かの役に立てるなら……。
孤児の自分がここまで生きてきた意味があるというものだ。


太めの木の枝とわらで作られた簡易的な輿に乗って、リユはロープで縛られながら村長や村の男たちの手によってエトラン山へと運ばれた。
山に近づくたびに体が凍えそうなほど寒くなる。歯の根が合わないほど震えながら複雑な山道を行き、気が付けば洞窟の前まで運ばれていた。
それなりに歩いたのだろう。村人たちは疲れたようにぐったりとしている。
大人の足でも大変だったのだから、リユがここから逃げてどこかへ行こうとしてもそれは叶わないだろう。

輿を降りてロープがほどかれる。促されるまま、リユは洞窟の入口へと向かった。
そこで立ち止まると、村長が声を張り上げた。

「エトラン山に住む悪魔様! 本日は生贄を持ってまいりました。貧相な娘ではありますが、まだ若い生娘でございます。どうぞこれでお怒りを鎮め下さいませ! なにとぞ! なにとぞ!」

村長と村人たちは膝をつき土下座をして手を合わせた。
同じ言葉を二度繰り返して深々と頭を下げた後、彼らはリユを残して下山を始める。誰一人、別れの言葉をかけることも振り返ることもなかった。

(行ってしまったわ……)

一抹の寂しさを感じつつも、寒さがこらえきれずいそいそと洞窟の中へと入る。まだ外にいるよりは風も寒さもしのげそうだ。

「大きい洞窟ね。どこまで行けばいいのかしら」

どこまでも続いている様で、奥は真っ暗で何も見えない。暗い洞窟内を明かりもなく歩くのは少し怖かった。
奥に進めば進むほど、寒さは多少和らいだ。どこかで行き止まりになるだろう。そしたらそこで、ゆっくりと時がたつのを待てばいい。

しかしその前に、足がもつれて転んでしまう。

「いたた……」

捻ったのだろうか、足が動かない。

「ここでお仕舞かな……」

ハァとため息をついてその場に座り、壁にもたれ掛かる。
新しい服を着せられても、生地はペラペラだ。素足にボロボロの靴では足が凍えるのも早い。感覚など当の昔になくなっていた。

洞窟の壁も冷たいとすら感じない。それほど体が冷え切っているのだ。意識が揺らいでいくのが分かった。目がかすむ。

「悪魔様……、私なんかが生贄になったところで満足してくれるのかしら……。こんな貧相な娘を差し出しやがってって怒らないかな……。骨と皮だけだから、食べ応えがないだろうし……」

あぁ、出来れば完全に死んでから食べてほしい。痛いのは嫌だから。

そんなことを思いながら目を閉じる。

すると……。

「今度の生贄はまだ子供じゃねぇか」

遠のく意識の中で、そんなうんざりした声が聞こえた。うっすらと目を開けると、目の前には小さな男の子がいる。黒い服を着た、黒髪でクリッとした目が可愛らしい。しかしその瞳の奥は鋭く光っている。赤い唇がため息をついた。

「生贄なんて100年ぶりぐらいだぜ」

呆れたような、面倒くさそうな顔をして自分の髪をクシャっとしていた。

この人が悪魔様? それにしてはまだ幼い。見たところ、7、8歳くらいの少年だ。

「ようこそ、悪魔の洞窟へ」

少年は苦笑しながら呟いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

処理中です...