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8.眉間の皴の謎
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ある日の朝。コーラン様が朝一番に部屋にやってきた。
そして、今日の昼前に国王陛下へご挨拶へ行くと言われたのだ。
「ユアン様と揃って陛下に結婚のご挨拶をしていただきます」
そう言うと、国王への挨拶や手順を一通り教えてくれた。そしてすぐ、慌ててリリーさんと支度を始めたのだ。
国王陛下がお好きだという淡い紫色のドレスに、控えめなアクセサリー。そして、私の強い希望で、白い小さくてシンプルなトークハットを被り目元部分をレースで覆った。
これなら国王に面会してもジュアナではないと疑われることはない。
(それにしても……、ユアン王子と一緒か……)
あの気まずいランチから1週間。
その間、ユアン王子は公務で外出することが多く、ランチを共にすることはなかった。だから正直、少しホッとしていた。
私との無駄な時間をお仕事に費やしてもらえる、顔を見なくて済むからジュアナお嬢様だと気が付かれるリスクが減る、そんなことばかりを考えていた。
そんなことばかり……、ではないけれど。
ユアン王子には迷惑をかけたくない。顔を合わせるのは気まずい。それなのに、心のどこかで私のことを気にしてほしい、見てほしいと思っている。
それが何故だかは……、わからないのだけれど。
そんな話をすると、リリーさんに同情された。
「ジュアナ様……。そこまでして、ユアン王子様のことを気にかけなくてよろしいかと思いますよ。使用人たちは皆、ジュアナ様を気の毒に思っています。あの王子様に無理やり嫁がされたと……。こう言っては何ですが、政略結婚なのですから無理に夫婦であろうとしなくても大丈夫ですよ。先の国王と女王もそうでしたから……」
慰める様に、優しくそう話してくれた。リリーさんには私がどうにかして夫婦らしく出来るよう、無理をしているように映るようだ。
(別に無理して気にかけているわけではないんだけど……。ただ常にユアン王子が頭に浮かぶのよね)
リリーさんには曖昧に笑みを返した。
そんなことを思い出しながら、国王陛下に挨拶へ行く途中。
トークハットのレースの間から、隣を歩くユアン王子をそっと見上げた。背が高いので、顔は見えずらい。ただ、眉間にしわが寄っているのだけはよくわかる。
(私を紹介するのがそんなに嫌かしら……。それとも隣を歩くのも嫌?)
どんどんと卑屈になっていく自分に内心ため息をつく。
そして、ハッとした。
(まさか、王子は私の正体に気が付いている? だからこんなにも嫌そうにしているのかしら。国王陛下に挨拶へ行くのも名目で、本当は私に処罰を……)
そんなことを考えて血の気が引いた。ランチの時はなるべく俯いていたが、トークハットなどで顔は隠さなかった。
もしかしたら、ジュアナではないと気が付いていたのかもしれない。
(あり得るわ。どうしよう……。処刑だけはどうしても避けたい。死ぬのだけは嫌……)
私は意を決して声を出した。
「あ、あの……」
すると、怪訝そうにコーラン様とユアン王子が立ち止まって振り返った。無言の圧に言葉が詰まる。
「あの……、その、私……」
(あぁ、どうしよう……。言葉が続かない……。呼び止めたはいいけれど、なんて言えばいいの……)
私が青い顔で言葉を詰まらせていると、コーラン様がユアン王子に目くばせをした。それを受け、ユアン王子は少し気まずそうに頭をかいて私に向き合う。
「あ~、なんだ、その……。悪かった」
「え……?」
「この間の事。俺はお前とのランチタイムを短縮したいとか、嫌だとかは思っていない。気楽に食べて、リラックスしながら過ごしたいと思っているだけだ」
「……はい?」
一体何の話なのか分からず、キョトンとしてしまったが、どうやら先日のランチ時の態度を謝ってくれていると気が付いた。
「とんでもないです! 謝らないでください。ユアン王子がお忙しいのは承知しております。私なんかのためにわざわざあのような場を設けてくださったのも……」
「だから、そうじゃない。俺がそうしたくてしているんだ。お前は何も気にするな!」
シュンと俯く私にユアン王子は少しばかり焦った様子でそう弁解した。
王子の初めて見る様子に思わず目を瞠る。
(こんなに困った様子のユアン王子は初めて見たわ。能面のような顔が変わった……)
驚く私に気にも留めず、さらに王子は言った。
「それと、今俺が不機嫌なのは国王に会いに行くからであって、お前が原因とかではない。そこは勘違いするな」
真剣な顔で真っすぐ見つめられ、釣られるようにコクリと頷く。
嘘は言っていないと思う。本当に、私が理由でというわけではないなら安心だ。
今、私が不安に思って言いたかったこととは違ったが、ユアン王子なりに様子を察して原因を解決しようとしてくれたのだろう。
私のことが嫌でというわけではないなら、そこは少しホッとする。そしてひとつ気になることを尋ねてみた。
「わかりました。あの、ユアン王子は陛下とお会いしたくはないのですか?」
眉間の皴は国王に挨拶へ行くせいだという。
国王とはいえ、自分の親だ。そこまで嫌そうな顔をしなくてもと思うが、何かあるのだろうか。
「国王とはあまり馬が合わない。子供の頃から、極力会いたい人ではなかったんだ」
「そう……ですか……」
ユアン王子は心底嫌そうにため息をつく。
親子でもいろんな人がいる。親子とはいえ、性格や考えが合わない場合もあるだろう。特に、国王とその息子という特殊な環境においてはなおさらだ。
私はそれ以上突っ込むことは止めた。
「だから、別にお前がどうとかいうことではないから。そこだけは忘れるな」
「はい。ありがとうございます」
念を押すような言い方をするユアン王子に思わず笑みが浮かぶ。
必死に誤解を解こうとするユアン王子の姿が身近に感じられたのだ。
(冷徹の王子の人間らしい所を垣間見れた気がする)
そう感じるだけで、胸の中がほっこりと温かくなるのを感じた。自分はなんて単純なんだろう。それでも、夫となる人の冷たい部分以外が見れたのが嬉しかったのだ。
ユアン王子は少し気恥ずかしそうに頬をかくと、「行くぞ」と促して先を歩きだした。チラッとコーラン様を見ると、笑みを浮かべながら私に軽く頷く。
先ほどとは違い、胸が温かい状態のまま国王陛下の居室へと向かった。
国王陛下は城のさらに奥にある別塔に居を構えていた。
(国王陛下は体調を崩されていると聞いていたけれど、挨拶に伺って大丈夫なのかしら……)
ユアン王子が国王の代理を務めているのは、国民でも承知のことだ。噂だと、陛下は余り状態がよろしくないとか。
儀式的な物とはいえ、居室にまで伺って挨拶しても良いのか不安はあった。かといって、いつまでも挨拶なしというのも良くはないが……。
塔に入ると手厚い衛兵らの警護があり、重厚感や圧迫感を感じてしまう。緊張が高まる中、ついに国王の居室へ到着した。
国王の居室の前では、側近と思われる年配の男性が私たちを待っていた。
「お待ちしておりました、ユアン王子殿下、ジュアナ様」
男性は恭しく挨拶をすると、私に向き直り「バーガス」と名乗った。私も挨拶を返すが、バーガスはにこりともせず無表情で感情が読めない。
「陛下がお待ちです」
そう一言言うと、部屋の扉を叩いて中に声をかけた。中からくぐむった声が聞こえる。扉が開かれると、中から強い香水のような異国の香炉のような香りがした。
そっとユアン王子を見上げると、香りをかいで益々眉間の皴が濃くなる。
部屋の中はシンプルで、奥のベッドで国王陛下が侍女らに支えられながらゆっくりと体を起こすのが見えた。
「来たか」
低くかすれた声は覇気がない。遠目からでもわかるやせ細った体だ。
(体調が思わしくはないとは聞いていたけれど、まさかここまでとは……)
想像以上の弱りぶりに小さく息を飲む。部屋の入口でユアン王子が動こうとしないため、私もそれ以上は中には入らず国王陛下とは距離を保ったままだ。
「お前がジュアナか。もっとこっちへ」
震える手で手招きをされるので、ついユアン王子を向上げる。眉間にしわを寄せたまま頷かれたので、おずおずと部屋の真ん中まで近寄った。
「ジュアナと申します。お目にかかれて光栄でございます」
「うむ」
私の挨拶に頷くと、国王陛下は咳き込んだ。側にいた侍女たちが背中をさすったりお茶を差し出したりしている。
「私からお前に言うことはひとつだ」
咳が落ち着くと、やや辛そうに国王は声を出す。しかし、顔を上げたその瞳には強い意志が宿っていた。
「世継ぎは必ず産め。それは男でならなくてはいけない」
「世……継ぎ……」
唐突な話に面食らう。しかし、国王陛下はいたって真面目な様子だ。
私を真っすぐ見つめてくる目は、どこかしらかユアン王子と似ている。しかし、その瞳は病気とは思えないくらい力強く、圧倒させるものがあった。その瞳と、出てきた発言に思わず怯む。
(急に世継ぎだなんて……。しかも男? そんなことを言われても……)
結婚生活の事なんてまだ何も考えられていなかった。いや、想像すらしていない。それを急に子供の話をされても戸惑うだけだ。
「父上。急にそんな話をされても、ジュアナが困っています」
「急ではない。王子妃になるなら、それは当然のことだ。ユアン、もしこの娘が男を産めなかったら側室を持ってそいつに産んでもらえ」
至極当然なことの様に言い放つ。ユアン王子は面倒くさそうにため息をついた。
「俺は側室などいらない。子供は別に男でも女でも構わない」
「そうはいかない。お前は国王となる身だ。国の未来を一番に考えねばならない」
「ろくにそれが出来なかった奴が言うセリフかよ」
ユアン王子は国王陛下の言葉に、呟くようにそう吐き捨てた。
「今後のことは何も心配いりません。あなたはご自分の体だけを心配していればいいんです」
冷たく突き放った言い方をして、ユアン王子は私の腕を取ると出口の方へと向かった。
「ユアン王子っ」
グイグイと引っ張られ、転ばないよう必死についていく。すると、後ろから国王陛下が忌々しそうな声で言った。
「お前は相変わらず親にも冷たいな。さすがはあの出来損ないの女の息子だ」
国王陛下は絞り出すように大きな声でそう言うが、ユアン王子は振り返りもせずに国王の居室を出て行ったのだった。
そして、今日の昼前に国王陛下へご挨拶へ行くと言われたのだ。
「ユアン様と揃って陛下に結婚のご挨拶をしていただきます」
そう言うと、国王への挨拶や手順を一通り教えてくれた。そしてすぐ、慌ててリリーさんと支度を始めたのだ。
国王陛下がお好きだという淡い紫色のドレスに、控えめなアクセサリー。そして、私の強い希望で、白い小さくてシンプルなトークハットを被り目元部分をレースで覆った。
これなら国王に面会してもジュアナではないと疑われることはない。
(それにしても……、ユアン王子と一緒か……)
あの気まずいランチから1週間。
その間、ユアン王子は公務で外出することが多く、ランチを共にすることはなかった。だから正直、少しホッとしていた。
私との無駄な時間をお仕事に費やしてもらえる、顔を見なくて済むからジュアナお嬢様だと気が付かれるリスクが減る、そんなことばかりを考えていた。
そんなことばかり……、ではないけれど。
ユアン王子には迷惑をかけたくない。顔を合わせるのは気まずい。それなのに、心のどこかで私のことを気にしてほしい、見てほしいと思っている。
それが何故だかは……、わからないのだけれど。
そんな話をすると、リリーさんに同情された。
「ジュアナ様……。そこまでして、ユアン王子様のことを気にかけなくてよろしいかと思いますよ。使用人たちは皆、ジュアナ様を気の毒に思っています。あの王子様に無理やり嫁がされたと……。こう言っては何ですが、政略結婚なのですから無理に夫婦であろうとしなくても大丈夫ですよ。先の国王と女王もそうでしたから……」
慰める様に、優しくそう話してくれた。リリーさんには私がどうにかして夫婦らしく出来るよう、無理をしているように映るようだ。
(別に無理して気にかけているわけではないんだけど……。ただ常にユアン王子が頭に浮かぶのよね)
リリーさんには曖昧に笑みを返した。
そんなことを思い出しながら、国王陛下に挨拶へ行く途中。
トークハットのレースの間から、隣を歩くユアン王子をそっと見上げた。背が高いので、顔は見えずらい。ただ、眉間にしわが寄っているのだけはよくわかる。
(私を紹介するのがそんなに嫌かしら……。それとも隣を歩くのも嫌?)
どんどんと卑屈になっていく自分に内心ため息をつく。
そして、ハッとした。
(まさか、王子は私の正体に気が付いている? だからこんなにも嫌そうにしているのかしら。国王陛下に挨拶へ行くのも名目で、本当は私に処罰を……)
そんなことを考えて血の気が引いた。ランチの時はなるべく俯いていたが、トークハットなどで顔は隠さなかった。
もしかしたら、ジュアナではないと気が付いていたのかもしれない。
(あり得るわ。どうしよう……。処刑だけはどうしても避けたい。死ぬのだけは嫌……)
私は意を決して声を出した。
「あ、あの……」
すると、怪訝そうにコーラン様とユアン王子が立ち止まって振り返った。無言の圧に言葉が詰まる。
「あの……、その、私……」
(あぁ、どうしよう……。言葉が続かない……。呼び止めたはいいけれど、なんて言えばいいの……)
私が青い顔で言葉を詰まらせていると、コーラン様がユアン王子に目くばせをした。それを受け、ユアン王子は少し気まずそうに頭をかいて私に向き合う。
「あ~、なんだ、その……。悪かった」
「え……?」
「この間の事。俺はお前とのランチタイムを短縮したいとか、嫌だとかは思っていない。気楽に食べて、リラックスしながら過ごしたいと思っているだけだ」
「……はい?」
一体何の話なのか分からず、キョトンとしてしまったが、どうやら先日のランチ時の態度を謝ってくれていると気が付いた。
「とんでもないです! 謝らないでください。ユアン王子がお忙しいのは承知しております。私なんかのためにわざわざあのような場を設けてくださったのも……」
「だから、そうじゃない。俺がそうしたくてしているんだ。お前は何も気にするな!」
シュンと俯く私にユアン王子は少しばかり焦った様子でそう弁解した。
王子の初めて見る様子に思わず目を瞠る。
(こんなに困った様子のユアン王子は初めて見たわ。能面のような顔が変わった……)
驚く私に気にも留めず、さらに王子は言った。
「それと、今俺が不機嫌なのは国王に会いに行くからであって、お前が原因とかではない。そこは勘違いするな」
真剣な顔で真っすぐ見つめられ、釣られるようにコクリと頷く。
嘘は言っていないと思う。本当に、私が理由でというわけではないなら安心だ。
今、私が不安に思って言いたかったこととは違ったが、ユアン王子なりに様子を察して原因を解決しようとしてくれたのだろう。
私のことが嫌でというわけではないなら、そこは少しホッとする。そしてひとつ気になることを尋ねてみた。
「わかりました。あの、ユアン王子は陛下とお会いしたくはないのですか?」
眉間の皴は国王に挨拶へ行くせいだという。
国王とはいえ、自分の親だ。そこまで嫌そうな顔をしなくてもと思うが、何かあるのだろうか。
「国王とはあまり馬が合わない。子供の頃から、極力会いたい人ではなかったんだ」
「そう……ですか……」
ユアン王子は心底嫌そうにため息をつく。
親子でもいろんな人がいる。親子とはいえ、性格や考えが合わない場合もあるだろう。特に、国王とその息子という特殊な環境においてはなおさらだ。
私はそれ以上突っ込むことは止めた。
「だから、別にお前がどうとかいうことではないから。そこだけは忘れるな」
「はい。ありがとうございます」
念を押すような言い方をするユアン王子に思わず笑みが浮かぶ。
必死に誤解を解こうとするユアン王子の姿が身近に感じられたのだ。
(冷徹の王子の人間らしい所を垣間見れた気がする)
そう感じるだけで、胸の中がほっこりと温かくなるのを感じた。自分はなんて単純なんだろう。それでも、夫となる人の冷たい部分以外が見れたのが嬉しかったのだ。
ユアン王子は少し気恥ずかしそうに頬をかくと、「行くぞ」と促して先を歩きだした。チラッとコーラン様を見ると、笑みを浮かべながら私に軽く頷く。
先ほどとは違い、胸が温かい状態のまま国王陛下の居室へと向かった。
国王陛下は城のさらに奥にある別塔に居を構えていた。
(国王陛下は体調を崩されていると聞いていたけれど、挨拶に伺って大丈夫なのかしら……)
ユアン王子が国王の代理を務めているのは、国民でも承知のことだ。噂だと、陛下は余り状態がよろしくないとか。
儀式的な物とはいえ、居室にまで伺って挨拶しても良いのか不安はあった。かといって、いつまでも挨拶なしというのも良くはないが……。
塔に入ると手厚い衛兵らの警護があり、重厚感や圧迫感を感じてしまう。緊張が高まる中、ついに国王の居室へ到着した。
国王の居室の前では、側近と思われる年配の男性が私たちを待っていた。
「お待ちしておりました、ユアン王子殿下、ジュアナ様」
男性は恭しく挨拶をすると、私に向き直り「バーガス」と名乗った。私も挨拶を返すが、バーガスはにこりともせず無表情で感情が読めない。
「陛下がお待ちです」
そう一言言うと、部屋の扉を叩いて中に声をかけた。中からくぐむった声が聞こえる。扉が開かれると、中から強い香水のような異国の香炉のような香りがした。
そっとユアン王子を見上げると、香りをかいで益々眉間の皴が濃くなる。
部屋の中はシンプルで、奥のベッドで国王陛下が侍女らに支えられながらゆっくりと体を起こすのが見えた。
「来たか」
低くかすれた声は覇気がない。遠目からでもわかるやせ細った体だ。
(体調が思わしくはないとは聞いていたけれど、まさかここまでとは……)
想像以上の弱りぶりに小さく息を飲む。部屋の入口でユアン王子が動こうとしないため、私もそれ以上は中には入らず国王陛下とは距離を保ったままだ。
「お前がジュアナか。もっとこっちへ」
震える手で手招きをされるので、ついユアン王子を向上げる。眉間にしわを寄せたまま頷かれたので、おずおずと部屋の真ん中まで近寄った。
「ジュアナと申します。お目にかかれて光栄でございます」
「うむ」
私の挨拶に頷くと、国王陛下は咳き込んだ。側にいた侍女たちが背中をさすったりお茶を差し出したりしている。
「私からお前に言うことはひとつだ」
咳が落ち着くと、やや辛そうに国王は声を出す。しかし、顔を上げたその瞳には強い意志が宿っていた。
「世継ぎは必ず産め。それは男でならなくてはいけない」
「世……継ぎ……」
唐突な話に面食らう。しかし、国王陛下はいたって真面目な様子だ。
私を真っすぐ見つめてくる目は、どこかしらかユアン王子と似ている。しかし、その瞳は病気とは思えないくらい力強く、圧倒させるものがあった。その瞳と、出てきた発言に思わず怯む。
(急に世継ぎだなんて……。しかも男? そんなことを言われても……)
結婚生活の事なんてまだ何も考えられていなかった。いや、想像すらしていない。それを急に子供の話をされても戸惑うだけだ。
「父上。急にそんな話をされても、ジュアナが困っています」
「急ではない。王子妃になるなら、それは当然のことだ。ユアン、もしこの娘が男を産めなかったら側室を持ってそいつに産んでもらえ」
至極当然なことの様に言い放つ。ユアン王子は面倒くさそうにため息をついた。
「俺は側室などいらない。子供は別に男でも女でも構わない」
「そうはいかない。お前は国王となる身だ。国の未来を一番に考えねばならない」
「ろくにそれが出来なかった奴が言うセリフかよ」
ユアン王子は国王陛下の言葉に、呟くようにそう吐き捨てた。
「今後のことは何も心配いりません。あなたはご自分の体だけを心配していればいいんです」
冷たく突き放った言い方をして、ユアン王子は私の腕を取ると出口の方へと向かった。
「ユアン王子っ」
グイグイと引っ張られ、転ばないよう必死についていく。すると、後ろから国王陛下が忌々しそうな声で言った。
「お前は相変わらず親にも冷たいな。さすがはあの出来損ないの女の息子だ」
国王陛下は絞り出すように大きな声でそう言うが、ユアン王子は振り返りもせずに国王の居室を出て行ったのだった。
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