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結局、何度も求められ、しまいにはいつの間にか意識を手放して眠っていたようだった。
目を覚ますと、部屋の中は薄ら明るくなっており、空気からも明け方近くだと理解する。
背中からピッタリとくっついて抱きしめてくる彼を、身をよじって振り返った。
まだ夢の中なのだろう。
規則正しい寝息が聞こえ、その眼は閉じられている。
寝顔ですらも綺麗なその顔を、ぼんやりと眺めた。
一晩で暁のイメージが変わった。
いつも家の中に居るから身体も細いのかと思ったが、意外と体力もあり筋肉質でがっちりしている。
本人曰く、仕事柄、運動不足を解消するため週に三回昼間にジムへ通っていたのだという。
体脂肪は一桁だというから驚きだ。
そして結構、情熱的だ。
草食系で淡泊っぽい雰囲気のくせに、ことが事だと情熱的に愛してくれる。
なのにとてつもなく甘くて優しいから、あっという間に翻弄された。

「何見てるの」

飽きずに見ていたら、暁がニヤリと笑って目を開けた。
起きていたのか。
そうならそうと言ってよ。
恥ずかしくなって目線を逸らす。

「起きていたなら言ってよ」
「熱い視線を感じたら、嬉しくてつい」

そう言って、暁が優しく見つめてくる。
長い指が髪をすき、優しくなでる。

「なに?」
「うん。やっと手に入れたなって思ったら嬉しくてさ」

ストレートにそう告げられ、カッと顔が熱くなる。
この人は恥じらいがないのか。

「あのさ、暁はいつから、その……私を?」

ドキドキしながら聞くと、あっさりと返事があった。

「子どものころから」
「え?」

その言葉に目を丸くする。
子どものころからだったの?

「好きだったんだと思う。今思えば、今まで付き合った子も紗希に何となく雰囲気が似ていたし。紗希に彼氏ができた時も嫉妬してたし」
「嫉妬していたの?」

過去を思い返しても、そんな素振りは感じられなかったけど……。

「してたよ。俺の方が紗希のことわかっているのにって。でも紗希は俺の事眼中になかっただろ。一度は諦めようと思ったんだよ。でも、最後にあがいてみようと思って」
「それでここに?」

暁はニッコリと頷いた。

そうだったのか。そんな昔から……。

「私、嫌われたって思ったの」

ボソッと呟くと暁は首を傾げた。

「暁が家を出て行って、半月以上も帰ってこなくて、連絡も私にはなくて……。やっと自分の気持ちに気が付いたのに、もう遅かったんだって後悔した」
「あんなことで嫌いになったりしないよ」
「でも、連絡してくれなかったでしょう。急に海外へ行ってたし」

やや恨みがましく見つめると、「あぁ」と破顔した。

「確かに、初めの数日はお互い、少し距離を取ろうかと思って家を出たのは本当。ホテルに泊まってたんだ。そしたら、すぐに次の本の取材で急にフランスに行くことになってさ」
「フランスに行ってたの?」

暁はうんと頷いた。

「当初の予定はまだまだ先だったんだけど、急なスケジュール変更で急遽ね」
「そうだったの……」
「実はその時、日本のホテルにスマホを忘れたことに気が付いたんだ。紗希の番号は覚えていなかったから、とりあえず実家には連絡したんだけどね」
「だから連絡が取れなかったの?」
「ごめん」

なんだ、そういうことだったのか。
ホッと安堵すると優しく頭を撫でられた。

「心配かけてごめんね」

申し訳なさそうにする暁に、私は首を振った。

「私こそ、ずっと気が付かなくてごめん。あの、これからはよろしくね」

最後の方は恥ずかしくなってしまい、声が小さくなると暁はニヤリと口角をあげて笑った。

「じゃぁ、もう一度よろしくさせて」
「え、ちょっ……」

慌てて身体をまさぐってくる手を掴むが、暁はお構いなしにキスを落としてくる。
力は抜けて、あっという間に暁の腕に囲まれた。


――――

暁とのことは解決したけど、まだモヤモヤが残っていることがあった。
笹本のことだ。
中途半端な感じになってしまい、気まずくて顔を会わせにくくなっていた。
そして、やっと笹本を昼ごはんに誘えたのは、あれから一週間後だった。
この一週間、完全に避けられていた。
当然だろうけれど、でも私としては一度話せたらと思っていたから。
営業に出ていた笹本を、ロビーで無理やり捕まえたのだ。

「お前って、強引だな」
「そうでもしないと話せないでしょう。メールだって無視されてたし」

食後の水を飲みながら笹本はあきれ顔だ。
でもお互い落ち着いて顔が合わせられている。

「笹本、あのさ……」
「ごめんな、倉本。あの日のことは忘れて」

笹本は苦笑する。
いや……、忘れろと言われても、と戸惑う。
「あの時言った気持ちは本当だ。俺はお前が好きだったし」

改めて好きと言われるとドキッとするし、動揺する。
私の反応をみて、笹本は明るく言った。

「でも、親しい同期って関係に甘えたままで、タイミングを逃していた俺も悪いんだ。だから……、お前を困らせたいわけじゃないし、今まで通り仲のいい同期として、たまに飯でも行ってくれると嬉しい」

笹本はやや寂しげに微笑んだ。
私は……、あんなに一緒にいたのに、笹本の気持ちに気が付かなかった。

「笹本、本当にごめん」
「だからいいって。何も言っていなかった俺も悪いし。まぁ、気持ちの整理に一週間はかかったけどな。避けていてごめんな。あの幼馴染と付き合うんだろう?」
「うん」
「だよな。そんな気がしていた。お前、いつも幼馴染の話していたし」
「そうかな」
「気が付いていなかったのかよ。尚更、俺の出る幕ねぇじゃん」

笹本は笑い、「じゃぁ、また水島と三人で飲みに行こう」と声をかけ営業先に出向いて行った。

「またね」

そう声をかけると、笹本は笑いながら手を上げた。

最近は夜にもなると風が冷たくなってきた。
もう暦上では秋だ。
こうして窓を開け放ち、庭を眺めながら廊下に寝転がるのが出来るのもあと少しだろう。
ビールも冷える。
でも、熱燗はあまり得意ではないからなぁ。
寒くなると、ビールもこの場所では飲みにくくなるなぁ。

「どうせ冬でも窓閉めて、こうして寝転がってビール飲むくせに」
「……」

暁に考えを読まれてムッとするが、ビールを持ってきてくれたから良しとしよう。
身体を起こし、上機嫌でプシュッとプルタブを開ける。
そういえば、と疑問に思っていたことを聞いてみた。
今更だけど、今なら聞けるだろう。

「ペンネーム、どうして空野アカツキなの?」
「え?」

隣に座った暁は驚いたように目を見開く。
「え? 何。何か変なこといった?」

がっくりと肩を落とす暁に慌てた。なんでそんなにがっかりするのだろう。

「いや思い出したのかと思っていたから。紗希って、本当子供のころから俺の事何とも思っていなかったんだね」
「……子供の頃は、でしょう」

少しむくれると苦笑され、頬を親指で撫でられた。

「そうだったね。今では俺の事大好きだもんね」
「っ!」

極上の笑顔でそう言われ、赤面してしまった。
最近の暁はこうして男の色気全開で接してくる。
『弟』の顔はない。私が弟のフィルターを外したからだ。
『幼馴染』ではない『恋人』に対する態度。
なんだかそれがくすぐったい。

「答えになってない」
「だってまさか、ペンネームを聞いても紗希が何も思い出さないから。でもだからこそ今の今まで俺の事わからなかったんだよな。そりゃぁ、喧嘩にもなるか」

ひとりで納得している暁に首を傾げる。

「どういうこと?」

そう聞くと呆れてようにため息をつかれた。
小学生の頃のキャンプの時がきっかけとは聞いていたが、実はあれから何度考えても何も思い出せないのだ。

「子供の頃の町内会キャンプ。それは覚えている?」
「うん。あの時、暁ってば泣いていたよね」
「小さかったし、初めて親元離れてキャンプに行ったからね」

だから私は暁とずっと一緒にいた。
泣きながら私に縋る暁が、なんだな可愛くて堪らなかったのだ。

「あの時、明け方にトイレへ紗希と行ったんだよ」

そう言われて記憶をたどる。
そういえば……。
明け方、女の子の部屋に暁が来て、トイレについてきてほしいと頼まれたような……。

「帰りがけに、空が明るくなり始めたんだ。その時に、紗希が言ったんだよ。暁の名前は、アカツキって読める、この夜明けの空のことを言うんだよ、暁の名前は空の名前なんだよって」

……言ったっけ?
覚えていない。
首を傾げると「だと思った」と言われた。

「俺はその時のことがやたら鮮明に覚えていてさ。ペンネームを考えた時も、すぐにあの時のことを思い出して、それにしようって決めたんだ。あの時の空がとても綺麗だったし、得意げに話していた紗希も可愛かったし、何より紗希も覚えてくれていると思ったから」

可愛いと言われて赤面したが、最後のやや嫌味っぽい言い方には目を逸らした。
話を聞いても思い出せない。
そんなことあったのか―、程度だ。
暁もそれはわかっているようで、責めることなく苦笑した。

「俺はあの時から紗希を見ていたよ」

耳元で色っぽく囁かれ、顔があげられなくなる。
恥ずかしくて顔を暁の胸に擦り付けた。

「ここから始めよう」

暁の言葉に顔をあげる。

「ここからって……縁側から?」
「なんでだよ。まぁ、でも俺たちいつもこの縁側でくつろいでいたから似たようなものかもな。つまりはさ、『幼馴染』だけど、姉弟のような関係は終えて、今度は恋人同士として生きて行こうってこと」

暁は抱きしめた腕に力を籠める。
少し苦しいけど、それは暁の想いだ。

「よろしくね」

そう言って暁の背中にまわしている腕に力を込めて、その想いに応える。

「でもデビューしたとき、真っ先に気が付くと思って待っていたのに、まさか何の反応もないとはなぁ。むしろ、人を売れない小説家だとかニートだとか思っていたなんて思わなかったなー」

残念そうにため息をつかれて慌てて顔を上げた。

「それについては本当にごめん!」

反省していると謝ると、ニヤリと笑われて、チュッと唇にキスをされた。

「じゃぁ、態度で示して」

色気全開で低く囁かれ、唇を撫でられる。
今度はちゃんと目を閉じて答えた。









END




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