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しおりを挟む「どうしたんだ、それ」
社員食堂でお昼の冷たいうどんをすすっていると、お盆を持った笹本が空いていた隣に座った。
それ、と言われた指先は私の首元を指している。
ブラウスの襟と下ろした髪の毛で目立ちにくいが、笹本は目敏かった。
「ちょっと、虫に刺されて」
「へぇ、大丈夫か」
「うん」
心の中は全然大丈夫ではありませんよ……。
キスマークなんて何年ぶりだ。今までの彼には、目立つところにつけないから困ることはなかった。
思わずため息が漏れる。
「どうしたんだよ」
「何でもないよ」
即答する私に、笹本が箸を置いてじっと見返した。
「何?」
「お前、あの幼馴染と何かあった?」
そう聞かれてドキッとする。
「別に……。なんで?」
「いや。なんか気になっただけ。それにしても、あの幼馴染はイケメンだけど困ったやつだな、いい歳してニートだなんて」
「それは……」
「30手前で夢を追い続けるのはいいけど、結果がでないとみている方が辛くなる」
「……そうだけど。でも暁は頑張っているよ。生活費だって払えているし、自立している」
ムッとして言い返すと、笹本がため息をついた。
「だからさ、お前、幼馴染と何かあっただろ」
「ないってば」
「じゃあなんで急に庇いだすんだよ。あいつの将来を心配していたのはお前だろ」
そう言われると言葉に詰まるが、笹本に暁のことを言われるとなぜかカチンときた。
「だからって、他人に言われるのは何か嫌」
そう言い捨てて、お盆を持って立ち上がる。
笹本はどこか呆れたような、疲れたような表情で「お前だって他人だろ」と呟いた。
別に笹本が悪いわけではない。わかっている。私だって他人だ。
ただ、暁のことを悪く言われるのは嫌だった。暁を悪く言えるのは、私だから言えるのだ。
「ただいま」
もやもやとした気持ちを抱えたまま玄関を開けると、二階から暁が降りてきた。
「おかえり。夕飯の準備するね」
そう言ってエプロンを手に取り、キッチンへ立つ。
やっぱり、いつも通り。
昨日のことや今朝のことなんて気にするそぶりはない。
夕飯が手早く用意され、私はやや気まずく思いながらも、いつものように食事を終える。
そして定位置の縁側に座り、大きく伸びをした。
あぁ、やっぱりここが一番落ち着く。
ホッと息をつき寛いでいると背中がふわっと包まれるように温かくなった。
「……こら」
後ろから両肩に暁の腕が乗せられ、背中に頭が寄せられる。たしなめるように声をかけるが無視された。
「紗希、心臓がうるさいよ」
「なっ……、うるさいわね」
含み笑いでそう指摘され、ただでさえ早かった心臓がさらに大きくはねた。
暁に触れられると心臓がうるさく鳴ってしまう。
意識しないようにすればするほど思いとは裏腹に身体の機能が重い通りにいかない。
「ねぇ、本当に重いってば」
「いいじゃん、別に」
そう言って甘えるように更に頭を背中に摺り寄せてくる。
「もう、そういう所が本当に……」
「弟みたい?」
声のトーンが低くなり、背中の重みが消えた。
暁は私の背中から離れて隣に座る。その表情が少し冷たい。
あぁ、やっぱり『弟』は禁句ワードだったか。
だったらそういった行動をしないでほしい。そう言いたいけれど、なんだかうまく言葉にならない。
暁はずっと『弟で幼馴染』だった。それ以上でもそれ以下でもなかったはずだ。
それなのに。
あの日から、暁の姿が私にはぶれて見える。
時々見せる男の顔にどう反応したらいいのかわからないのだ。
私の知らない暁に戸惑う。戸惑って、心臓もうるさく鳴るのに、暁の側は居心地が良くて嫌ではない。
どうしてだとため息が漏れる。
「紗希って昔から困ったことがあると頭を抱える癖があるよね」
そう指摘されて、私は頭にのせていた手をそろりと離す。確かに何かあると頭や髪の毛を触ってしまう癖があった。
「ねぇ、紗希は何に困っているの? 俺の事?」
暁は隣で寝そべりながら私に視線をよこす。やや面白がっているような表情が可愛くない。
「ねぇ、俺の事知りたい?」
私をとらえる瞳が一気に妖しく光る。またバカみたいに心臓が落ち着かなくなった。
暁はいつからこんな目が出来るようになったのだろう。
「ずっと紗希は俺に何か言いたそうにしているもんね。知りたいんでしょう? 俺がどんな名前で本書いて、それが出版できているのかどうなのか。本当に作家なのか、ただの夢見るニートなのか。どうして親に内緒でここに住んでいるのか、なんで……紗希にあんなことするのか」
「それは……」
「まずは仕事についてだけど」
自分のことを話そうとしなかった暁が珍しく話そうとしているのが分かり、黙ってそれを待つ。しかし。
「これはいずれわかるよ」
「は?」
「これだけは言うけど、俺は本当に小説家だ。ただペンネームや本のタイトルはいずれわかるから教えない」
「何それ」
つまり暁は夢見るニートではなく実際に小説家として本を出版しているということだ。
でもペンネームや本のタイトルを秘密にされては、暁がどんな本を書いているのかわからないではないか。
「教えてよ」
「近いうちにわかる」
「どういうこと、それ」
食い下がるが、結局それ以上は教えようとしてくれなかった。
むうと拗ねたように口をとがらせていると、暁が体を起こして私の肩を引き寄せた。
「えっ、暁?」
そのままギュッと抱き締めてくる。暁の身体から熱が伝わり、一気に心拍数が上がる。
顔が暁の広い胸に押し付けられた。
「それと、俺がこんなことする理由だけど」
耳元でささやかれる低くて甘い声に背中がゾクッとして身体が震えた。
「少し考えればわかるはずだよ」
そういわれてギクッと身体が固まる。
こうして抱きしめる理由。キスする理由。
つまりそれって……。
暁はゆっくり身体を離し、フッと微笑んだ。
「真っ赤」
色気を含んだ笑みを浮かべながら暁は私の頬を撫でた。
「じゃぁ、先に風呂入って寝るね」
そう言って縁側に私を残して部屋を出て行った。
「少し考えればわかるって……」
普通、ただの幼馴染にキスしたり抱きしめたりするはずはない。
いや、幼馴染ではなくても、何とも思っていない相手にそんなことする人は少ない。いたとしても、暁はそういうタイプではないはずだ。
「ということは……」
何となくそうかなとは感じていたけど、確信していいということだろうか。
暁は私のことが好きだということに。
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しおりを挟んでくださっている皆様へ。
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申しわけありません。
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お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
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