縁側で恋を始めましょう

佐倉ミズキ

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「で? 結局遊びに誘えなかったんだ?」
「そうなの」

香苗とランチを食べながら先日の暁の様子について話した。
暁は別に怒っていたわけではないが、土日は雰囲気がややピリッとしていて、長年の付き合いからそれを感じてしまい遊びになど誘えなかったのだ。
今朝はさすがにそんな雰囲気はなく、いつも通りだったが……。

「ねぇ、もしかしてだけど」
「ん?」

香苗がパスタ用に持っていたフォークでビシッと私を指差す。
お行儀が悪いなぁ。

「暁君って、本当に小説家なんじゃないの?」
「はぁ?」
「だって、小説ばかり書いているならそれなりに投稿はしているはずでしょう? 生活費にだって困っていないんならもしかして本当にそれで生活できているくらいには売れているのかもよ?」
「そうかなぁ。昼間にバイトしているだけかもよ?」

パスタを頬張りながら聞き返すが香苗は首を傾げる。

「バイトしているように見えるの?」
「それは……」

どうだろう……。
もしかしたら日中、数時間のバイトをしているかもしれないけれど確証はない。

「詳しく聞いてみなよ。一応は同居人でしょう? 同居人がどこで何をしているかわからないなんて、いくら幼馴染とはいえ不気味よ」
「そうだけど……」

以前は小説については教えてくれなかった。聞いたところで教えてくれるのだろうか。

「ねぇ、暁君の写真とかないの?」
「写真?」
「だって興味あるじゃない。紗希がそんなに気にしている男って」

香苗はワクワクした表情をしている。

「別に気にしてなんか……」
「そうかなぁ、いつも暁君の話してるじゃない。それより、ほら見せてよ」

そうせっつかれ、渋々と携帯の写メを見せる。先日、縁側で晩酌をしている際になんとなく撮ったものだった。

「え、凄いイケメン!」
「んー、まぁ、顔はいいかもね」
「いいなぁ、紗希。こんなイケメンと同棲なんて」
「同居ね、同居」

そう訂正するが香苗はずっといいなを繰り返す。

「私ならこんなイケメン幼馴染がいたら狙うけどな」
「えっ」

ドキッとして香苗を見るとニヤリと笑っていた。

「嘘、嘘」

そう言ったが目が笑っておらず、冗談に聞こえない。
今の彼氏が一番だと言うが……。
変に悶々とした気持ちのまま香苗と別れ、フロアへ戻ると笹本が企画課から出てきた。

「お、よう」
「お疲れ。なに、ウチに用?」
「新製品の打ち合わせが伸びて今終わった。これから飯。お前は? もう昼終わったのか?」
「うん。見ての通りよ」
「そうか、なぁ水曜空いているか? 飲みにいかねぇ?」

水曜はノー残業デーなので、全社員残業なしで帰れる日だ。
笹本の誘いに二つ返事でオッケーをだし、席についてから暁にメールする。

『水曜は夕飯いらないよ』

そう送るとすぐに既読がついて、ものの数秒で『了解』と返事が返ってきた。
いつもお昼にメールをしても必ず返事がすぐに帰ってくる。
つまり、この時間は空いているということだ。

本当にバイトしているのかな? 

疑問に思いつつも、仕事に取りかかるためパソコンを立ち上げた。

水曜。
定時で会社を出て、笹本と待ちあわせているいつもの居酒屋へ行くと、そこには笹本の姿しかなかった。

「あれ、香苗は?」
「デートだって。生中でいい?」

そう聞きながらもすでに店員を捕まえて注文している。

「とりあえず、お疲れ」
「お疲れー」

運ばれてきたビールのグラスを鳴らして乾杯し、適当に注文した料理に手を伸ばす。
しばらく他愛のない雑談をした後、笹本が聞いてきた。

「で、同居人はどうよ?」
「どうって何が?」
「楽しくやれてんの?」
「まぁまぁかな。この間香苗にね……」

と、先日香苗と話した内容を笹本にも話すと「確かにな」と頷かれた。

「仕事のことだけじゃなく、そいつがどういうつもりで家に転がり込んできたか、ちゃんと聞いた方がいいと思うぜ」
「転がり込むって……、もとは暁んちの物だけどね。でも、いくら姉弟のように育ったからって、何でもかんでも聞いて詮索するのもどうかなって思ったりするの。暁が話したくないなら別にいいかなって」

暁はもとからあれこれ自分から話すタイプでもないし……。

「でも気になっているんだろ?」
「まぁ、小説家としての活動状況とか、バイトしているならどんなのかとか知りたいな、とは思うけど……」
「仕事については、言いたくないなら無理に聞き出さなくてもいいと俺は思うけどね。それよりも、前に住んでいたマンションを引き払ってまであの家に来た理由を知りたいけどな」

笹本は暁の仕事より、引っ越してきた理由を聞けと何度も話していた。

なにそれ、そこ? と思うが笹本は真剣な顔をしている。

「え?」
「俺さ、前にも言ったけど……その暁ってやつ男だろ?」
「え、うん」
「いくら姉弟のように育ったとはいえ、ただの幼馴染の家に転がり込むか?」

笹本は『ただの』をやたら強調して言う。

「でも、もともとはあそこは暁のおばあちゃんの家だし……。慣れた場所だからっていうのもあるんじゃない?」

そう返すが、笹本は煮え切らないような納得いかないような表情をしている。
もう、なんなんだ、とビールを飲み干す。
暁のことで悶々とするし、笹本は笹本でなんだかよく分かりにくいことをグチグチと繰り返して話しているし。
せっかくの飲み会なのに、なんだかすっきりしない気持ちが大きくなる。
払拭するように自然とお酒を飲むペースが上がっていき、気が付けば、足取りがおぼつかなくなっていた。

「笹本―、タクシー乗りたい」
「わかっているから、乗って。送るからほら、座って」

そう言われて、笹本は私をタクシーに乗せる。意識はある程度保っていられるが、なんせ足元が不安定だ。
お酒は強い方だが、今日はちょっと飲み過ぎたなと一瞬だけ反省する。

「眠いなら寝てていいぞ」
「お、優しいねー、笹本君は」

笹本の腕をつんつんと突っつく。

「茶化すな。俺んちに連れていかれたいか?」
「なぁに、バカなことを言っているんだか」

ケタケタと笑い、それからすぐにタクシーの窓に頭を乗せてウトウトしだす。
隣で笹本がため息をついた気がしたが、気のせいの様にも感じられた。
しばらくすると、肩を揺さぶられて目が覚める。

「おい起きろ、着いたぞ」
「あぁ、はい」

そう耳元で声を掛けられ、半覚醒のままタクシーから引きずり出された。笹本に支えられて見慣れた門をくぐる。

「えっと、鍵、鍵……」

暁はもう寝ただろうかと思いながら鞄から鍵を出そうとすると、先に玄関がガラガラと開いた。
引き戸の扉が開くと、目の前には暁が立っていた。

「お帰り」

ニコリともせずに、無表情で出迎える。

「あー、暁―、ただいまー。よくわかったねー、エスパー?」
「タクシーが横付けされるのが見えたの」

暁の方から出迎えてくれて嬉しくなり、ただいまと敬礼をすると「とりあえず入って」と玄関内に促される。

「君が同居中の幼馴染?」

笹本が営業用の爽やかな笑顔で尋ねる。
あぁ、そうか。話はしたけど二人が会うのはこれが初めてだった。

「そう、この人が―、暁。で、暁―、この人が同期の笹本―」

ふらついていたため笹本の肩に腕を回しながら紹介すると、お互いが軽く会釈をしている。

「笹本さん、ご迷惑をおかけしました。飲み過ぎだ、紗希」

そう言って、暁は私の腕を取り自分の方に引き寄せた。はずみでその胸に飛び込む形になった。
想像よりも筋肉質で逞しい腕が私を抱き止め、ドキッとする。
と、同時に意外とその腕が心地いいことに気がついた。
暁の匂いに妙に安心感を覚える。
そのままウトウト寝てしまいたいくらいだ。

「いいえ、いつものことだから。君のことは倉本から聞いているよ。小説書いているんだってね。今度俺にも読ませてほしいな」

笹本は穏やかな声で言うが、見上げた暁の表情は冷めている。

「たいしたものではないので。では」

私を抱えてリビングに戻ろうとした時、後ろから笹本が暁を呼び止めた。

「倉本が暁君を弟の様で可愛いと話していたよ。仲がいいんだね。じゃぁ倉本、また明日。遅刻するなよ」
「はいはい」

そう言って止めていたタクシーに乗って帰って行った。ガチャっと玄関のカギを閉めた暁の腕に一瞬力が入る。

「弟ね」

頭の上で暁の不機嫌そうな低い声が聞こえた。
どうしたのかと顔を上げようとするが、眠気が勝り、心地よく感じるその胸に頭を乗せてウトウトする。
やはり長く一緒に育ったぶん、安心感が違うのだろうか。
しかし、聞こえてくる暁の声は冷たい。

「弟のように思っているから、そんなことが出来るの?」
「んー? 何か言った―?」

トロンした目を暁に向けたと同時に、素早い動きで身体を持ち上げられてしまった。
その行動に、いままで眠気が強かったのが嘘のようにハッとして覚醒する。

「ひゃぁ! ちょっ、何するの!」

いわゆるお姫様抱っこ状態でリビングに連れて来られる。
驚いてバタバタと腕の中で暴れるが、暁はものともせずやや乱暴にソファーに下ろされた。

「な、なに」

突然の行動に驚いて身体を起こそうとするが、私の上から暁に両手首を掴まれる。
あっという間に頭の上で簡単にまとめられ、唖然とした。

「あ、きら?」

自分の上から覆いかぶさるようにして冷たく見下ろしてくる暁に戸惑いを隠せない。
頭が追いつかなかった。

あれ? なんで?

さっきまで玄関にいたのに、どうして暁が私に覆いかぶさっているのだろう。
なにがどうしてこうなっているのだ。

混乱をしているのに、なぜか今までに見たことのない暁の様子に胸がどきどきとうるさく鳴っている。
切なげな顔の暁はどこか艶っぽさをにじませており、妙に男を意識させた。

「暁……?」

自分の声が戸惑っているのがわかる。部屋は涼しいはずなのに、じっとりと汗が出てくる。

「ちょっ、どいて暁。ふざけないで」

そう言って手を払おうとするが、グッとおさえつけられビクともしない。
両力を入れているのに、手を簡単に片手で押さえつけられるなんて……。
不安から見上げたその顔は、知らない男だった。暁の見たことのない顔に急に焦りを感じる。

「遅くなったこと、怒っているの? ごめんね、これからは……」
「笹本さんとふたりで飲んでいたの?」
「え、そうだけど」
「あの人、紗希の彼氏?」
「笹本が? それはない」

こんな体勢でなんで笹本の話をしているのかよくわからなかったが、暁の雰囲気がいつもと違うこともあり、ここは素直に話に乗ろうと思った。
少し暁が怖い。知っている暁ではないようだ。
それなのに、暁と近いこの距離が恥ずかしくなってくる。

「ふぅん、じゃぁ笹本さんの……」
「え?」

なにか低い声で呟くが、はっきりと聞き取れなかった。いや、最後の方はほとんど声にはだしていないだろう。

「ねぇ、とりあえずどいてよ。私お風呂に……」
「お風呂に入りたい? そうだね、男の匂いついているし早く落とした方がいいかもね」

珍しく棘のある言い方に眉を潜める。

「男の匂い?」
「笹本さんって、香水かなにかつけているでしょう」

そう言われて「あぁ」と頷く。香る程度にコロンを付けていた気がする。
先ほど肩を借りていたから匂いが付いてしまったのだろう。

「男の匂いなんて簡単につけて、バカじゃないの」

そう低い声で呟く暁にカチンときた。別に故意的に匂いを付けようと思ったわけではない。
それなのにそんな言い方をしなくてもいいではないか。
悔しくなって、反論しようと口を開いた瞬間。
暁の苦し気に顔が歪んだ。

「え……」

なんでそんな顔をするの。
そう言おうとした瞬間。私の唇は暁によって塞がれた。

「う、ん!?」

見開いた目の前には暁の長いまつげが見える。

なにこれ。
なんだこれ。

抵抗する間もなく触れた暁の唇は、私の唇を甘く優しく何度も角度を変えて吸う。
今度はそのまま耳の後ろへ降りてきて、首筋を妖しく這った。

「あ、暁っ」

ビクッと身体が反応し、抗議の声を上げるが暁は無視した。
身体に力が入らない。
ぞくぞくっと身体が震え、顔が赤面する。執拗に怪しく甘く這う唇に自然と吐息が上がってしまう。
なんだ、これは。なにがどうしてこんなことになっているんだ。
混乱する頭で必死に考えるが、意識が首筋へ向いてしまい思考が追いつかない。

「やっ、暁……」

そう言った自分の声が甘さを含んでいてドキッとする。
何て声をだしているんだ。
自分の声に動揺しているとかすかに暁が笑う声が聞こえた。
そして、チクンと首筋に痛みが走る。

「え、なに……」

戸惑っていると暁が顔を上げ、至近距離で見つめてきた。その顔が色っぽくて、ハッとする。

「弟は、こんなことしないでしょう」

やや掠れた声で呟き、妖艶に笑うと再び触れるだけのキスを唇に落としてきた。

「おやすみ」

驚いている私にニヤリと笑うと、そのまま上からどいて二階へと上がっていった。

「……なに、あれ」

掛けられていた重みがなくなり、一気に身体が軽くなった気がしたが、私はその身体を起こすことができなかった。
心臓が壊れるんじゃないかと思うほどうるさく鳴っている。身体に力が入らない。

なにあれ、なにあれ。
あんなの私が知る暁じゃない。
あの男は……。
あの男は、誰だ。



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