王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ

文字の大きさ
上 下
1 / 21

1.薬師ラナ

しおりを挟む
王宮の薬剤師として勤めて3年。
私、ラナ・カーロンスはこの状況を理解しようと必死だった。
第一王子カザヤ様の部屋で所在なさげにソファーへ座る。

一晩ここで過ごすなんて無理だよ!

そう何度も思うが言葉に出す勇気はない。

「ラナ、風呂が沸いているから今のうちに入れ」
「お風呂!? ですか!?」

ビクッと肩を震わす私に、カザヤ様はニヤッと笑う。

「あぁ、夜はまだまだ長いからな……」

そう言いながら私に近づいた。

――――

時は遡ること数時間前。

「ラナ、騎士団から手当のお礼にってモモが届いたわよ」
「わぁ、ありがとうございます!」

薬師部屋で薬の調合をしていると、先輩のマリアがモモの入った袋を手渡してきた。
袋の中からは甘いいい香りがしている。

「冷やしておくので後でみんなで食べましょう」
「はーい」

そう声をかけるとみんな嬉しそうに返事をしてくれた。
ここは王宮直属の薬師部屋。
王宮内全てにおいての薬の調合はここで行っている。

王宮医師から指示された薬の調合だけでなく、王族や使用人の怪我や病気の看護も仕事として含まれているから薬師と看護の両方を担っている部分が大きい。

このモモは先日、王宮騎士団の訓練時で騎士たちの手当てをしたのでそのお礼をわざわざ持ってきてくれたのだ。

「そういえばラナ。そろそろカザヤ様のところへ薬を届けに行く時間じゃないの?」

マリア先輩に指摘されて私はハッと時計を見る。
しまった! 新しい薬の開発に没頭していたらいつの間にかこんな時間だった。

「大変! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」

薬の入った籠をもって、慌てて部屋を飛び出した。
薬師部屋は王宮の敷地内にあるが、王宮の中心である建物までは距離がある。急がないといけない。
一つに束ねた長い淡い茶色の髪を揺らしながら小走りで進む。

「こんにちは。カザヤ王子にお薬です」
「こんにちは、ラナ」

警備兵に挨拶をしながら、宮殿の奥へ奥へと向かう。
奥へ行くにつれ、使用人の人通りはほぼない。警備兵があちこちに立っているだけだ。

目指すは第一王子のカザヤ様の寝室だ。
カザヤ様は御年24歳。
産まれつき体が弱くて寝付いてばかりで、王宮医師がいうにはこの年までよく生きられたものだという。体が弱いので公務も出ることはほぼなく、その姿を見たことがある人は少ない。

国民なんて第一王子についてはほぼ都市伝説と化していると聞いたことがあるほどだ。薬師の中にも、その姿を直接見たことがある人はあまりいない。

しかし私は一年前から、一週間に一度お薬を届けに行っていた。
カザヤ様の寝室に直接お届けに行くので、この任を任されているのは私だけ。前任薬師が引退するときに、直接その任を授かった。

どうして私が、と驚いたが薬師試験や王宮使用人試験にトップで合格したからだと思う。
でもこの名誉ある仕事が好きだった。

階段を上り下りして、王宮の奥までやってくる。
扉を叩いて、「ラナです」と声をかけた。「どうぞ」と弱々しく小さい声が聞こえ扉を開ける。

「カザヤ様、失礼いたします」
「あぁ、ラナか……。もうそんな時間だったんだね。いつもすまない」

カザヤ様はベッドの布団に入りながら顔だけ出している。
今日も青白い顔……。

「カザヤ様、お熱がありますか? 汗をかいてますね」
「大丈夫、熱はない。薬はそこに置いといてくれないか」
「承知いたしました」

ベッドサイドのテーブルに置くと、カザヤ様は満足そうに微笑んだ。
いつもこうして薬を届けに行くと布団から顔を出して横になっている。立ち姿は見たことがないが、そのお顔はとても整っている美しい王子であった。

「ラナの痛み止めと湿布薬はよく聞くから助かるよ」
「それは良かったです。お体の痛みはどうですか?」

カザヤ様はいつも布団に寝てばかりいるので、体のあちこちが痛むのだという。そのため痛み止めと湿布薬で痛みを和らいでいるらしい。

「だいぶいいよ。ラナのお陰だ」
「滅相もございません。では、また来週きますね」

そう言って離れようとすると、布団から手が伸びて私の腕を掴んだ。
そのしっかりとした強さにドキッとする。

「カザヤ様?」
「ラナ、テーブルの上にある物……。君にプレゼントだ」
「え……?」

テーブルの上を見ると、手作りのしおりがあった。紫の小さな花で、とても可愛らしい。

「君にはいつもお世話になっているからね。花はバルガに庭から摘んできてもらったんだ」

バルガというのはカザヤ様の第一従者。
眼鏡をかけた気難しそうな顔をしている。彼が摘んでくれたのか。
そしてカザヤ様がその花を押し花にしてしおりを作ったのだという。

「いただいていいんですか?」
「あぁ、いつも本を読んでいただろう? 使ってくれると嬉しい」
「ありがとうございます! 大切にします! ……あれ? でも私がいつも本を読んでいるってご存じだったんですか?」

私は薬学の本以外にもいろんな本を読むのが好きで、暇があればどこでも読んでいた。
しかしカザヤ様の部屋に来るときは読むことはない。

「あ、あぁ。バルガに聞いたんだ。君は本が好きらしいって」
「そうだったんですね。とても素敵な物をありがとうございました」

嬉しくて微笑むと、カザヤ様も笑顔を返してくれた。
一礼してカザヤ様の部屋から退出する。

すると、廊下からバルガがやってきた。

「バルガ様。いつも通りカザヤ様のお薬をお届けしました」
「ご苦労」

バルガは無表情のまま一言言うと、横を通り過ぎようとした。

「それとこれ……。カザヤ様からしおりをいただきました。バルガ様が花を摘んできてくださったとか。ありがとうございます」
「花……? あぁ、なるほど。いいえ、どういたしまして」

一瞬、首を傾げたバルガは納得したかのように頷いた。

薬師部屋へ戻り、もらったしおりを眺める。

「綺麗……」

カザヤ様に直々にいただいたこのしおりは家宝物だ。

「カザヤ様の具合はどうだった?」

マリア先輩と薬師部屋の上司が聞いてきた。

「いつも通りです。顔色は先週よりは多少いいかなって感じですけど、今日も布団の中でした」
「そう……。相変わらず体調が悪いのね。カザヤ王子も今年24歳。ここまでもったのも奇跡と言われているくらいだしね」

一見、マリア先輩の言い方は不敬にも当たりそうだが、これは王宮内ではよく噂されていることだった。
幼いころから体が弱く、外にも出られないカザヤ様はいつも寝たきりだった。公務にもほとんど出ないでいるので、国民からは本当に存在するのかと都市伝説のように扱われていたのだ。

「そうですね……。でもカザヤ様はとてもお優しいんですよ。今日も私なんかにしおりを作ってくださったんです」
「そう! それは大切にしないとね」
「はい」
「私なんか先日、オウガ様が紙で指を切っただけで「手当しろ!」「早くやれ!」って怒鳴られたわよ」

マリア先輩はうんざりしたように肩をすくめた。
第二王子のオウガ様が次期国王になるのではないかと噂されている。しかしそのオウガ様はなかなかの強欲な性格で、人のものや手柄は自分のもの。
使用人への態度も酷く、こき使うのも激しい。裏ではオウガ様が国王になったら国は亡びるのではと噂されているほどだ。

「陛下も最近体調を崩して寝付いているし、もう長くはないと言われているわ。これでもしオウガ様が国王就任したら……」

マリア先輩は声には出さずに口だけで「最悪」と動かした。
カザヤ様の体が弱く、いつどうなるかわからない状態では次期国王就任も難しいだろう。オウガ様の次期国王就任はほぼ決まりだ。
そうなるとこの国の行く末はどうなるのか。

「陛下のお加減はいかがなんですか?」
「もうご高齢だし長くはもたないとようよ。今は王宮師団と薬師長がつきっきりで看病しているけど、もう時間の問題みたいね。オウガ様は自分の就任まであとわずかだと、あちらこちらで威張り散らしているわ」

ですよね、と私も頷く。
これも王宮内では噂されていることだ。

「あぁ~、早く結婚して辞めたーい」

マリア先輩は笑いながらそう言った。
結婚か……。
その時なぜか、カザヤ様の顔が頭に浮かんだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

母が病気で亡くなり父と継母と義姉に虐げられる。幼馴染の王子に溺愛され結婚相手に選ばれたら家族の態度が変わった。

window
恋愛
最愛の母モニカかが病気で生涯を終える。娘の公爵令嬢アイシャは母との約束を守り、あたたかい思いやりの心を持つ子に育った。 そんな中、父ジェラールが再婚する。継母のバーバラは美しい顔をしていますが性格は悪く、娘のルージュも見た目は可愛いですが性格はひどいものでした。 バーバラと義姉は意地のわるそうな薄笑いを浮かべて、アイシャを虐げるようになる。肉親の父も助けてくれなくて実子のアイシャに冷たい視線を向け始める。 逆に継母の連れ子には甘い顔を見せて溺愛ぶりは常軌を逸していた。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...