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第十二話 国王の決心

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 重たい扉が開いて、ひとりの侍従が入ってくる。アレクシス付きの筆頭侍従だった。

「陛下、お産まれになられました。王子殿下でございます」

 朗々とした声で告げられてエドワードはそうか、と頷いた。予定よりも少々早く出てきてしまったが、六番目の王子は元気であるという。
 憔悴したエドワードを見て、侍従は微かに目を細め、そして穏やかな顔で微笑んだ。

「妃殿下もご無事でございます」
「そうか!」
「はい、今は後処置を行っておりますので、もうしばらくしましたらお会いできます」

 その言葉を聞いてエドワードはぐっと脱力した。知らず全身に力が入っていたらしい。
 そうして半刻ほど待たされた後にアレクシスの寝室へと通された。そこにはたくさんの侍医や侍従たちに囲まれたアレクシスがいた。
 部屋は血と消毒液の臭いが漂っていた。しかし、先ほどとは違い緊迫感はない。

「よく務めた」

 寝台に近づき、声をかけると真っ白い顔がこちらを向く。薄ら開けられた目がエドワードを見て、微かに唇が震える。どうにも声が出てこないらしい。
 青褪めた顔に疲れを滲ませてアレクシスは何度も口を開こうとする。そんな健気な様子も彼らしいと思ってしまって、堪らない気持ちになった。

「無理に喋らずともよい」

 そう言って手を握る。アレクシスは手を握り返すことはなかった。
 けれども握った手は微かに温かく、ほんのりと薄紅に染まっていた。

 ――生きている。

 死が迫るような先ほどの彼とは違い、今のアレクシスは間違いなく生きていた。
 その事実が胸に満ちて、泣きたいような気分になる。

 対面した王子は、小さな小さな男の子だった。
 白い肌と輝くような銀髪がアレクシスによく似ていた。何と可愛らしい、と頬とつつけば赤子はむずがるように顔を顰めた。

 生まれたのは予定より少し早かったが、問題はない程度ということで安堵する。末の王子には自分と同じ名前を与えた。これは予め考えていたことで、赤子の外見とはあまり関係のないことだ。
 しかし、アレクシスによく似た王子に「エドワード」と名付けたことは、エドワードに予想以上の充足感を齎した。どうやら、自分は思っていた以上に独占欲が強いらしい。

 アレクシスはそれから数日起き上がれなかった。治療の一環として立つことはしているが、まだ身体が上手く動かないということで、寝台から自由に離れることは許されていなかった。

 エドワードは連日、アレクシスの元に通った。彼は少しずつであるが、回復しているように見えた。そしてようやく身体を起こして過ごせるようになったとき、話がある、と切り出された。その真剣な顔からだいたいの予想がつく。

「陛下……」
「離縁ならしないぞ」

 アレクシスがはっきりと口にする前に、エドワードの方から拒絶の意を示した。
 エドワードはアレクシスの身体について、侍医から説明を受けていた。
 アレクシスは今回の出産で子宮を摘出したという。出血がひどく、そうしなければ命が危うかったと言われ、エドワードはもちろんそうするべきだったと思った。今後子どもが産めなくなることなど、彼の命に比べたら些事でしかない。

 しかし、同時に告げられた「もう発情期は来ないかもしれない」という言葉には大いに動揺した。
 発情期が来なければ、番になることは出来ない。
 エドワードはアレクシスと番になりたいとずっと望んでいたのだ。それを正妃自身が許してくれて、次に発情期がくればそうなる予定だった。

 それなのに、もう発情期は来ないかもしれないという。それはつまり、これから先、一生アレクシスと番にはなれないということだ。
 アレクシスと番になるということは、エドワードにとってそれ以上の意味を持ったことだった。

 二十年以上に渡るすれ違いと、かつての愚行へ謝罪。その最もわかりやすい許しの形が番契約だ。
 それが永遠に失われてしまったかもしれないというのは辛いことだった。けれども、そんなことよりもエドワードが真っ先に考えたのは、この事実を聞いたアレクシス自身がどう思うかということだった。
 生真面目で完璧主義な彼のことだ。きっとひどく気に病むだろう。おそらく彼は、自らについた少しの瑕疵も許しはしない。

「陛下はお聞きになったのではないのですか」
「聞いたとは何をだ。君がもう二度と子を産めないことか? それとも発情期が来ないかもしれないということか。どちらも大したことではないだろう。子は先日生まれた末の王子も含めて六人もいるし、アルバートは成人していて婚約者までいる。君が産めずとも何の問題もない。発情期は……残念だが仕方がない。あのまま君を失ってしまうよりはずっといい」

 アレクシスに口を挟ませないように一気に言いきると、彼の美しい顔が歪む。透き通った青い瞳から堪えきれなかった涙がぽろぽろと溢れ落ちた。

 アレクシスと番になれないのは、かつて愚かだった自分への罰なのだろうとエドワードは思っていた。
 最初から、それこそ彼が嫁いできた二十七年前から彼を大切にして番になっていれば、今こんな風に苦しむことはなかった。自らの愚行に正妃を巻き込んだのは大変申し訳ないが、彼を手放すことは絶対に出来ない。離縁なんて絶対に許せるはずもなかった。
 声も出さずに泣く正妃の姿が痛ましい。そんなアレクシスにエドワードは言った。

「番になれないことを気に病んでいるなら、気にするな。君と番になりたいと言ったのは手段でしかないんだ」
「手段?」
「そうだ、君を逃さないための『手段』だ。これから一生そばにいてもらうために、それが一番確実だからな」

 番になれば、オメガである彼は自分から離れることはない。そこにあるのはアルファであるエドワードの自分勝手な独占欲でしかない。だから、アレクシスが気に病む必要は全くない。
 包み隠さずそう告げれば、アレクシスは困ったようにエドワードを見た。
 涙で濡れた瞳がきらきらと輝いて、世界で一番尊いもののように思えた。

 かつての愚行を許して欲しい、とは言えなかった。そんな浅ましいエドワードの思惑を、アレクシスはきっと気づいていない。否、気づかれるわけにはいかないのだ。気づかれてしまえば、意味がない。だって、彼はきっと無理やりエドワードを許そうとするだろうから。

 エドワードは膝の上で握りしめられていたアレクシスの手を握った。白く頼りないその手は、緊張しているのか冷たく微かに震えていた。

「もし、君が俺と一緒にいるのが死ぬほど嫌でだから絶対離縁したいというなら、まぁ、検討の余地はあるが……。いや、検討するだけだぞ。離縁するかしないかはまだ分からない。アレクシス、君は俺と一緒にいるのが嫌だろうか」
「陛下とともにいることが嫌だなんて、そんなことは……」
「ならば、番なれずともそばにいて欲しい。この国に正妃としての君が必要なのもあるが……、何よりも俺がひとりの男として君を必要としている」

 それに気づくのに、二十年以上もかかってしまった。そう苦笑すると、正妃は泣きながらも微笑んで、頷いてくれたのだった。


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