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第三十五話 フェリとルイン -2
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「ふっ」
「何がおかしいんですか」
ルインが真剣に怒っているというのに、シグルドが小さく吹き出した。
包帯まみれの顔をくしゃくしゃに崩して、それからあはは、と声を上げて笑い出す。
「いや、すまない。馬鹿にしているわけじゃなくて」
気色ばむルインにシグルドが言った。
「ルインらしいと思って」
「は?」
ルインらしい、も何もルインはルインだ。不快感を隠さず顔を顰めれば、それを見てシグルドはさらに嬉しそうな顔をする。
「正直なことを言うと、『フェリ・エイデン』という少年のことを全て思い出したわけじゃないんだ。ただ、頭を怪我したときにその名前を思い出したんだ。まさか、ルインも彼を知っているとは思わなかった。――『フェリ・エイデン』と彼を求めている男の関係をルインは知っているのか」
「知ってます」
問われて、ルインは素直に答える。嘘を言う気はなかった。
シグルドの言う夢が『夢』ではないと彼自身が気づいた今、誤魔化す意味はないと思ったからだ。もしかしたら、ルインはシグルドに知って欲しかったのかもしれない。
「フェリ」という男がどれだけ「レオン」を愛していたのかということを。
それから、ルインはシグルドに自分が知っている全てを話した。
自分たちが見ている夢が、夢ではなく実際にあった出来事であるということ。
夢に出てくるふたりは、かつて帝国に滅ぼされたリーヒライン王国の軍人で、竜騎士「レオン」はあの出陣の後「フェリ」の元には戻らなかったこと。「フェリ」は帰らない「レオン」を待ち続けて、その一生を終えたこと。
「あれはたぶん、前世の記憶ってやつなんだと思います。俺の中には残りかすみたいに『フェリ』の未練がこびりついている」
「前世……。じゃあ、俺がずっと探していたのはルインだったんだな」
ルインの言葉にシグルドが静かに返した。それを聞いてルインは眉を寄せる。
「何でそうなるんですか。違うって言ってるでしょ」
俺は「フェリ」じゃない。
先ほどから何度も口にしたそれをもう一度言えば、シグルドは動く左手でそっとルインの頬に触れた。かさついた親指が、ルインの頬を微かに擦った。
「違う。確かにルインは『フェリ・エイデン』じゃないかもしれない。けれど、それでも俺が見つけたのはルインだ」
「は?」
言われた意味が分からず、ルインは首を傾げた。
皮手袋をしていない手のひらは硬く、手綱を握るための胼胝ができていた。何度も肉刺が潰れるほど飛行訓練をしたのだろう。
シグルドの手は帝国の誇る竜騎士の手だ。
「ルインに初めて会ったとき、どうしようもなく気になったんだ。言葉を交わすうちにいつの間にか好ましく思うようになっていた。ルインが好きだよ。俺はずっとその気持ちが、俺をずっと待っているはずの夢の中の少年への裏切りのように感じてしまって、苦しかった」
ルインはシグルドの手にそっと自分のそれを重ねる。骨ばった指先が、微かに震える手を包みこんだ。
「だから、この気持ちは絶対に言わないつもりだったのに、あの日ルインに触れてしまったから。君が恋しくて堪らなくなった。あの少年が大切なのに、どうしてこんなにもルインを守りたいと思うのか分からなくて、距離を取ろうとした俺を許してくれなくていい。ただ、君を想うことが、『フェリ』への裏切りではないことが分かって、とても嬉しいんだ」
シグルドがそう言って優しく微笑む。その顔が心底幸せそうで、ルインはひどく複雑な気持ちになる。
「……俺が『フェリ』じゃなくてもいいんですか」
「ルインが『フェリ』と違うのは当たり前だろう。見た目も性格も全然違うじゃないか。俺が生まれて初めて好きになったのは、ルイン、君だよ」
「シグルド……」
それはきっとルインが一番欲しかった言葉だ。
シグルドが探していた金髪の少年「フェリ・エイデン」。彼の記憶を持っていても、ルインは「フェリ」にはなることは出来ない。
シグルドは絶対にルイン自身を見てくれないのだと思っていた。けれど、そうではなかったのだ。
シグルドが恐れていたのは、「フェリ」を裏切ることだという。ルインを愛することで、「フェリ」を裏切ることになると思ったから、彼は自分と距離を取った。
しかし、そうではないとしたら――。
ルインと「フェリ」は全く違う人間だけれど、ルインを愛することはきっと「フェリ」への裏切りにはならない。
シグルドは「フェリ」の記憶ごと、ルインを愛してくれると言っているのだ。
「何がおかしいんですか」
ルインが真剣に怒っているというのに、シグルドが小さく吹き出した。
包帯まみれの顔をくしゃくしゃに崩して、それからあはは、と声を上げて笑い出す。
「いや、すまない。馬鹿にしているわけじゃなくて」
気色ばむルインにシグルドが言った。
「ルインらしいと思って」
「は?」
ルインらしい、も何もルインはルインだ。不快感を隠さず顔を顰めれば、それを見てシグルドはさらに嬉しそうな顔をする。
「正直なことを言うと、『フェリ・エイデン』という少年のことを全て思い出したわけじゃないんだ。ただ、頭を怪我したときにその名前を思い出したんだ。まさか、ルインも彼を知っているとは思わなかった。――『フェリ・エイデン』と彼を求めている男の関係をルインは知っているのか」
「知ってます」
問われて、ルインは素直に答える。嘘を言う気はなかった。
シグルドの言う夢が『夢』ではないと彼自身が気づいた今、誤魔化す意味はないと思ったからだ。もしかしたら、ルインはシグルドに知って欲しかったのかもしれない。
「フェリ」という男がどれだけ「レオン」を愛していたのかということを。
それから、ルインはシグルドに自分が知っている全てを話した。
自分たちが見ている夢が、夢ではなく実際にあった出来事であるということ。
夢に出てくるふたりは、かつて帝国に滅ぼされたリーヒライン王国の軍人で、竜騎士「レオン」はあの出陣の後「フェリ」の元には戻らなかったこと。「フェリ」は帰らない「レオン」を待ち続けて、その一生を終えたこと。
「あれはたぶん、前世の記憶ってやつなんだと思います。俺の中には残りかすみたいに『フェリ』の未練がこびりついている」
「前世……。じゃあ、俺がずっと探していたのはルインだったんだな」
ルインの言葉にシグルドが静かに返した。それを聞いてルインは眉を寄せる。
「何でそうなるんですか。違うって言ってるでしょ」
俺は「フェリ」じゃない。
先ほどから何度も口にしたそれをもう一度言えば、シグルドは動く左手でそっとルインの頬に触れた。かさついた親指が、ルインの頬を微かに擦った。
「違う。確かにルインは『フェリ・エイデン』じゃないかもしれない。けれど、それでも俺が見つけたのはルインだ」
「は?」
言われた意味が分からず、ルインは首を傾げた。
皮手袋をしていない手のひらは硬く、手綱を握るための胼胝ができていた。何度も肉刺が潰れるほど飛行訓練をしたのだろう。
シグルドの手は帝国の誇る竜騎士の手だ。
「ルインに初めて会ったとき、どうしようもなく気になったんだ。言葉を交わすうちにいつの間にか好ましく思うようになっていた。ルインが好きだよ。俺はずっとその気持ちが、俺をずっと待っているはずの夢の中の少年への裏切りのように感じてしまって、苦しかった」
ルインはシグルドの手にそっと自分のそれを重ねる。骨ばった指先が、微かに震える手を包みこんだ。
「だから、この気持ちは絶対に言わないつもりだったのに、あの日ルインに触れてしまったから。君が恋しくて堪らなくなった。あの少年が大切なのに、どうしてこんなにもルインを守りたいと思うのか分からなくて、距離を取ろうとした俺を許してくれなくていい。ただ、君を想うことが、『フェリ』への裏切りではないことが分かって、とても嬉しいんだ」
シグルドがそう言って優しく微笑む。その顔が心底幸せそうで、ルインはひどく複雑な気持ちになる。
「……俺が『フェリ』じゃなくてもいいんですか」
「ルインが『フェリ』と違うのは当たり前だろう。見た目も性格も全然違うじゃないか。俺が生まれて初めて好きになったのは、ルイン、君だよ」
「シグルド……」
それはきっとルインが一番欲しかった言葉だ。
シグルドが探していた金髪の少年「フェリ・エイデン」。彼の記憶を持っていても、ルインは「フェリ」にはなることは出来ない。
シグルドは絶対にルイン自身を見てくれないのだと思っていた。けれど、そうではなかったのだ。
シグルドが恐れていたのは、「フェリ」を裏切ることだという。ルインを愛することで、「フェリ」を裏切ることになると思ったから、彼は自分と距離を取った。
しかし、そうではないとしたら――。
ルインと「フェリ」は全く違う人間だけれど、ルインを愛することはきっと「フェリ」への裏切りにはならない。
シグルドは「フェリ」の記憶ごと、ルインを愛してくれると言っているのだ。
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