転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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第二十九話 侵入 -1

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 鉄道の哨戒の強化はすぐさま行われた。
 岩山と渓谷に囲まれたヴィンターベルク城塞にとって、物資を運んでくる鉄道は文字通り生命線だからだ。

 ヴィンターベルクから伸びる線路は、城塞の内側から岩山を繰り抜いて作られたトンネルを通って、連なる連峰の西側を通っている。山向こうにはコーレ平原が広がり、それをさらに東に進むとストラナー連邦がある。

 ストラナー連邦が軍を展開している平原と、本拠地としているアイスランツェ砦から線路を狙うためには、堅牢な城壁を破るか針のように鋭く聳える岩山を越える必要があった。
 城壁を破るためには攻城兵器が必要であるが、真冬のヴィンターベルクではそんなものは使えない。吹き付ける風と深い雪が攻城兵器自体を拒むからだ。

 だからこそ連邦は竜騎士を使い、壁を越えようとしていたのだ。しかし、それはヴィンターベルク側の強固な抵抗にあい叶うことはなかった。そうなれば、連邦がとれる方法はひとつである。

「この雪の中、山を越えて来ますかね?」

 深い雪が積もる尾根を見上げて、それこそ自殺行為だ、とラルフは言う。しかし、実際その自殺行為をした連邦兵を昨日ひとり撃ち殺したところだった。
 その報告は受けているはずのラルフは、それでも半信半疑といった様子でシグルドを見た。

 常ならば柔らかく輝く彼の橙色の髪は、今は分厚い毛皮の帽子に隠されている。睫毛には雪が積もり、寒さで鼻が赤くなっている。
 本日の天候は雪。昨夜から続いていた吹雪は幾分か弱まったが、それでも風と雪は叩きつけるように強く吹いている。こんな天気の中、山を越えてヴィンターベルクに侵入して来ようとするなんて者は普通であればいないだろう。それこそラルフの言う通り、死にに行くようなものだった。

 しかし、連邦には他に道は残されていない。誰かひとりでも爆弾を抱えて線路に飛び込めば、それは連邦にとっての勝利を意味しているのだから。

 シグルドが冷静にそう言えば、ラルフはひどく嫌そうに顔をしかめた。
 ラルフ・シュヴァルベはルインと同期の竜騎士だ。少年兵として入隊したのが同時期で、それ以来ずっと仲のいい友人としてこのヴィンターベルクで過ごしていたらしい。

 竜騎士となって四年目を迎えた彼は、決して幼いわけでも経験が乏しいわけでもない。それでも、いたずらに命を捨てるような作戦を立てる連邦には嫌悪感を抱いたらしい。

 彼の素直な気質は好ましいものだ。だからこそ、あの警戒心の強いルインとも仲がいいのだろう。今頃、竜舎で竜の世話をしているだろう、小さな竜師を思い出してシグルドは顔を綻ばせた。

 竜騎士による哨戒は日に五回、ふたり一組で行われる。
 元々、城塞内の哨戒は行われていたので、その足を少し伸ばして街にある駅から山を貫くトンネルを少し超えた辺りまで――人の足で踏み入れることが出来る場所までを巡回していた。

 トンネルを越えれば、線路は山影に遮られて雪と風の影響をあまり受けなくなる。
 常に厳しい自然に晒されているヴィンターベルクではあるが、その命である鉄道は山によって守られているのだ。

「今日も異常なしですね」
「少し、山の中も見た方がいい」
「了解」

 シグルドの指示に、一瞬だけラルフが動きを止めた。
 冷え切ったその顔に正気か? と書かれているような気がしたが、それでもすぐに頷いたのは軍人としての矜持だろうか。帝国の竜騎士であるラルフも、決して必要なことを厭うことはない。

「うはぁ……、膝まで埋まる」

 雪が避けられた線路から少し山に入れば、そこには深い雪が積もっている。
 ずぼずぼと雪を踏みしめながら、ラルフはシグルドの前を歩いていく。シグルドは少し離れたところでアーベントに跨った。

「俺は空から見る」
「了解。昨日、連邦兵がいたところを確認したら自分も空に上がります」

 敬礼しながら、ラルフが答えた。
 その言葉に頷いて、シグルドはアーベントの腹を蹴った。風除けのゴーグルをしっかりとはめて、手綱を握りしめる。アーベントは四枚の羽根を大きく羽ばたかせて、広い空へ飛び出していく。

 ラルフに続くように山に入っていったのは、ヴィンターベルク側の歩兵部隊だった。
 彼らも四人一組で、竜騎士とともに鉄道の哨戒を務めている。竜騎士が空や崖側から鉄道を見て回るのに対し、歩兵部隊は先ほどのラルフのように自分たちの足で歩いて侵入者がいないか確認する。

 昨日、雪に紛れて山を下りて来た連邦兵を発見したのは、歩兵部隊だった。
 切り立つ岩山には、山越えのための細い道がある。通常、夏の間に地元の猟師たちが使うその道は、蜘蛛の巣のように山の中に細く張り巡らされている。けれども、本来であればその道を使えるのは猟師たちだけなのだ。幾度も山に入り、道を覚え、山の気配を読む。

 猟師たちはそれを生業としているからこそ、山に入っても生きて戻ってくることが出来る。それでも、冬の山には入らない。


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