上 下
106 / 120
【三章】技術大国プラセリア

55.約束

しおりを挟む
 ――俺はカティアから事のあらましを聞いた。

 なんとなく想像はしていたけれど、リンの両親がすでに帰らぬ人となっていたという事実。その残酷な真実を、いまだ両親の帰りを待つリンに直接伝えていただなんて。
 しかも、GODSが私利私欲のために嬲り殺しにしたという残酷な真実を聞かされたのであれば、リンの心が壊れてしまっていても不思議ではない。

 あの球体の内側で、リンは心を閉ざしてしまっているのだろう。これ以上の悲しみを生み出さないように、なにも考えず、なにも感じないようにと、あらゆる感覚を絶っている状態なのかもしれない。

 だとしたら、俺たちにできることはなんなのだろう?

 ――いや、考えるまでもない。できることなんて、ひとつしかない。

 リンに、俺たちの想いをぶつけよう。聞こえていないのなら、聞こえるまで。届かないなら、届くまで。何度も、何度でも。

 それが今の俺たちにできる唯一のことなのだから。





 ――まっくら。なにも見えない。

 ここは夢の中?
 なんでリンはここにいるんだっけ?

 まっくらなのは夜だからなのかな、まだ朝にならないのかな。

 ……さみしい。どこになにがあるのかもわからないよ。
 パパ、ママ。ここはどこなの?
 リンを迎えに来てよ。ひとりぼっちにしないでよ。

 いっぱい遊んでれば、早く帰ってくるって約束したよね。たくさん、たーーくさん遊んで待ってたのに、まだ帰ってきてくれないの?

 リンのこと、嫌いになっちゃったの……?


『――だから夫妻を投獄し、無理矢理奪ったのだ』


 ――っ!

 頭がずきっとして、聞き馴染みのない声が頭のなかに響いた。
 まっくらでなにもないのに、その声だけはっきりと聞こえる。

 でも、この声は聞いちゃいけない気がする。聞いた言葉を思い出すのだってダメって感じがする。


『結局、死ぬまで口を割らないとは思わなんだ』


 それでも、どうやっても声は聞こえてくる。目をつぶっても、耳をふさいでも、リンが聞こえないふりをしていても、何度も、何度も。


『ありとあらゆる拷問を試していたのだが、途中で耐えきれなかったのか自決してしまってな』


 やめて、もうやめて……!
 聞きたくない、聞きたくないよ……!

 ずきん。ずきずき。

 声が聞こえるたびに、自分のどこかが削り取られるように痛い。
 こんなに痛いなら、もうなにも感じられなくなったっていい。こんなに苦しいなら、もうなにも考えられなくなったって……!


『『リン』』


「――っ!」

 聞こえたのは、いやな音じゃない。あたたかくて、懐かしくて……ずっと、ずっと聞きたかった声。

「パパ、ママっ!?」

 どこ?
 どこにいるの?

 今のはぜったいにパパとママの声だった。さっきまで痛かったのなんか全部忘れて、匂いをかいで、光を探し、耳をそばだて、なにかに触れようと、なんでもいいから手がかりを得ようと、必死になって手を伸ばした。

「リンはここだよ! ここにいるよっ!」

 こつん、となにか硬いものに手が触れる。
 触れた場所がぼんやりと光り、やがてどんどん大きくなって、人の形になった。

『リン、自分をしっかり保つんだ。苦しいからって、全部捨てちゃいけないよ』

 パパの声だ。なでなでしてくれるときの、優しくてあったかい、大好きなパパの声。

『リン、あなたは強い子でしょ? あんな言葉に負けちゃダメよ』

 ママの声だ。怒ると怖いけど、でもちゃんとリンのことを見てくれている。厳しいけど、大好きなママの声。
 
「――会いたかった、会いたかったよぉ!」

 夢の中だろうとなんだっていい。ずっと溜め込んでいた思いを込めて、おもいっきり抱き締めようと光へ飛び込む。

 すかっ。すかっ、すかっ。

 何度触ろうとしても、抱き締めようとしても、この手は大好きな人をすり抜けていく。

「なんでっ! なんでなのっ!? これがリンの夢の中なら、もっと思いどおりになってくれてもいいのに! う、うぅ……!」

 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
 確かにそこにいるのに、声だって聞こえるのに、どうしたって触れさせてはくれなかった。
 
 ぬくもりを感じたい。頭をなでてほしい。そうしたら、リンも大好きだよって伝えるの。それだけでいいの。それだけを、ずっと……!

『……ごめんなさい、リン。もう私たちはあなたを抱き締めることができないの』

「――っ! なんで……どうして!? いやだよっ、いやぁっ! リンのこと嫌いになっちゃったの!? リンが悪い子だったから!?」

『リンはとっても良い子だったよ。パパとママが保証する。悪いのは僕たちだ。ごめんねリン、約束を守れなくって』

「まもっ……守れなくていいから! もうちょっと遅くなってもいいから! だから必ず帰ってきてよ! リンのところに、かえ……って、きてよぉ……」

『『…………』』

 パパとママからの返事がない。
 どうしてなにも言ってくれないの?
 謝ってばっかりじゃ、リンはなにもわからないよ。

「……ねぇ、なにか言ってよ。リン、もっともっといい子にしてるから、約束してよっ!」

『――リン、私たちはね、ずっとずっと遠くに行っちゃうの。だからね、もうリンのところへは帰れないわ』

「じゃ……じゃあ、リンも連れてって! こっちにこれないなら、リンがそっちに行くよ!」

『駄目だっ!! リン、こちらに来てはいけないよ』

「――っ!」

 どうして……どうしてそんなひどいこと言うの?
 リンはただパパとママといっしょにいたいだけなのに、会えるならぜんぶ捨てたっていいのに。

『いいかい? よーく聞くんだ。僕たちのいるところに来たら、今リンのことを呼んでいる人とは、もう会えなくなっちゃうんだよ? それでもいいのかい?』

「リンを……呼んでる?」

 だれかがリンのことを呼んでるの?
 でも、なにも聞こえないよ。パパとママの声と、頭がずきってなるあの嫌な声以外は、なにも……。


『『リンっ!!』』


「――あっ」

 聞き覚えのある声。リンの大好きな人の声。
 
「カーちゃん……ケーくん……!」

 ふたりが、呼んでる。リンのことを呼んでる。
 パパとママのところへ行ったら、ふたりに会えなくなるの?

 それはぜったいにいや。

 ……でも、どっちかしか選べないなんておかしいよ。なんでみんな仲良くいっしょじゃいけないの……?
 
『リン、約束をしましょう?』

「やく……そく?」

『そうよ、今度の約束は絶対に守るわ』

「ぜったい? ぜったいだよ?」

『ぜったい、よ。いい? これからリンと家族になってくれる人が必ず現れるわ。大人になって、大好きな人といっしょに幸せに暮らすの。そうやって幸せに過ごして、リンの大好きな人がどんどん増えて、おばあちゃんになって……。
 そうしたら最後は私たちがリンのことを迎えにいくわ、約束する。
 だから、今はカティアのところに帰ってあげて。今度会ったときには、リンと家族になった大好きな人の話とか、どんな経験をしたかとか……うーんと聞かせてね?』

「……ほんと? 迎えにきてくれる?」

『ええ、必ず』

「……うん。わかった」

 おばあちゃんになるまで待つのはたいへんだけど、ぜったいに迎えにきてくれるって約束してくれた。
 これならカーちゃんとケーくんとお別れしなくていいんだよね?

 さみしいけど、リンはがまんできるよ。
 みんながそろってるほうがいいもんね。
 
「……でも、リンはどうすればいいの?」

『簡単だよ。リンを呼ぶ声のする方へ行けばいい。さ、時間が惜しい。走りなさい』

「う、うん。じゃあ……パパ、ママ、!」

『『またね、リン』』

『愛してるわ』『愛してるよ』

 言われたとおり、カーちゃんとケーくんの声がするほうに走り出す。
 後ろは振り返らない。振り返ったら、もう走れない気がしたから。

 走っていると、前に光ってる扉みたいなのが見えてきた。
 これに入ればいいのかな。扉の前で立ち止まって少し考える。

『『リン!!』』

 カーちゃんとケーくんの声がはっきりと聞こえる。ここに行けばふたりに会えそう。

「えいっ!」

 迷っててもしかたないよね。パパとママを信じて、おもいっきりジャンプしながら光の中へ飛び込んだ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~

櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。

チートツール×フールライフ!~女神から貰った能力で勇者選抜されたので頑張ってラスダン前まで来たら勇者にパーティ追放されたので復讐します~

黒片大豆
ファンタジー
「お前、追放な。田舎に帰ってゆっくりしてろ」 女神の信託を受け、勇者のひとりとして迎えられた『アイサック=ベルキッド』。 この日、勇者リーダーにより追放が宣告され、そのゴシップニュースは箝口令解除を待って、世界中にバラまかれることとなった。 『勇者道化師ベルキッド、追放される』 『サック』は田舎への帰り道、野党に襲われる少女『二オーレ』を助け、お礼に施しを受ける。しかしその家族には大きな秘密があり、サックの今後の運命を左右することとなった。二オーレとの出会いにより、新たに『女神への復讐』の選択肢が生まれたサックは、女神へのコンタクト方法を探る旅に目的を変更し、その道中、ゴシップ記事を飛ばした記者や、暗殺者の少女、元勇者の同僚との出会いを重ね、魔王との決戦時に女神が現れることを知る。そして一度は追放された身でありながら、彼は元仲間たちの元へむかう。本気で女神を一発ぶん殴る──ただそれだけのために。

戦場で死ぬはずだった俺が、女騎士に拾われて王に祭り上げられる(改訂版)

ぽとりひょん
ファンタジー
 ほむらは、ある国家の工作員をしていたが消されそうになる。死を偽装してゲリラになるが戦闘で死ぬ運命にあった。そんな彼を女騎士に助けられるが国の王に祭り上げられてしまう。彼は強大な軍を動かして地球を運命を左右する戦いに身を投じていく。  この作品はカクヨムで連載したものに加筆修正したものです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

処理中です...