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【三章】技術大国プラセリア

46.死の恐怖

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「――かはっ!」

 どうやら背中から墜落したらしい。その衝撃で呼吸が乱れ、胃がひっくり返りそうな気持ちの悪さを感じる。
 まだ意識は保ってはいるものの、ちょっと気を抜けばいつ手放してもおかしくはなかった。

 サイクロプスはというと、ダメージを受けすぎたためか機能を停止しているようだった。表示されていたモニターや計器類が全て消えて、ただ真っ暗な空間にスマホの明かりだけがぼんやりと浮かんでいる。
 機能停止したことで『限界突破リミットブレイク』の効果も切れ、魔力を絞り尽くされなかったことは不幸中の幸いだ。

「く……うぅ、はやく立ち上がらなきゃ。機能を回復するにはどうしたらいいんだ……?」

 ――パキッ。

 なにかが割れるような乾いた音が、ちょっとした振動といっしょに聞こえた。
 すると不思議なことに、光が届かないはずのこの空間に、陽の光が差し込んだ。

「え……?」

 パキパキと音を立てて崩れていたのは今俺がいる場所。すなわち魔動人形のコア
 
「ちょ、待ってくれサイクロプス。俺はまだなにも救えていないんだ。リンも、アークライトにいるはずのみんなも。ゴードンさんたちだってまだ無事かもしれない! まだ終われないんだ! 頼む、まだ終わらないでくれ……!」

 俺の懇願もむなしく、眼前の外壁が崩れ大きな破片が落ちた。それは俺の顔をかすめていき、頬に鋭い切り傷を残した。
 怪我をしたというのに俺は頬に触れることすらしなかった。なぜならば、突然開けた目の前の光景に圧倒されていたからだ。

 大穴が空いた視界の先は真っ青な空。――ではなく、黒で埋め尽くされていた。
 重油のような粘っこさでうねうねと波打つその黒は、考えるまでもなく巨人の体の一部だろう。

 遠巻きに見るのと、実際に至近距離で見るのとでは、感じる印象はまるで別物だ。
 例えるならば、全てを飲み込みそうな真夜中の海が、こちらを飲み込もうとにじり寄ってくるかのようだった。

「や……めろ、それ以上俺に近寄るな……! 来ないでくれっ!」

 恐怖のあまり両手を伸ばしはね除けようとするも、実際にはまだかなりの距離があり虚しくも空を切るだけだった。

「――っ!?」

 ギョロリ。

 機械的なデザインではあるが、大きな瞳が目の前にいきなり現れた。それはただカメラの機能を果たすだけのもので、ガオウは機体の様子を確認するためになんの気もなしに生成したものだろう。
 だが俺の恐怖心を煽るには充分すぎた。無機質な視線を向けられ、無意識のうちに細かく身震いをしてしまう。

「ほう、あれだけ攻撃を受けても原型をとどめているとはな。だが核が破損してしまったか……これでは吸収しても意味がないか?」

「――ぁ」

「だがその魔動人形の能力は稀有だ。そのまま消すには惜しい。……物は試しだ、頂くとしよう」

 まるで独り言のようにガオウは呟いた。俺の姿が映っていないような口ぶりだ。
 俺が誘いを断った時点で既に見切りをつけていたのだろう。一度敵と認識した人間を排除するのに、僅かなの躊躇すらない。

 ズズ、と巨人の腕がサイクロプスへと伸びるのが見えた。

 今すぐここから逃げ出すべきなのだが、情けないことに足がすくんでしまい、最初の一歩を踏み出すことができない。

「くそっ……俺がもっと冷静に戦えていれば、もっとうまくやれていれば……!」

 冷静になって考えれば、限界突破の持続時間が一分程度だったのも今となっては理解できる。
 体感三分程度なんて曖昧な認識だったけど、結局俺自身の魔力総量は変わらないんだ。要は魔力消費量によって持続時間は変動する。

 飛行機能に思ったよりも魔力を持っていかれていたんだろう。しかも熱くなりすぎて、必要もないのに常に全速力でスラスターを噴かしてたせいだ。
 もっと慎重になっていれば、試運転の一つでもできていれば、また結果は違ったのかもしれない。

 ……いまさらたらればの話をしたところで結果は覆らないのだけれど。

「ごめんカティア……約束、守れそうにない。シルヴィア、フラム……君たちも守れなかった」

 ――ああ、ここまでか。

 思えばこの世界に来てから今まで、平凡な俺にしては上出来すぎたのだ。なんだかんだで今回もなんとかできる、俺には特別な力がある。……そうやって思い違いをしていた。
 
 結局はただの平凡な人間だったのだ。特別なんかじゃない。

「ごめん、みんな――」

 己の無謀さを悔い、ぎゅっと目を閉じる。

 やがて視界は、真っ赤に染まった――。

 
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