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【二章:閑話】

シルヴィア回想編③

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「そんな……馬鹿な……」

 魔動決闘が王家により正式に受理され、決闘に向けての準備をしようとした矢先、それは起きました。

 当家のお抱え人形技師が全員、謎の失踪を遂げたのです。
 ……それも、ヴァイシルト家が管理する全ての魔動人形を持ち出して。

 その事実を知り、お父様は頭を抱えます。

「お父様気を確かに。まだ負けたわけではありません、希望を持ちましょう」

 魔動人形を失ったのは痛手ですが、まだ決闘まで期間はあります。
 決して安くない買い物ですが、魔動人形は購入することができますし、人形技師の方も探せば必ず居るはずです。

 そう思って声をかけたのですが、お父様が落ち込んでいたのには別の理由がありました。

「そうではない……当家から離反しようと考えていた者がいたのに気付けなかったのが悔しいのだ」

「あっ……」

 思えばアイギスの隠し場所を知っている人物に、人形技師長も含まれていました。このタイミングで部下もろとも失踪をしたということは……実行犯は彼なのかもしれません。

 とても気さくな方で、私も幼少の頃より交流がありましたが、心中では不満を抱えていたのでしょうか。
 お父様に至っては長い付き合いでしたでしょうから、これが真実だとしたら、私などよりよほど大きいショックを受けていることでしょう。

「お父様……心中お察しします。ですが勝負に負けるわけにはいきません。すぐに行動するべきです」

「シルヴィア……そうだな。早速魔動人形を扱う商人にかけあってみよう」



 それから魔動人形購入のため、お父様は奔走しました。けれど探せど探せど魔動人形は一向に手入できませんでした。

 確かに魔動人形は希少故に流通量はそう多くないものの、どこを探しても見つからないなど、異常な事態と言えます。
 商人に話を聞くと、ここら一帯の魔動人形はとある人物によって買い占められてしまったようなのです。

 何者かの手が回ったとみて間違いないでしょう。そしてそれはおそらく……。

「カマセーヌさんと交渉するしかないでしょうか……」

 私でもできることがないか模索した結果、決闘の時期をずらしてもらうよう、直接交渉に行くしかないと考えました。
 私に好意……いえ、興味を持っている様子だったので話ぐらいは聞いてくれるでしょう。

 お父様に相談すれば反対されるのは明白だったので、私は黙って家を出ました。

 ――それがいかに浅はかな考えだったのかも知らずに。



「きゃっ! やめて、やめてください!」

「へへ、大人しくしなよお嬢ちゃん。あんまり暴れるとそのきれいな顔に傷がついちまうぜ?」

 カマセーヌさんの元へ向かう道中、馬車が人気ひとけの無い道に差し掛かった頃、突然野党に襲われ、私を含め同じ馬車に乗り合わせた人間全員を拘束してきたのです。

 完全に油断をしていた私は、抵抗する暇もなく両手を拘束されてしまいました。
 多少武術の心得はあるのですが、自由が効かない状態でナイフを頬へと突きつけられては、私には従う以外の選択肢はありませんでした。

「ようしいい子だ。大人しくしてりゃ痛い目にはあわなくてすむぜ。大事な
 
 商品……?

「誰かに依頼されたのですか? やはりカマセ――むぐっ!」

 口に布のようなものを噛まされ、私は彼らの目的を聞き出す間もなく、言葉を発することができなくなりました。

「許可なく喋るんじゃねぇよ! ったく、五月蝿くてかなわねぇな」

「――なっ! な、なんだこいつ!?」

「うわぁっ!」

 もうダメかと思ったその瞬間、野党の一人が大声をあげました。

 声がした方を向くと、一人、また一人と野党が宙を舞っています。

「お嬢様っ! ご無事ですか!?」

 あれは……クロード!?

 執事長であるクロードがなぜここに……いえ、最初からお父様にはお見通しだったのかもしれません。
 私が独断行動に出ることも、このような危険が待ち受けていることも。全て。

 私の武術の師範を務めていたこともあり、クロードの実力はよく知っていました。クロードならば並みの人間が束になっても敵わないでしょう。

「なんだあのオッサン……素手なのに武装した俺たちをああも易々と……!」

 ですが状況が悪すぎました。

 冷静にその様子を見ていた野党のリーダーらしき男は、私の首元にナイフを突きつけながらこう言いました。

「おい、大人しくしな! お前の大事なお嬢様に傷をつけたくなかったらな! それと、そこらの一般人にももっと気を配ってやれよ?」

「くっ……」

 リーダーの言葉を汲んで、まだ動けるメンバーが偶然乗り合わせただけの方にもナイフを突きつけました。
 中には小さい子供や老人もおり、自力で抜け出すのは困難でしょう。

 人質が私だけならクロードはなんとかしたかもしれませんが、この数の人質を取られてはさすがに打つ手がなかったようで、クロードは両手を挙げ降参の意を示しました。

「おい、例の拘束具をこのオッサンに使え。厳重にな。身なりもいいし、こいつもあの家の重要なポジションに就いているだろうから交渉材料に使えそうだ」

 あれよあれよという間にクロードは鎖で四肢を拘束され、馬車に押し込まれます。続いて私も馬車へと連れ込まれました。

「チッ……完全にのびてやがる。面倒かけさせやがって……仕方ない、何人かでこいつらをアジトまで運んで看病してやれ。一般人の方は放置してかまわねぇ」

「了解です」

 よかった、あの方たちはこの場で殺されはしないようですね。
 ここは馬車がよく通る道なので魔物も少なく、いずれ誰かぎ通りかかるでしょう。絶対とは言えませんがとりあえずは安心です。

 こうして、クロードの活躍により当初の半数近くまで数を減らした野党に連れられ、私とクロードは何処かへと運ばれていきました。

 一夜明け、魔物が生息する地域へと足を踏み入れた野党は警戒のため全員で馬車の周囲へと散らばったようでした。

 今は馬車の中には私とクロードの二人きり。
 脱出するには絶好の機会ですが、会話もできなければ手足も動かせない状況下では打つ手がありません。

 おそらくこの野党はカマセーヌ家の差し金でしょう。ここまで用意周到に策を巡らせていたとは予想外でした。
 本気でヴァイシルト家を潰し、取り込もうと考えているようです。

 神様……どうか今一度私にチャンスをお与えください。このまま私が人質に取られようものなら、私はお父様の……いえ、ヴァイシルト家のお荷物にしかなりません。
 このまま戦わずして負けるなんて納得できません。どうかお願いします……!

 ――こうやって、存在するかもわからない神様へと助けを請うしか、今の私にできることはありませんでした。
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