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【最終章 地炎激突】

未来への一歩

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「あれは……!?」

 遠くに光の柱が立ち上ぼり、アースは驚きで目を見開いた。
 リーフェルニアの民達も、どこまでも高く昇っていく光をポカンとした表情で見上げていた。

「なんだっんスかあれ……」

 やがて光が収まると、ガウェインがぼそっと呟いた。

「なんやなんや!? ま、まさか魔王軍の新手とちゃうやろな!?」

「あの方角……まさか!?」

 戦いは終わったのだと、誰もが気を抜いていたところに謎の現象が起きたのだ。不安に駆られ、ざわめく者もいた。
 そんな中、アースには心当たりがあった。光が発生した方角、そこはアースとフレアルドが戦闘していた場所だったのだ。

 そこには倒れたフレアルドが居て、滅戯竜メギドラ隊が救援に向かっている筈だった。
 その場所で謎の光の柱が発生した、これは何事かあるに違いないとアースの直感が告げたのだ。

「すまない皆、様子を見てくる」


「我輩も行こう。謎の光……領主として確認せねばなるまい」


 アースはレオナルドと共に光の柱の発生源へと向かった。
 その場所へと辿り着いた二人が見たものは、異様な光景だった。

 直径10メートル程の大穴がそこにはあった。アースは穴の中を覗き込むも、闇が広がるばかりで、その深さは計り知れない。
 恐らくは何らかの強い力が地面へと放たれ続け、その結果この大穴が空いたのだとアースは予測した。
 そして光の柱は、その力の残滓のようなものだとも。

「これは……やはり俺の嫌な予感が当たってしまったのか……?」

「ん? どういうことだ、アース」

 レオナルドもアースと同様に、穴を覗き込んでいたが、アースの独り言に反応し、問いかける。

「さっきの魔王軍の隊長格の男……ゴラウンだったか。別れ際あいつから何か覚悟めいたものを感じた。フレアルドの話をした途端のことだったから、まさかとは思ったが……」

「つまり……ゴラウン殿が、魔王軍四天王であるフレアルドを殺した……と? 一体何のためだ?」

「わからない……この有り様では死体も残らないだろう。仮に俺の予測が正しかったとしても、確認のしようがない。どこかで生きている可能性だってある。だが事実だと仮定したならば、この後情勢は大きく変わるだろうな……」

 魔王軍の戦力の中核を担うフレアルドが他界したことが帝国に知れれば、必ず何らかの動きを見せるだろう。
 そうなれば防戦一方だった帝国軍と立場が逆転し、今度は魔王軍が追い詰められる番だ。
 絶対的存在だった魔王、そして四天王最強である男を失った魔王国は、いずれ敗れるだろう。

 そうなれば魔王国は滅び、人間族によって魔族は駆逐される。人間族によって統治される世界に変わるのだ。
 魔族は生きる場所を失い、処刑されるか、良くて奴隷として生きる以外にないだろう。

 これではアースの望む世界とは程遠い。
 だから、そんな未来を変えるためにアースは大きな決断をした。
 
「レオナルド……俺は一度サタノキアに帰ろうと思う」

 このままレオナルドらと共に、隠れて暮らす選択肢もあった。深い確執を持っていたフレアルドが死んだのならば、尚更その方が良いのかもしれない。

 しかしアースの人生の大半は、魔王国で過ごしてきた。
 その魔王国が滅びるかもしれないという時に、アースは黙って見過ごすことなど出来なかった。
 
「なっ……!? 本気か!?」

「ああ、とりあえずは皆の暮らせる場所の目処が立った後になるが……どうしてもサタノキアの現状を直接確認したいんだ」

「しかし……危険ではないのか?」

 レオナルドの杞憂はもっともだ。アースには魔王殺害の容疑がかけられたままでいる。
 処刑されたことにはなっているが、もし生きていることが公になれば執拗に追われることになるだろう。
 アースの顔があまり知られていないのが不幸中の幸いではあるが、四天王をはじめ、一部の者は知っているため、全く危険がないわけではない。

「もちろん、様子を見るだけだ。用が済んだらすぐ戻る。俺の帰るべき場所は、皆が居る所なのだからな」

 と、アースは言ったが、実際に困窮している現状を目の当たりにしてしまったら、アースの性格上、見て帰ってくるだけとはいかないだろう。
 それはレオナルドも理解していた。

「アース……わかった。お前が決めたことならば何も言うまい。ただし、一つ条件がある」

「……なんだ?」

 アースは自分でも突拍子のないことを言っているのは自覚していた。なので、自分の我が儘を通す分、レオナルドがどんな条件を出されても呑むつもりでいた。

「エレミアがお前に付いていきたいと言ったなら、望む通りにしてやって欲しい」

「なっ!? 何を言っているんだレオナルド! 俺が行くのは魔王国サタノキアだ! 人間族であるエレミアが行ったらどうなるかわかってるのか!?」
 
 先程とは逆に、今度はアースがレオナルドの発言に驚愕した。
 予想の斜め上を行く言葉に、さすがのアースも動揺を隠しきれないでいる。
 それだけ無茶苦茶な事を言ったのだ。

「アース。お前だって人目につかぬよう動くつもりなのだろう? だったら一人ぐらいなら増えても問題なかろう」

「いや、しかし……!」

「それに、だ。やっとことで娘の想いが通じた途端に一人にされるだなんて、親として納得できんぞ」

「あ……いや、なんでそれを……?」

 二人の想いが通じ合ったのはつい先刻の事。そしてその事は誰にも伝えてはいない。
 だと言うのにレオナルドはその事を知っていて、その上で娘の気持ちを考え、アースにこのような条件を出したのだ。

「我輩の娘だ。それぐらいは顔を見ればわかる。……で、どうなんだ? アース」

「いや、どうと言われても……親としては止めるべきだと思うのだが」

「そんなことを聞いているのではない。お前は本当にエレミアと離れたいと思っているのか? どうなんだ?」

 もちろんアースとて可能な限りエレミアの傍に居たいとは思っている。
 しかし心ではそう思っていても、魔族の国へ人間族であるエレミアを連れていくのはどう考えても現実的ではない。
 親であるレオナルドは当然として、領民の誰からも良く思われないだろうと、最初からそんな選択肢はアースの中にはなかったのだ。

「俺は……俺だってエレミアとは離れたくない」

 だが他でもない、一番反対するだろうと思っていたレオナルドの言葉によって、アースの心の底に沈んでいた想いが輪郭を表す。

 心臓の奥がきゅっと締めつけられるような感覚がある。
 アースは、この感覚がまるで、もう一人の自分にもっと強欲になれ、もっと自分の思うように行動しろ、と言われているように感じられた。

「――決めたよ、レオナルド。俺はエレミアと共に行く。いや、連れて行かせて欲しい」

「フッ、最初から素直にそう言っておけば良いものを! 娘の幸せを願わぬ親がいるものかよ」

 そう言いながら、レオナルドはその豪腕で力任せにアースの肩を叩く。

「まあ、本人の意見を聞いていないから、何とも言えぬがなっ! ガハハッ!」

「痛っ、痛いぞレオナルド!」




 こうして、アースはエレミアと共に魔王国へと向かうことを決めた。
 この話を切り出されたエレミアが、同行を断らなかったのは言うまでもない。

 残されたレオナルドらは、エドモンドを頼りにコンクエスター領へと向かうことにした。

 一方、アースとエレミアの行き先である魔王国サタノキアには、様々な苦難が待ち受けているだろう。
 しかし、彼ならば……いや、彼らならばきっと乗り越えていけるはずだ。
 

「――さあ、行こうか」

「ええ、行きましょう」

 二人は手を繋ぎながら、新たな旅に出る。
 その目に、希望を宿して。


 これは、一人の貴族令嬢と、元魔王軍四天王という異色の経歴を持つ使用人の物語。
 二人が共通して想い描く理想の世界。その実現に向けて動き出した、長く続く物語の最初の1ページ。


 彼らの理想が、生まれたばかりの小さな蕾だとしても。
 いつか花開く、その時を信じて。

 今はまだ、一歩一歩進んでいこう。

 紡いだ絆が、解けぬように。

 繋いだこの手を、離さぬように――

 

 【完】
 
 
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