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【最終章 地炎激突】

本当の望み アース視点

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 何の灯りもない暗い夜。自分以外の生物が存在しないような湖の水底にいるような感覚だった。
 音もなく気配もない。目に写るのは暗闇だけ。いや……そもそも、目という機能が働いているかどうかすらわからない。
 
「ここは、俺の心の中か……? いや、正確には今表に出ている『あいつ』の心の中なのか……?」

 もう一人の俺と会話したあと、意識を失ってしまった俺はまたしても謎の空間にいた。
 あの時と同じで今の俺には肉体が無い。今度はあいつの姿もない。何一つ写ることのない真っ暗闇だ。

 ここがどういうところなのかはわからないが、一つはっきりしているのは、間違いなく自分が存在しているということだ。こうして思考し、言葉を紡ぐことができるのだから。
 
「――っ!?」

 微かだが急に声が聞こえた……誰かの声がどこからか微かに聞こえる。この声は……フレアルドか?
 そして急激な力の昂りを感じる。俺の体に何か起きたんだろうか。

 もう一人の俺と感覚を共有しているのだろうが、俺が慣れていないせいか情報が断片的にしか入ってこない。

 現実では今何が起きているのだろうか。今の状況を把握したいところだが、生憎と何をどうすればいいのかもわからないし何の手立てもない。
 魔王因子によって生まれたもう一人の俺も、俺の中でずっとこんな閉塞感に苛まれていたのだろうか。

 そう考えていたのも束の間、頭の中を強烈な衝動……おそらくは殺意と考えられるものが支配した。
 しかしそれは一瞬のうちに霧散し、どこか心地良い、暖かい感情へと変化する。

 微かに聞こえる声は、今度はフレアルドではなく女性の声。
 その声を聞いた俺の心が満たされる。この感情は俺のものだ、あいつのものじゃない。何故かそれが理解できた。
 しかし俺が何故満たされているのか、その感情の根源がわからない……声の主を俺は知っている筈なのに思い出せない。
 
「――アース」

 今度ははっきりと聞こえた。俺を呼ぶ声。温もりのある優しい声。その声を聞いた瞬間、曖昧だった俺という存在が具現化した。目覚めたと言っていい。

 精神世界の中ではあるが、肉体を得たのだ。見慣れた自分の体が確かに存在し、思い通りに動かすことが出来る。
 俺は声のする方向へと走った。この感情はなんなのか。衝動のままにどこまで続くかもわからない暗黒の世界をただひた走る。

 永遠かと思うほどの長い暗闇だったが、走っていると遠くに光が見えた。僅かな光ではあったが、俺は迷わず光へと向かった。

「この光は……!」

 やがて光へと辿り着いた俺は、その光に触れようと手を伸ばしたものの、触れることは叶わなかった。

 しかし、光の隙間からは景色が広がっていた。見覚えのある景色……おそらくだがこの隙間から垣間見えているものは、現実世界でもう一人の俺が見ている風景だろう。
 
 そこに写るのは一人の少女。言葉は途切れ途切れでしか聞き取れなかったが、何かを訴えているように聞こえる。
 彼女の顔を見ていると不思議な衝動に駆られるのだ。どうしようもなく彼女に触れたい。抱き締めたい……と。

 すると、彼女の首へと腕が伸びた。肌の色が俺のものではなかったが、おそらくはもう一人の俺の手だと直感的に理解した。おい、何をしているんだ。その手を離せ……!

 徐々に苦しそうな表情へと変化する少女の姿を見ていると、とてつもない焦燥感に苛まれてしまう。
 手を伸ばせばそこに居るのに、無情にも俺の手は光をすり抜けてしまうのだ。

「――――くそっ! 届け! 届いてくれ……!」

 必死にもがくものの、俺の手は虚しくも空を切り続ける。

「アース、あなたを信じてる……」

「――っ!」

 もう一度、今度は明瞭に俺の名を呼ぶ声が聞こえた。彼女の目からは涙がこぼれ落ちていた。

「あ……」

 その涙を見た瞬間、記憶が鮮明に蘇る。彼女との出会いの日から、今日この時まで共にいた記憶が俺の脳内を駆け巡る。

 彼女の優しい笑顔も、からかう時の悪戯っぽい顔も、作ってくれた料理の味も、何もかも……全部を思い出した。

 彼女はエレミア・リーフェルニア。俺の命の恩人であり、俺が世話になっているリーフェルニア領の領主の娘。
 貴族でありながら領民と分け隔てなく接し、魔族の血が流れる俺のことですらも受け入れられる器量を持っている。
 誰よりも優しくて誰よりも慈しみ深い。そして料理が上手くて……よく笑い、子供のように拗ねる。

 俺の大切な――――愛する人。

「エレミアを苦しめるな……! 気安く彼女に触れるんじゃない……! そこに立っていいのはお前じゃない! そこを……どけぇぇぇぇぇっ!!」

 大切な人を守りたい一心で、光へと手を伸ばす。

 意識が、世界が、反転する。
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