110 / 120
【最終章 地炎激突】
本当の望み アース視点
しおりを挟む
何の灯りもない暗い夜。自分以外の生物が存在しないような湖の水底にいるような感覚だった。
音もなく気配もない。目に写るのは暗闇だけ。いや……そもそも、目という機能が働いているかどうかすらわからない。
「ここは、俺の心の中か……? いや、正確には今表に出ている『あいつ』の心の中なのか……?」
もう一人の俺と会話したあと、意識を失ってしまった俺はまたしても謎の空間にいた。
あの時と同じで今の俺には肉体が無い。今度はあいつの姿もない。何一つ写ることのない真っ暗闇だ。
ここがどういうところなのかはわからないが、一つはっきりしているのは、間違いなく自分が存在しているということだ。こうして思考し、言葉を紡ぐことができるのだから。
「――っ!?」
微かだが急に声が聞こえた……誰かの声がどこからか微かに聞こえる。この声は……フレアルドか?
そして急激な力の昂りを感じる。俺の体に何か起きたんだろうか。
もう一人の俺と感覚を共有しているのだろうが、俺が慣れていないせいか情報が断片的にしか入ってこない。
現実では今何が起きているのだろうか。今の状況を把握したいところだが、生憎と何をどうすればいいのかもわからないし何の手立てもない。
魔王因子によって生まれたもう一人の俺も、俺の中でずっとこんな閉塞感に苛まれていたのだろうか。
そう考えていたのも束の間、頭の中を強烈な衝動……おそらくは殺意と考えられるものが支配した。
しかしそれは一瞬のうちに霧散し、どこか心地良い、暖かい感情へと変化する。
微かに聞こえる声は、今度はフレアルドではなく女性の声。
その声を聞いた俺の心が満たされる。この感情は俺のものだ、あいつのものじゃない。何故かそれが理解できた。
しかし俺が何故満たされているのか、その感情の根源がわからない……声の主を俺は知っている筈なのに思い出せない。
「――アース」
今度ははっきりと聞こえた。俺を呼ぶ声。温もりのある優しい声。その声を聞いた瞬間、曖昧だった俺という存在が具現化した。目覚めたと言っていい。
精神世界の中ではあるが、肉体を得たのだ。見慣れた自分の体が確かに存在し、思い通りに動かすことが出来る。
俺は声のする方向へと走った。この感情はなんなのか。衝動のままにどこまで続くかもわからない暗黒の世界をただひた走る。
永遠かと思うほどの長い暗闇だったが、走っていると遠くに光が見えた。僅かな光ではあったが、俺は迷わず光へと向かった。
「この光は……!」
やがて光へと辿り着いた俺は、その光に触れようと手を伸ばしたものの、触れることは叶わなかった。
しかし、光の隙間からは景色が広がっていた。見覚えのある景色……おそらくだがこの隙間から垣間見えているものは、現実世界でもう一人の俺が見ている風景だろう。
そこに写るのは一人の少女。言葉は途切れ途切れでしか聞き取れなかったが、何かを訴えているように聞こえる。
彼女の顔を見ていると不思議な衝動に駆られるのだ。どうしようもなく彼女に触れたい。抱き締めたい……と。
すると、彼女の首へと腕が伸びた。肌の色が俺のものではなかったが、おそらくはもう一人の俺の手だと直感的に理解した。おい、何をしているんだ。その手を離せ……!
徐々に苦しそうな表情へと変化する少女の姿を見ていると、とてつもない焦燥感に苛まれてしまう。
手を伸ばせばそこに居るのに、無情にも俺の手は光をすり抜けてしまうのだ。
「――――くそっ! 届け! 届いてくれ……!」
必死にもがくものの、俺の手は虚しくも空を切り続ける。
「アース、あなたを信じてる……」
「――っ!」
もう一度、今度は明瞭に俺の名を呼ぶ声が聞こえた。彼女の目からは涙がこぼれ落ちていた。
「あ……」
その涙を見た瞬間、記憶が鮮明に蘇る。彼女との出会いの日から、今日この時まで共にいた記憶が俺の脳内を駆け巡る。
彼女の優しい笑顔も、からかう時の悪戯っぽい顔も、作ってくれた料理の味も、何もかも……全部を思い出した。
彼女はエレミア・リーフェルニア。俺の命の恩人であり、俺が世話になっているリーフェルニア領の領主の娘。
貴族でありながら領民と分け隔てなく接し、魔族の血が流れる俺のことですらも受け入れられる器量を持っている。
誰よりも優しくて誰よりも慈しみ深い。そして料理が上手くて……よく笑い、子供のように拗ねる。
俺の大切な――――愛する人。
「エレミアを苦しめるな……! 気安く彼女に触れるんじゃない……! そこに立っていいのはお前じゃない! そこを……どけぇぇぇぇぇっ!!」
大切な人を守りたい一心で、光へと手を伸ばす。
意識が、世界が、反転する。
音もなく気配もない。目に写るのは暗闇だけ。いや……そもそも、目という機能が働いているかどうかすらわからない。
「ここは、俺の心の中か……? いや、正確には今表に出ている『あいつ』の心の中なのか……?」
もう一人の俺と会話したあと、意識を失ってしまった俺はまたしても謎の空間にいた。
あの時と同じで今の俺には肉体が無い。今度はあいつの姿もない。何一つ写ることのない真っ暗闇だ。
ここがどういうところなのかはわからないが、一つはっきりしているのは、間違いなく自分が存在しているということだ。こうして思考し、言葉を紡ぐことができるのだから。
「――っ!?」
微かだが急に声が聞こえた……誰かの声がどこからか微かに聞こえる。この声は……フレアルドか?
そして急激な力の昂りを感じる。俺の体に何か起きたんだろうか。
もう一人の俺と感覚を共有しているのだろうが、俺が慣れていないせいか情報が断片的にしか入ってこない。
現実では今何が起きているのだろうか。今の状況を把握したいところだが、生憎と何をどうすればいいのかもわからないし何の手立てもない。
魔王因子によって生まれたもう一人の俺も、俺の中でずっとこんな閉塞感に苛まれていたのだろうか。
そう考えていたのも束の間、頭の中を強烈な衝動……おそらくは殺意と考えられるものが支配した。
しかしそれは一瞬のうちに霧散し、どこか心地良い、暖かい感情へと変化する。
微かに聞こえる声は、今度はフレアルドではなく女性の声。
その声を聞いた俺の心が満たされる。この感情は俺のものだ、あいつのものじゃない。何故かそれが理解できた。
しかし俺が何故満たされているのか、その感情の根源がわからない……声の主を俺は知っている筈なのに思い出せない。
「――アース」
今度ははっきりと聞こえた。俺を呼ぶ声。温もりのある優しい声。その声を聞いた瞬間、曖昧だった俺という存在が具現化した。目覚めたと言っていい。
精神世界の中ではあるが、肉体を得たのだ。見慣れた自分の体が確かに存在し、思い通りに動かすことが出来る。
俺は声のする方向へと走った。この感情はなんなのか。衝動のままにどこまで続くかもわからない暗黒の世界をただひた走る。
永遠かと思うほどの長い暗闇だったが、走っていると遠くに光が見えた。僅かな光ではあったが、俺は迷わず光へと向かった。
「この光は……!」
やがて光へと辿り着いた俺は、その光に触れようと手を伸ばしたものの、触れることは叶わなかった。
しかし、光の隙間からは景色が広がっていた。見覚えのある景色……おそらくだがこの隙間から垣間見えているものは、現実世界でもう一人の俺が見ている風景だろう。
そこに写るのは一人の少女。言葉は途切れ途切れでしか聞き取れなかったが、何かを訴えているように聞こえる。
彼女の顔を見ていると不思議な衝動に駆られるのだ。どうしようもなく彼女に触れたい。抱き締めたい……と。
すると、彼女の首へと腕が伸びた。肌の色が俺のものではなかったが、おそらくはもう一人の俺の手だと直感的に理解した。おい、何をしているんだ。その手を離せ……!
徐々に苦しそうな表情へと変化する少女の姿を見ていると、とてつもない焦燥感に苛まれてしまう。
手を伸ばせばそこに居るのに、無情にも俺の手は光をすり抜けてしまうのだ。
「――――くそっ! 届け! 届いてくれ……!」
必死にもがくものの、俺の手は虚しくも空を切り続ける。
「アース、あなたを信じてる……」
「――っ!」
もう一度、今度は明瞭に俺の名を呼ぶ声が聞こえた。彼女の目からは涙がこぼれ落ちていた。
「あ……」
その涙を見た瞬間、記憶が鮮明に蘇る。彼女との出会いの日から、今日この時まで共にいた記憶が俺の脳内を駆け巡る。
彼女の優しい笑顔も、からかう時の悪戯っぽい顔も、作ってくれた料理の味も、何もかも……全部を思い出した。
彼女はエレミア・リーフェルニア。俺の命の恩人であり、俺が世話になっているリーフェルニア領の領主の娘。
貴族でありながら領民と分け隔てなく接し、魔族の血が流れる俺のことですらも受け入れられる器量を持っている。
誰よりも優しくて誰よりも慈しみ深い。そして料理が上手くて……よく笑い、子供のように拗ねる。
俺の大切な――――愛する人。
「エレミアを苦しめるな……! 気安く彼女に触れるんじゃない……! そこに立っていいのはお前じゃない! そこを……どけぇぇぇぇぇっ!!」
大切な人を守りたい一心で、光へと手を伸ばす。
意識が、世界が、反転する。
0
お気に入りに追加
528
あなたにおすすめの小説
凡人領主は優秀な弟妹に爵位を譲りたい〜勘違いと深読みで、何故か崇拝されるんですが、胃が痛いので勘弁してください
黄舞
ファンタジー
クライエ子爵家の長男として生まれたアークは、行方不明になった両親に代わり、新領主となった。
自分になんの才能もないことを自覚しているアークは、優秀すぎる双子の弟妹に爵位を譲りたいと思っているのだが、なぜか二人は兄を崇め奉る始末。
崇拝するものも侮るものも皆、アークの無自覚に引き起こすゴタゴタに巻き込まれ、彼の凄さ(凄くない)を思い知らされていく。
勘違い系コメディです。
主人公は初めからずっと強くならない予定です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました
mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。
ーーーーーーーーーーーーー
エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。
そんなところにある老人が助け舟を出す。
そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。
努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。
エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
婚約破棄ですか? 無理ですよ?
星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」
そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。
「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」
それはそれは、美しい笑顔で。
この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。
そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。
それでは、どうぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる