元四天王は貧乏令嬢の使用人 ~冤罪で国から追放された魔王軍四天王。貧乏貴族の令嬢に拾われ、使用人として働きます~

大豆茶

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【最終章 地炎激突】

もう一人の自分

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「――っあ゛あ゛」

 言葉にならないような声が喉の奥から漏れる。アースは自身の感情を制御しきれなくなっていた。

「おうおう、いい顔だなァ……アース! ハハハハハッ! そうだよ、それが見たかったんだ!」

 フレアルドがそんなことを言うが、アースは自分でもどんな表情をしているかすら認識できない。張り詰めていた糸が切れたように、体の感覚も失っていた。

「んじゃま、名残惜しいが終わりにするか……来い、ドラグニル。――じゃあな……久々にすっきりしたぜ? アース」

 フレアルドが召喚した槍をアースの心臓へと突き立てた。その槍は何の抵抗もなく心臓を穿つ。

 しかし、アースは痛みも苦しさも冷たさも熱も悲しみも、本来感じるべきものは何一つ感じていなかった。
 在るのはただ怒りだけ。純然たる怒り……いや、黒く禍々しい憎しみだけがアースの中に溢れている。

(あの時、フレアルドが本気を出す前に止めを刺していればこんなことにはならなかったはずだ。非情になりきれなかった自分が憎い。そもそも俺が魔王城を出た時、あの時に俺が死んでいればこんなことは起きなかった……死にきれなかった自分が憎い。いや……全ての原因はフレアルドだ。あの男が憎い。憎い、憎い憎い憎い憎い……)


 ――――意識が、闇へと堕ちていく。


(暗い……見渡す限り何もない。今俺は真っ暗な世界に立っている。いや、足は地についておらず体は宙に浮いているようにふわふわと漂っていた。ここは死後の世界なのか?
 この暗黒の中見えるのは自分の姿だけだ――いや待ておかしい。何故俺の目の前に俺が立っている? 俺はいったいどうしたんだ……?)

「よぉ、俺」

「――っ!?」

 暗闇の中、目の前にいる自分と同じ姿をした人物に言葉を投げ掛けられたアースは驚愕した。

「まあそう警戒すんなって。俺はお前、お前は俺だ。何を怖がることがある?」

「……ここは何処なんだ? 俺は死んだのか?」

 何も理解できていない様子のアースに、のアースはにやりと口元を歪め、語りだした。

「安心しろ、お前はまだ死んではいないさ。そして、そうだな……ここは俺とお前の精神世界ってとこかな」

「精神……世界? いや、そんなことよりまだ生きているなら早く戻らないと――」

「なぁに言ってるんだ。かろうじて死んじゃいないが、虫の息……死にかけだ。戻ったところで何も出来ずに死ぬだけだよ」

「いや、しかし……!」

 そこまで言ってアースは言葉を止める。他に優先すべきことがあるはずだ。だが、アースはそれを思い出せずにいた。

(俺は何故こいつと言い争いをしているんだ? こんな事をしてる場合ではない。早く戻って彼女を――あれ?
 何故だ? 大切な存在だったはずなのに……名前も、顔も、頭の中に浮かんでこない)

 アースにとって大切な存在であったのに、何も思い出せない。まるで記憶にぽっかり穴が空いたようだった。

「――!? なんだこれは……頭の中に靄がかかったような感覚がある……」

「あー、もう無駄だよ。お前の心はひび割れてガタガタだ。それはお前がこれ以上壊れないように、無意識のうちに記憶を消そうとしてるんだろ」

「思い出さなければ……そうしなければいけない気がしてならないのに……なんだこれは! 俺はどうしたんだ……!?」

「無理すんなよ。ま、こっからは俺が代わってやるからよ。あの糞野郎はブチのめしといてやるから安心しな。だが、その後は好きにさせてもらうぜ」

「代わる? いったいどういう――」

 突然アースの体から粒子のようなものが溢れ出す。
 瞬く間に目の前が真っ白になり、光が収まった頃には目の前にいたもう一人の自分の姿が消えていた。

「おい、何処へ行った!? 説明をしろ!」

「おいおい、頭の中でうるせぇな……説明してやるから、少し静かにしてろ」

 声はすれども姿は見えない。

 しかしそれよりもおかしいことがある。視線を動かすこともできなければ体も動かない。
 声がしたので辺りを探そうとしたのだが、眼球を一ミリたりとも動かすことができないでいた。

「不思議か? そりゃそうだろう。これは今俺の体なんだからな。もうお前だけのもんじゃないってことさ。今お前が見ている景色は、俺が見ているものをお前と共有しているだけだよ。まぁ気持ち悪いだろうが、じきに意識も溶け合って何も感じなくなるだろうから気にするな」

(――なんだそれは? 俺が今見ている映像は、奴が見ているものを感じているだけで、俺が見ているものじゃない……?
 何も感じなくなるだと? じゃあ、俺はこのまま消えるというのだろうか?)

 突然の出来事すぎて、理解が追い付いていない。

「俺は、このまま消えるのか……? いや、そもそもお前はなんなんだ?」

「察しが悪いな。俺は……そうだな、さしずめお前が生まれた瞬間から、お前の中で眠っていた魔族としての心ってとこだな」

「魔族としての俺……?」

「そうだ。正確に言うのであればお前の中にある『魔王因子』だ。お前は魔王の器なんだよ」

「――――魔王……因子?」
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