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【無視できない招待状】

休息の時

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 アース達が視線を送った先、そこにはコンクエスター家先代当主であるエドモンド・コンクエスターの姿があった。

 その傍らではキサラが心配そうな面持ちでエドモンドの肩を支え付き添っている。
 様子を見るにキサラはその役目を全うし、薬を無事エドモンドへと届けられたようだ。

「――え? ジジイが何故生きて……? あ、いや――お祖父様! 良いところに! そこの逆賊が僕らコンクエスター家に牙を剥いてきたのです! しかし相当に手強く――」

 アースの予想していた通り、エドモンドが飲む薬に毒を混ぜるよう指示したのはダストンだ。元々ダストンにとってエドモンドは目の上のたんこぶだった。
 エレミアを手に入れるため、邪魔者を殺しつつ欲しいものを手に入れる、ただそれだけの理由で毒を盛ったのだ。

 それなのに何故か死んではおらず、それどころか以前より生気が戻ってきているようにも感じられた。だが利用できるものは全て利用する。
 エレミアと仲の良いエドモンドが仲裁に入れば自分は助かるだろうという算段だ。

「……もういい。少し黙っていてくれ、ダストン」

「……へ?」

 エドモンドはアースへ向かって、深く頭を下げた。

「キサラから事のあらましは聞いた。……まずは貴重な薬を譲ってくれたこと、誠に感謝申し上げる。そして、孫が迷惑をかけたことを心より謝罪する。すまなかった」

「お祖父様! そんな平民風情に頭を下げるなど――!」

「黙れ! この不届き者っ!」

「――は、はいっ!」

 エドモンドの剣幕に、ダストンは再び押し黙ってしまう。
 毒を盛って殺害したと思っていた相手が、平気な顔をして目の前に現れたのだ。
 その状況や、平民相手に誠意を持って謝罪することなど、ダストンにとって意味不明な状況が続き、彼の頭の中は疑問符で満たされてしまい、かつてないほど混乱していた。

「エレミアちゃんもすまなかったのう。少し顔を見たかっただけなんじゃが……こんなことになるとは思っとらんかった」

「エドモンドおじちゃん……ううん、いいのよ。私のことはアースが護ってくれたから。それよりおじちゃんは大丈夫なの?」

「おお、元気も元気じゃよ! こんなに調子がいいのは何年ぶりかのぅ。国中を探し回ってもワシの病を回復する薬はついぞ見つからなかったと言うのに……まったく、何を飲まされたのやら」

 エドモンドの言うとおり、先程までベッドで寝たきりだった者とは思えないほどに調子が良好なようで、血色もよく、その目からは迸るような生命力を感じる。
 
「――さて、アース君……だったかな? 怪我を負わせてしまったようで申し訳ない。とりあえずこのポーションを使ってくれ。ワシ用に常備しているものだが、その腕の出血ぐらいは即座に回復するだろう」

 アースはエドモンドより手渡されたポーションをその場で飲み干す。
 すると、エドモンドの言うとおりに腕に負った傷が瞬く間に癒え、ひとまず危険な状態から脱することができた。

「すまない。助かった」

「ちょっとアース! 敬語を使わないと……!」

「む……そうだったな。あー……」

「はは、気を使わずに普段の口調で構わないぞ。アース君はワシの命の恩人じゃ。君さえよければ立場は気にせずに対等な関係でいたいと思っとるよ」

 丁寧な口調に慣れていないこともあり、アースはエドモンドの申し入れを有り難く受け入れることにした。

「そうか。ならそうさせてもらおう」

「アース!? ちょっとは遠慮しなさいよ……」

「ハッハッハ! 結構、結構! ――――さて、アース君。改めて我が孫の不始末をお詫びする。君の怒りももっともだと思うが、この場はワシに預けてもらえないだろうか? もちろん、この件に関してはこちらに非があるので、リーフェルニア領には一切迷惑をかけないように取り計らうことを約束する」
 
 和やかな雰囲気から一変し、エドモンドの真剣な口調につられて張り詰めた空気が漂う。
 それも当然で、大貴族であるコンクエスター公爵家の領内で問題を起こしたとなると、今後のリーフェルニア家の世評に大きく影響を及ぼすだろう。
 それだけにエドモンドの提案に納得する以外の選択肢は、実質残されていなかった。

「――わかった。エレミアの恩人に対してこれ以上の迷惑はかけられない。だが――」

「わかっておる。ワシが寝たきりの間に家の力を使い好き放題やっていたようだし、過去の件も調査してダストンには相応の罰を受けてもらうよ」

「……そうか、ならいい」
 
 流石にダストンの罪が問われないような事態になれば、アースとて腹の虫が収まらない。
 その点を考慮したのか、エドモンドはダストンに必ず報いを受けさせることを約束した。

「ありがとう、アース君……今日はもう遅いし、館に泊めてやりたいのも山々なのだが、いろいろ騒ぎになっていてのう。それに、あまりこやつの近くに居たくないじゃろ」

 そう言ってエドモンドは、ダストンへと視線を送る。
 ダストンはというと、未だに茫然自失の状態にあり、ぶつぶつと聞き取れないような言葉を繰り返し呟いていた。

「……そうだな。宿をとってあるし、元々今日はそこに泊まる予定だったから問題ない」

「そうか、すまないのう。ちなみに、どれぐらいの期間この街に逗留する予定なんだ?」

「お父様は皇帝陛下からの召集を受けて、帝国に向かってる最中なの。だから今領地を留守にしてるの。今は大変な時期だし早く戻らないといけないから、明日の朝にはここを立つ予定よ」

 アースに代わり、エレミアがエドモンドの質問に答える。

「皇帝陛下が……? そうか、それなら早く戻らねばのう。もう少し話をしたかったがそれでは仕方がないな。また落ち着いたら遊びに来てくれ」

「ええ、必ず」

 その後コンクエスター家を出たアース達は、馬車を出してもらい、無事宿にたどり着いた。
 道中アースが苦しそうなのを見て、二階にある部屋までエレミアはアースに肩を貸しながら階段を登っていく。
 
「アース……やっぱりまだ回復しきっていなかったのね? ごめんなさい……私のせいで無理させちゃったみたいで……」

「すまない、もらったポーションでは骨折までは回復しなかったようだ……部屋に行けば俺のマジックバッグがある。そこに入ってるポーションなら完全に回復するだろう」

「骨折も治しちゃうのね……」

 エレミアは今更ながら、アースのポーションの万能っぷりに少々呆れたような表情をしてしまう。
 そんな会話をしながらなんとかアースの部屋まで辿り着いたアースは、マジックバッグからポーションを取り出し、それを一息に飲み干す。
 
「アース、大丈夫? 今日はゆっくり休んでね? ――キャッ!?」

 アースがポーションを飲み干したのを確認したエレミアは、アースの顔を確認しようと近付くが、アースに覆い被されるような形でベッドへと倒れこむ。

「あ、アース!? ど、どうしたの急に!? ももも、もしかしてそういう気分になっちゃったとか!? でも今日は色々あったし、それにまだ心の準備が――」

 エレミアはアースに急に押し倒されたので、色々な想像が頭を過るが、アースから何の反応も無いので不思議に思い顔を覗き込む。
 アースはすやすやと寝息を立てて、眠っていた。
 体が完全に回復したことで緊張の糸が切れて、眠ってしまったのだろう。
 エレミアは高鳴る鼓動を抑え、アースの頭が自分の胸元に収まっている体勢で横になり、両手でアースを抱き締める。

「おやすみなさい、アース。お疲れ様。……ありがとね」

 アースの頭を撫でながらそう呟くエレミア。髪の感触に心地よさを感じたのか、すっと落ちるようにいつの間にかエレミアも眠りについたのであった。
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