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【無視できない招待状】

街中の散策

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 長い旅を終え、アースとエレミアはコンクエスター領へとたどり着いた。

 魔王軍は帝都に向けて戦力を集中させているので、帝都から離れたこの街は、衛兵が多く見られるなど多少の慌ただしさが垣間見えるが、街の様子は平和そのものだった。
 舞踏会を開催するぐらいだ、いつ攻められても大丈夫だと思う程度には兵力に自信があるのだろう。

 アースがレオナルドから聞いた話では、コンクエスター公爵家は帝国貴族の中でも指折りの力を持つらしいので、それも当然なのかもしれない。
 街の規模も未だ発展途上のリーフェルニア領とは比ぶべくもない。
 すれ違う人々も皆裕福そうな服装をしており、生活水準の高さが伺える。

 しばらくして宿へと到着したアースとエレミアは御者と別れ、一息つくことになった。
 舞踏会が開催されるのは今日の夕刻からだ。まだ日も高い時間なのでしばらく時間に余裕がある。
 アースはリーフェルニア領以外の人間の街の様子に興味を持ち、エレミアに辺りの散策を提案する。

「なあ、エレミア。まだ舞踏会まで時間がある、少し辺りを散策してみないか?」

「アース……あなた自分の立場を理解してる? 魔族だってバレたら大変なことになるわよ?」

「い、いやしかしだな……せっかく知らない土地に来たのだから少しぐらいは……」

 アースはリーフェルニア領以外の人間族の街に来たのは始めてだったので、知的好奇心が押さえきれそうになかった。
 しかもこれだけ発展した街だ、見所は多いだろう。
 多少出歩くぐらいなら問題ないだろうとアースは思っていたのだが、護衛対象を一人にするわけにもいかないので、エレミアに反対されてしまっては致し方ない。

「――もう、わかったわよ! そんな悲しそうな顔されたら私が悪者みたいじゃない……ドレスの着替えに時間かかるから早く戻らないとだし、少しだけよ?」

「本当か!? では早速出掛けるとしよう」

 アースはエレミアの手を引き、意気揚々と市街地へ繰り出すのであった。
 

 華やかな市街地へと繰り出した二人は、そこらに建ち並ぶ様々な店を回っていた。

 見たこともない魔道具や食べ物など、初めて見るようなものがそこかしこに溢れていた。
 その中でもアースの目を引いたのは宝石と呼ばれる装飾品だった。

 鉱石の中でも特に見た目が美しく、かつ稀少な物を加工し、指輪などの装飾品として身に付けるいわゆる贅沢品の一種だ。
 美しさにも目を引かれたが、アースはその値段にも驚愕した。

「この石ころが金貨300枚!? 小石程度の大きさしかないぞ!? 確かに精緻な加工が施されているがそんなにするものか……?」

 魔王の政策により、魔族間での通貨単位は人間族と同じだったため、アースにもその価値がどれ程のものなのか理解できた。
 金貨300枚は、慎ましく暮らせば一家族が10年は生活が出来る金額だ。
 この小さな装飾品一つにそれ程の価値があるとは思えず、アースはつい大きな声を出してしまった。

「しーっ、声を落としてアース! お店の人に聞かれたら気まずいでしょ!」

「む……すまん」

「あ……し、失礼しましたー!」

 どうやらしっかり聞こえていたようで、『商売の邪魔をするなら帰れ』と言わんばかりにこちらを睨み付ける店主を背にして、アースとエレミアはそそくさと店を出る。

「まったくアースったら……もうちょっと周りに気遣ってよね! 一緒に居る私が恥ずかしいんだから!」

「……すまんエレミア。配慮が足りなかった」

 確かに店の人間からしたら迷惑行為でしかないだろうし、需要があるからこそあの価格で販売しているのだろう。
 アースは考えが足りなかったことを反省した。

「まあ……しょうがないわよね。サタノキアにはこういうお店はなかったの?」

「ああ。いや……あるのかも知れないが……俺の周りにはあまりそういった贅沢品を身に付けた者は見たことがないな。基本的に魔族は見映えより、強さを求める者が多かった印象がある」

 アースの知っている人物だと、魔王ですら王族として必要最低限の装飾品しか身に付けていなかった。
 人口の差が違うからなのか、住む場所の問題なのかは分からないが、魔族と人間族とでは価値観が大きく異なるのをアースは改めて認識した。

「へぇ、そうなんだ。 ……ちなみに、ああいうのを私が身につけたらどう思う?」

「ん? そうだな……エレミアにはあまり派手すぎないシンプルなのが似合いそうな気がするな。多分宝石とやらを作る――」

 アースの言葉を遮るように街中に怒号が響き渡る。

「待ちやがれ! クソガキが!」

 アースとエレミアは反射的に、その声の主へと注意を向ける。
 見ると、この場所に相応しいとは思えないみすぼらしい格好をした子供が、両手にパンを抱えながら走っていた。
 その背後を鬼のような形相で追いかける壮年の男が、ふらふらと足元がおぼつかない様子の子供の肩を今まさに掴んだところだ。

「やっと捕まえたぞクソガキ……! 手間かけさせやがって! うちの商品を盗むたぁ、いい度胸してやがるぜ!」

「ひっ……! ごめんなさい! ごめんなさいっ! しばらくも何も食べてなくて……!」

 会話の様子から、大方子供がお腹を空かせて男の店のパンを盗んでしまったのだろうと予想する。
 しかし、それを見るアースとエレミアは違和感を感じていた。
 あのような非日常の光景が目の前で繰り広げられているというのに、通行人は誰一人として気に止めている様子が無いのだ。

「おーい! 衛兵! 下級民の犯罪者を捕まえたぞ! を頼む!」

 男が声をあげると、すかさす衛兵が数人現れて、子供を取り囲んだ。

「あ、ああ……お父さん、お母さん……!」
 
 周りを囲まれ逃げ道を失ったその子供は、目に涙を滲ませながら絶望の表情を浮かべる。

「ご協力、感謝します。――ふん、小汚ないガキが……馬鹿な真似をしてくれたな!」

 衛兵の中で隊長格と思わしき男が通報した男に礼を述べると、捕らえられうずくまる子供に向き直り、その腹部めがけて何度も蹴りを入れる。

「がぁっ! かはっ……! うぐっ!」

 その状況を目にした瞬間、アースの体は無意識に反応していた。
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