私の騎士様

大豆茶

文字の大きさ
上 下
10 / 11

真実と嘘

しおりを挟む
「リック……どうしてこの場所に? もしかして私のこと助けに来てくれたの?」


 こんな街外れの人気ひとけの無い場所、そうそう訪れるものではない。

 それなのに、どういうわけかリックは来てくれた。純粋にその理由が気になったので直接尋ねてみる。


「別に……たまたま巡回してた時に悲鳴が聞こえたから来ただけだよ。これも仕事のうちだ」


 ――嘘だ。

 
 リックのいつもの癖が出ている。片手で私を支えて、もう片方の空いた方の手で鼻の頭をぽりぽりと掻く。目線も合わない。リックが嘘を吐く時の癖だ。

 ここへ来たばかりの時、リックは息を切らしていた。そこら中を駆け回って探してくれていたんだろうか?

 だとしたら、嘘を吐く必要があるんだろうか。

 私に言えないような理由なのだろうか。……そう思うと、なんだか少し悲しくなってきた。


「そっか……それにしても、リックって凄い強かったんだね。私、知らなかった」


 悲しい気持ちを紛らわすために、話題を逸らす。


「まあ……仕事柄鍛えておくのは当然だろう?いや、そんなことよりお前は大丈夫なのか? 怪我はないか? 何かされなかったか?」

「あ、うん……大したことは……」

 
 鼻の頭を掻くのは変わらなかったけど、今度はちゃんと私の目を見ながらリックは答えてくれた。

 半分本当で半分嘘ってことなのかな……?


 リックに心配されたのがきっかけで、さっきの連中とのやり取りが鮮明に頭に浮かぶ。

 騙されたこと、暴力を振るわれそうになったこと、薬を盛られたこと。そして私の容姿や、体に染み付いた臭いについて酷いことも言われた。


 騙されたのは自分の浅慮さが原因でもある。体臭などに関しても、香水を使うのを忘れていたのが原因だと言えばそれまでなんだけど、私が今の生活を続ける限り切り離すことができない問題なのだ。

 とっくの昔にこのトラウマを克服したと思っていたんだけど……やっぱり面と向かって悪く言われると、心臓が締め付けれたかのように痛い。

 それも、見た目だけだったとはいえ、私が憧れていた騎士様の口から出た言葉だ。現実は非情だった。夢に裏切られたような気分だ。


 気付けば、目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「お、おい。どうしたアイリス……?」

「ねえリック……私ってやっぱり魅力ないのかな?」


 元々自分に自信があったわけじゃないけど、今回の一件で自分という人間の価値の無さを突きつけられたような気がしてならない。

 リックに対して、こんな変なことを聞いちゃうくらいには、私の気持ちは落ち込んでいた。


 急に泣き出し、嗚咽を漏らす私に戸惑った様子のリックだったけど、私の真剣な声色を察してか、真っ直ぐに私の瞳を覗き込む。


「――いいかアイリス。あいつらに何を言われたかは知らない。……でもな、俺はアイリスの寝起きだとぼさぼさになる髪も、いつも元気なお前らしく愛嬌があっていいと思う。髪や瞳の色だって派手な色よりかは、アイリスみたいな落ち着いた色合いの方が、安らぎを感じられて俺は好きだ」

「リック……」

「……つまり、その……だな。何を言いたいかと言うと、お前が理想とするような煌びやかさはないかもしれないが、お前にはお前の良さがあるんだ。だからもっと自分に自信を持てよ。な?」


 ――今度は、嘘じゃない。


 リックは普段言い慣れない歯の浮くような台詞が恥ずかしかったのか、頬を赤く染めながらも真っ直ぐに私の目を見つめながらそう言った。

 いつもの癖が出ていないことから、その言葉が本心からであるのが私にはわかった。


「でも……臭いのせいで私と一緒に食事をするのも嫌だって……!」

「何言ってるんだ。お前に薬草やらの臭いが染み付いてしまったのは、小さい頃から家業の手伝いをしているからだろう? 子供の頃からあんな難しい仕事をするなんて誰にも出来ることじゃない。もっと誇りを持て」

「う、うん……」

「それに、お前のことを知っていればそんな心の無い言葉を言う筈がない。そうだろう? 思い出してみろ。俺や、ソフィおばさん、常連の客、近所の住人たち……お前をよく知る人たちは毎日アイリスが頑張ってることを知ってるんだ。みんなお前に普通に接してるだろ?」

「あ……」


 リックは特定の素材の香りを苦手そうにしていたけど、私に対して『嫌い』だとか『臭い』みたいなことは一度たりとも言わなかった。

 お母さんや、よく会うお客さん、リックや付き合いの長い人たちにとっては、私に染み付いた臭いなんて些細なことなんだろう。


 そう言えばあの人……サイラスとの食事の後の会話では、私ばっかりが話しかけていて、私がどんな仕事をしているだとか、どんな趣味があるかだとかは一切聞かれなかった。

 最初から私自身の人となりには全く興味が無かったんだろう。あくまで商品としてしか私を見てなかったんだ。

 そもそもあの人たちは悪党だ。そんな人に何を言われたって、どうゆう目で見られたって気にすることはないよね。
 

「いいかアイリス。それでもお前のことを知っても蔑む奴らがいたら俺に言え。今日みたいに相手が誰であろうと俺がぶっ飛ばしてやるからよ。そのために俺は鍛えて……あ、いやなんでも――」

 もう我慢の限界だった。

「うぁーん! リッグゥ~! ありがどねぇ~!」


 リックに言われたことが嬉しくて、悲しくて流れていた涙が、嬉し涙に変わった。

 その勢いでリックに抱きついてえんえんと子供みたいに泣いているうちに、体力を消耗して薬が効いてきたのか急に眠気が襲ってきた。


「ふふ、いつもの調子に戻ったな。それでこそアイリスだ」


 そう言ってリックは笑いながら私の頭を撫でる。

 リックのこんな優しい顔初めて見たかも……いつもこんな顔してれば怖がられることもないのに。

 ……あ、だめだ。頭撫でられたのが心地よすぎてもう起きてられない――――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

義母の秘密、ばらしてしまいます!

四季
恋愛
私の母は、私がまだ小さい頃に、病気によって亡くなってしまった。 それによって落ち込んでいた父の前に現れた一人の女性は、父を励まし、いつしか親しくなっていて。気づけば彼女は、私の義母になっていた。 けれど、彼女には、秘密があって……?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き

待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」 「嫌ですぅ!」 惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。 薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!? ※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。

処理中です...