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冷笑と豹変
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それからほどなくして料理がテーブルへと運ばれてきた。高級料理店のフルコースみたいに豪華な感じなのかと思ったけど、目の前に並べられたのは拍子抜けなことに、ごく一般的な料理店で出されるようなメニューだった。内装と料理とのギャップがすごい。
と言っても、奢られる立場なので何も言えるはずもなく、特に感想も言わずに、食事に手を付け始める。
「どうだい? なかなか美味しいだろう?」
んー普通。正直に言えばお母さんの作ったご飯の方が美味しいまである。
でもここはサイラス様の顔を立てねばと、思ってもないけど「はい、とっても満足です」と満面の笑みで返しておく。
まあ、サイラス様と一緒の食事ってだけで私は十分に満足だから嘘はついていないよ。うん。
「ごちそうさまでした」
私とサイラス様は食事を終え、一息つく。
「……あれ? おかしいな」
「うん? どうしたんだい?」
口周りを拭こうと思ったんだけど、持ってきていたはずのハンカチが見当たらない。
参ったな……どこかで落としたのかな?
「あ、いえ。どこかに私のハンカチを落としてしまったみたいで」
「なんだ、そんなことか。心配いらない、店の者に拭くものを用意させよう」
「ありがとうございます」
しばらくすると、無地のハンカチと一緒に、お茶が運ばれてきた。
「あー、いい香りですね」
食後に運ばれたお茶の匂いを嗅ぐと、なんとも言えない甘い香りが鼻腔を蕩けさせる。
あれ、甘い香りに混ざって、どこかで嗅いだことあるような匂いが……まあ何でもいっか。
ちびちびとお茶を啜りながら、サイラス様の顔をじっと見詰める。
優雅な佇まい、そしてどことなく憂いを帯びた瞳が映えますわー。映えですわー。
などと思いながらサイラス様を観察してたら、あることに気付いた。
「……あれ? サイラス様の分のお茶は無いのですか?」
「ん? ああ……僕は水で大丈夫だよ。それは君のために特別に用意したものだからね」
「そ、そうですか。……えへへ、ありがとうございます」
私のためにわざわざ用意してくださっただなんて、やっぱりお優しい方よね。
私は照れを隠すように一口、二口とティーカップに口を付ける。なんだか顔が熱くなってきたけど、もしかしたら顔が赤くなっちゃってるかも。
変な子だって思われてなければいいな。
「さて、食事も終えたことだし、最後に良い場所へと案内するよ」
お茶を飲み終えた頃、サイラス様が突然こんなことを言い出した。どうやらどこかへ連れていってくれるらしい。
今日は食事だけで終わりかと思っていたけど、まだサイラス様と一緒に居られるとは想像してなかったので、嬉しい限りだ。
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「すぐそこだから気にしないで。さ、こっちだ」
サイラス様は私の手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。あれ? お店の出口はこっちじゃないけど、何処へ行くんだろう?
「さ、サイラス様? 出口はこちらではないのですけど……」
「こっちに店の裏口があるんだ。そこから行けるんだよ」
サイラス様が裏口の扉を開くと、そこは倉庫のような広くて何もない場所だった。
お店の外観と同様で、手入れが行き届いていないのが見て取れる。窓は少なく、手の届かないような高い位置に小窓が数個付いている程度だ。
もともとこの辺りはあまり日が当たらないこともあってか、室内には小窓から僅かな光が差し込んでいるだけで、まだ昼過ぎだというのに妙に薄暗かった。
廃墟とも思えるこの場所の歪さ、そして暗さも相まって、私の心に不安がよぎる。
「あの……サイラス様? ここは……?」
「ああ、良い場所だろう? ここなら誰にも邪魔されることはないよ。何をしても……ね」
「――え?」
ぞくりと背筋が凍りつく。そう言って振り返ったサイラス様は、私が今までに見たことがない冷たい表情をしていたからだ。
表情は笑顔なのだが、目が笑ってない。まるで仮面を貼り付けているかのような、そんな印象を受けた。
「え……と……サイラス様……? えと、何かのサプライズ的なやつ……とかですか?」
「フハッ! フフフ……ハーッハッハッハ! こりゃ傑作だね! まだ何かを期待しているのかい? それじゃあ、これならわかるかな?」
パチン、とサイラス様が指を鳴らす。すると、私たちが通ってきた扉から複数の人影が姿を現した。それと同時に扉の閉まる音。次いで施錠の音。
ん? 閉じ込められた……?
「さ、いくら頭が悪くてもここまでくれば、自分がどんな状況に置かれてるかわかるよな?」
さっぱりわからん! わからんけど……とにかくヤバイ雰囲気なのはわかる。
「あ、えと……サイラス様のお友達を紹介してくださる……とか?」
「ハッ、頭が弱そうだと思ってはいたけどここまでだとはね! いいよ、説明してあげるよ」
あ、ご説明いただけるのですね。
「僕達は『宵闇の騎士団』。闇より生まれ、影の中で生きる者が集まる組織さ。ま、騎士団と言っても非正規の組織だから名前だけなんだがね。活動資金を得るために色々と手広く活動させてもらってるよ。そう、例えば……その辺の頭の悪い女を捕まえて、国外の奴隷商人に売ったりとかね」
「宵闇の騎士団――奴隷!?」
ここまで言われれば、私がどれだけ鈍感でも理解できた。ああ……そっか……私、騙されてたんだ。
途端に頭が真っ白になる。暗闇から現れた人達の姿は『いかにも』って感じの男の人達ばかりで、今聞いた話が現実なんだと突きつけられる。
「ああ、そうそう。僕が正規の騎士団にも所属しているのは本当だよ。いやー、騎士ってのは便利な称号だよね。こうやって簡単に騙される女がいるんだから」
「――っ!」
私は咄嗟にその場から立ち去ろうと、サイラス様……いえ、サイラスの傍らを離れる。
薄暗い建物の中、必死で出口を探すもののどこにも出口は見当たらない。窓も私の届きそうな高さにはなかった。
唯一の出口である扉は数人の男に守られているし、鍵を持っていない私には開けることはできない。
――万事休すってやつだ。
「おいおい、無駄な手間をかけさせるなよ。大人しくしてるんだな」
静寂の中、コツコツと足音が良く響き渡る。
薄暗い部屋なので、サイラスの姿は確認できないでいた。しかし徐々に、正確に、足音が私へと近づいてくる。
そして、暗闇から近付くその姿が窓から差し込む僅かな光に照らされた時、私は息を飲んだ。
「ひっ……!」
その容貌が私の憧れた騎士様とあまりにもかけ離れていたからだ。
さっきまでの冷たい表情から一転して、醜悪と呼べるほどに歪みきっていたのだ。
もう仮面なんて必要ないと言わんばかりに、うっすらと歪な笑みを浮かべ、まるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。
と言っても、奢られる立場なので何も言えるはずもなく、特に感想も言わずに、食事に手を付け始める。
「どうだい? なかなか美味しいだろう?」
んー普通。正直に言えばお母さんの作ったご飯の方が美味しいまである。
でもここはサイラス様の顔を立てねばと、思ってもないけど「はい、とっても満足です」と満面の笑みで返しておく。
まあ、サイラス様と一緒の食事ってだけで私は十分に満足だから嘘はついていないよ。うん。
「ごちそうさまでした」
私とサイラス様は食事を終え、一息つく。
「……あれ? おかしいな」
「うん? どうしたんだい?」
口周りを拭こうと思ったんだけど、持ってきていたはずのハンカチが見当たらない。
参ったな……どこかで落としたのかな?
「あ、いえ。どこかに私のハンカチを落としてしまったみたいで」
「なんだ、そんなことか。心配いらない、店の者に拭くものを用意させよう」
「ありがとうございます」
しばらくすると、無地のハンカチと一緒に、お茶が運ばれてきた。
「あー、いい香りですね」
食後に運ばれたお茶の匂いを嗅ぐと、なんとも言えない甘い香りが鼻腔を蕩けさせる。
あれ、甘い香りに混ざって、どこかで嗅いだことあるような匂いが……まあ何でもいっか。
ちびちびとお茶を啜りながら、サイラス様の顔をじっと見詰める。
優雅な佇まい、そしてどことなく憂いを帯びた瞳が映えますわー。映えですわー。
などと思いながらサイラス様を観察してたら、あることに気付いた。
「……あれ? サイラス様の分のお茶は無いのですか?」
「ん? ああ……僕は水で大丈夫だよ。それは君のために特別に用意したものだからね」
「そ、そうですか。……えへへ、ありがとうございます」
私のためにわざわざ用意してくださっただなんて、やっぱりお優しい方よね。
私は照れを隠すように一口、二口とティーカップに口を付ける。なんだか顔が熱くなってきたけど、もしかしたら顔が赤くなっちゃってるかも。
変な子だって思われてなければいいな。
「さて、食事も終えたことだし、最後に良い場所へと案内するよ」
お茶を飲み終えた頃、サイラス様が突然こんなことを言い出した。どうやらどこかへ連れていってくれるらしい。
今日は食事だけで終わりかと思っていたけど、まだサイラス様と一緒に居られるとは想像してなかったので、嬉しい限りだ。
「本当ですか!? 嬉しいです!」
「すぐそこだから気にしないで。さ、こっちだ」
サイラス様は私の手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。あれ? お店の出口はこっちじゃないけど、何処へ行くんだろう?
「さ、サイラス様? 出口はこちらではないのですけど……」
「こっちに店の裏口があるんだ。そこから行けるんだよ」
サイラス様が裏口の扉を開くと、そこは倉庫のような広くて何もない場所だった。
お店の外観と同様で、手入れが行き届いていないのが見て取れる。窓は少なく、手の届かないような高い位置に小窓が数個付いている程度だ。
もともとこの辺りはあまり日が当たらないこともあってか、室内には小窓から僅かな光が差し込んでいるだけで、まだ昼過ぎだというのに妙に薄暗かった。
廃墟とも思えるこの場所の歪さ、そして暗さも相まって、私の心に不安がよぎる。
「あの……サイラス様? ここは……?」
「ああ、良い場所だろう? ここなら誰にも邪魔されることはないよ。何をしても……ね」
「――え?」
ぞくりと背筋が凍りつく。そう言って振り返ったサイラス様は、私が今までに見たことがない冷たい表情をしていたからだ。
表情は笑顔なのだが、目が笑ってない。まるで仮面を貼り付けているかのような、そんな印象を受けた。
「え……と……サイラス様……? えと、何かのサプライズ的なやつ……とかですか?」
「フハッ! フフフ……ハーッハッハッハ! こりゃ傑作だね! まだ何かを期待しているのかい? それじゃあ、これならわかるかな?」
パチン、とサイラス様が指を鳴らす。すると、私たちが通ってきた扉から複数の人影が姿を現した。それと同時に扉の閉まる音。次いで施錠の音。
ん? 閉じ込められた……?
「さ、いくら頭が悪くてもここまでくれば、自分がどんな状況に置かれてるかわかるよな?」
さっぱりわからん! わからんけど……とにかくヤバイ雰囲気なのはわかる。
「あ、えと……サイラス様のお友達を紹介してくださる……とか?」
「ハッ、頭が弱そうだと思ってはいたけどここまでだとはね! いいよ、説明してあげるよ」
あ、ご説明いただけるのですね。
「僕達は『宵闇の騎士団』。闇より生まれ、影の中で生きる者が集まる組織さ。ま、騎士団と言っても非正規の組織だから名前だけなんだがね。活動資金を得るために色々と手広く活動させてもらってるよ。そう、例えば……その辺の頭の悪い女を捕まえて、国外の奴隷商人に売ったりとかね」
「宵闇の騎士団――奴隷!?」
ここまで言われれば、私がどれだけ鈍感でも理解できた。ああ……そっか……私、騙されてたんだ。
途端に頭が真っ白になる。暗闇から現れた人達の姿は『いかにも』って感じの男の人達ばかりで、今聞いた話が現実なんだと突きつけられる。
「ああ、そうそう。僕が正規の騎士団にも所属しているのは本当だよ。いやー、騎士ってのは便利な称号だよね。こうやって簡単に騙される女がいるんだから」
「――っ!」
私は咄嗟にその場から立ち去ろうと、サイラス様……いえ、サイラスの傍らを離れる。
薄暗い建物の中、必死で出口を探すもののどこにも出口は見当たらない。窓も私の届きそうな高さにはなかった。
唯一の出口である扉は数人の男に守られているし、鍵を持っていない私には開けることはできない。
――万事休すってやつだ。
「おいおい、無駄な手間をかけさせるなよ。大人しくしてるんだな」
静寂の中、コツコツと足音が良く響き渡る。
薄暗い部屋なので、サイラスの姿は確認できないでいた。しかし徐々に、正確に、足音が私へと近づいてくる。
そして、暗闇から近付くその姿が窓から差し込む僅かな光に照らされた時、私は息を飲んだ。
「ひっ……!」
その容貌が私の憧れた騎士様とあまりにもかけ離れていたからだ。
さっきまでの冷たい表情から一転して、醜悪と呼べるほどに歪みきっていたのだ。
もう仮面なんて必要ないと言わんばかりに、うっすらと歪な笑みを浮かべ、まるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。
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