千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第四章 魔人襲撃

57.満身創痍の器用貧乏

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 ……身体が重い。思考は問題なく行えるのだが、ただひたすらに身体が重いのだ。

 動かそうとするこの手足が本当に自分のものなのかと錯覚するほどに、重く、鈍い。

「ぐ、おぉぉぉっ……!!」

 全身全霊を尽くし、ようやく一歩を踏み出す。
 ただそれだけだというのに、尋常ではない疲労感が身体を襲う。これが時間に逆らうということの代償なのだろうか。

 そして、二歩目を踏み出そうかといったその瞬間、もうひとつの重大な代償に気付く。

 ――呼吸だ。手足と同じように、呼吸するために必要な筋肉の動きが思うようにいかない。

 じっとして動かなくていいのなら、数分息を止めていることは可能だ。ただ、無理をして身体を動かしている影響からか、通常以上に身体が大量の酸素を欲している。

 かといって呼吸に集中しようとすると、手足の動きを犠牲にしてしまう。
 今の俺は【時魔法】スキルを初めて発動したばかり……もう少し練度を高められれば話は別なのだろうが、現時点では二者択一、身体を動かすか呼吸をするかのどちらかに集中せざるを得ないようだ。

「――ォォォッ!」

 俺が選択したのは、歩みを進めることだ。スキルの効果が切れる条件がはっきりとわからない以上、悠長に呼吸などをしている場合ではない。

 幸い、魔人との距離はそう離れていない。
 残り数歩、そして剣を振るまで身体がもってくれればそれでいい。

 【時魔法】の効果が切れた瞬間、俺は極度の疲労と酸欠でしばらく無防備になるだろう。だが、そもそもこのタイミングで仕留められなければ、死ぬのは俺だ。どんなに大きなリスクだろうと受け入れなければならない。

 一歩。そしてまた一歩と、軋む身体に鞭を打ちながら、俺は歩を進める。
 そして、ようやく魔人の目の前へと到着した。視界がぼやけくるなど、身体機能に異常をきたしつつあるが、ようやく剣が届く間合いだ。

 だが間合いに入ると同時に、止まった時間が再び動き出す兆候を感じた。

「――――っ!!」

 その兆候を感じ取った瞬間、俺は考えるよりも先に、ほとんど本能的に剣を振るった。

 ブチブチと腕や腰回り、脚の筋繊維がいくつか千切れるような音が聞こえるが、そんなの知ったことではない。

 渾身の力で振るわれた剣の速度はやはり遅く、虫がとまりそうなレベルだ。……だが、間違いなく今の俺が出せる最高速度だという確信がある。

「――ッ!!!!」

 声にならない叫びを上げ、魔人の首元薄皮一枚。そこまで剣が迫ったその瞬間に、【時魔法】の効果が切れた。

 ――イィィン!

 時の流れが元に戻った瞬間、一気に本来の速さへと加速した俺の剣は、甲高い音を立てる。
 そして、振り終わると同時に、俺は剣を握る手を離し、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。

(やった……か……?)

 手応えも感じれなくなるほど疲弊した身体をギリギリ支えながら、俺は視線だけを魔人へと移した。

「同じス……キ……ル……」

 時を止めた時点と変わらぬ表情で、言いたいことも途中だったであろう魔人の首が、俺の傍らへごとりと転がる。

「っっっ、ぷはぁーー!!」

 胴と首とが分断され、魔人の身体を覆っていた黒いオーラが消えた瞬間、俺は勝利を確信し、貪るように酸素を吸った。

 首を斬る前に【時魔法】の効果が切れたのには肝を冷やしたが、さすがのあいつも超至近距離からの攻撃には反応できなかったみたいだ。

「ギリッギリだったな……」

 俺はその場に仰向けに倒れ、もう一度深呼吸をしてから、誰もいない空へ向かって呟くのだった。
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