70 / 71
第四章 魔人襲撃
57.満身創痍の器用貧乏
しおりを挟む
……身体が重い。思考は問題なく行えるのだが、ただひたすらに身体が重いのだ。
動かそうとするこの手足が本当に自分のものなのかと錯覚するほどに、重く、鈍い。
「ぐ、おぉぉぉっ……!!」
全身全霊を尽くし、ようやく一歩を踏み出す。
ただそれだけだというのに、尋常ではない疲労感が身体を襲う。これが時間に逆らうということの代償なのだろうか。
そして、二歩目を踏み出そうかといったその瞬間、もうひとつの重大な代償に気付く。
――呼吸だ。手足と同じように、呼吸するために必要な筋肉の動きが思うようにいかない。
じっとして動かなくていいのなら、数分息を止めていることは可能だ。ただ、無理をして身体を動かしている影響からか、通常以上に身体が大量の酸素を欲している。
かといって呼吸に集中しようとすると、手足の動きを犠牲にしてしまう。
今の俺は【時魔法】スキルを初めて発動したばかり……もう少し練度を高められれば話は別なのだろうが、現時点では二者択一、身体を動かすか呼吸をするかのどちらかに集中せざるを得ないようだ。
「――ォォォッ!」
俺が選択したのは、歩みを進めることだ。スキルの効果が切れる条件がはっきりとわからない以上、悠長に呼吸などをしている場合ではない。
幸い、魔人との距離はそう離れていない。
残り数歩、そして剣を振るまで身体がもってくれればそれでいい。
【時魔法】の効果が切れた瞬間、俺は極度の疲労と酸欠でしばらく無防備になるだろう。だが、そもそもこのタイミングで仕留められなければ、死ぬのは俺だ。どんなに大きなリスクだろうと受け入れなければならない。
一歩。そしてまた一歩と、軋む身体に鞭を打ちながら、俺は歩を進める。
そして、ようやく魔人の目の前へと到着した。視界がぼやけくるなど、身体機能に異常をきたしつつあるが、ようやく剣が届く間合いだ。
だが間合いに入ると同時に、止まった時間が再び動き出す兆候を感じた。
「――――っ!!」
その兆候を感じ取った瞬間、俺は考えるよりも先に、ほとんど本能的に剣を振るった。
ブチブチと腕や腰回り、脚の筋繊維がいくつか千切れるような音が聞こえるが、そんなの知ったことではない。
渾身の力で振るわれた剣の速度はやはり遅く、虫がとまりそうなレベルだ。……だが、間違いなく今の俺が出せる最高速度だという確信がある。
「――ッ!!!!」
声にならない叫びを上げ、魔人の首元薄皮一枚。そこまで剣が迫ったその瞬間に、【時魔法】の効果が切れた。
――イィィン!
時の流れが元に戻った瞬間、一気に本来の速さへと加速した俺の剣は、甲高い音を立てる。
そして、振り終わると同時に、俺は剣を握る手を離し、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。
(やった……か……?)
手応えも感じれなくなるほど疲弊した身体をギリギリ支えながら、俺は視線だけを魔人へと移した。
「同じス……キ……ル……」
時を止めた時点と変わらぬ表情で、言いたいことも途中だったであろう魔人の首が、俺の傍らへごとりと転がる。
「っっっ、ぷはぁーー!!」
胴と首とが分断され、魔人の身体を覆っていた黒いオーラが消えた瞬間、俺は勝利を確信し、貪るように酸素を吸った。
首を斬る前に【時魔法】の効果が切れたのには肝を冷やしたが、さすがのあいつも超至近距離からの攻撃には反応できなかったみたいだ。
「ギリッギリだったな……」
俺はその場に仰向けに倒れ、もう一度深呼吸をしてから、誰もいない空へ向かって呟くのだった。
動かそうとするこの手足が本当に自分のものなのかと錯覚するほどに、重く、鈍い。
「ぐ、おぉぉぉっ……!!」
全身全霊を尽くし、ようやく一歩を踏み出す。
ただそれだけだというのに、尋常ではない疲労感が身体を襲う。これが時間に逆らうということの代償なのだろうか。
そして、二歩目を踏み出そうかといったその瞬間、もうひとつの重大な代償に気付く。
――呼吸だ。手足と同じように、呼吸するために必要な筋肉の動きが思うようにいかない。
じっとして動かなくていいのなら、数分息を止めていることは可能だ。ただ、無理をして身体を動かしている影響からか、通常以上に身体が大量の酸素を欲している。
かといって呼吸に集中しようとすると、手足の動きを犠牲にしてしまう。
今の俺は【時魔法】スキルを初めて発動したばかり……もう少し練度を高められれば話は別なのだろうが、現時点では二者択一、身体を動かすか呼吸をするかのどちらかに集中せざるを得ないようだ。
「――ォォォッ!」
俺が選択したのは、歩みを進めることだ。スキルの効果が切れる条件がはっきりとわからない以上、悠長に呼吸などをしている場合ではない。
幸い、魔人との距離はそう離れていない。
残り数歩、そして剣を振るまで身体がもってくれればそれでいい。
【時魔法】の効果が切れた瞬間、俺は極度の疲労と酸欠でしばらく無防備になるだろう。だが、そもそもこのタイミングで仕留められなければ、死ぬのは俺だ。どんなに大きなリスクだろうと受け入れなければならない。
一歩。そしてまた一歩と、軋む身体に鞭を打ちながら、俺は歩を進める。
そして、ようやく魔人の目の前へと到着した。視界がぼやけくるなど、身体機能に異常をきたしつつあるが、ようやく剣が届く間合いだ。
だが間合いに入ると同時に、止まった時間が再び動き出す兆候を感じた。
「――――っ!!」
その兆候を感じ取った瞬間、俺は考えるよりも先に、ほとんど本能的に剣を振るった。
ブチブチと腕や腰回り、脚の筋繊維がいくつか千切れるような音が聞こえるが、そんなの知ったことではない。
渾身の力で振るわれた剣の速度はやはり遅く、虫がとまりそうなレベルだ。……だが、間違いなく今の俺が出せる最高速度だという確信がある。
「――ッ!!!!」
声にならない叫びを上げ、魔人の首元薄皮一枚。そこまで剣が迫ったその瞬間に、【時魔法】の効果が切れた。
――イィィン!
時の流れが元に戻った瞬間、一気に本来の速さへと加速した俺の剣は、甲高い音を立てる。
そして、振り終わると同時に、俺は剣を握る手を離し、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。
(やった……か……?)
手応えも感じれなくなるほど疲弊した身体をギリギリ支えながら、俺は視線だけを魔人へと移した。
「同じス……キ……ル……」
時を止めた時点と変わらぬ表情で、言いたいことも途中だったであろう魔人の首が、俺の傍らへごとりと転がる。
「っっっ、ぷはぁーー!!」
胴と首とが分断され、魔人の身体を覆っていた黒いオーラが消えた瞬間、俺は勝利を確信し、貪るように酸素を吸った。
首を斬る前に【時魔法】の効果が切れたのには肝を冷やしたが、さすがのあいつも超至近距離からの攻撃には反応できなかったみたいだ。
「ギリッギリだったな……」
俺はその場に仰向けに倒れ、もう一度深呼吸をしてから、誰もいない空へ向かって呟くのだった。
71
お気に入りに追加
285
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる