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第一部 新しい居場所
被害者であり加害者 (レヴィ侯爵サイド)
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月明かりが真っ暗な部屋を照らす。皆が眠りについただろう時間に二つの人影があった。
「そなたには二つの選択肢がある。一つは私に事実を告白し、楽になること。もう一つは、私に事実を暴かれ苦しむことだ」
「何を、言っているのですか……?」
リュスティ・オリアン男爵に深夜に来るように言われていた男爵家の家臣、マルティは部屋に入った途端、小さな悲鳴を上げた。
入った途端に勝手に閉まるドア。明かりをつけようとしても首から下の全てが金縛りにあったようにピクリとも動けない自分。目前には月を眺めながらワインを転がす宰相閣下。マルティにはこの状況が理解しがたいものだった。先ほどレヴィ侯爵が放った言葉もそうだ。マルティには何のことを言っているのか分からなかった。
「本当に分からないのか?」
「さっきからなんなんですか! レヴィ侯爵の言っている意味が僕には分かりかねます!」
レヴィ侯爵はマルティをいちべつすると、興味がないかのように月を再び眺め始めた。そんな態度のレヴィ侯爵にマルティはイライラをつのらせた。
「リリアーヌ」
その名にマルティは動揺する。しかし、その動揺を隠すように怒鳴った。
「いい加減にしてください! こんな夜更けになんなんですか!」
「今、動揺したな」
「っ……!」
「君が今、頭によぎったことを教えてあげよう。『その名を聞きたくなかった』」
マルティの心臓は跳ね上がった。マルティ自身を見ている訳でもないのに、怒鳴り声だけでレヴィ侯爵はマルティの動揺を、心情を読み取ったのである。
「あなたは、いったい――――」
マルティが続きを紡ぐ前にレヴィ侯爵がその続きを告げる。
「何を知っているのか、だろう?」
「なっ?!」
「私は全てを知っている。――今一度問おう。事実を自分の口で告白するか否か」
マルティは黙り込み、思考を巡らせた。
もし、レヴィ侯爵の言うことが本当ならどちらにしろ、罪は暴かれる。その場合、自分から自白した方が、罪が軽くなる。でもそれは通常だったらの話だ。アンドレウ大公が許すとは到底思えない。
もし、レヴィ侯爵が知っているのが嘘だったら? 罪に問われないだろう。今までだって罪に問われなかったんだ。きっと時効にだって……。そうだ、時効だ。
マルティはしらをきり通すことに決めた。
「君は臆病で卑怯者だな」
「……そうですか、話はそれだけですか?」
(なんとでも言えばいい。僕は今までそうやって生きてきた。自分がそんなのよく分かってんだよ!!)
「罪悪感、呪術師、セドリック」
マルティの心臓が再び跳ね上がり、冷や汗が背中をつたった。
一方でレヴィ侯爵は先ほどから何も変わっていなかった。だからこそレヴィ侯爵の考えが全く読めない。それがマルティの動揺をさらに煽っていくのは至極当然のことだった。レヴィ侯爵は一歩も動かずに追い打ちをかけるようにマルティの心を暴いていく。
「君はずっと罪悪感が消えなかった。そしてずっと恐怖心を抱いている」
「あなたに、何が分かるんですか!! 僕をもてあそんで楽しいですか!!」
「君も己の保身のためにやっているではないか、同じことを」
「っ――!」
マルティは逆上し、レヴィ侯爵につかみかかろうとするが、体が動かない。どうやっても動かないと分かると、マルティは魔法を唱えようする。しかし、唱えようとしたところで口が糸で結ばれたように開閉できなくなった。
「ずっと、本当は言いたかったのだろう? ごめんなさい。臆病でどうしようもない僕を許してください。怖くて怖くて、仕方がないんです、と」
瞳から涙がこぼれ落ちる。マルティの顔がくしゃくしゃに歪んでいく。
静寂は嗚咽でかき消された。
「レヴィ侯爵のおっしゃるとおりです。僕はオリアン男爵が取引しているところを見てしまいました。それからです。僕はオリアン男爵に脅されて、オリアン男爵の商売敵だったセドリックの家に火をつけました」
マルティが泣きながら、罪を自白する。レヴィ侯爵は窓を全開に開け、そこに腰をかけた。
月明かりが舞台の光のようにマルティを照らす。
「セドリックは僕の友達でした。セドリックに何度も言わなきゃと思いました。でも、言えなかった。嫌われるのが怖かったんです。心のどこかで誰かがばらしてくれるのを待っていたのかも知れません」
「そうか」
「レヴィ侯爵がいなければ僕はずっと、罪悪感にとらわれていたかもしれません」
「リリアーヌに呪いをかけた奴を知っているな?」
レヴィ侯爵は窓から、外へと移動する。そして、振り向き、マルティに鋭い視線を送った。
その空色の瞳は何もかも見透かしているような目だった。マルティはレヴィ侯爵が宰相たる所以はこれなのだと分からせられた。
「はい。呪術師の名は――――」
マルティが名を告げようとした瞬間。マルティの穴という穴から血が噴き出し、鮮血が部屋の中を舞った。レヴィ侯爵は壁に身を隠し、自身が血で汚れるのを防いだ。
「最初から、事実を吐けばよかったのに。最後まで、変われなかったな君は」
そんな捨て台詞を送り、レヴィ侯爵の影はなくなった。
最後の微かな意識も、絶望を叩きつけられ息絶える。だがその顔は穏やかにも満ちていた。
「そなたには二つの選択肢がある。一つは私に事実を告白し、楽になること。もう一つは、私に事実を暴かれ苦しむことだ」
「何を、言っているのですか……?」
リュスティ・オリアン男爵に深夜に来るように言われていた男爵家の家臣、マルティは部屋に入った途端、小さな悲鳴を上げた。
入った途端に勝手に閉まるドア。明かりをつけようとしても首から下の全てが金縛りにあったようにピクリとも動けない自分。目前には月を眺めながらワインを転がす宰相閣下。マルティにはこの状況が理解しがたいものだった。先ほどレヴィ侯爵が放った言葉もそうだ。マルティには何のことを言っているのか分からなかった。
「本当に分からないのか?」
「さっきからなんなんですか! レヴィ侯爵の言っている意味が僕には分かりかねます!」
レヴィ侯爵はマルティをいちべつすると、興味がないかのように月を再び眺め始めた。そんな態度のレヴィ侯爵にマルティはイライラをつのらせた。
「リリアーヌ」
その名にマルティは動揺する。しかし、その動揺を隠すように怒鳴った。
「いい加減にしてください! こんな夜更けになんなんですか!」
「今、動揺したな」
「っ……!」
「君が今、頭によぎったことを教えてあげよう。『その名を聞きたくなかった』」
マルティの心臓は跳ね上がった。マルティ自身を見ている訳でもないのに、怒鳴り声だけでレヴィ侯爵はマルティの動揺を、心情を読み取ったのである。
「あなたは、いったい――――」
マルティが続きを紡ぐ前にレヴィ侯爵がその続きを告げる。
「何を知っているのか、だろう?」
「なっ?!」
「私は全てを知っている。――今一度問おう。事実を自分の口で告白するか否か」
マルティは黙り込み、思考を巡らせた。
もし、レヴィ侯爵の言うことが本当ならどちらにしろ、罪は暴かれる。その場合、自分から自白した方が、罪が軽くなる。でもそれは通常だったらの話だ。アンドレウ大公が許すとは到底思えない。
もし、レヴィ侯爵が知っているのが嘘だったら? 罪に問われないだろう。今までだって罪に問われなかったんだ。きっと時効にだって……。そうだ、時効だ。
マルティはしらをきり通すことに決めた。
「君は臆病で卑怯者だな」
「……そうですか、話はそれだけですか?」
(なんとでも言えばいい。僕は今までそうやって生きてきた。自分がそんなのよく分かってんだよ!!)
「罪悪感、呪術師、セドリック」
マルティの心臓が再び跳ね上がり、冷や汗が背中をつたった。
一方でレヴィ侯爵は先ほどから何も変わっていなかった。だからこそレヴィ侯爵の考えが全く読めない。それがマルティの動揺をさらに煽っていくのは至極当然のことだった。レヴィ侯爵は一歩も動かずに追い打ちをかけるようにマルティの心を暴いていく。
「君はずっと罪悪感が消えなかった。そしてずっと恐怖心を抱いている」
「あなたに、何が分かるんですか!! 僕をもてあそんで楽しいですか!!」
「君も己の保身のためにやっているではないか、同じことを」
「っ――!」
マルティは逆上し、レヴィ侯爵につかみかかろうとするが、体が動かない。どうやっても動かないと分かると、マルティは魔法を唱えようする。しかし、唱えようとしたところで口が糸で結ばれたように開閉できなくなった。
「ずっと、本当は言いたかったのだろう? ごめんなさい。臆病でどうしようもない僕を許してください。怖くて怖くて、仕方がないんです、と」
瞳から涙がこぼれ落ちる。マルティの顔がくしゃくしゃに歪んでいく。
静寂は嗚咽でかき消された。
「レヴィ侯爵のおっしゃるとおりです。僕はオリアン男爵が取引しているところを見てしまいました。それからです。僕はオリアン男爵に脅されて、オリアン男爵の商売敵だったセドリックの家に火をつけました」
マルティが泣きながら、罪を自白する。レヴィ侯爵は窓を全開に開け、そこに腰をかけた。
月明かりが舞台の光のようにマルティを照らす。
「セドリックは僕の友達でした。セドリックに何度も言わなきゃと思いました。でも、言えなかった。嫌われるのが怖かったんです。心のどこかで誰かがばらしてくれるのを待っていたのかも知れません」
「そうか」
「レヴィ侯爵がいなければ僕はずっと、罪悪感にとらわれていたかもしれません」
「リリアーヌに呪いをかけた奴を知っているな?」
レヴィ侯爵は窓から、外へと移動する。そして、振り向き、マルティに鋭い視線を送った。
その空色の瞳は何もかも見透かしているような目だった。マルティはレヴィ侯爵が宰相たる所以はこれなのだと分からせられた。
「はい。呪術師の名は――――」
マルティが名を告げようとした瞬間。マルティの穴という穴から血が噴き出し、鮮血が部屋の中を舞った。レヴィ侯爵は壁に身を隠し、自身が血で汚れるのを防いだ。
「最初から、事実を吐けばよかったのに。最後まで、変われなかったな君は」
そんな捨て台詞を送り、レヴィ侯爵の影はなくなった。
最後の微かな意識も、絶望を叩きつけられ息絶える。だがその顔は穏やかにも満ちていた。
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