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第一部 新しい居場所
事件
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「陛下、遅れて申し訳ありません」
レヴィ侯爵に倣ってユースティア、メアリーもお辞儀をする。
着いた先はいつも食事の場ではなく、王の執務室だった。王妃に、アンドレウ大公、そして、ミラー公爵が席に着いていた。
ユースティアは知らない男性方、つまりアンドレウ大公、ミラー公爵を見て、肩をビクリと揺らした。
まだ、ユースティアは完全に過去を克服した訳ではなかった。だから、まだ男の人を見ると怖くなるときがある。広い空間ではなく、狭い空間ではなおさらだった。すぐ慣れるだろうが……。
「よい、面を上げよ。彼女の手から血が出ているのを見る限り、何かあったのだろう? とりあえず、三人共座りなさい」
レヴィ侯爵、メアリー、ユースティアは王に促され、開いている席に座った。
三人が座るのを確認した王は、
「メアリー、彼女の治療をしてあげなさい」
治療するように促した。
「かしこまりました。――ユースティア様、手を出してくださいますか?」
しかし、ユースティアは俯いたまま首を振った。そして斬られた左手を握り、無詠唱の魔法で自身の手を治療する。
「ユースティア様?」
「私は大丈夫だ、メアリー。少しぼーっとしていたようだ。治すのを忘れていた」
心配そうに見るメアリーに向かってユースティアは明るい声を出し、微笑んだ。大丈夫だと治した左手も見せた。なのに、メアリーの顔は晴れなかった。
(私は、また何か間違えたのか?)
迷惑をかけまいと思ってした行動だった。
そこでふと、今朝メアリーに言われたことを思い出す。しかし、こんな傷は痛いに入らないだろう。
「無詠唱とはやるねえ。さすが我が娘が気に入るだけのことはある。おまけにべっぴんさんと来た」
足を組み、手を広げてソファに座っていたアンドレウ大公はいつの間にかユースティアの隣に座っていた。そして、ユースティアの顔をよく見るように顎を掴み、上を向かせた。
ユースティアはアンドレウ大公の声で、この場に異様な空気が流れていることに気づく。
「あの……?」
ユースティアはこの異様な空気の原因が分からず、困惑する。それを見たアンドレウ大公はクックックと笑い出し、ユースティアの顎から手を放した。
「みんなの顔を見て見ろよ。驚愕の顔に染まってるぜ」
ユースティアはアンドレウ大公の言うとおり、みんなの顔を見渡した。それでもどうしてなのか分からなかった。
場が驚きに包まれる中、ミラー公爵だけが、一人、興奮したように話始めた。
「それはどうやったのだね? 詳しく聞かせてくれるね? さあ、さあ、さあ!!」
ユースティアは思わず、後ずさる。ソファに座っているから現実に後ずさることはできないのだが……。
次に冷静さを取り戻した王妃が咳払いをする。
「ミラー公爵、興味津々なのは分かりますが、後でよろしくお願いします。今は――――」
「そうだね。今は、シュウがどこに誘拐されてしまったのか探らないといけない。隠密に」
王の言葉でユースティアは立ち上がり、王に向かってまくし立てた。
「シュウが誘拐されたって本当ですか?! どうして、こんなにのんきにしていられるんですかっ!! 早く、見つけないと、早くっ!!」
すぐにでも探しに行きそうなユースティアの腕をアンドレウ大公がつかんだ。
「離してください!! シュウが、シュウが、いやっ!!」
「落ち着けよ」
「離して!!」
ユースティアの無意識の威圧が執務室に放たれる。
王が王妃を、その王をレヴィ侯爵、ミラー公爵が威圧から守るように前に立つ。
みんなの息を飲む声が聞こえた。
「これはまたすごい奴連れてきたな、アラン!!」
アンドレウ大公は好奇心を刺激されたような顔を浮かべると、一つ目の魔法を口にする。
『身体強化』
ユースティアの腕をつかむ力がさらに強くなる。それでも離しそうになる手を必死で掴みながら、アンドレウ大公は二つ目の魔法を唱えた。
『スリープ』
ユースティアは意識が一瞬飛びそうになるが、能力『干渉』を発動させ、魔法の効果を打ち消した。
「ちっ、これでもダメか。奥の手を出すしかないか……!」
「よせ、ノア!! その子を使えなくするつもりか!!」
ミラー公爵が叫声をあげ、アンドレウ大公の動きを止めようとするが、アンドレウ大公はミラー公爵を視線だけで黙らせた。
ミラー公爵とアンドレウ大公は幼少期からの長い付き合いだった。だからこそ、今の視線だけでアンドレウ大公の言わんとしてることがミラー公爵には分かってしまった。
――お前に何ができる? 俺に一度も勝てたことがないお前がこの子を止められるとでも?
そう言っているのが分かってしまったのだ。ミラー公爵は己の唇を強く噛みしめた。
能力発動『茨の祝福』
アンドレウ大公の能力が発動し、多数の茨が陰から出現する。そしてその茨は外と内を侵し、ユースティアの全てを締め付けた。
ユースティアが苦渋に顔を歪める。
「まだ耐えるか。だが……」
この能力の厄介なところは祝福であるということ。通常この世界の人々は祝福を拒めない。厳密に言えば、拒む必要がない。どんな形であろうとそれが祝福である限り、祝福を拒む体質でない限り、強制的に祝福されるのだ。
時間にして数分。ユースティアは事切れた人形のように眠りについた。
「随分と拒んだものだ」
アンドレウ大公の額には汗が流れていた。疲れたように背もたれに寄りかかり、袖をまくった。
「殺してはいないでしょうね?」
王妃の鋭い視線にアンドレウ大公は覇気のない声で、
「殺しちゃいねえよ。俺もまだ命は惜しいんでね」
と告げると、指をパチンと鳴らした。
すると、拘束している茨が解かれ、ユースティアはアンドレウ大公に向かって倒れた。アンドレウ大公はそれを受け止め、自身の横に寄りかからせる。
「メアリー、外側だけ治療しろ。能力はこのまま維持しとく」
ぶっきらぼうに言うアンドレウ大公をメアリーは冷酷な眼差しで上から見下ろした。
「やりすぎでは?」
「そう思うならお前がやれば良かっただろ。六花騎士団第二席のメアリー・スチュアート」
小馬鹿にするようにアンドレウ大公はふっと鼻で笑う。挑発されているのが分かったメアリーだったが、疲労困憊のアンドレウ大公とは張り合う気にはなれず、ため息を吐くとユースティアを軽々と抱きかかえた。
六花騎士団には六人の精鋭がいる。その六人の精鋭は一部にしか知られておらず、六花騎士団に所属している人でさえ、その姿は知らない者がほとんどである。そして、その六人は権力にとらわれない変わった部隊でもあった。その六人の精鋭の第二席にいるのがメアリー・スチュアート、その人である。
「陛下、ベッドを借りてもよろしいですか?」
「構わぬ。好きに使いなさい」
王の確認を取ったメアリーはユースティアをこの執務室の端にある小さな簡易ベッドの上に横たわらせ、魔法による治療を開始した。
「さっそく本題に入ろう。犯人に心当たりがある者はいるか?」
王はいつもの穏やかな顔から真剣な面持ちへと表情を変えた。
「その前によろしいですか、陛下」
レヴィ侯爵の確認に、王がよいと目で先を促した。
「どこからか情報が漏洩したようです」
「その根拠はなんだね?」
ミラー公爵は両手を組み、尋ねる。それに対し、レヴィ侯爵は淡々と事実を述べた。
「今朝、ウィルソン卿がユースティア様を拘束しようと部屋に押しかけてきました」
「知らないはずのサイラスが知っていたと言うことか」
「そうだ」
アンドレウ大公の発言をレヴィ侯爵は冷たい態度で肯定する。
「ウィルソン侯爵が犯人の可能性は?」
ミラー公爵が聞くと、アンドレウ大公はせせら笑った。
「サイラスにそんな度胸はないだろうさ。あいつはルツが先に出世したから気に食わない、ただそれだけだ。今回のことも出世につながると思ってしたことだろうさ」
「その名前で呼ぶな、ノア」
レヴィ侯爵はファーストネームで呼ばれるのが嫌いであった。理由は一つ。名前が優しそうだから。それだけである。何度もやめるように言ってもアンドレウ大公は耳を傾けず、レヴィ侯爵は半ば諦めているが、許したと思われるのは嫌なので一応言う。もはや、学生の頃からの決まったやり取りである。
「では、シュウの探索に出ている者から情報がもれたと?」
「絶対とは言い切れません、陛下」
「と言うと?」
王が聞き返すと、レヴィ侯爵は
「犯人が意図的に、もしくは犯人と敵対する何者かが流した可能性を現段階で否定できません。
犯人の場合、ウィルソン卿、もしくはユースティア様の二人のどちらかを犯人に仕立て上げようとしていると考えられます。上手くいかなくても、二人を疑わせることでそちらに視線が集中し、時間稼ぎになりますから。
敵対する者の場合は、犯人を焦らせることで自分達の存在から少しでも注意を分散させ、殺すにしろ、何かを盗むにしろ、確実にそれらを遂行するためだと考えられます」
と己の見解を告げた。
どちらにせよ、どちらでもないにせよ、確実に言えることは、情報を流したのはウィルソン侯爵のことをよく知っている人物であると同時に昨夜、シュウが最後に会ったのがユースティアだと知っている人物となる。
「その口ぶりからするとティアちゃんを犯人だとは思っていないということね? レヴィ侯爵」
「白々しいなキャスリン。兄貴と一緒に試したくせに」
「何のことかしら?」
「はっ、よく言うぜ。最近、そこの嬢ちゃんと朝食を一緒に取ってたらしいじゃあねえか。どうすれば嬢ちゃんの感情が揺れ動くか分かってたんだろ? 今回は少し嬢ちゃんを見誤ったようだがな」
ベッドでメアリーの治療を受けているユースティアに目配せしながらアンドレウ大公は指摘する。
王妃は観念したようにため息を吐いた。
アンドレウ大公の言うとおりだった。少し感情を揺さぶれば、その揺れで王妃にはその言葉が嘘か真かぐらいたやすく読める。しかし、今回王妃の想像以上にユースティアの感情は揺れ動いてしまった。ユースティアの実力は報告で聞いていたため、アンドレウ大公という保険はかけてはいたのだが……
「正解よ、ノア。正直、ここまでシュウのことを大切に思っているとは思わなかったわ。ティアちゃんはそこまで強い感情を持つ子とは思えなかったもの。全てにおいて割り切ってる子だと思っていたんだけどね……」
「使いづらい駒だって言うなら大公家で引き取ってもいいんだぜ? 娘が喜ぶ」
「いいえ、それは絶対にダメよ! ティアちゃんは娘同然だもの」
「それはそれは、丸くなったことで」
「ごほん。話が少し逸れたな。本題に戻ろう」
王が咳払いをしたことで場が静まりかえる。
「レヴィは犯人の目星がある程度付いているのだろ?」
疑問形で聞きながらもその言葉は、王の瞳は、断言していた。王であるバートがレヴィ侯爵の有能さを誰よりも信頼していることをこの場にいる者全員が改めて悟った。
「……はい、三人ほど。ですが……、証拠がまだありませんので……」
王のプレッシャーに耐えながら、レヴィ侯爵は言い淀んだ。
「証拠がなくてもいい」
「それでは、述べさせてもらいます。犯人は――――」
レヴィ侯爵の言葉に全員が息を飲み、次の言葉を持つのだった。
レヴィ侯爵に倣ってユースティア、メアリーもお辞儀をする。
着いた先はいつも食事の場ではなく、王の執務室だった。王妃に、アンドレウ大公、そして、ミラー公爵が席に着いていた。
ユースティアは知らない男性方、つまりアンドレウ大公、ミラー公爵を見て、肩をビクリと揺らした。
まだ、ユースティアは完全に過去を克服した訳ではなかった。だから、まだ男の人を見ると怖くなるときがある。広い空間ではなく、狭い空間ではなおさらだった。すぐ慣れるだろうが……。
「よい、面を上げよ。彼女の手から血が出ているのを見る限り、何かあったのだろう? とりあえず、三人共座りなさい」
レヴィ侯爵、メアリー、ユースティアは王に促され、開いている席に座った。
三人が座るのを確認した王は、
「メアリー、彼女の治療をしてあげなさい」
治療するように促した。
「かしこまりました。――ユースティア様、手を出してくださいますか?」
しかし、ユースティアは俯いたまま首を振った。そして斬られた左手を握り、無詠唱の魔法で自身の手を治療する。
「ユースティア様?」
「私は大丈夫だ、メアリー。少しぼーっとしていたようだ。治すのを忘れていた」
心配そうに見るメアリーに向かってユースティアは明るい声を出し、微笑んだ。大丈夫だと治した左手も見せた。なのに、メアリーの顔は晴れなかった。
(私は、また何か間違えたのか?)
迷惑をかけまいと思ってした行動だった。
そこでふと、今朝メアリーに言われたことを思い出す。しかし、こんな傷は痛いに入らないだろう。
「無詠唱とはやるねえ。さすが我が娘が気に入るだけのことはある。おまけにべっぴんさんと来た」
足を組み、手を広げてソファに座っていたアンドレウ大公はいつの間にかユースティアの隣に座っていた。そして、ユースティアの顔をよく見るように顎を掴み、上を向かせた。
ユースティアはアンドレウ大公の声で、この場に異様な空気が流れていることに気づく。
「あの……?」
ユースティアはこの異様な空気の原因が分からず、困惑する。それを見たアンドレウ大公はクックックと笑い出し、ユースティアの顎から手を放した。
「みんなの顔を見て見ろよ。驚愕の顔に染まってるぜ」
ユースティアはアンドレウ大公の言うとおり、みんなの顔を見渡した。それでもどうしてなのか分からなかった。
場が驚きに包まれる中、ミラー公爵だけが、一人、興奮したように話始めた。
「それはどうやったのだね? 詳しく聞かせてくれるね? さあ、さあ、さあ!!」
ユースティアは思わず、後ずさる。ソファに座っているから現実に後ずさることはできないのだが……。
次に冷静さを取り戻した王妃が咳払いをする。
「ミラー公爵、興味津々なのは分かりますが、後でよろしくお願いします。今は――――」
「そうだね。今は、シュウがどこに誘拐されてしまったのか探らないといけない。隠密に」
王の言葉でユースティアは立ち上がり、王に向かってまくし立てた。
「シュウが誘拐されたって本当ですか?! どうして、こんなにのんきにしていられるんですかっ!! 早く、見つけないと、早くっ!!」
すぐにでも探しに行きそうなユースティアの腕をアンドレウ大公がつかんだ。
「離してください!! シュウが、シュウが、いやっ!!」
「落ち着けよ」
「離して!!」
ユースティアの無意識の威圧が執務室に放たれる。
王が王妃を、その王をレヴィ侯爵、ミラー公爵が威圧から守るように前に立つ。
みんなの息を飲む声が聞こえた。
「これはまたすごい奴連れてきたな、アラン!!」
アンドレウ大公は好奇心を刺激されたような顔を浮かべると、一つ目の魔法を口にする。
『身体強化』
ユースティアの腕をつかむ力がさらに強くなる。それでも離しそうになる手を必死で掴みながら、アンドレウ大公は二つ目の魔法を唱えた。
『スリープ』
ユースティアは意識が一瞬飛びそうになるが、能力『干渉』を発動させ、魔法の効果を打ち消した。
「ちっ、これでもダメか。奥の手を出すしかないか……!」
「よせ、ノア!! その子を使えなくするつもりか!!」
ミラー公爵が叫声をあげ、アンドレウ大公の動きを止めようとするが、アンドレウ大公はミラー公爵を視線だけで黙らせた。
ミラー公爵とアンドレウ大公は幼少期からの長い付き合いだった。だからこそ、今の視線だけでアンドレウ大公の言わんとしてることがミラー公爵には分かってしまった。
――お前に何ができる? 俺に一度も勝てたことがないお前がこの子を止められるとでも?
そう言っているのが分かってしまったのだ。ミラー公爵は己の唇を強く噛みしめた。
能力発動『茨の祝福』
アンドレウ大公の能力が発動し、多数の茨が陰から出現する。そしてその茨は外と内を侵し、ユースティアの全てを締め付けた。
ユースティアが苦渋に顔を歪める。
「まだ耐えるか。だが……」
この能力の厄介なところは祝福であるということ。通常この世界の人々は祝福を拒めない。厳密に言えば、拒む必要がない。どんな形であろうとそれが祝福である限り、祝福を拒む体質でない限り、強制的に祝福されるのだ。
時間にして数分。ユースティアは事切れた人形のように眠りについた。
「随分と拒んだものだ」
アンドレウ大公の額には汗が流れていた。疲れたように背もたれに寄りかかり、袖をまくった。
「殺してはいないでしょうね?」
王妃の鋭い視線にアンドレウ大公は覇気のない声で、
「殺しちゃいねえよ。俺もまだ命は惜しいんでね」
と告げると、指をパチンと鳴らした。
すると、拘束している茨が解かれ、ユースティアはアンドレウ大公に向かって倒れた。アンドレウ大公はそれを受け止め、自身の横に寄りかからせる。
「メアリー、外側だけ治療しろ。能力はこのまま維持しとく」
ぶっきらぼうに言うアンドレウ大公をメアリーは冷酷な眼差しで上から見下ろした。
「やりすぎでは?」
「そう思うならお前がやれば良かっただろ。六花騎士団第二席のメアリー・スチュアート」
小馬鹿にするようにアンドレウ大公はふっと鼻で笑う。挑発されているのが分かったメアリーだったが、疲労困憊のアンドレウ大公とは張り合う気にはなれず、ため息を吐くとユースティアを軽々と抱きかかえた。
六花騎士団には六人の精鋭がいる。その六人の精鋭は一部にしか知られておらず、六花騎士団に所属している人でさえ、その姿は知らない者がほとんどである。そして、その六人は権力にとらわれない変わった部隊でもあった。その六人の精鋭の第二席にいるのがメアリー・スチュアート、その人である。
「陛下、ベッドを借りてもよろしいですか?」
「構わぬ。好きに使いなさい」
王の確認を取ったメアリーはユースティアをこの執務室の端にある小さな簡易ベッドの上に横たわらせ、魔法による治療を開始した。
「さっそく本題に入ろう。犯人に心当たりがある者はいるか?」
王はいつもの穏やかな顔から真剣な面持ちへと表情を変えた。
「その前によろしいですか、陛下」
レヴィ侯爵の確認に、王がよいと目で先を促した。
「どこからか情報が漏洩したようです」
「その根拠はなんだね?」
ミラー公爵は両手を組み、尋ねる。それに対し、レヴィ侯爵は淡々と事実を述べた。
「今朝、ウィルソン卿がユースティア様を拘束しようと部屋に押しかけてきました」
「知らないはずのサイラスが知っていたと言うことか」
「そうだ」
アンドレウ大公の発言をレヴィ侯爵は冷たい態度で肯定する。
「ウィルソン侯爵が犯人の可能性は?」
ミラー公爵が聞くと、アンドレウ大公はせせら笑った。
「サイラスにそんな度胸はないだろうさ。あいつはルツが先に出世したから気に食わない、ただそれだけだ。今回のことも出世につながると思ってしたことだろうさ」
「その名前で呼ぶな、ノア」
レヴィ侯爵はファーストネームで呼ばれるのが嫌いであった。理由は一つ。名前が優しそうだから。それだけである。何度もやめるように言ってもアンドレウ大公は耳を傾けず、レヴィ侯爵は半ば諦めているが、許したと思われるのは嫌なので一応言う。もはや、学生の頃からの決まったやり取りである。
「では、シュウの探索に出ている者から情報がもれたと?」
「絶対とは言い切れません、陛下」
「と言うと?」
王が聞き返すと、レヴィ侯爵は
「犯人が意図的に、もしくは犯人と敵対する何者かが流した可能性を現段階で否定できません。
犯人の場合、ウィルソン卿、もしくはユースティア様の二人のどちらかを犯人に仕立て上げようとしていると考えられます。上手くいかなくても、二人を疑わせることでそちらに視線が集中し、時間稼ぎになりますから。
敵対する者の場合は、犯人を焦らせることで自分達の存在から少しでも注意を分散させ、殺すにしろ、何かを盗むにしろ、確実にそれらを遂行するためだと考えられます」
と己の見解を告げた。
どちらにせよ、どちらでもないにせよ、確実に言えることは、情報を流したのはウィルソン侯爵のことをよく知っている人物であると同時に昨夜、シュウが最後に会ったのがユースティアだと知っている人物となる。
「その口ぶりからするとティアちゃんを犯人だとは思っていないということね? レヴィ侯爵」
「白々しいなキャスリン。兄貴と一緒に試したくせに」
「何のことかしら?」
「はっ、よく言うぜ。最近、そこの嬢ちゃんと朝食を一緒に取ってたらしいじゃあねえか。どうすれば嬢ちゃんの感情が揺れ動くか分かってたんだろ? 今回は少し嬢ちゃんを見誤ったようだがな」
ベッドでメアリーの治療を受けているユースティアに目配せしながらアンドレウ大公は指摘する。
王妃は観念したようにため息を吐いた。
アンドレウ大公の言うとおりだった。少し感情を揺さぶれば、その揺れで王妃にはその言葉が嘘か真かぐらいたやすく読める。しかし、今回王妃の想像以上にユースティアの感情は揺れ動いてしまった。ユースティアの実力は報告で聞いていたため、アンドレウ大公という保険はかけてはいたのだが……
「正解よ、ノア。正直、ここまでシュウのことを大切に思っているとは思わなかったわ。ティアちゃんはそこまで強い感情を持つ子とは思えなかったもの。全てにおいて割り切ってる子だと思っていたんだけどね……」
「使いづらい駒だって言うなら大公家で引き取ってもいいんだぜ? 娘が喜ぶ」
「いいえ、それは絶対にダメよ! ティアちゃんは娘同然だもの」
「それはそれは、丸くなったことで」
「ごほん。話が少し逸れたな。本題に戻ろう」
王が咳払いをしたことで場が静まりかえる。
「レヴィは犯人の目星がある程度付いているのだろ?」
疑問形で聞きながらもその言葉は、王の瞳は、断言していた。王であるバートがレヴィ侯爵の有能さを誰よりも信頼していることをこの場にいる者全員が改めて悟った。
「……はい、三人ほど。ですが……、証拠がまだありませんので……」
王のプレッシャーに耐えながら、レヴィ侯爵は言い淀んだ。
「証拠がなくてもいい」
「それでは、述べさせてもらいます。犯人は――――」
レヴィ侯爵の言葉に全員が息を飲み、次の言葉を持つのだった。
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