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三幕 冥界
四天王
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「雨……?」
頭頂部に落ちてきた雫へと手を伸ばす。だが、届く前にリアンの手はピクリと動きを止めた。
(……冥界に雨は降らない……)
故意的ではない限り降るはずがない。それに――――貪る刀が反応している?
リアンは即座に上を見上げた。
「何か落ちてくる……」
血の雨を降らしながら高速で落ちてくるそれを受け止めないで避ける選択肢がなかったわけではない。でも、落下物の正体を認知してしまえばそれはできなかった。
「っ……!!」
脚に魔力を込め、落下地点の真下へと瞬時に移動する。
(間に合え!!)
受け止めた途端、大きな負荷がリアンの両手足へとかかる。
今のリアンにとってこの程度の負荷は耐えられるものであり何の問題もないはずだった。
だが、今回は受け止めた場所が悪かった。リアンよりも先に足場が耐えきれず崩れてしまった。
(このままだと冥界の最下層に落ちる)
最下層に落ちることだけは避けなければならない。最下層に一度落ちれば生者は生命力を吸い取られる。仮に魔力で代用できたとしても、その魔力には限りがある。最下層脱出まで保つのは困難を極める。
刀を壁へと突き刺し、落下に耐える。
リアンは眉間にシワを寄せ、思わず舌を鳴らす。
「貪る刀。血を後で吸わせてやるから刃を鈍らせろ」
命令したかいあって落下は最下層の領域に入るギリギリのところで止まった。
「ライリー」
左脇に抱えているライリーの意識を確認する。だが、返事は返ってこない。
(死んではないはず。この傷は致命傷とまでは至っていない)
治癒魔法は使えない。
回復薬も持ち合わせてもいない。仮にあったとしても両手がふさがっていて取り出すのは無理な状況だ。
(とりあえず、足場のあるところに移動するしかない)
「最初に謝っておく」
ライリーを反対側にある足場――広間に投げ入れようとしたそのときだった。ライリーの体が微かに揺れたのは。
「起きた?」
「……はは、リアン兄さんだ。まだいたんだ。もういなくなったと思ってた」
「………」
「くるよ……」
「分かってる」
リアンは弾丸のように落ちてくる刺客を視界に入れると、黒風を竜巻のように操り、上へと押し返す。
ただの時間稼ぎ。
だが、この少しの時間がリアン達の不利な状況を打開する。
「受け身とってね」
リアンはライリーを反対側へ投げ入れると、身軽になった体で刀を起点にして回転した。そして、刀の上へと身を乗り上げ、壁を足場にした。
強化された脚力を持ってライリーの後に続く。
「……っ。扱い雑……」
投げ捨てられたライリーは倒れ伏しながらボソリと不満をもらす。
あんなに身軽な動きができるなら、抱えながらでもここに運ぶことができたはず。
ライリーはそう思わずにはいられなかった。
「休んでる暇はないよ」
「本当に今日は厄日だよ」
「奸計だけは一端だな。とっととくたばればいいものを」
そう言って広場へと振り立ったのは黒いマントを羽織り、顔を黒マスクで覆った中背の男――リアンが先程黒風で追い返した者だった。
「敵ってことでいいんだよね?」
「少なくとも僕にとっては敵だ」
「なら、消しても問題ない――ねッッ!!」
先に仕掛けたのはリアン。
リアンは自分と男との間を一瞬でかき消した。
貪る刀と短剣が火花を散らす。
「どいつもこいつも見下しやがって。とてつもなく不快極まる」
「見下してるのはお前の方だろ? だから、相手にも見下される――――貪る刀第弐開放【血刀蒼炎雷】」
ゼロ距離から放たれた蒼い炎と雷が男へと纏わりつく。
その動きはまるで男の意識を確実に刈り取ろうとする龍そのものだ。
「勝負はついた。選べ、自分の足でこの場を去るか、このまま焼き殺されるか」
龍に焼き尽くされ、今にも死に体の男に最後の慈悲を持ちかける。
だがそれを、男は嘲笑する。
「こんな自爆攻撃をする未熟者が何を言っている。決着がついたかどうかも判別できない奴が勝者を名乗るのは時期尚早だろうがッ」
男の言うことは一理ある。真に決着はついていない。このことは認める。
だが、一点。
男は勘違いをしている。
リアンも炎に侵されているのは未熟さゆえに招いてしまったことではない。
これは故意的に起こしているのだ。
「自爆、ね……。そんな愚か者に見えるっていうならその瞳、くり抜いてやろうか」
「その言葉、そのままそっくり返してやるよ!! 『解除』」
パリンという音を立てながら目の前の男が崩れ落ちた。
この音と光景をリアンはよく知っている。これはシエルがよく使う妖術!!
(本体はどこにいる? ――見つけた)
「詰めが甘い」
瞬間移動したかのように死角から現れた男を炎雷を纏いし脚で回し蹴りをくらわす。
地形までも変えるほどの蹴り。男はライリーよりも後方――白骨でできた山がある方へと吹き飛ばされる。
「……手応えがない。受け身を取られた。…………がはッ!!」
口から吐き出される血を咄嗟に手で受け止める。
何が起こったか分からない状況に困惑しているとライリーが横から現れ、
「太ももに短剣刺さってる」
勢いよく短剣を引き抜いた。
「いつの間に……うっ……!!」
毒付きの短剣を突き立てるためだけに、不利な近接戦に挑んだのだと、リアンは悟った。
胸を掻きむしりながら、片膝を地につける。
ライリーはリアンの元に駆け寄ると傷口を覗き見た。
「この苦しみ様。この臭い。これは――」
「バジリスクという名の魔物から抽出した猛毒だ」
男は死の山から片腕を押さえながら這い上がり、言葉をつなぐ。男は蹴りを受け止めた腕以外無傷だった。
「それだけじゃないだろ。改良して毒性を強めている」
「ああ、そうだ。本来なら即死のはずなんだがなァ」
肩で息をするリアンが立ち上がろうとするのを止めるライリーにリアンは制止をかける。
「僕じゃなかったらそうだろうな。この毒にはとっても見覚えがある。最近、同じ毒にやられた。お前、片面の男の仲間だな」
「片面の男。 ……ああ、朱雀のことか。確かに朱雀とはビジネスパートナーだな」
「ヴァリテイターの関係者というわけか。道理で僕のことに詳しいわけだ。情報が少し欠けているようだが」
能力発動『嫉妬』
「何を……」
「…………毒を解毒した?」
ライリーが驚愕の声をあげる。男もライリーの発言で目を大きく見開いた。
「御名答。ライリーは鼻がいいようだ。僕に同じ毒は二度と効かない」
「化け物がっ……」
男が悪態をつき、能力を発動させようとしたそのとき。
「そこまでだ」
冥界の主がリアンたちの背後から制止の声をあげる。その声は二人の動きを強制的に止めさせた。
「老いぼれのお出ましか。時間をかけすぎたようだな」
「聞き捨てならない言葉だな、クレト。四天王という立場に免じて一度だけは許そうと思っていたのだがな」
リアン達を守るように前に出た冥界の主。クレトは冥界の主を瞳に映すと、目をパチクリさせた。そして、
「……クッ、ハハハ」
腹を抱えて笑い出した。
「何が可笑しい」
「その言葉が出る時点で俺でも同情を禁じ得ないというものだ。今のお前の許しなぞ、塵芥よりも価値がないというのに」
絶対的な立場の冥界の主に敵意を隠しもしないクレト。冥界の主の眉がピクリと動く。
四天王クレトと冥界の主が今にも目の前で殺し合いをしそうな中、リアンは気の抜けた声をあげていた。
「四天王……」
「やっぱり知らないで戦っていたんだ?」
「だって会ったことないし。それに――――いや、やっぱりなんでもない」
「別に僕に隠さなくていいよ」
「隠し事がいっぱいある奴に言われてもね……。それよりも、ライリー」
「何?」
「冥界の主になる気はない?」
その言葉は、周囲を凍てつかせたのは言うまでもない。
頭頂部に落ちてきた雫へと手を伸ばす。だが、届く前にリアンの手はピクリと動きを止めた。
(……冥界に雨は降らない……)
故意的ではない限り降るはずがない。それに――――貪る刀が反応している?
リアンは即座に上を見上げた。
「何か落ちてくる……」
血の雨を降らしながら高速で落ちてくるそれを受け止めないで避ける選択肢がなかったわけではない。でも、落下物の正体を認知してしまえばそれはできなかった。
「っ……!!」
脚に魔力を込め、落下地点の真下へと瞬時に移動する。
(間に合え!!)
受け止めた途端、大きな負荷がリアンの両手足へとかかる。
今のリアンにとってこの程度の負荷は耐えられるものであり何の問題もないはずだった。
だが、今回は受け止めた場所が悪かった。リアンよりも先に足場が耐えきれず崩れてしまった。
(このままだと冥界の最下層に落ちる)
最下層に落ちることだけは避けなければならない。最下層に一度落ちれば生者は生命力を吸い取られる。仮に魔力で代用できたとしても、その魔力には限りがある。最下層脱出まで保つのは困難を極める。
刀を壁へと突き刺し、落下に耐える。
リアンは眉間にシワを寄せ、思わず舌を鳴らす。
「貪る刀。血を後で吸わせてやるから刃を鈍らせろ」
命令したかいあって落下は最下層の領域に入るギリギリのところで止まった。
「ライリー」
左脇に抱えているライリーの意識を確認する。だが、返事は返ってこない。
(死んではないはず。この傷は致命傷とまでは至っていない)
治癒魔法は使えない。
回復薬も持ち合わせてもいない。仮にあったとしても両手がふさがっていて取り出すのは無理な状況だ。
(とりあえず、足場のあるところに移動するしかない)
「最初に謝っておく」
ライリーを反対側にある足場――広間に投げ入れようとしたそのときだった。ライリーの体が微かに揺れたのは。
「起きた?」
「……はは、リアン兄さんだ。まだいたんだ。もういなくなったと思ってた」
「………」
「くるよ……」
「分かってる」
リアンは弾丸のように落ちてくる刺客を視界に入れると、黒風を竜巻のように操り、上へと押し返す。
ただの時間稼ぎ。
だが、この少しの時間がリアン達の不利な状況を打開する。
「受け身とってね」
リアンはライリーを反対側へ投げ入れると、身軽になった体で刀を起点にして回転した。そして、刀の上へと身を乗り上げ、壁を足場にした。
強化された脚力を持ってライリーの後に続く。
「……っ。扱い雑……」
投げ捨てられたライリーは倒れ伏しながらボソリと不満をもらす。
あんなに身軽な動きができるなら、抱えながらでもここに運ぶことができたはず。
ライリーはそう思わずにはいられなかった。
「休んでる暇はないよ」
「本当に今日は厄日だよ」
「奸計だけは一端だな。とっととくたばればいいものを」
そう言って広場へと振り立ったのは黒いマントを羽織り、顔を黒マスクで覆った中背の男――リアンが先程黒風で追い返した者だった。
「敵ってことでいいんだよね?」
「少なくとも僕にとっては敵だ」
「なら、消しても問題ない――ねッッ!!」
先に仕掛けたのはリアン。
リアンは自分と男との間を一瞬でかき消した。
貪る刀と短剣が火花を散らす。
「どいつもこいつも見下しやがって。とてつもなく不快極まる」
「見下してるのはお前の方だろ? だから、相手にも見下される――――貪る刀第弐開放【血刀蒼炎雷】」
ゼロ距離から放たれた蒼い炎と雷が男へと纏わりつく。
その動きはまるで男の意識を確実に刈り取ろうとする龍そのものだ。
「勝負はついた。選べ、自分の足でこの場を去るか、このまま焼き殺されるか」
龍に焼き尽くされ、今にも死に体の男に最後の慈悲を持ちかける。
だがそれを、男は嘲笑する。
「こんな自爆攻撃をする未熟者が何を言っている。決着がついたかどうかも判別できない奴が勝者を名乗るのは時期尚早だろうがッ」
男の言うことは一理ある。真に決着はついていない。このことは認める。
だが、一点。
男は勘違いをしている。
リアンも炎に侵されているのは未熟さゆえに招いてしまったことではない。
これは故意的に起こしているのだ。
「自爆、ね……。そんな愚か者に見えるっていうならその瞳、くり抜いてやろうか」
「その言葉、そのままそっくり返してやるよ!! 『解除』」
パリンという音を立てながら目の前の男が崩れ落ちた。
この音と光景をリアンはよく知っている。これはシエルがよく使う妖術!!
(本体はどこにいる? ――見つけた)
「詰めが甘い」
瞬間移動したかのように死角から現れた男を炎雷を纏いし脚で回し蹴りをくらわす。
地形までも変えるほどの蹴り。男はライリーよりも後方――白骨でできた山がある方へと吹き飛ばされる。
「……手応えがない。受け身を取られた。…………がはッ!!」
口から吐き出される血を咄嗟に手で受け止める。
何が起こったか分からない状況に困惑しているとライリーが横から現れ、
「太ももに短剣刺さってる」
勢いよく短剣を引き抜いた。
「いつの間に……うっ……!!」
毒付きの短剣を突き立てるためだけに、不利な近接戦に挑んだのだと、リアンは悟った。
胸を掻きむしりながら、片膝を地につける。
ライリーはリアンの元に駆け寄ると傷口を覗き見た。
「この苦しみ様。この臭い。これは――」
「バジリスクという名の魔物から抽出した猛毒だ」
男は死の山から片腕を押さえながら這い上がり、言葉をつなぐ。男は蹴りを受け止めた腕以外無傷だった。
「それだけじゃないだろ。改良して毒性を強めている」
「ああ、そうだ。本来なら即死のはずなんだがなァ」
肩で息をするリアンが立ち上がろうとするのを止めるライリーにリアンは制止をかける。
「僕じゃなかったらそうだろうな。この毒にはとっても見覚えがある。最近、同じ毒にやられた。お前、片面の男の仲間だな」
「片面の男。 ……ああ、朱雀のことか。確かに朱雀とはビジネスパートナーだな」
「ヴァリテイターの関係者というわけか。道理で僕のことに詳しいわけだ。情報が少し欠けているようだが」
能力発動『嫉妬』
「何を……」
「…………毒を解毒した?」
ライリーが驚愕の声をあげる。男もライリーの発言で目を大きく見開いた。
「御名答。ライリーは鼻がいいようだ。僕に同じ毒は二度と効かない」
「化け物がっ……」
男が悪態をつき、能力を発動させようとしたそのとき。
「そこまでだ」
冥界の主がリアンたちの背後から制止の声をあげる。その声は二人の動きを強制的に止めさせた。
「老いぼれのお出ましか。時間をかけすぎたようだな」
「聞き捨てならない言葉だな、クレト。四天王という立場に免じて一度だけは許そうと思っていたのだがな」
リアン達を守るように前に出た冥界の主。クレトは冥界の主を瞳に映すと、目をパチクリさせた。そして、
「……クッ、ハハハ」
腹を抱えて笑い出した。
「何が可笑しい」
「その言葉が出る時点で俺でも同情を禁じ得ないというものだ。今のお前の許しなぞ、塵芥よりも価値がないというのに」
絶対的な立場の冥界の主に敵意を隠しもしないクレト。冥界の主の眉がピクリと動く。
四天王クレトと冥界の主が今にも目の前で殺し合いをしそうな中、リアンは気の抜けた声をあげていた。
「四天王……」
「やっぱり知らないで戦っていたんだ?」
「だって会ったことないし。それに――――いや、やっぱりなんでもない」
「別に僕に隠さなくていいよ」
「隠し事がいっぱいある奴に言われてもね……。それよりも、ライリー」
「何?」
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