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三幕 冥界
壊れた人形
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緑の理想郷
ここはとてもあたたかい――――ぬるま湯にでも浸っているようだ。
日和はベッドから体を起こし、窓から見える幸せそうな二人を見ては視線を逸らし、布団を強く握りしめる。そんな行為を何回か繰り返したところで不意にサイドテーブルが視界に入る。
机の上にあるのはボスから餞別にもらった金色の宝石。今は粉々と言えるほどに割れている。少し残った破片は鋭利を帯びている。
破片を手に取り、覗き込む。光に当たったそれはとてもきれいで、憎らしい。
「これが生ではなく死をくれるものだったらよかったのに」
死にたくないと思っていると同時に死を望んでいる。
自ら壊した心。
ここにいると、粉々にしてしまった感情はこの宝石のようにすべての輝きを失わせてはくれない。
まるで呪いのようだった。希望を捨てるなと言っているようだった。
希望などとっくの昔に諦めているのに。
「日和ちゃんもこっちに来てお昼にしましょう」
こちらに気づいた魔女が窓の外から日和に話しかける。眩しい微笑み。隣りにいる騎士も優しい微笑みを向けている。
「ネルさんという方と一緒に食べた方がきっと楽しいですよ?」
「私はあなたとも食べたいわ。もっとあなたのことが知りたいの」
真っ直ぐな瞳。穢れを知らなさそうに見えるその瞳はやはり眩しい。一緒にいると何故か心臓が痛む。それでも二度目は断れない。だって、この人は命の恩人。恩人に対し恩を返すのは人間社会を円滑に進める上で大事なことであり、それが人の営みというものなんでしょう?
「分かりました。今、外に出ます」
「あの樹の下で待ってるね」
いつものように作った笑みを浮かべ、返事をする。しばし、二人の後ろ姿を見たあと、破片を元の場所へと戻す。
「やっぱりこの金色はリアン君の瞳の色とは違う」
リアンの瞳はこんなに神々しくなかった。金色の中にもドス黒さが感じられる瞳だった。
「………? …………どうして今、リアン君を思い出したんでしょう……………?」
日和は首を傾げつつ、外につながる扉を開けた。
「日和ちゃんはさ、これからどうしたい?」
樹の下にシートを敷き、二人の会話を聞き流しながら黙々とお弁当を食べているそのときだった。魔女が箸を止め、静かな声音でそう尋ねたのは。
「どうしたいとは、どういう意味でしょうか?」
日和も箸を止め、笑顔で聞き返す。
任務の失敗。そして、本来の任務も失敗した。
これからなんて決まっている。
父親とも呼びたくない人からの折檻。そして、再び始まる死の繰り返し。
ここにいればいるほど折檻が辛いものになるのは想像に難くない。
それに、日和の意思などとっくの昔に捨てられたものだ。
「う~ん。好きなこととかやってみたいこととかかな」
「そうですね。家に早く帰って親を安心させたいですね」
「嘘でしょ」
「嘘ではありません」
魔女は日和の両頬を両手で優しく触れると、真剣な表情で瞳を覗き込んだ。
まるで真意を探るように。
日和は咄嗟に目を逸らす。そして、拘束から逃れようと魔女の腕を掴んだ。
「いいえ、嘘よ。それは日和ちゃんの本心じゃないわ」
「…………本心ではないからなんですか? 恩人にすべて本音で話さないといけないというわけではないでしょうに」
日和は笑みを浮かべたまま、掴んでいる腕を魔女の膝に乗せると、立ち上がった。
「食べ終わったことですし、私はそろそろベッドに戻りますね。まだ傷が治りきっていないようなので」
笑顔のまま、靴を履こうとして、先程から二人の様子を伺っていた騎士に腕を掴まれる。
「逃げるのか」
「逃げるの意味が分かりません」
流れる沈黙。
魔女はため息を吐き、「本当はもう少し後で言うつもりだったんだけど……」と小さく呟いた。
「あなたのお父様はさっきお亡くなりになられたわ」
「嘘ですね。あなた達はずっとここにいました。外からの情報が遮断されているここで外の情報を知ることは不可能なんですよ」
魔女に諭すように微笑を浮かべながら言う日和。
だが、魔女と騎士には己に言い聞かせているようにしか見えなかった。
「逃げることは間違いじゃない。だが、これは逃げるべきじゃない」
「あなたに私の何が分かると言うのでしょう? それに、私のことを詮索するのはやめてほしいですね。私でも不快になります」
二人の間に流れるギスギスとした空気。その空気を破ったのはこの空気を最初に生み出した魔女だった。
「嘘だと信じ込みたいなら、信じればいい。それがあなたの本当の心だと言うのならば」
「…………」
「精霊王の元に行くからついてきて。嘘を信じてもいいけど、現実は知ってもらうわ」
◆◇◆◇
精霊王の屋敷。
屋敷内にある泉へとつながる扉の前まできた三人は扉の前にいる人物に話しかけた。
「レディーナ。精霊王と面会できる?」
しばし怒気の孕んだ声で簡潔に用件を言うマーゴットにレディーナは驚いたように瞬きをする。
「どうしたんですか。そんなに怒るなんてあなたらしくありませんね」
扉を開けることで用件への受託の意を示しながら、レディーナは不思議そうに見つめる。
「別に怒っているわけではないわ。本当は余計なお世話だってことも分かってるけど…………。そもそもリア君から話まだ聞いてないわ。死んで逃げられるのは嫌よ」
「えっと……」
マーゴットの情緒不安定気味さに戸惑っているレディーナは助けを求めるようにラモラックに視線を送る。
「突発的に起きる女王様のわがままだ」
「……わがまま…………?」
「気にしなくていい。すぐに機嫌は直る」
「……そう、ですか。…………後ろの方は大丈夫ですか? 顔色が少し悪いように見えます」
マーゴットとラモラックの後ろを歩いていた日和にレディーナが近づこうとしたところでラモラックに静止の声をかけられる。
「レディーナ」
「……?」
「今は放っておけ」
強い口調で言うラモラックにレディーナは首を傾げつつも、言う通りにする。
「えっとご案内するまでもないと思いますが、王はあちらの泉のそばにおります」
レディーナの視線の先を見ると精霊王とアーベントがお茶を飲みながら、魔法を使って遊んでいるのが見えた。
泉にはロジェの試練の様子が映っている。
「暇そうね」
「そうですね」
「都合がいいわ」
マーゴットは早足で精霊王の下へと行く。それに気づいたアーベントと精霊王はこちらを見ずに声をかける。
「マーゴットだあ。どうしたの?」
「何か不便なことでもあったか?」
「単刀直入に言います。アーベントさんと精霊王、あなたたちの時間をください。そして、【真実の泉】を使わせてもらえませんか?」
アーベントはマーゴットを横目で見るとすぐに視線を戻し、精霊王に話しかけた。
「どうしてって聞くのは野暮そうだね、リシャール君」
「そうだな、アーベント君」
精霊王は遊んでいた魔法を止めると、イスから立ち上がった。続いてアーベントも立ち上がる。
「「暇だからイイよ」」
「仲がいいようで……」
息ピッタリの二人に少し引きながら言うラモラック。
それに気づいていないのか精霊王は自信満々の笑みを浮かべた。
「そりゃあ、俺たち悪友だもん」
「長く付き合いすぎた」
「なんだよ、その言い方」
客がいるというのにまるで子どものような態度の精霊王にレディーナは額を抑える。
(王よ、あれほど人前では素を出すなと言ったのに……。後で説教ですね)
「なんか今、背中に寒気が……」
「ご愁傷さま」
「何が?! ねぇ、アーベント聞いてる? まさか、立ったまま寝てる?!」
アーベントの肩を掴み、ゆさゆさと揺さぶる精霊王。
レディーナはため息を吐きながら、二人をスルーする。
「皆さん、お見苦しいところをお見せしてすみません。王より、【真実の泉】の使用許可が出たのであちらの二人は放っておいて使用しましょう」
「待って、今アーベント起こすから待って!! ――アーベント。おい、アーベント起きろ。いくらここが心地良いからって寝るな!!」
ここはとてもあたたかい――――ぬるま湯にでも浸っているようだ。
日和はベッドから体を起こし、窓から見える幸せそうな二人を見ては視線を逸らし、布団を強く握りしめる。そんな行為を何回か繰り返したところで不意にサイドテーブルが視界に入る。
机の上にあるのはボスから餞別にもらった金色の宝石。今は粉々と言えるほどに割れている。少し残った破片は鋭利を帯びている。
破片を手に取り、覗き込む。光に当たったそれはとてもきれいで、憎らしい。
「これが生ではなく死をくれるものだったらよかったのに」
死にたくないと思っていると同時に死を望んでいる。
自ら壊した心。
ここにいると、粉々にしてしまった感情はこの宝石のようにすべての輝きを失わせてはくれない。
まるで呪いのようだった。希望を捨てるなと言っているようだった。
希望などとっくの昔に諦めているのに。
「日和ちゃんもこっちに来てお昼にしましょう」
こちらに気づいた魔女が窓の外から日和に話しかける。眩しい微笑み。隣りにいる騎士も優しい微笑みを向けている。
「ネルさんという方と一緒に食べた方がきっと楽しいですよ?」
「私はあなたとも食べたいわ。もっとあなたのことが知りたいの」
真っ直ぐな瞳。穢れを知らなさそうに見えるその瞳はやはり眩しい。一緒にいると何故か心臓が痛む。それでも二度目は断れない。だって、この人は命の恩人。恩人に対し恩を返すのは人間社会を円滑に進める上で大事なことであり、それが人の営みというものなんでしょう?
「分かりました。今、外に出ます」
「あの樹の下で待ってるね」
いつものように作った笑みを浮かべ、返事をする。しばし、二人の後ろ姿を見たあと、破片を元の場所へと戻す。
「やっぱりこの金色はリアン君の瞳の色とは違う」
リアンの瞳はこんなに神々しくなかった。金色の中にもドス黒さが感じられる瞳だった。
「………? …………どうして今、リアン君を思い出したんでしょう……………?」
日和は首を傾げつつ、外につながる扉を開けた。
「日和ちゃんはさ、これからどうしたい?」
樹の下にシートを敷き、二人の会話を聞き流しながら黙々とお弁当を食べているそのときだった。魔女が箸を止め、静かな声音でそう尋ねたのは。
「どうしたいとは、どういう意味でしょうか?」
日和も箸を止め、笑顔で聞き返す。
任務の失敗。そして、本来の任務も失敗した。
これからなんて決まっている。
父親とも呼びたくない人からの折檻。そして、再び始まる死の繰り返し。
ここにいればいるほど折檻が辛いものになるのは想像に難くない。
それに、日和の意思などとっくの昔に捨てられたものだ。
「う~ん。好きなこととかやってみたいこととかかな」
「そうですね。家に早く帰って親を安心させたいですね」
「嘘でしょ」
「嘘ではありません」
魔女は日和の両頬を両手で優しく触れると、真剣な表情で瞳を覗き込んだ。
まるで真意を探るように。
日和は咄嗟に目を逸らす。そして、拘束から逃れようと魔女の腕を掴んだ。
「いいえ、嘘よ。それは日和ちゃんの本心じゃないわ」
「…………本心ではないからなんですか? 恩人にすべて本音で話さないといけないというわけではないでしょうに」
日和は笑みを浮かべたまま、掴んでいる腕を魔女の膝に乗せると、立ち上がった。
「食べ終わったことですし、私はそろそろベッドに戻りますね。まだ傷が治りきっていないようなので」
笑顔のまま、靴を履こうとして、先程から二人の様子を伺っていた騎士に腕を掴まれる。
「逃げるのか」
「逃げるの意味が分かりません」
流れる沈黙。
魔女はため息を吐き、「本当はもう少し後で言うつもりだったんだけど……」と小さく呟いた。
「あなたのお父様はさっきお亡くなりになられたわ」
「嘘ですね。あなた達はずっとここにいました。外からの情報が遮断されているここで外の情報を知ることは不可能なんですよ」
魔女に諭すように微笑を浮かべながら言う日和。
だが、魔女と騎士には己に言い聞かせているようにしか見えなかった。
「逃げることは間違いじゃない。だが、これは逃げるべきじゃない」
「あなたに私の何が分かると言うのでしょう? それに、私のことを詮索するのはやめてほしいですね。私でも不快になります」
二人の間に流れるギスギスとした空気。その空気を破ったのはこの空気を最初に生み出した魔女だった。
「嘘だと信じ込みたいなら、信じればいい。それがあなたの本当の心だと言うのならば」
「…………」
「精霊王の元に行くからついてきて。嘘を信じてもいいけど、現実は知ってもらうわ」
◆◇◆◇
精霊王の屋敷。
屋敷内にある泉へとつながる扉の前まできた三人は扉の前にいる人物に話しかけた。
「レディーナ。精霊王と面会できる?」
しばし怒気の孕んだ声で簡潔に用件を言うマーゴットにレディーナは驚いたように瞬きをする。
「どうしたんですか。そんなに怒るなんてあなたらしくありませんね」
扉を開けることで用件への受託の意を示しながら、レディーナは不思議そうに見つめる。
「別に怒っているわけではないわ。本当は余計なお世話だってことも分かってるけど…………。そもそもリア君から話まだ聞いてないわ。死んで逃げられるのは嫌よ」
「えっと……」
マーゴットの情緒不安定気味さに戸惑っているレディーナは助けを求めるようにラモラックに視線を送る。
「突発的に起きる女王様のわがままだ」
「……わがまま…………?」
「気にしなくていい。すぐに機嫌は直る」
「……そう、ですか。…………後ろの方は大丈夫ですか? 顔色が少し悪いように見えます」
マーゴットとラモラックの後ろを歩いていた日和にレディーナが近づこうとしたところでラモラックに静止の声をかけられる。
「レディーナ」
「……?」
「今は放っておけ」
強い口調で言うラモラックにレディーナは首を傾げつつも、言う通りにする。
「えっとご案内するまでもないと思いますが、王はあちらの泉のそばにおります」
レディーナの視線の先を見ると精霊王とアーベントがお茶を飲みながら、魔法を使って遊んでいるのが見えた。
泉にはロジェの試練の様子が映っている。
「暇そうね」
「そうですね」
「都合がいいわ」
マーゴットは早足で精霊王の下へと行く。それに気づいたアーベントと精霊王はこちらを見ずに声をかける。
「マーゴットだあ。どうしたの?」
「何か不便なことでもあったか?」
「単刀直入に言います。アーベントさんと精霊王、あなたたちの時間をください。そして、【真実の泉】を使わせてもらえませんか?」
アーベントはマーゴットを横目で見るとすぐに視線を戻し、精霊王に話しかけた。
「どうしてって聞くのは野暮そうだね、リシャール君」
「そうだな、アーベント君」
精霊王は遊んでいた魔法を止めると、イスから立ち上がった。続いてアーベントも立ち上がる。
「「暇だからイイよ」」
「仲がいいようで……」
息ピッタリの二人に少し引きながら言うラモラック。
それに気づいていないのか精霊王は自信満々の笑みを浮かべた。
「そりゃあ、俺たち悪友だもん」
「長く付き合いすぎた」
「なんだよ、その言い方」
客がいるというのにまるで子どものような態度の精霊王にレディーナは額を抑える。
(王よ、あれほど人前では素を出すなと言ったのに……。後で説教ですね)
「なんか今、背中に寒気が……」
「ご愁傷さま」
「何が?! ねぇ、アーベント聞いてる? まさか、立ったまま寝てる?!」
アーベントの肩を掴み、ゆさゆさと揺さぶる精霊王。
レディーナはため息を吐きながら、二人をスルーする。
「皆さん、お見苦しいところをお見せしてすみません。王より、【真実の泉】の使用許可が出たのであちらの二人は放っておいて使用しましょう」
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