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三幕 冥界
偽者たち
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「ここに本当にいるの――かっ‼」
上から振り下ろされた短剣をサノは即座に抜刀した刀で受け止める。
「シア嬢の言う通りいたみたいだが、調停者って言うのはこいつらで合っているのか?」
「合っているわ」
転移門からサノに続いてシアが現れる。シアは目を一瞬見張りながらも、銀髪の女性が目に入り込むと、丁寧に話しかけた。
「お初にお目にかかります、調停者様。少々、時間をもらってもよろしいでしょうか?」
「見れば分かると思うけど、取り込み中なんでまた今度にしてくれない?」
レナードは短剣を鞘に収めないまま距離をとると、薄ら笑いを浮かべ、シアの誘いを断った。それでもシアは引き下がらなかった。
「あなたには聞いていないわ。私はあなたに抱かれている現調停者に聞いているの。その口はお飾りかしら?」
こちらがお願いする立場なのにいくら何でも煽りすぎではなかろうか。
二人の後に転移門から出てきた僕は内心冷や汗を流していた。
止めた方がいいよな?
そう思ってからの僕の行動は早かった。
「シア、その辺にしといたほうが……」
前に出て、シアが対面する二人が視界に入った瞬間、僕の体は時を止めたかのように硬直した。
「…………あなたが……調停者だったんですか……?」
銀髪の女性。夢で何度も見て、そして僕がこの大陸に来る前に助けてくれた女性。
名前はユースティア。
龍馬が元王太子を連れて去る際に名前を教えてくれた。
僕はこの女性に最も聞きたかったことを、隣で何か言っているシアの言葉を無視するかのように、口に出していた。
「あなたが、僕の両親を殺したんですか?」
心に余裕はほとんどなかったが、音として出た言葉は意外にも冷静さを帯びていた。
夢で見たとき、確かにこの人は僕の父親の首を落としていた。両親との記憶は少なく、自ら両親の元を離れた僕だが、家族の情は少なからずあったし、両親にも愛されていた自覚がある。離れた理由の一つにもこれ以上両親に迷惑をかけたくなかったからというのがある。
もし、本当にこの人が殺したんだとしたら僕はこの人を殺さなくてはいけないだろう。
記憶を失い、能力の支配下から一時的に逃れていた僕は、両親を殺した人を殺したいと思っていた。この言葉に嘘偽りはないし、それがこの大陸に再び足を踏み入れた僕の最初の目的であり、願いであり、記憶を戻した僕の後の生きる理由の一つだった。
今もディラン様のおかげで能力の支配下から少し逃れているが、それも時間の問題。
僕の自我がまともな内に僕はこの人と決着をつけたい。自我を完全に失えば、僕の感情は完全に消え失せ、殺戮を繰り返す怪物に戻る。だからその前に……。
でも――――
――――この人が違うことを願いたい。
だってそうだろう?
もし事実なら、僕は三人を殺さないといけない。
両親を殺した人を殺すのは僕の中での確定事項だ。それをやめてしまえば今までの僕の少ない自我を、僕が僕であったことを否定することになる。わがままなことは分かっているが、それだけは受け入れられない。たとえ、騎士になりたいという夢を反故にしたとしても、絶対にそれだけは受け入れられない。
何より僕の心が耐えられない。
ユースティアはどこか泣きそうな顔のリアンをじっと見つめた。
事実を言うべきか否か。
ユースティアはしばし迷った。
だが、その迷いもすぐに消え失せ、結論を下す。
「ああ、そうだ」
今のリアンに本当の事を言うのは酷だろう。
だって――――
――殺したのはディランなのだから。
理由はあった。
ディランはあるとき、リアンの両親がリアンを怪物にしようとしていることを知った。だが、知ったときにはすでに手遅れで、リアンが怪物にされてしまった後だった。
リアンは両親に愛されてなどいなかった。
リアンを本当に愛してくれた人は、リアンが愛されていると思っている両親を殺した人。
そんなことユースティアには言えなかった。
言ってしまえばリアンの心はきっと折れてしまう。
今リアンが自死していないのは、ディランの存在と今は薄れてしまった親を殺されたことによる復讐心。
事実を言ってしまえば、リアンは苦悩する。そして、リアンにディランを殺すことは――ディランに刃を向けることはできない。
この二つの心の支えを失ったら、リアンが己の生きる目的を失うと同時に、今までの罪の罪悪感に押しつぶされ、自我が残っている今、自死を選ぶとユースティアには断言できる。
ユースティアは能力『真実眼』でリアンのことをよく知っていた。
いつ怪物に戻るか分からない。そんなリアンを知ることはユースティアにとって重要な情報となるからだ。
勝手にリアンのことを知り、心まで覗いたことに罪悪感がなかったわけではない。
だが、そうしなければ周りに甚大な被害を及ぼす可能性があり、調停者としてそれを見逃すことはできなかった。
調停者の役割は世界の均衡を保ち、能力争いに妥協点を見つけ、能力争いを減らすこと。
これは調停者という普通の能力とは違った特殊な能力継承者の義務だった。
ユースティアが道化師に操られたリアンの死んだ両親の首を斬ったのは事実。
ならそれでいいだろう。
――私が殺した。
それでいい。これ以上リアンを苦しめることはない。最後を思えばなおさらだ。
「本当にあなたが……ユースティアさんが殺したんですね?」
「くどい。私が殺した。それで話は終わりだ。私たちはこれで失礼する。レナード行こう」
レナードはユースティアを抱え直し、その場を後にしようとする。だが、シアが能力『魔女』を発動させ、前に出そうとする足に向かって魔弾を放つ。
「何の真似?」
腕を垂直に上げ、銃を放つ構えを取るシア。そして、刀を鞘から抜き、構えているサノ。
魔弾を避けたレナードは険しい顔でシア達を睨み付けた。
「何の真似も何も、話を勝手に終わらせてもらっては困るわ」
「私がここでお前たちと悠長に話す義理はない。質問には答えた。それでこの話は終わりだ」
シアの言葉を正論でバッサリ切り捨てるユースティア。レナードも、ユースティアに同意するようにシア達を冷酷な眼差しで見下ろしている。
シアはそんな二人の敵意を受けながらも、なんてことのないように、言葉を紡ぐ。
「調停者様には先ほどの発言がお願いに聞こえたみたいね? なら、はっきり言ってあげるわ。これはお願いではなく命令。話を聞きなさい」
能力発動『偽王の威厳』
広範囲に及ぶ重圧でユースティアを抱えるレナードの片膝が床につく。弱っているユースティアにはレナード以上にその重圧の被害は及ぶ。止まっていた出血が再発し、吐血する。
シアは調停者の吐血を見るなり、能力を解除する。
「テメェ……‼」
レナードの怒りが爆発するそのとき――
「み~つけた」
後ろから道化師の声が鳴り響いた。
「ちっ、追いつかれたか」
レナードはその声で先ほどの怒りを静め、次の行動に瞬時に移行する。
突然の道化師の登場に、シアやリアン達の意識がそちらに向いたのをレナードは見逃さなかった。
レナードはシア達の間を高速ですり抜け、逃走する。
「交渉決裂」
レナードは背中越しに、リアン達の後ろにいたライリーの小さな呟きを聞き取ったが、振り向かず走り抜けた。
上から振り下ろされた短剣をサノは即座に抜刀した刀で受け止める。
「シア嬢の言う通りいたみたいだが、調停者って言うのはこいつらで合っているのか?」
「合っているわ」
転移門からサノに続いてシアが現れる。シアは目を一瞬見張りながらも、銀髪の女性が目に入り込むと、丁寧に話しかけた。
「お初にお目にかかります、調停者様。少々、時間をもらってもよろしいでしょうか?」
「見れば分かると思うけど、取り込み中なんでまた今度にしてくれない?」
レナードは短剣を鞘に収めないまま距離をとると、薄ら笑いを浮かべ、シアの誘いを断った。それでもシアは引き下がらなかった。
「あなたには聞いていないわ。私はあなたに抱かれている現調停者に聞いているの。その口はお飾りかしら?」
こちらがお願いする立場なのにいくら何でも煽りすぎではなかろうか。
二人の後に転移門から出てきた僕は内心冷や汗を流していた。
止めた方がいいよな?
そう思ってからの僕の行動は早かった。
「シア、その辺にしといたほうが……」
前に出て、シアが対面する二人が視界に入った瞬間、僕の体は時を止めたかのように硬直した。
「…………あなたが……調停者だったんですか……?」
銀髪の女性。夢で何度も見て、そして僕がこの大陸に来る前に助けてくれた女性。
名前はユースティア。
龍馬が元王太子を連れて去る際に名前を教えてくれた。
僕はこの女性に最も聞きたかったことを、隣で何か言っているシアの言葉を無視するかのように、口に出していた。
「あなたが、僕の両親を殺したんですか?」
心に余裕はほとんどなかったが、音として出た言葉は意外にも冷静さを帯びていた。
夢で見たとき、確かにこの人は僕の父親の首を落としていた。両親との記憶は少なく、自ら両親の元を離れた僕だが、家族の情は少なからずあったし、両親にも愛されていた自覚がある。離れた理由の一つにもこれ以上両親に迷惑をかけたくなかったからというのがある。
もし、本当にこの人が殺したんだとしたら僕はこの人を殺さなくてはいけないだろう。
記憶を失い、能力の支配下から一時的に逃れていた僕は、両親を殺した人を殺したいと思っていた。この言葉に嘘偽りはないし、それがこの大陸に再び足を踏み入れた僕の最初の目的であり、願いであり、記憶を戻した僕の後の生きる理由の一つだった。
今もディラン様のおかげで能力の支配下から少し逃れているが、それも時間の問題。
僕の自我がまともな内に僕はこの人と決着をつけたい。自我を完全に失えば、僕の感情は完全に消え失せ、殺戮を繰り返す怪物に戻る。だからその前に……。
でも――――
――――この人が違うことを願いたい。
だってそうだろう?
もし事実なら、僕は三人を殺さないといけない。
両親を殺した人を殺すのは僕の中での確定事項だ。それをやめてしまえば今までの僕の少ない自我を、僕が僕であったことを否定することになる。わがままなことは分かっているが、それだけは受け入れられない。たとえ、騎士になりたいという夢を反故にしたとしても、絶対にそれだけは受け入れられない。
何より僕の心が耐えられない。
ユースティアはどこか泣きそうな顔のリアンをじっと見つめた。
事実を言うべきか否か。
ユースティアはしばし迷った。
だが、その迷いもすぐに消え失せ、結論を下す。
「ああ、そうだ」
今のリアンに本当の事を言うのは酷だろう。
だって――――
――殺したのはディランなのだから。
理由はあった。
ディランはあるとき、リアンの両親がリアンを怪物にしようとしていることを知った。だが、知ったときにはすでに手遅れで、リアンが怪物にされてしまった後だった。
リアンは両親に愛されてなどいなかった。
リアンを本当に愛してくれた人は、リアンが愛されていると思っている両親を殺した人。
そんなことユースティアには言えなかった。
言ってしまえばリアンの心はきっと折れてしまう。
今リアンが自死していないのは、ディランの存在と今は薄れてしまった親を殺されたことによる復讐心。
事実を言ってしまえば、リアンは苦悩する。そして、リアンにディランを殺すことは――ディランに刃を向けることはできない。
この二つの心の支えを失ったら、リアンが己の生きる目的を失うと同時に、今までの罪の罪悪感に押しつぶされ、自我が残っている今、自死を選ぶとユースティアには断言できる。
ユースティアは能力『真実眼』でリアンのことをよく知っていた。
いつ怪物に戻るか分からない。そんなリアンを知ることはユースティアにとって重要な情報となるからだ。
勝手にリアンのことを知り、心まで覗いたことに罪悪感がなかったわけではない。
だが、そうしなければ周りに甚大な被害を及ぼす可能性があり、調停者としてそれを見逃すことはできなかった。
調停者の役割は世界の均衡を保ち、能力争いに妥協点を見つけ、能力争いを減らすこと。
これは調停者という普通の能力とは違った特殊な能力継承者の義務だった。
ユースティアが道化師に操られたリアンの死んだ両親の首を斬ったのは事実。
ならそれでいいだろう。
――私が殺した。
それでいい。これ以上リアンを苦しめることはない。最後を思えばなおさらだ。
「本当にあなたが……ユースティアさんが殺したんですね?」
「くどい。私が殺した。それで話は終わりだ。私たちはこれで失礼する。レナード行こう」
レナードはユースティアを抱え直し、その場を後にしようとする。だが、シアが能力『魔女』を発動させ、前に出そうとする足に向かって魔弾を放つ。
「何の真似?」
腕を垂直に上げ、銃を放つ構えを取るシア。そして、刀を鞘から抜き、構えているサノ。
魔弾を避けたレナードは険しい顔でシア達を睨み付けた。
「何の真似も何も、話を勝手に終わらせてもらっては困るわ」
「私がここでお前たちと悠長に話す義理はない。質問には答えた。それでこの話は終わりだ」
シアの言葉を正論でバッサリ切り捨てるユースティア。レナードも、ユースティアに同意するようにシア達を冷酷な眼差しで見下ろしている。
シアはそんな二人の敵意を受けながらも、なんてことのないように、言葉を紡ぐ。
「調停者様には先ほどの発言がお願いに聞こえたみたいね? なら、はっきり言ってあげるわ。これはお願いではなく命令。話を聞きなさい」
能力発動『偽王の威厳』
広範囲に及ぶ重圧でユースティアを抱えるレナードの片膝が床につく。弱っているユースティアにはレナード以上にその重圧の被害は及ぶ。止まっていた出血が再発し、吐血する。
シアは調停者の吐血を見るなり、能力を解除する。
「テメェ……‼」
レナードの怒りが爆発するそのとき――
「み~つけた」
後ろから道化師の声が鳴り響いた。
「ちっ、追いつかれたか」
レナードはその声で先ほどの怒りを静め、次の行動に瞬時に移行する。
突然の道化師の登場に、シアやリアン達の意識がそちらに向いたのをレナードは見逃さなかった。
レナードはシア達の間を高速ですり抜け、逃走する。
「交渉決裂」
レナードは背中越しに、リアン達の後ろにいたライリーの小さな呟きを聞き取ったが、振り向かず走り抜けた。
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