僕は幸せになるために復讐したい!

雨夜澪良

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二幕 願い

緑の理想郷

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「ここが緑のグリーンオブ理想郷イ・ラプセル!!」

 リン達と別れた後、ロジェがアーベントに連れてこられた場所。それは精霊と妖精たちだけが住まうことを許された緑の理想郷未知の世界だった。

 視界に広がるのは、故郷にある木とは段違いの大きさの木、見たことのない植物たち。ロジェはこの辺り一帯の自然を目の当たりにし、呆然と立ち尽くした。

「ロジェ、上見てみなよ」

「上?」

 アーベントの進められるがままに顔を見上げるとほんの一瞬、ロジェの呼吸が止まる。

「空が黄金色に…!!」

 ここはガザニア国のちょうど真下当たりにも領土を持っている。つまり何が言いたいのかと言うと、ここは地下だということだ。それにもかかわらず空があり、光がある。それも普通の色ではない、神々しさを感じられずにはいられない空が……。

「地下にあって地下にないということ?」

「よくできました」

 その頭に置かれた手は、まるで親が子にするような暖かさを感じさせるものだった。
 ロジェはアーベントの顔を見ようとしてやめる。――否、見ることができなかったが正しい。
 ロジェは見上げることなく、下を向いたまま瞳を閉じた。

 エルフの里より心地よく感じるこの自然に浸ろうと思ったのだ。ロジェが全身でこの空気を感じようと手を横に広げようとしたその時だった。

 小さな金属音が耳朶を叩いたのは。

「先客がいるようだね」

「先客?」

 ロジェは身体強化で目を凝らし、アーベントの視線の先の光景を視界に映す。

 それは、激しい戦闘だった。

 一人の槍兵と、圧倒的な火力で槍兵を援護している魔女。そしてそんな二人の前に立ちはだかる、人の形をした、人ではない女性。

 人から逸脱した髪や瞳、そして魔力を最効率かつ最大限に活かそうとする癖。その女性は間違いなく文献で見た精霊だった。

 魔女の圧倒的な火力、的確に急所をついてくる刺突を前に、その青い精霊は凛とした姿で魔力を奏でる。その様は圧倒的な余裕を感じられるほどだった。

 戦闘というにはその様は優雅過ぎた。

 例えるならば――孤高の指揮者。

 それが今のこの精霊を冠するのにふさわしい。

「やあ、レディーナ。元気にしていた?」

 食い入るように観察していたロジェの片端ら、アーベントはいつもよりやや大きな声で精霊を呼びかけた。
 空気を読めないその声に、透き通るような水色の長髪が翻り、深藍色の瞳がこちらに向けられる。

「新たな人の気配は感じていましたが、アーベント様でしたか。――――二人とも一時休憩としましょう」

 レディーナと呼ばれた精霊は、背後にいる二人に優しい声で指示を出すと、再びこちらを振り返った。

「そちらの方は見ない顔ですね?」

「俺の――――なんだ」

 微笑みながら探りを入れるレディーナに牽制するように、アーベントはロジェが言葉を放つ前に言葉を放つ。

 ロジェの知らない言語で。

「あーちゃん……? 今なんて……」

 青い精霊はその返答にしばし目を閉じると、ロジェの言葉を遮るように――

「そうでしたか。私はレディーナ・フェイと申します。レディーナでも、フェイでも好きに呼んでもらって構いません」

 右の手のひらを左肩に乗せ、会釈する。ロジェは内心釈然としないながらも、レディーナと同じように真似をし、名を名乗る。

「初めましてレディーナさん。私はロジェと申します。しばしの間、お見知りおきを」

 姓は名乗らなかった。
 礼儀としては名乗るべきなのだろうが、名乗る気にはなれなかった。

「はい」

 花のように微笑むレディーナにつられ、ロジェも同じように微笑む。

 名前を呼ばれたことにうれしさを感じているように一瞬見えたのは、ロジェの目の錯覚か。はたまたレディーナの本心なのか。

「レディーナ」

「何でしょう?」

「ロジェの滞在の許可をもらいに行くんだけど、精霊王がどこにいるか知ってる?」

「知っております。ご案内致しましょうか?」

「助かるよ」

「しばしお待ちください」

 そうロジェ達に言い残し、レディーナは離れたところで休んでいた二人の元へと向かった。そして――――

「ラモラック様、マーゴット様。今日のところはこの辺で終わりにしてもらえると助かります。埋め合わせは後日」

 戦闘の終了を宣言する。

「気にしなくていいわ。むしろとても疲れていたからラッキーだったかも」

 ふふふと笑うマーゴット。そのそばで槍に体を預けながら頷いていたラモラック。その二人を見て、レディーナはほっと胸をなでおろした。

「私達はネルちゃんや日和ちゃんの様子を見てくるわ。安静にしているか確認しに行かないと」

「そうですね……。そちらはお任せしても?」

「ええ、大丈夫よ。あなたの善意を受け取ってばかりもいられないもの」

 善意は返せるだけもらう。

 それが今は亡きマーゴットの祖母の教えだった。
 マーゴットはそれを今でも守っている。――が続きを思い出し、ふっと思わず苦笑する。

「どうかしましたか?」

「いえ、何でもないわ。少し昔の事を思い出してしまって」

「そうですか。それでは私はこれにて失礼します。また明日に」

「ええ、また明日」



「お待たせ致しました、アーベント様、ロジェ様。ご案内いたします」

 用を済ませたレディーナはそう言うと、二人を引き連れ、精霊王の下へ歩みを進めた。





 精霊王。

 それは空想上の存在であるとされる。
 一説には空想上の存在ではないとされるものもある。
 その場合、神秘の担い手であるされ、神秘の頂点に立つ者であるとされる。

 今現在、ロジェ達の目の前の玉座に座っている精霊が、空想上の人物だと民衆に思われている精霊王その人である。

「精霊王様。滞在の許可をお求めになる方々をお連れいたしました」

「うむ。案内ご苦労。レディーナは下がってよい」

 レディーナは頭を垂れると玉座の間を後にする。この場に残ったのはロジェ、アーベント、そして精霊王の三人。

 ロジェは緊張を額で感じながらも、勇気を出し、精霊王に話しかける。

「お初にお目にかかります。私の名前は――――」

「堅苦しいのは却下だ。ロジェ、そなたの滞在を許そう」

「ありがとうございます」

「驚きはしないのだな?」

「湖の水を経由して地上の様子をうかがっているのはすでに存じ上げていますから」

 精霊王の言う通り、名前を知っていることにロジェが驚くことはない。

 この理想郷については知識不足であったが、故郷と精霊。

 この関係性をロジェはすでに知っている。

 エルフの里にある、聖水のとれる湖。どこから湧き出ているのか不明の湖は、エルフの里の王族にだけ、王によりその源泉場所、ある精霊とのとある密約を伝えられる。二十歳の誕生日に。それをロジェは二十歳になる前に知っていた。

「好奇心は猫をも殺すという言葉があるが……」

「真の好奇心を前に人は自分の命のことを考える余裕などありはしない。それが好奇心の奴隷になったものの性ではありませんか?」

 その言葉に、玉座の間がしばし静まりかえる。

 最初に声を上げたのは精霊王。

 肩を震わせ、やがて笑いを抑えられなくなったのか、大声で笑い出す。

「実に愉快。こんな子供は初めてだ。ロジェはとんだ度胸の持ち主だな?」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「楽しませてくれた褒美をやろう。何を望むか?」

「何も」

 気品のある微笑みで真っ直ぐに精霊王を見上げるロジェ。その微笑みが、眼差しが、偽物であることを見抜けぬ精霊王ではない。

 だが、そんなことはロジェも百も承知。

 それでも、ロジェは最上の結果を得るために、今は何も望まない。

「何もか」

「はい。先ほどここに滞在する許可はもらっております。ならば、――私はすでに褒美をもらったも同然だと考えます」

「ははは、本当に愉快な子供だ。ならばよし。余はそなたに試練を与えよう」

「試練、ですか……?」

 思ってもみない提案にロジェの瞳が揺れ動く。

「嫌か?」

「試練の内容にもよります」

「試練を受ければ、今以上の力を得られる」

「力……」

 今、喉から手が出るほど欲しいものだ。だが、そう簡単な話があれば苦労しない。

 精霊王の提案を簡単にのむほど、ロジェの精神はすでに子供ではない。ロジェは精霊王の真の目的が何かを探し出そうと頭を働かせる。この提案によるメリットは何か。デメリットは……。

「ロジェ、そなたは強くなりたいからそこなアーベントと一緒にここに訪れた。そうだろう? ならば、この試練を阻む理由はないはずだ」

 提案をためらっているロジェを見かねた精霊王がたたみかけるようにロジェの願いに問いかける。

 欲の前に、願いの前に、迷うことがあるのか。

 精霊王は今、そうロジェに聞いたのだ。

「拘束時間が長くないのであれば、こちらからも是非挑ませていただきたいところです」

「そのことについては大丈夫だよ、ロジェ」

 静観していたアーベントが二人の会話に入り込む。

「ここは地上と時間の流れが違う。つまり、ここに数日いようが地上では数分しか経っていないようにすることができる」

「逆浦島太郎的な感じってこと?」

「肉体の年を変わらない状態にもできるはずだから、ただ数分の間、地上にいないってだけになる」

「つまり、何も変わらないということだ。外見的なことは」

 最後の迷いの答えを得たロジェは決心を口にする。

「試練に挑みます」

 もう試練の真意はどうでもいい。何より時間がない。強くなれるならば――――運命に逆らえるだけの力が手に入る可能性が少しでもあるのならば。どんな思惑があろうとそれごと、僕は乗り越えて見せる。
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