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二幕 願い

面をつけた男

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「危ない!!」

 サノがライリーをかばい、床に倒れ込んだ。すぐにサノ達の所に駆け寄ると、サノの片腕に、切り傷が刻まれていた。
 階段の途中にいた僕は階段を駆け抜け、二人の前に出る。そして貪る刀イペタムを抜いた。

「誰だ!!」

「誰だとは、こちらのセリフ。侵入者は殺せと仰せつかっている。――いざ、尋常に勝負」

 左の顔半分を面で隠した長身の男は短剣を引き抜き、間合いを一気に詰める。僕は刀でそれを受け止めるが、壁に背中が勢いよく衝突した。鈍い痛みが背中を襲う。

 左に視線を向ける。どうやら、サノはライリーと階段の方へ退避できたらしい。シアのおかげか?
 まずい、下から誰か上ってきている!!

「シア!! 下から誰か来てる。僕がこの目の前の男と後ろの男どうにかするから、シア達は先に行け!!」

「分かったわ」

「行かせると思うか?」

「行かせてもらうね!! サノ、血をもらうぞ」

「ああ、いいぜ」

「食事の時間だ、貪る刀イペタム

 僕の右にある、サノの血が付いた刀。その刀に向かって僕の刀から黒い気のようなものが発生し、きれいに血を吸収する。そして、その気はサノの腕にも向かい、血を吸収する。

 サノが貧血にならない程度にしないと!!

 僕の周りにその黒い気がまとわりつき、明らかに僕が変わったと気づいた面の男は僕から距離をとると同時に、サノに向かって短剣を飛ばす。だが、サノは後ろを向いていたにもかかわらずそれをギリギリのところで躱す。視線に敏感なサノだからこそ、今の攻撃をかわせたのだろう。

 標的を変えた一瞬の隙を見て、僕は壁に刺さる刀を引き抜き、下にいる男の心臓に向かって刀を投げ飛ばした。
 下から来た男は血を流しながら、階段を転がり落ちた。

 次は面の男の相手だと、僕は男に向かって走り出し刀を振り下ろすが、避けられる。
 面の男は躱すと同時に自身の太ももに装備していた銃を抜き取り、銃口を僕へと向けた。

「もう貴様だけだ。諦めたらどうだ?」

「どういうこと?」

 僕は刀を構えながら、面の男を睨み付けた。

「先ほどの短剣、あの男を狙ったものだと本当にそう思うか?」

「まさか!!」

 僕は短剣の刺さっている方へと視線を向ける。だがその一瞬が、戦いでは命取りとなる。
 
「そのまさかだ」

「っ!!」

 引き金を引かれ、銃弾が僕の片腕を貫通する。利き手じゃない左腕なのが、不幸中の幸いと言ったところか。

 能力に浸食されている今だからこそ、痛みは少ない。だが、銃弾が普通じゃない。僕の体は硬くなっているはずなのに銃弾が貫通したのが何よりの証拠。

 一瞬見た短剣の先にはからくり発動のボタンがあった。男のセリフからしても、シア達はからくりを発動されて別の場所に移動されたと考えられる。最悪、分断なんてこともある。シアとサノは一人でも大丈夫だろうが、フレイさんとライリーはそうじゃない。早く、合流しないと。

「次は貴様の心臓に当てる」

 二人の間に拮抗状態が流れる。

 まずは自分の心配をしないとまずいな。おそらく、この距離では躱せない。

 男との間合いは距離にして五メートル程。刀を振りかざしても躱される可能性の方が高い。それに対して、男は銃。通常だったら必ずあたると言っても過言ではない。
 でもそれをしないのは僕を警戒しているから。能力でバリアのようなものが張られたら銃弾を無駄に浪費するだけ。それに、あの銃弾、数が少ないとみた。弾が切れ、新しい銃弾を入れ替える時がチャンス。
 額から、汗が流れる。タイミングを間違えればこの一弾が心臓を貫き、死ぬ。

 時間にして二秒の拮抗状態。男が瞬きをした瞬間を狙って、僕は斜め右前を走り男の視界から外れる。
 左肩に銃弾がかする。
 だがこれで、距離は十分にとれた。それでも緊張感はずっと続いている。

「外したか」

 銃口を上に向け、銃口から出る煙を右目で眺める。

 男は面をつけているから視界が狭まっている。面をつけているからそうだと思っていたけど、この人やはり左目が見えていない!

「利用されたな」

 僕は刀を鞘に抑える。そして腕を前に突き出し、銃を表す指に構える。

『ショット』

 黒い球が銃弾のように数発放たれる。あちらが銃弾なら、こちらも銃弾のような攻撃に切り替える。

 男は球を避け、持っていた銃を太もものベルトに戻すともう片方の太ももから別の銃を取り出し、自分に向かってくる球に向かって銃弾を放つ。それだけではなく、僕の方にも銃弾を飛ばしてくる。僕もすかさず、避ける。
 この空間に障害物はほとんどない。机を倒せばなんとかといった所だが、最初の銃に持ち帰られれば一発で終わる。だから、今の普通の銃の内に決着をつける必要がある。

 男が短剣のある方に走り出す。
 僕はすかさず、行く道に魔法を放つ。

「――っ!!」

 別の方向に動かざる終えなくなった男は、体勢を立て直そうと方向転換する。そして、弾丸も切れたのか、新しく補充しようとしたところで、僕は銃に向かって魔法を放った。
 銃が後ろに飛ばされる。
 男はその銃を取ろうと動くがそうはさせない。銃に向かってさらに魔法を放ち、銃をさらに遠くへと飛ばす。男はしょうがなく、最初に使っていた銃を構えた。

 通常の銃の弾丸の数は六から十発。先ほど相手は二発撃ったから残りは少なくて四発。多くて八発。
 あの弾丸は威力が強く、通常だったら一撃必殺に近いのだろう。魔法の弾丸がないかのようにこちらに向かってくるだろうことは先ほどの戦いで予想がつく。

 ここは抜刀するしかないか。
 自分の血も吸わせれば、あの男のところまで斬撃が飛ばせるはずだ。

「吸え、貪る刀イペタム

 小声で、自分の刀に語りかける。黒い気は主の思惑を読み取り、気配を消し、吸血する。

 貪る刀イペタム
 この刀の能力の一つに生命力、もしくは強者の血を吸えば吸うほど、斬撃に鋭さが増すというものがある。他にも、血の強さによっては広範囲に斬撃を飛ばすことも可能だ。

 今は鋭さに全振りする。この鋭さを持って、弾丸ごと相手を斬る!!

(来る!!)

 僕は刀を握り抜刀。斬撃を飛ばす。

「この弾丸は絶対に当たる」

「なっ!!」

 僕は目の前の光景に大きく目を見開いた。弾丸が斬撃を躱した?!

 咄嗟に身を翻すが、弾丸が曲がり僕の心臓に向かってくる。僕は負傷している左腕と刀で心臓をかばった。

 僕の直感がそうしろと言ったからそうしたまでのこと。結果として男の言葉を信じたみたいになってしまったが。当たるなら負傷している左腕の方がまだマシだ。

「まさか、全ての弾丸の効果が違うのか?!」

 今のでそう思った僕は驚きで口に出てしまった。男は僕の言葉を肯定するように、

「だったらどうした」

 答える。

「今ので弾丸が三発となってしまった……。――三発、三発だ」

 男は僕の方を向き、重要なことを言うかのように三発だと二度言った。僕は意味が分からず、怪訝そうに男を見た。

「三発撃って生き残れたら私は貴様に道を譲ろう」

「意味が分からない。あなたにメリットがあるとでも?」

 この男は始め、侵入者は殺せと仰せつかっていると言った。ならこうするメリットはないはず。

「メリットはない。だが、貴様がかわいそうだと思ってな」

「情けをかけたつもり?」

「どう捉えようが貴様の自由だ」

「――――その勝負、受けて立つ」

 僕はしばし迷った末に、その勝負に乗ることにした。この男も僕と同じで直感的に分かっているのだろう。このままだと決着はつかないということを。

 残り三発。

 おそらく、心臓に当たらなければ僕は三発撃たれようが死なない。でも、その間に増援がきたら少しばかりきつい。男と同じ銃を持っていたとしたらなおさら。

 増援が来る気配は今のところない。だが、絶対に来ないとは言い切れない。
 この男の罠だとしても提案に乗った方が今のところは最善か。
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