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二幕 願い
在りし日の記憶
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墓の前で一人の少年が雨に打たれながら立っていた。
この日は葬式だった。
薄暗く、日差しが差し込むことはない。
少年と離れたところでは黒い装束に身をくるんだ人であふれかえっていた。
泣き崩れる人。
その人を慰める人。
静かに涙をこぼす人。
悲しみに人は支配されていた。
その中で少年はある一つの墓の前で立ちすくんでいた。
少年が涙をこぼすことはなかった。
ただ一人、唇を噛み締めながら立っていた。
そうするしか今の少年にはできなかった。
少年を残し、一人、また一人、人々は帰路につく。
やがて、少年と青年だけが残った。
青年は少年を傘に入れると問いかける。
「君は帰らないのか?」
と。それに対し少年は言う。
「帰るところがない……。自分がトリガーを引いたとはいえ――――本当に何もかも憎くてしょうがない」
青年は表情を変えることなく少年に再び問いかけた。
「一緒に来るか?」
と。それに対する少年の答えは
「行かない。僕は一人で生きる」
拒絶だった。
少年は刀を握る手に力をこめ、森の方へと走り出した。青年は追いかけなかった。ただ、
「また会おう」
そう告げた。その言葉は雨音にかき消されて誰にも届くことはなかった。
少年は走った。
行く当てなどありはしないのにただひたすら走った。
罪から逃げるように。
やがて体力が尽きると、木に寄りかかり座り込んだ。
上を見上げる。
星は見えなかった。
月も見えなかった。
ただ真っ暗な夜だった。
この頃にはすでに雨はやんでいた。
少年は考えた。
少年の夢はあの日、絶対に叶うことはなくなった。
そもそも、はなから自分には叶うはずのない夢だと思い知らされた。今となっては夢だったのかも怪しい。
騎士になどなれはしないと散々言われていたのに事が起きてからそれを認識した。
少年に忠告した友は少年の手の中で血肉となった。
応援してくれた友は少年の体を真っ赤に染め上げた。
だが、それを誰も認識しない。
ただの事故。
そういうことになった。
雨に打たれても、手から死のにおいが離れなかった。
少年は三日三晩、森にこもり考えた。
魔物は次第に少年に近寄らなくなった。
そうしてようやく少年は一つの答えを導き出した。
「悪い人を殺しつくそう。そうすれば僕は悪じゃなくなるかもしれない。嘘を本当にできるかもしれない」
それからの行動は早かった。
少年はあらゆる手を使って悪人を殺し尽くした。
それでも、悪い人は減らなかった。
斬り続けて斬り続けて、この行為が習慣化してきても減ることはなかった。
減るどころか増えているようにも思える。
何度目かの新月の日。
少年はとある女の言葉でやっと今の自分の状況に気づかされた。
女は悪い人の女だった。
女は直接悪いことはしていなかった。
ただ、悪い人の金で贅沢にしていただけ。
でもそれは悪だろう。
だから少年は女にも牙を向けた。
すると女は命乞いをしてきた。
命乞いする人は何度も見てきた。
だからなんとも思わないはずだった……。
「助けてください。命だけは!! お願いします。お金は返します。だから――」
「誰に返すの? 返す人はもうなくなっているのに?」
「っっっ!!」
刀を振り上げる。
女はどうあっても殺されることを悟ったのだろう。顔を歪め、金切り声をあげる。砂が少年に向かって飛んでくる。
「いい気になってんじゃないわよ!! 正義の味方のつもり? この人殺し!! 笑いながら殺すなんて、あなたの方がよっぽど悪人じゃない!! 死ね、お前が死ね!!」
これ以上聞きたくなかった。
今までの行為を全否定されたくなかった。
刀を振り下ろせばそれで終わる。
だが、今の己にはそれができなかった。聞き逃せない言葉を聞いてしまった今では。
「笑っている……。笑っている? …………僕が?」
顔に手を当てる。
そして気づく。
本来、人通りが少ないこの場所。
鉄の臭いで充満しているこの場所。
そんな笑えない場所で、笑いながらこの行為を楽しんでいる自分。
これではまるで――――
「知らなかったみたいな顔をしてんじゃないわよ!! あなたははじめから――――」
「ハハッ……」
最後の雑音を消す。
この場所は本来の正しい静寂を取り戻す。少年はいつものように安堵し、朝を迎える。それで何事もなかったかのように一日を終える。………はずだった。
しかし、安堵の息を吐くことは叶わなかった。
女の最後の言葉が頭の中で再生を繰り返している。
「自覚していたくせに、か」
笑おうとしたそのときだった。
「また会ったな」
あの日の青年が少年の目の前を通りかかったのは。
あの日と同じように黒い傘をさしながら。
青年は傘を閉じると少年に手を伸ばした。
「あんたの目は節穴か。この状況見てなんとも思わないわけ? 殺すぞ」
立ち去ってもらうためにそう言い放っても青年の手は下がらなかった。
その手は今もなお、少年の前に差し出されている。
「なんとも思わない訳ではない。――私は死んでいる人よりも今を生きている人の方を気にする。ただそれだけだ」
その言葉は、青年自身が青年を皮肉っているように少年には聞こえた。
「僕にどうして欲しいわけ?」
「私は君が元気になればそれでいい」
「元気、元気ね…………――――夢を叶えてくれたら元気になるよ。叶えられるわけないけどね」
叶うはずのない夢。夢であるかも怪しい。
自分でも分かっていない不確定なもの。
これで青年は諦めるだろう。
そう思ったのに青年は淡々と尋ね始めた。
「夢とはなんだ」
「さぁ? 騎士になりたいとか? 僕のことはほっといてよ」
少年は小馬鹿にしたように笑う。
「そうだな。騎士にはなれないだろう。君の剣は殺人に特化した剣だ。でも英雄の武器としてならどうだ? 英雄の武器も何かを守るためにある。騎士にはなれなくても英雄の武器としてなら、まだ人を守れるという願いは叶うのではないか?」
青年の言葉は飛躍していた。それはめちゃくちゃだった。だが核心を突いたようにも思えた。少年は、
「英雄って、どこにいるのさ?」
会話を続けた。
単純なる興味だった。
少年はこの青年を知りたいと思ってしまった。
この状況に物怖じしない目の前の青年は何者なのか。なぜ、その瞳は後悔を映しているように見えるのか。
「私が英雄だと言ったら信じるか?」
「あんたが? 目に見えて証明できるものがあるなら信じるさ」
「そうか。なら、一緒に来なさい。証明してあげよう。私が英雄だということを」
どうせ、やることはない。
なら着いていくのもいいかもしれない。
暇つぶし程度にはなるだろう。
「名前を教えて。そうしたら一緒に行ってあげる」
「私の名前は――――」
ディラン。そう青年は告げた。
この日は葬式だった。
薄暗く、日差しが差し込むことはない。
少年と離れたところでは黒い装束に身をくるんだ人であふれかえっていた。
泣き崩れる人。
その人を慰める人。
静かに涙をこぼす人。
悲しみに人は支配されていた。
その中で少年はある一つの墓の前で立ちすくんでいた。
少年が涙をこぼすことはなかった。
ただ一人、唇を噛み締めながら立っていた。
そうするしか今の少年にはできなかった。
少年を残し、一人、また一人、人々は帰路につく。
やがて、少年と青年だけが残った。
青年は少年を傘に入れると問いかける。
「君は帰らないのか?」
と。それに対し少年は言う。
「帰るところがない……。自分がトリガーを引いたとはいえ――――本当に何もかも憎くてしょうがない」
青年は表情を変えることなく少年に再び問いかけた。
「一緒に来るか?」
と。それに対する少年の答えは
「行かない。僕は一人で生きる」
拒絶だった。
少年は刀を握る手に力をこめ、森の方へと走り出した。青年は追いかけなかった。ただ、
「また会おう」
そう告げた。その言葉は雨音にかき消されて誰にも届くことはなかった。
少年は走った。
行く当てなどありはしないのにただひたすら走った。
罪から逃げるように。
やがて体力が尽きると、木に寄りかかり座り込んだ。
上を見上げる。
星は見えなかった。
月も見えなかった。
ただ真っ暗な夜だった。
この頃にはすでに雨はやんでいた。
少年は考えた。
少年の夢はあの日、絶対に叶うことはなくなった。
そもそも、はなから自分には叶うはずのない夢だと思い知らされた。今となっては夢だったのかも怪しい。
騎士になどなれはしないと散々言われていたのに事が起きてからそれを認識した。
少年に忠告した友は少年の手の中で血肉となった。
応援してくれた友は少年の体を真っ赤に染め上げた。
だが、それを誰も認識しない。
ただの事故。
そういうことになった。
雨に打たれても、手から死のにおいが離れなかった。
少年は三日三晩、森にこもり考えた。
魔物は次第に少年に近寄らなくなった。
そうしてようやく少年は一つの答えを導き出した。
「悪い人を殺しつくそう。そうすれば僕は悪じゃなくなるかもしれない。嘘を本当にできるかもしれない」
それからの行動は早かった。
少年はあらゆる手を使って悪人を殺し尽くした。
それでも、悪い人は減らなかった。
斬り続けて斬り続けて、この行為が習慣化してきても減ることはなかった。
減るどころか増えているようにも思える。
何度目かの新月の日。
少年はとある女の言葉でやっと今の自分の状況に気づかされた。
女は悪い人の女だった。
女は直接悪いことはしていなかった。
ただ、悪い人の金で贅沢にしていただけ。
でもそれは悪だろう。
だから少年は女にも牙を向けた。
すると女は命乞いをしてきた。
命乞いする人は何度も見てきた。
だからなんとも思わないはずだった……。
「助けてください。命だけは!! お願いします。お金は返します。だから――」
「誰に返すの? 返す人はもうなくなっているのに?」
「っっっ!!」
刀を振り上げる。
女はどうあっても殺されることを悟ったのだろう。顔を歪め、金切り声をあげる。砂が少年に向かって飛んでくる。
「いい気になってんじゃないわよ!! 正義の味方のつもり? この人殺し!! 笑いながら殺すなんて、あなたの方がよっぽど悪人じゃない!! 死ね、お前が死ね!!」
これ以上聞きたくなかった。
今までの行為を全否定されたくなかった。
刀を振り下ろせばそれで終わる。
だが、今の己にはそれができなかった。聞き逃せない言葉を聞いてしまった今では。
「笑っている……。笑っている? …………僕が?」
顔に手を当てる。
そして気づく。
本来、人通りが少ないこの場所。
鉄の臭いで充満しているこの場所。
そんな笑えない場所で、笑いながらこの行為を楽しんでいる自分。
これではまるで――――
「知らなかったみたいな顔をしてんじゃないわよ!! あなたははじめから――――」
「ハハッ……」
最後の雑音を消す。
この場所は本来の正しい静寂を取り戻す。少年はいつものように安堵し、朝を迎える。それで何事もなかったかのように一日を終える。………はずだった。
しかし、安堵の息を吐くことは叶わなかった。
女の最後の言葉が頭の中で再生を繰り返している。
「自覚していたくせに、か」
笑おうとしたそのときだった。
「また会ったな」
あの日の青年が少年の目の前を通りかかったのは。
あの日と同じように黒い傘をさしながら。
青年は傘を閉じると少年に手を伸ばした。
「あんたの目は節穴か。この状況見てなんとも思わないわけ? 殺すぞ」
立ち去ってもらうためにそう言い放っても青年の手は下がらなかった。
その手は今もなお、少年の前に差し出されている。
「なんとも思わない訳ではない。――私は死んでいる人よりも今を生きている人の方を気にする。ただそれだけだ」
その言葉は、青年自身が青年を皮肉っているように少年には聞こえた。
「僕にどうして欲しいわけ?」
「私は君が元気になればそれでいい」
「元気、元気ね…………――――夢を叶えてくれたら元気になるよ。叶えられるわけないけどね」
叶うはずのない夢。夢であるかも怪しい。
自分でも分かっていない不確定なもの。
これで青年は諦めるだろう。
そう思ったのに青年は淡々と尋ね始めた。
「夢とはなんだ」
「さぁ? 騎士になりたいとか? 僕のことはほっといてよ」
少年は小馬鹿にしたように笑う。
「そうだな。騎士にはなれないだろう。君の剣は殺人に特化した剣だ。でも英雄の武器としてならどうだ? 英雄の武器も何かを守るためにある。騎士にはなれなくても英雄の武器としてなら、まだ人を守れるという願いは叶うのではないか?」
青年の言葉は飛躍していた。それはめちゃくちゃだった。だが核心を突いたようにも思えた。少年は、
「英雄って、どこにいるのさ?」
会話を続けた。
単純なる興味だった。
少年はこの青年を知りたいと思ってしまった。
この状況に物怖じしない目の前の青年は何者なのか。なぜ、その瞳は後悔を映しているように見えるのか。
「私が英雄だと言ったら信じるか?」
「あんたが? 目に見えて証明できるものがあるなら信じるさ」
「そうか。なら、一緒に来なさい。証明してあげよう。私が英雄だということを」
どうせ、やることはない。
なら着いていくのもいいかもしれない。
暇つぶし程度にはなるだろう。
「名前を教えて。そうしたら一緒に行ってあげる」
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ディラン。そう青年は告げた。
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