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第二部 一幕 叛逆の狼煙
意志を継ぐ者
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「失礼します」
この屋敷の新しい主人に呼ばれた執事はドアをノックし、執務室へと入る。そしてそこで信じられない言葉を聞くことになった。
「セバスチャン。わたくし、お父様の意志を継ぐことにしたのだわ」
グレタは前公爵、自身の父親が残した日記帳を手に取った。日記帳をとった反対側が本や書類などで一カ所に山積みになっているあたり、これが、前公爵が残した最後の未読のものなのだろう。
「何も聞かないのね」
執事以外の立場であったのならば聞いたことだろう。だが今はフローレス公爵の執事だ。執事として、主人に異を唱えることはしない。それは執事の役目ではない。
「何か言って欲しかったのですか?」
「そうね。何か言って欲しかったのかもしれないわね」
グレタとセバスチャンの関係性は変わってしまった。きっかけはリュカ王子の死。リュカ王子の訃報を聞いてからグレタは自身と他の人に壁を作るようになった。それはグレタの母親も例外ではない。そればかりか、他の人よりも顕著に引き離した。だから母親は実家にいてこの屋敷にいない。実質、この屋敷からの追放のようなものだった。
セバスチャンは目を伏せる。セバスチャンにできることは何もなかった。黙り込むことしかできない。グレタに何かを意見する資格など自分にありはしないのだから。
「セバスチャン、わたくしのこの選択は間違っていると思うかしら?」
「私には主人に異を唱えることはできません。主人が決めたことならばそれが黒でも白になりますから」
「それは、もう答えを言っているようなものなのだわ」
クスクスとグレタが笑う。久しぶりに笑ったグレタを見てセバスチャンも自然と笑みを浮かべる。
「わたくしはね、お父様のしたことが間違っているとは思えなかったの。――本当にひどい女だと自分でも思うわ。リュカはわたくしを選んでくれたのに、わたくしは国を選ぶのだもの」
グレタは生粋の貴族だった。それに対してリュカは王の器でも貴族でもなかった。これはそれだけの話なのだ。
「セバスチャン、辞めるのなら止めはしないのだわ」
「いえ、辞めません。できる限りグレタお嬢様に着いていきます」
「もうわたくしは公爵よ?」
「そうでしたね。気を抜くとつい昔のようにお嬢様と呼んでしまいます」
この前のことなのにずいぶんと昔のように感じる。グレタとセバスチャンは友達のように一緒に遊ぶ仲だった。時には貴族らしくなく、泥まみれになって外を走りまわっていた。厨房に入っていたずらをすることもしばしば。怒られるのはいつもセバスチャンだったが。
「呼びづらいのなら、二人っきりのときはお嬢様のままでいいのだわ。――ありがとう、セバスチャン。わたくしに着いてくることを選んでくれて」
「はい」
日記帳の閉じる音が静かな執務室に響く。相変わらず読むのが速い人だ。
「また、用ができたら――、やっぱり待つのだわ」
「何でしょうか?」
「この2冊、目を通しておいてほしいのだわ。あなたも知っておいてほしいの。協力者として」
「分かりました。目を通しておきます」
2冊の本を受けとる。そして。一礼し、部屋を退出した。そして、セバスチャンは2冊の本を抱えたまま、ある場所へと向かうのだった。
「やあ、来たね。セバスチャン」
セバスチャンにそう声をかけたのは書類を捌いているハロルド王子だった。
「はい、ただいま到着いたしました」
セバスチャンはハロルド王子から王家の家宝の一つを預かっていた。そのおかげでセバスチャンはアヴァイル国から数時間で、ここ、シネラリア国までたどり着くことができた。
そして今いるのはハロルド王子の私室。部屋には二人しかいない。
セバスチャンはハロルド王子の側近の一人だった。このことを知っているのはハロルド王子とルーカス王子の二人だけ。裏側を支えるのがセバスチャンの役目だった。
「それで?フローレス公爵はどうだい?」
「グレタお嬢様は、……亡き父上の意志を継ぐそうです」
言いたくなかったがハロルド王子の鋭い目を向けられては言うしかない。
ハロルド王子はシネラリア国第一王位継承者だ。現在、王は病に伏せているため実質シネラリア国の王と言っても過言ではない。ハロルド王子の兄弟は弟のルーカス王子だけ。そのルーカス王子はハロルド王子の補佐になると明言していることからもそれはうかがえる。
「念のために聞いておくよ。セバス、君の主は誰だ?」
「ハロルド王子です」
自身の主を忘れるなと釘を刺される。ハロルド王子は周りから言われているほどやさしくないのをセバスチャンは誰よりもよく知っている。ルーカス王子も薄々気づいているだろうが気づいていないふりをしている。
「分かっているのならいいんだ。それで?フローレス公爵家で何かいい収穫はあったかい?」
「その、よろしいのでしょうか?」
「ルーカスとの賭けで負けたことを言っているのかな?賭けで負けたときのお願い事には反していないよ。お願い事は『兄上、フローレス公爵家には手を出さずそっとしておいてください。フローレス嬢にも手出し無用でお願いします』だったからね」
確かに賭けの内容には反していない。が、グレーゾーンも、言葉遊びも甚だしいことこの上ない。そして何より、ルーカス王子は詰めが甘い。おそらく本人は自覚しているからハロルド王子の補佐になると明言したのだろうが……。
「この2冊の本をグレタお嬢様から目を通しておいて欲しいと言われ、来るまでの間に目を通しておきました。この本にはフローレス公爵の動機や武器化についてなどが記載されており、術式に至っては完全な術式ではないため再現することは難しいかと思われます」
セバスチャンは2冊の本をハロルド王子へと渡す。
「そうか。他にはあるか?」
本のページをパラパラとめくり、ハロルド王子は尋ねる。
「今回のこととは別件なのですが……」
「別件?」
「知っておられるかも知れませんが、念のため報告しておきます。アイギス様がガザニア国前々皇帝であるディラン様に刃向かったようです」
「その話か……。その話は私の耳にも入っている」
ハロルド王子はさも不本意だという表情で机を指でカツンと鳴らした。
「私の部下が情報屋から聞いた話で信憑性は少し劣るのですが、どうやらアイギス様はディラン様の部下だったようです。そしてディラン様の方に怪しい動きがあるとのこと」
「その件は、シネラリア国は沈黙を通すよ。手を出したらこの国は終わりだからね。ああでも、――情報は集めておいて」
「かしこまりました。部下にもそう伝えておきます。そろそろ、私は戻ります。長居するとグレタお嬢様に感づかれてしまうおそれがありますので」
「では」と言うとセバスチャンは窓から姿を消した。
「ディラン様、ね……」
ディランには一人でこの国を、滅ぼす力がある。伊達に英雄などと周りからもてはやされていたわけではない。それに――英雄を倒すのは勇者の役目だ。ほとんどの人が勘違いしているけどね。
この屋敷の新しい主人に呼ばれた執事はドアをノックし、執務室へと入る。そしてそこで信じられない言葉を聞くことになった。
「セバスチャン。わたくし、お父様の意志を継ぐことにしたのだわ」
グレタは前公爵、自身の父親が残した日記帳を手に取った。日記帳をとった反対側が本や書類などで一カ所に山積みになっているあたり、これが、前公爵が残した最後の未読のものなのだろう。
「何も聞かないのね」
執事以外の立場であったのならば聞いたことだろう。だが今はフローレス公爵の執事だ。執事として、主人に異を唱えることはしない。それは執事の役目ではない。
「何か言って欲しかったのですか?」
「そうね。何か言って欲しかったのかもしれないわね」
グレタとセバスチャンの関係性は変わってしまった。きっかけはリュカ王子の死。リュカ王子の訃報を聞いてからグレタは自身と他の人に壁を作るようになった。それはグレタの母親も例外ではない。そればかりか、他の人よりも顕著に引き離した。だから母親は実家にいてこの屋敷にいない。実質、この屋敷からの追放のようなものだった。
セバスチャンは目を伏せる。セバスチャンにできることは何もなかった。黙り込むことしかできない。グレタに何かを意見する資格など自分にありはしないのだから。
「セバスチャン、わたくしのこの選択は間違っていると思うかしら?」
「私には主人に異を唱えることはできません。主人が決めたことならばそれが黒でも白になりますから」
「それは、もう答えを言っているようなものなのだわ」
クスクスとグレタが笑う。久しぶりに笑ったグレタを見てセバスチャンも自然と笑みを浮かべる。
「わたくしはね、お父様のしたことが間違っているとは思えなかったの。――本当にひどい女だと自分でも思うわ。リュカはわたくしを選んでくれたのに、わたくしは国を選ぶのだもの」
グレタは生粋の貴族だった。それに対してリュカは王の器でも貴族でもなかった。これはそれだけの話なのだ。
「セバスチャン、辞めるのなら止めはしないのだわ」
「いえ、辞めません。できる限りグレタお嬢様に着いていきます」
「もうわたくしは公爵よ?」
「そうでしたね。気を抜くとつい昔のようにお嬢様と呼んでしまいます」
この前のことなのにずいぶんと昔のように感じる。グレタとセバスチャンは友達のように一緒に遊ぶ仲だった。時には貴族らしくなく、泥まみれになって外を走りまわっていた。厨房に入っていたずらをすることもしばしば。怒られるのはいつもセバスチャンだったが。
「呼びづらいのなら、二人っきりのときはお嬢様のままでいいのだわ。――ありがとう、セバスチャン。わたくしに着いてくることを選んでくれて」
「はい」
日記帳の閉じる音が静かな執務室に響く。相変わらず読むのが速い人だ。
「また、用ができたら――、やっぱり待つのだわ」
「何でしょうか?」
「この2冊、目を通しておいてほしいのだわ。あなたも知っておいてほしいの。協力者として」
「分かりました。目を通しておきます」
2冊の本を受けとる。そして。一礼し、部屋を退出した。そして、セバスチャンは2冊の本を抱えたまま、ある場所へと向かうのだった。
「やあ、来たね。セバスチャン」
セバスチャンにそう声をかけたのは書類を捌いているハロルド王子だった。
「はい、ただいま到着いたしました」
セバスチャンはハロルド王子から王家の家宝の一つを預かっていた。そのおかげでセバスチャンはアヴァイル国から数時間で、ここ、シネラリア国までたどり着くことができた。
そして今いるのはハロルド王子の私室。部屋には二人しかいない。
セバスチャンはハロルド王子の側近の一人だった。このことを知っているのはハロルド王子とルーカス王子の二人だけ。裏側を支えるのがセバスチャンの役目だった。
「それで?フローレス公爵はどうだい?」
「グレタお嬢様は、……亡き父上の意志を継ぐそうです」
言いたくなかったがハロルド王子の鋭い目を向けられては言うしかない。
ハロルド王子はシネラリア国第一王位継承者だ。現在、王は病に伏せているため実質シネラリア国の王と言っても過言ではない。ハロルド王子の兄弟は弟のルーカス王子だけ。そのルーカス王子はハロルド王子の補佐になると明言していることからもそれはうかがえる。
「念のために聞いておくよ。セバス、君の主は誰だ?」
「ハロルド王子です」
自身の主を忘れるなと釘を刺される。ハロルド王子は周りから言われているほどやさしくないのをセバスチャンは誰よりもよく知っている。ルーカス王子も薄々気づいているだろうが気づいていないふりをしている。
「分かっているのならいいんだ。それで?フローレス公爵家で何かいい収穫はあったかい?」
「その、よろしいのでしょうか?」
「ルーカスとの賭けで負けたことを言っているのかな?賭けで負けたときのお願い事には反していないよ。お願い事は『兄上、フローレス公爵家には手を出さずそっとしておいてください。フローレス嬢にも手出し無用でお願いします』だったからね」
確かに賭けの内容には反していない。が、グレーゾーンも、言葉遊びも甚だしいことこの上ない。そして何より、ルーカス王子は詰めが甘い。おそらく本人は自覚しているからハロルド王子の補佐になると明言したのだろうが……。
「この2冊の本をグレタお嬢様から目を通しておいて欲しいと言われ、来るまでの間に目を通しておきました。この本にはフローレス公爵の動機や武器化についてなどが記載されており、術式に至っては完全な術式ではないため再現することは難しいかと思われます」
セバスチャンは2冊の本をハロルド王子へと渡す。
「そうか。他にはあるか?」
本のページをパラパラとめくり、ハロルド王子は尋ねる。
「今回のこととは別件なのですが……」
「別件?」
「知っておられるかも知れませんが、念のため報告しておきます。アイギス様がガザニア国前々皇帝であるディラン様に刃向かったようです」
「その話か……。その話は私の耳にも入っている」
ハロルド王子はさも不本意だという表情で机を指でカツンと鳴らした。
「私の部下が情報屋から聞いた話で信憑性は少し劣るのですが、どうやらアイギス様はディラン様の部下だったようです。そしてディラン様の方に怪しい動きがあるとのこと」
「その件は、シネラリア国は沈黙を通すよ。手を出したらこの国は終わりだからね。ああでも、――情報は集めておいて」
「かしこまりました。部下にもそう伝えておきます。そろそろ、私は戻ります。長居するとグレタお嬢様に感づかれてしまうおそれがありますので」
「では」と言うとセバスチャンは窓から姿を消した。
「ディラン様、ね……」
ディランには一人でこの国を、滅ぼす力がある。伊達に英雄などと周りからもてはやされていたわけではない。それに――英雄を倒すのは勇者の役目だ。ほとんどの人が勘違いしているけどね。
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