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第二部 一幕 叛逆の狼煙
酒場 後編
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「まずこの国について話そう。この国は強者が生きやすい国だ。決闘制度があり、どの身分の者も行える。そして勝てば勝者の望みが叶う。決闘の内容はその時々で変わる。だが望みに近いものになることが多い。例えばの話、この国が欲しいとなれば皇帝に決闘を挑めばいい。決闘内容は一対一の戦いだ。もし、これが宰相になりたいとかだったら決闘の内容は宰相との頭脳戦になる」
アイギスさんはオーナーに注いでもらったコーヒーを口に含む。
話を聞く限り、強い人にお願いして決闘を挑めばわざわざ叛逆を起こすことはないのではないかという疑問を抱いた。
「それじゃあ、決闘を挑めばいいだけなんじゃあないですか。例えば四天王とかに頼むとか……」
四天王はとてつもなく強いとこの国に行く途中にロジェが言っていた。そしてそれぞれが数カ国を縄張りみたいにしていて戦争の抑止力となっていると。
基本四天王の縄張りにいる国はその四天王の希望とかを無理のない範囲で反映しているって話だったはず。四天王同士は監視し合っているらしいからぶっ飛んだ希望をして国が運営できなくなるような願いは聞き届けられないようなことも言っていたっけ。
「四天王は……無理だろうな。基本的に四天王は大きく干渉しない。普通に国が運営できている限り出てこないだろう。それにここの四天王は前々皇帝とグルだ」
苦虫を噛み潰したような表情のアイギスさんから返ってきたのはそんな答えだった。
「まさか、今回叛逆する相手はその二人……」
リアンの呟きにアイギスが答えた。
「そうだ。四天王の名はシエル・ナヴァール、そして前々皇帝の名はディラン・リンドブルム。この国の裏の支配者だ。――そして決闘制度を取り入れた人物」
リンドブルム……。聞いたことがある。でもどこでだろう。何か嫌な感じがする。
「勝算はどのくらいだ?」
「3割だ」
場の空気が静まりかえる。それもそうだろう。勝算3割。この数字が何を意味するか、みんなが分からないわけじゃない。
「はいはい、もうみんなやる前から暗い顔しない。やる前からそれなんじゃあ勝てるものも勝てないわよ。――それで?誰に誰の相手をさせるつもりかしら?アイギス」
「私が―――――」
話し合いは深夜の0時まで続いた。そして僕たちは今日の試合のために解散した。
「やっと、来たね。待っとったよ」
酒場からロジェのいる宿への帰り道。緑の理想郷で会った和服の女性に待ち伏せされていた。
「……僕に何か用ですか?」
「そう、警戒することない。ただ少し話がしたいだけや。昨日、見逃してあげたからいいやろ?」
うっ、そう言われると断れない。見逃してもらったのはただの気まぐれだったとしても事実だし……。
「分かりました。でも手短にお願いします」
「う~ん、手短ねえ。それは無理やんな。だったら昨日の場所に行くのがいいやろな、――よし!私の手、握ってくれはる?」
昨日の場所と聞いて手を握るのをためらう。またあの自称魔法使いに会うかも知れないからだ。
「大丈夫や。あの人がいないところに行くさかい」
彼女は僕のためらっている手を握った。そして「緑の理想郷」と小ぶりな口から紡がれる。
僕はまぶしくて思わず目をつぶる。再び目を開けたときには草地を踏みしめていた。
「酔ってはなさそうやね」
僕は「はい」と言う代わりにうなずいたが心ここにあらずだった。
今の……おそらく転移、だと思う。あの自称魔法使いと来たときの感じとは異なっていたから。だったらこの人は……。
僕は自分を落ち着かせるために目を閉じ、一呼吸する。そしてゆっくりと目を開ける。
「――――あなたは、四天王のシエルさんですか?」
なんとなく、されど確信のある名を彼女に告げた。
「そうや。そして君の名はリアンやね」
名前を名乗っていないのに名が知られている。普通は不審がるところだろうけど僕はなぜか腑に落ちていた。
「はい。そうです」
「ふふふ。君は不思議に思わないんやね?」
「あなたを前にしてそう言えるほど僕は鈍感ではありませんから」
「――リアンはガザニア国をどう思ってるん?」
シエルさんは近くにあった丸太にハンカチを敷き、座るように促した。僕は促されるままに、シエルさんの隣に座る。
「あんまりうまくは言えないんですけど。――この国は、自然の摂理を過激にしたような国、な気がします」
「どうしてそう思ったか聞いてもいい?」
「まず、この国の闘技場で見た奴隷。そして歩いていても明らかに少ない子供の数と国民の強さ。それが、僕が今まで見て来た国と違うと思ったんです。気のせいかもしれないけど、気のせいじゃなかったとしたら、この国は弱者が淘汰される国なんじゃないかってなんとなく思ったんです」
「まあ、正解やね」
「シエルさんはこの国を変える気はないんですか?」
少しの間の沈黙。そして今の僕とシエルさんの距離を表すかのように僕たちの間に強風が吹く。そのときシエルさんは何かを呟いていたようだったけど僕には聞き取れなかった。シエルさんも本当に聞かせるつもりはなかったのだと思う。
「ねえ、リアン。君はいつまで目をそらすつもりなん?」
「それはどういう……」
「8年前以前のこと。そして今の君の状況。――記憶、本当はもう、ほとんど思い出そうと思えば思い出せる、違う?」
僕は確信をつかれて黙り込む。シエルさんはそんな僕にお構いなしに話を続けた。
「真実を知ることが怖くなって決心が鈍った。そして、能力を解放したときに気づいてしまったんやろ?記憶を全て思い出せば本性を、本当の自分を隠せないことに」
「……」
「このままディランと戦わずに元いた場所で暮らす選択もある。そうすればまだ元の生活に戻れる」
きっとこれが復讐をするか、ここで死ぬかの分かれ道だったんじゃないかと思う。
シエルさんに甘えて、逃げる選択肢をすれば僕は死んでいた。そんな気がするのだ。
『その道を選んだのなら、立ち止まることは許さない』
そんな風にシエルさんの目が言っているような気がしたのだ。活を入れてくれたんだと思う。
「……あなたは僕たちが叛逆するって知ってるんですね。――シエルさんは、……僕たちと敵対しますか?」
僕は一瞬、ためらったが結局尋ねることにした。
「どうやろね?」
シエルさんの澄んだ瞳を見ればなんとなく分かってしまった。
「……そう、ですか」
後悔はしていない。だけど僕の口から出た言葉は今にも消えそうなほど小さかった。
正直に言えばこの人と戦いたくなかった。多分、話したことで情が移ったのだと思う。それに話すのはこれが初めてじゃない気がする。
「話してくれたお礼に教えてあげる。――ディランは叛逆を知っている。そしてそれをあえて見逃しているの」
「いいんですか。僕に教えてしまって……」
「いいよ。――もう、会うことがないといいね」
それが答えだった。全てを物語っていた。
少女の髪が風に揺れる。その様は儚く今にも消えてしまいそうだった。
「そろそろ戻らないといけないね」
シエルさんは僕の手を握り、再び転移する。
「それじゃあ、気をつけて」
「はい」
転移した後、僕は少女の顔を見なかった。そして振り向かず前へと進む。もし振り向いてしまえば僕の決心がまた鈍りそうだったから。
少女の嗚咽が聞こえる。
僕は思わず胸を押さえた。一緒にいた時間は少なかったはずなのに胸が締め付けられるようだった。
「ごめんなさい」
謝らなきゃいけない焦燥に駆られ、僕は小さな声で呟くとその場を後にした。
リアンが見えなくなった後、シエルは空を見上げた。少女の流した涙ではなく、今にも目の縁から零れ落ちそうなシエル自身の涙を隠すように。
「これで良かったんか。ずっとあんたはリアンのこと恨んでいたやん。自分を見捨てて逃げたこと。――――そう、あんたがそれでいいならいいんよ。天国には連れて行ってあげられないけど、体をほんの僅かな間しか貸すことしか私にはできなかったけど、次は幸せになれるよう祈ってる」
腕を天に向け、何もないはずなのに何かがあるようにシエルは空虚を握った。
アイギスさんはオーナーに注いでもらったコーヒーを口に含む。
話を聞く限り、強い人にお願いして決闘を挑めばわざわざ叛逆を起こすことはないのではないかという疑問を抱いた。
「それじゃあ、決闘を挑めばいいだけなんじゃあないですか。例えば四天王とかに頼むとか……」
四天王はとてつもなく強いとこの国に行く途中にロジェが言っていた。そしてそれぞれが数カ国を縄張りみたいにしていて戦争の抑止力となっていると。
基本四天王の縄張りにいる国はその四天王の希望とかを無理のない範囲で反映しているって話だったはず。四天王同士は監視し合っているらしいからぶっ飛んだ希望をして国が運営できなくなるような願いは聞き届けられないようなことも言っていたっけ。
「四天王は……無理だろうな。基本的に四天王は大きく干渉しない。普通に国が運営できている限り出てこないだろう。それにここの四天王は前々皇帝とグルだ」
苦虫を噛み潰したような表情のアイギスさんから返ってきたのはそんな答えだった。
「まさか、今回叛逆する相手はその二人……」
リアンの呟きにアイギスが答えた。
「そうだ。四天王の名はシエル・ナヴァール、そして前々皇帝の名はディラン・リンドブルム。この国の裏の支配者だ。――そして決闘制度を取り入れた人物」
リンドブルム……。聞いたことがある。でもどこでだろう。何か嫌な感じがする。
「勝算はどのくらいだ?」
「3割だ」
場の空気が静まりかえる。それもそうだろう。勝算3割。この数字が何を意味するか、みんなが分からないわけじゃない。
「はいはい、もうみんなやる前から暗い顔しない。やる前からそれなんじゃあ勝てるものも勝てないわよ。――それで?誰に誰の相手をさせるつもりかしら?アイギス」
「私が―――――」
話し合いは深夜の0時まで続いた。そして僕たちは今日の試合のために解散した。
「やっと、来たね。待っとったよ」
酒場からロジェのいる宿への帰り道。緑の理想郷で会った和服の女性に待ち伏せされていた。
「……僕に何か用ですか?」
「そう、警戒することない。ただ少し話がしたいだけや。昨日、見逃してあげたからいいやろ?」
うっ、そう言われると断れない。見逃してもらったのはただの気まぐれだったとしても事実だし……。
「分かりました。でも手短にお願いします」
「う~ん、手短ねえ。それは無理やんな。だったら昨日の場所に行くのがいいやろな、――よし!私の手、握ってくれはる?」
昨日の場所と聞いて手を握るのをためらう。またあの自称魔法使いに会うかも知れないからだ。
「大丈夫や。あの人がいないところに行くさかい」
彼女は僕のためらっている手を握った。そして「緑の理想郷」と小ぶりな口から紡がれる。
僕はまぶしくて思わず目をつぶる。再び目を開けたときには草地を踏みしめていた。
「酔ってはなさそうやね」
僕は「はい」と言う代わりにうなずいたが心ここにあらずだった。
今の……おそらく転移、だと思う。あの自称魔法使いと来たときの感じとは異なっていたから。だったらこの人は……。
僕は自分を落ち着かせるために目を閉じ、一呼吸する。そしてゆっくりと目を開ける。
「――――あなたは、四天王のシエルさんですか?」
なんとなく、されど確信のある名を彼女に告げた。
「そうや。そして君の名はリアンやね」
名前を名乗っていないのに名が知られている。普通は不審がるところだろうけど僕はなぜか腑に落ちていた。
「はい。そうです」
「ふふふ。君は不思議に思わないんやね?」
「あなたを前にしてそう言えるほど僕は鈍感ではありませんから」
「――リアンはガザニア国をどう思ってるん?」
シエルさんは近くにあった丸太にハンカチを敷き、座るように促した。僕は促されるままに、シエルさんの隣に座る。
「あんまりうまくは言えないんですけど。――この国は、自然の摂理を過激にしたような国、な気がします」
「どうしてそう思ったか聞いてもいい?」
「まず、この国の闘技場で見た奴隷。そして歩いていても明らかに少ない子供の数と国民の強さ。それが、僕が今まで見て来た国と違うと思ったんです。気のせいかもしれないけど、気のせいじゃなかったとしたら、この国は弱者が淘汰される国なんじゃないかってなんとなく思ったんです」
「まあ、正解やね」
「シエルさんはこの国を変える気はないんですか?」
少しの間の沈黙。そして今の僕とシエルさんの距離を表すかのように僕たちの間に強風が吹く。そのときシエルさんは何かを呟いていたようだったけど僕には聞き取れなかった。シエルさんも本当に聞かせるつもりはなかったのだと思う。
「ねえ、リアン。君はいつまで目をそらすつもりなん?」
「それはどういう……」
「8年前以前のこと。そして今の君の状況。――記憶、本当はもう、ほとんど思い出そうと思えば思い出せる、違う?」
僕は確信をつかれて黙り込む。シエルさんはそんな僕にお構いなしに話を続けた。
「真実を知ることが怖くなって決心が鈍った。そして、能力を解放したときに気づいてしまったんやろ?記憶を全て思い出せば本性を、本当の自分を隠せないことに」
「……」
「このままディランと戦わずに元いた場所で暮らす選択もある。そうすればまだ元の生活に戻れる」
きっとこれが復讐をするか、ここで死ぬかの分かれ道だったんじゃないかと思う。
シエルさんに甘えて、逃げる選択肢をすれば僕は死んでいた。そんな気がするのだ。
『その道を選んだのなら、立ち止まることは許さない』
そんな風にシエルさんの目が言っているような気がしたのだ。活を入れてくれたんだと思う。
「……あなたは僕たちが叛逆するって知ってるんですね。――シエルさんは、……僕たちと敵対しますか?」
僕は一瞬、ためらったが結局尋ねることにした。
「どうやろね?」
シエルさんの澄んだ瞳を見ればなんとなく分かってしまった。
「……そう、ですか」
後悔はしていない。だけど僕の口から出た言葉は今にも消えそうなほど小さかった。
正直に言えばこの人と戦いたくなかった。多分、話したことで情が移ったのだと思う。それに話すのはこれが初めてじゃない気がする。
「話してくれたお礼に教えてあげる。――ディランは叛逆を知っている。そしてそれをあえて見逃しているの」
「いいんですか。僕に教えてしまって……」
「いいよ。――もう、会うことがないといいね」
それが答えだった。全てを物語っていた。
少女の髪が風に揺れる。その様は儚く今にも消えてしまいそうだった。
「そろそろ戻らないといけないね」
シエルさんは僕の手を握り、再び転移する。
「それじゃあ、気をつけて」
「はい」
転移した後、僕は少女の顔を見なかった。そして振り向かず前へと進む。もし振り向いてしまえば僕の決心がまた鈍りそうだったから。
少女の嗚咽が聞こえる。
僕は思わず胸を押さえた。一緒にいた時間は少なかったはずなのに胸が締め付けられるようだった。
「ごめんなさい」
謝らなきゃいけない焦燥に駆られ、僕は小さな声で呟くとその場を後にした。
リアンが見えなくなった後、シエルは空を見上げた。少女の流した涙ではなく、今にも目の縁から零れ落ちそうなシエル自身の涙を隠すように。
「これで良かったんか。ずっとあんたはリアンのこと恨んでいたやん。自分を見捨てて逃げたこと。――――そう、あんたがそれでいいならいいんよ。天国には連れて行ってあげられないけど、体をほんの僅かな間しか貸すことしか私にはできなかったけど、次は幸せになれるよう祈ってる」
腕を天に向け、何もないはずなのに何かがあるようにシエルは空虚を握った。
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