好きな子の推しになりたくて

ツヅラ

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 ウェルカム家の仕事は、何も義賊だけではない。

 義賊はあくまで裏の仕事であり、昼には昼で仕事が存在する。
 ラムダの場合、それは学生だった。

「ラムダ様。今日の放課後のご予定はありますか?」

 貴族としての教養はもちろん、交流関係を広げるための学校。
 学生とはいえ、すでに大人と変わらず、交流関係には注意を払う必要がある。

 下流貴族であるなら、上流貴族の機嫌を損なってはいけない。子供の喧嘩で、一家全員が路頭に纏う羽目になる。
 上流貴族であるなら、家に対しての恨みに注意しなければいけない。普段の生活よりも、護衛がずっと少ないからだ。

「ごめんなさい。本日は予定がありまして」
「あら……それは残念です」

 声をかけてきたのは、中流貴族であるアスクル令嬢。興奮が隠しきれない様子で、足早にラムダに駆け寄ってきた。
 彼女については、心配いらない。というより、内容に予想がついた。

「実は、また”彼”が現れたんですって」

 予想通り。
 小声で語られる内容に、内心ため息をついた。

「まぁ! 本当?」

 白々しくも、耳打ちされた内容に驚くラムダに、アスクルは頷き返す。

「ジャックドア様!! なんでも、新聞社の前で、号外が配られているだとか!」

 彼女も”ジャックドア”のファンなのだ。

「ジャックドア様の号外!? 何それ欲しい! ヒザシ! 会合の予定、遅らせられない!?」
「無茶を言わないでください。無理です」
「でも! 号外よ! 号外!!」

 写真に撮られた覚えはない。それに、もし自分に不利益な内容なら、ウェルカム家が既に潰していることだろう。
 つまり、その記事は安全ということ。

 ラムダも、それを理解していないわけではない。
 単純に、ジャックドアの書かれた記事を読みたいだけだ。

「号外でも、です。そもそも、以前にもジャックドアの記事に、解釈違いとか言ってたじゃないですか。また解釈違いの記事かもしれませんよ」

 その後、解釈違いを起こさせる余裕があるのが悪いと、散々キャラ付け指導されたのを覚えている。
 一週間に及ぶ論争の果てに、解釈違いを起こすのは、育ってきた環境の違う人間の思考が大半で、むしろ勘違いさせるほどのミステリアスな余白を残しているのは、ミステリアスキャラとして完璧なのではないかという結論に落ち着いた。

「ぐっ……でも、私だって成長しているの。たとえ解釈違いであっても、多面的な視点のひとつとして、読まず嫌いは良くないと思うの!」
「読みたいって気持ちが先行し過ぎです」
「だってだって、ジャックドアの公式見解的なものよ!? 公式供給!!」

 ジャックドアの生みの親が何言ってんだ。

「ラムダ様!」

 頭痛が痛くなり過ぎる状況に、救いのように差し込んだアスクルの声。

「不肖、このアスクル・マーガレット。ラムダ様のために、号外を必ず手に入れてまいります!」
「!! いいの……?」
「もちろんです! カクレヤ様も、それならば問題ないですよね?」
「ま、まぁ……はい」

 同担仲間同士、喜びあっているラムダとアスクルに、小さくため息をついた。

「どうして、そこまでジャックドアにのめり込むの?」

 会合へ向かう馬車の中、鼻歌混じりの上機嫌なラムダに、つい問いかけてしまえば、驚いたようにこちらに視線を向けられ、まずい質問をしてしまったと悟った。

「違うよ。ラムダが、仮面、ミステリアスキャラが好きなのはよくわかってるから」

 だから、慌てて否定しておいた。
 こんなところで語り始めてしまったら、別の意味で会合に間に合わなくなる。

「だって、一番よくわかってるでしょ? 内容だって、想像がつくだろうし」

 ラムダがキャラクターを作り上げて、僕が演じる義賊ジャックドア
 内容も決まっていれば、世間に公表する内容だって決まっている。
 彼女にとって、新たな発見はないはずだ。

「好きな食べ物は、何度食べるし、好きなお話は、何度だって読み直すでしょ」

 それと同じだと、ラムダは答える。

「それに、好きな人が、世間からどう思われてるか、気になるもの」

 こちらを見つめ、微笑む彼女に、気が付けば息が止まっていた。
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