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4章 星探し編
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闇市と名はついているが、市場の様子は至って普通。通りには、魔導書に薬草、魔法薬、魔道具といったものを販売する店がひしめき合う。
「来させてなんだけど……貴方、いいの?」
コーラルが帽子を目深く被ったダイアへ確認する。
場所の検討が付いた後、シトリンはダイアにも連絡を送った。
獣人にしてみれば、これから乗り込む場所は、見たくないものもあるだろう。怒り狂いそうになることもあるだろう。
「一応言っておくけど、今回、私にも余裕がないから」
だから、もし、ダイアが獣人たちの希望として、正しいことをしたとしても、それがコーラルにとって不利になるなら見捨てる。
「そりゃいい」
意外な返事に、驚いて見上げれば、にやりと笑っていた。
「安心したよ」
初めて言葉を交わした時、あの双子を道具のように扱うと言った。今まで見てきた貴族たちと同じ言葉。
だが、この数ヶ月過ごして、あの言葉とコーラルが双子に対して向けている感情が違うことはよくわかった。
「それに、心配されなくても見たことはある」
仲間が牢屋に捕まっている様子も、動物と同じように人間の娯楽に使われる様子も。
大切な人が、目の前で獣人としての姿を失っていく姿を。それでも、懸命にこちらへ微笑む姿を。
「……貴方ってセレスタインに買われたの? あまり獣人売買に関わる家ではないはずだけど」
「拾われたんだ。俺が住んでた集落が襲われて、逃げた先にたまたまシンバ様……バーバリィ様とケープ様の親がいてな。助けられたんだ」
シンバのところで過ごしていたある日、実の姉がオークションにかけられることを知った。
「助けに行ったのね」
「あの時は何も考えてなかったんだよ」
止める大人たちを振り払って見たものといえば、見る影もない自分の姉だった。
その姿があまりにも衝撃的で、どうやってシンバの家に戻ってきたか、ほとんど覚えていない。ただ大きな騒ぎと共にシンバに無理矢理連れ帰られたことだけ。
「その後、すぐにセレスタイン家が、ケープ様と俺を養子にするって来たんだ」
幼い時はその理由がわからなかった。
だが、シンバにはケープを守ってほしいと頼まれた。それだけは理解できて、場違いな程に素直に頷いた。
その理由を知ったのは、数年後、偶然シンバたちの家の近くに行った際に、もぬけの殻になった家を見てからだった。
「だから……」
自分と同じ光景を目にするかもしれない。
その時、何ができるかはわからない。だけど、何かしなければ。知らなかったと、それでは許されないと、その感情だけが体を動かす。
「よく人間を恨まないわね」
心底呆れたような、驚いたような表情でダイアを見上げる。
「故郷を焼かれて、実の姉を目の前で弄ばれた挙句殺されたなんて、立派な動機になると思うわよ? その場にいた全員を噛み殺して、引き裂いて、生きたまま内臓を灰になるまで焼いたって理解するわ」
「な゛ぁ゛……」
頬を引きつらせるダイアに、コーラルは何の感情もなく当たり前のように答える。
「人間の恨みってそういうものだもの」
脳髄へ焼き付けてやると開き切った瞳孔に、血走った目と、熱すぎる熱を吐き出す口。嫌というほど知っている。
見えない何かを見つめるコーラルに、ダイアは腕を組み、息をついた。
*****
シトリンとゾイスとも合流し、オークションの行われる建物へ向かう。
「そういえば、どうやって助けるんだ? 正攻法、ってわけじゃないだろ」
実際に競り落とすわけではないことは、なんとなくダイアにもわかっていた。
しかし、具体的な方法はまだ聞いていない。
「簡単に言えば、奪い取る、ね」
オークション前では、中立の立場である会場の警備もいる。闇市の警備だ。荒事にも慣れているだろう。ならば、競り落とした後だろうか。
「作戦はいくつかある。君には、オークション前に彼らを奪えるか試してほしい。奪うことが不可能でも、コンタクトだけでも取れれば構わない」
「僕も一緒に行くから安心してほしい!」
「……ある意味心配だ」
獣人として遺恨のあるダイアと狩人のシトリン。てっきり、一見関係のなさそうなゾイスが来るかと思っていたが、違うらしい。
「オークション会場に、首輪のついてない獣人なんて連れてたら悪目立ちするもの」
頷きたくはないが、今の社会、特に闇市での獣人の扱いとして事実なのだから仕方ない。抗議の言葉は飲み込み、シトリンへ視線を向ける。
オークション会場に行くチームがあるというなら、てっきりシトリンは行くかと思っていた。
「色々理由があってね」
はぐらかされながらも、建物に入れば、受付以外の人はいない。件のオークションのチケットを持っている人間以外は、入館を断っているらしい。
ゾイスがチケットを見せれば、名簿にチェックをいれ、エレベーターへ案内される。
「案外すんなり入れるもんだな」
「今回のオークションは、出品者が運営のほとんどを仕切っているらしい。だから、今のこの店の受付嬢は関係者以外の入店を断るためにだけにいるだけで、詳しいことは知らないのだろう。もうひとり、出品者の息が掛かった受付が上にいるはずだ」
言われた通りの階で降りれば、ゾイスが言う通り、また受付が立っていた。今度は受付とは似つかない体格のいい男だ。
「止まれ」
先ほどの受付とは違い、威圧感のある声。
「チャオ! チケットの確認だね?」
打って変わり、緊張感の欠片もない声に、厳つい顔を顰めた。
「ヴェナーティオ次期当主とアークチスト当主だな。貴様らを会場に入れるわけにはいかない。ここでお引き取り願おうか」
闇市側の出品者からすれば、オークションごと摘発しかねないヴェナーティオ家と、出品物の元所有者であるコーラルは、危険人物といえる存在だ。
むしろ、先程の受付をあっさり通れたことが意外なことだった。
「どうやら、顔見知りらしい。どうだい? 友好の印に握手でも」
驚くわけでもなく、シトリンはにっこりと微笑み、受付の男の手を取る。その手には、宝石がひとつ。
その手腕にゾイスも、苦笑を零す他なかった。
しかし、男はその宝石を投げ捨てた。
「こんなはした金程度で、目を瞑るとでも?」
「おや、今の宝石は、最低でも100万は取れる品だが……」
「ひゃくっ……」
その値段に、男が投げ捨てた宝石に慌てて目を向ける。
「ふむ……君の主人は確かな鑑定眼を持っていると思っていたのだけど……この程度の人材に100万を安く払っているとは、驚きだ!」
「枕営業じゃない?」
「アメージング! それは実に失礼なことをした」
「ふたりして、何遊んでんだ!?」
状況をわかっているのかと、ダイアが顔を赤くしている男へ構えるが、シトリンはひとつ笑い、男に向き直る。
「そうだね。相手が人だと忘れてしまうが、今は狩りの最中。私たちが行うべきは、速やかな――」
狩りだ。と張り付けた笑みを消した時だ。
突然、受付の男が音を立ててが倒れた。
「……は?」
何が起きたのかわからず、瞬きを繰り返しながらも、構えを崩さないダイアに、額に手をやったゾイス。
シトリンは、警戒しつつも近づき、ピクリとも動かない男が気を失っていることを確認すると、そこでようやく振り返る。そこには、冷たく男を見下ろすコーラルの姿。
「マダムは褒め称えよというが、初めてその意味を理解したよ」
いつもの大袈裟な身振りも言葉もなく、唖然と言葉を溢すシトリンに、コーラルは気にする様子もない。
「存在を消していないだけ感謝してほしいわね」
ふたりの様子に、男が倒れた原因がコーラルであることは理解できたが、何をしたかもわからなかったダイアは、静かに冷や汗を流すのだった。
「来させてなんだけど……貴方、いいの?」
コーラルが帽子を目深く被ったダイアへ確認する。
場所の検討が付いた後、シトリンはダイアにも連絡を送った。
獣人にしてみれば、これから乗り込む場所は、見たくないものもあるだろう。怒り狂いそうになることもあるだろう。
「一応言っておくけど、今回、私にも余裕がないから」
だから、もし、ダイアが獣人たちの希望として、正しいことをしたとしても、それがコーラルにとって不利になるなら見捨てる。
「そりゃいい」
意外な返事に、驚いて見上げれば、にやりと笑っていた。
「安心したよ」
初めて言葉を交わした時、あの双子を道具のように扱うと言った。今まで見てきた貴族たちと同じ言葉。
だが、この数ヶ月過ごして、あの言葉とコーラルが双子に対して向けている感情が違うことはよくわかった。
「それに、心配されなくても見たことはある」
仲間が牢屋に捕まっている様子も、動物と同じように人間の娯楽に使われる様子も。
大切な人が、目の前で獣人としての姿を失っていく姿を。それでも、懸命にこちらへ微笑む姿を。
「……貴方ってセレスタインに買われたの? あまり獣人売買に関わる家ではないはずだけど」
「拾われたんだ。俺が住んでた集落が襲われて、逃げた先にたまたまシンバ様……バーバリィ様とケープ様の親がいてな。助けられたんだ」
シンバのところで過ごしていたある日、実の姉がオークションにかけられることを知った。
「助けに行ったのね」
「あの時は何も考えてなかったんだよ」
止める大人たちを振り払って見たものといえば、見る影もない自分の姉だった。
その姿があまりにも衝撃的で、どうやってシンバの家に戻ってきたか、ほとんど覚えていない。ただ大きな騒ぎと共にシンバに無理矢理連れ帰られたことだけ。
「その後、すぐにセレスタイン家が、ケープ様と俺を養子にするって来たんだ」
幼い時はその理由がわからなかった。
だが、シンバにはケープを守ってほしいと頼まれた。それだけは理解できて、場違いな程に素直に頷いた。
その理由を知ったのは、数年後、偶然シンバたちの家の近くに行った際に、もぬけの殻になった家を見てからだった。
「だから……」
自分と同じ光景を目にするかもしれない。
その時、何ができるかはわからない。だけど、何かしなければ。知らなかったと、それでは許されないと、その感情だけが体を動かす。
「よく人間を恨まないわね」
心底呆れたような、驚いたような表情でダイアを見上げる。
「故郷を焼かれて、実の姉を目の前で弄ばれた挙句殺されたなんて、立派な動機になると思うわよ? その場にいた全員を噛み殺して、引き裂いて、生きたまま内臓を灰になるまで焼いたって理解するわ」
「な゛ぁ゛……」
頬を引きつらせるダイアに、コーラルは何の感情もなく当たり前のように答える。
「人間の恨みってそういうものだもの」
脳髄へ焼き付けてやると開き切った瞳孔に、血走った目と、熱すぎる熱を吐き出す口。嫌というほど知っている。
見えない何かを見つめるコーラルに、ダイアは腕を組み、息をついた。
*****
シトリンとゾイスとも合流し、オークションの行われる建物へ向かう。
「そういえば、どうやって助けるんだ? 正攻法、ってわけじゃないだろ」
実際に競り落とすわけではないことは、なんとなくダイアにもわかっていた。
しかし、具体的な方法はまだ聞いていない。
「簡単に言えば、奪い取る、ね」
オークション前では、中立の立場である会場の警備もいる。闇市の警備だ。荒事にも慣れているだろう。ならば、競り落とした後だろうか。
「作戦はいくつかある。君には、オークション前に彼らを奪えるか試してほしい。奪うことが不可能でも、コンタクトだけでも取れれば構わない」
「僕も一緒に行くから安心してほしい!」
「……ある意味心配だ」
獣人として遺恨のあるダイアと狩人のシトリン。てっきり、一見関係のなさそうなゾイスが来るかと思っていたが、違うらしい。
「オークション会場に、首輪のついてない獣人なんて連れてたら悪目立ちするもの」
頷きたくはないが、今の社会、特に闇市での獣人の扱いとして事実なのだから仕方ない。抗議の言葉は飲み込み、シトリンへ視線を向ける。
オークション会場に行くチームがあるというなら、てっきりシトリンは行くかと思っていた。
「色々理由があってね」
はぐらかされながらも、建物に入れば、受付以外の人はいない。件のオークションのチケットを持っている人間以外は、入館を断っているらしい。
ゾイスがチケットを見せれば、名簿にチェックをいれ、エレベーターへ案内される。
「案外すんなり入れるもんだな」
「今回のオークションは、出品者が運営のほとんどを仕切っているらしい。だから、今のこの店の受付嬢は関係者以外の入店を断るためにだけにいるだけで、詳しいことは知らないのだろう。もうひとり、出品者の息が掛かった受付が上にいるはずだ」
言われた通りの階で降りれば、ゾイスが言う通り、また受付が立っていた。今度は受付とは似つかない体格のいい男だ。
「止まれ」
先ほどの受付とは違い、威圧感のある声。
「チャオ! チケットの確認だね?」
打って変わり、緊張感の欠片もない声に、厳つい顔を顰めた。
「ヴェナーティオ次期当主とアークチスト当主だな。貴様らを会場に入れるわけにはいかない。ここでお引き取り願おうか」
闇市側の出品者からすれば、オークションごと摘発しかねないヴェナーティオ家と、出品物の元所有者であるコーラルは、危険人物といえる存在だ。
むしろ、先程の受付をあっさり通れたことが意外なことだった。
「どうやら、顔見知りらしい。どうだい? 友好の印に握手でも」
驚くわけでもなく、シトリンはにっこりと微笑み、受付の男の手を取る。その手には、宝石がひとつ。
その手腕にゾイスも、苦笑を零す他なかった。
しかし、男はその宝石を投げ捨てた。
「こんなはした金程度で、目を瞑るとでも?」
「おや、今の宝石は、最低でも100万は取れる品だが……」
「ひゃくっ……」
その値段に、男が投げ捨てた宝石に慌てて目を向ける。
「ふむ……君の主人は確かな鑑定眼を持っていると思っていたのだけど……この程度の人材に100万を安く払っているとは、驚きだ!」
「枕営業じゃない?」
「アメージング! それは実に失礼なことをした」
「ふたりして、何遊んでんだ!?」
状況をわかっているのかと、ダイアが顔を赤くしている男へ構えるが、シトリンはひとつ笑い、男に向き直る。
「そうだね。相手が人だと忘れてしまうが、今は狩りの最中。私たちが行うべきは、速やかな――」
狩りだ。と張り付けた笑みを消した時だ。
突然、受付の男が音を立ててが倒れた。
「……は?」
何が起きたのかわからず、瞬きを繰り返しながらも、構えを崩さないダイアに、額に手をやったゾイス。
シトリンは、警戒しつつも近づき、ピクリとも動かない男が気を失っていることを確認すると、そこでようやく振り返る。そこには、冷たく男を見下ろすコーラルの姿。
「マダムは褒め称えよというが、初めてその意味を理解したよ」
いつもの大袈裟な身振りも言葉もなく、唖然と言葉を溢すシトリンに、コーラルは気にする様子もない。
「存在を消していないだけ感謝してほしいわね」
ふたりの様子に、男が倒れた原因がコーラルであることは理解できたが、何をしたかもわからなかったダイアは、静かに冷や汗を流すのだった。
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