人魚は地上で星を見る

ツヅラ

文字の大きさ
上 下
37 / 45
4章 星探し編

10

しおりを挟む
 エンジュはソファに身を預けると、大きく息を吐き出した。
 魔術協会の上層部が集まる会議、マギーア・ユーラーティオに、セレスタイン家当主代行として出席する回数が増えたとはいえ、疲れるものは疲れる。

「あ」

 ふと感じた気配に目を開ければ、触れようと中途半端なところで動きを止めたダイアがいた。

「大丈夫ですか? 疲れてるみたいですけど、さすがのエンジュさんでも、ここで寝るのはちょっと……」

 夜も遅いため、寮の談話室とはいえ人はいない。
 しかし、セレスタイン家の令嬢が護衛も連れず、ひとりでここで眠るのは感心できない。

「それに、ちゃんと横になった方がいいですよ」
「そうね。思ってた以上に疲れてたみたい」

 そう話している間にも、瞼が重くなる。

「会議、でしたっけ?」
「えぇ。デュークとか、マーキスとか、アールが集まる会議。昔から知ってる顔ばかりだけど、やっぱり疲れるものは疲れるわね。運んでもらえるなら運んでもらいたいくらい」

 冗談のはずだったが、ダイアは体をソファに預けるエンジュに近づくと、軽々と持ち上げた。

「へっ!? ダイア!?」
「運びますよ。疲れてるんでしょ?」
「え、そ、そんな悪いわよ……!」
「別に、ケープ様もたまに似たようなこと言いますよ」
「ケープちゃんと同じっていうのも、ちょっと困る……!! うぅ……誰かきたら降ろしてね……」
「はい」

 ダイアの澄み切った目に負けて、大人しく運ばれることにしたエンジュは、顔を覆っていた手をゆっくりとズラし、ダイアを見上げる。

「コーラルはどう?」
「どうって……」
「今日の議題のひとつだったのよ」
「あいつが?」
「えぇ。あの子も16だもの。アークチスト家当主であるなら、会議に参加するべきって意見もあるの。今までは、幼すぎるって外されてたけど、彼女もデュークだし」

 抱える腕が驚いたように震えた。見上げれば、目を丸くするダイアの顔。

「アイツ以外、みんな死んでるんですよね?」
「あー……うん。アークチストは別なのよ。正確に言えば、セレスタイン家も特別側なんだけど」

 神秘持ちと呼ばれる魔術の家系は、神秘さえ途絶えていなければ、家としての大きさは関係ない。実際、コーラルも公言していないが、魔術協会での地位は最も高いデュークだった。
 しかし、神秘はあまりにも大きな力であり、同族である魔法使いからも夢物語に近い力。信じられないという魔法使いもいる。だが、周囲にその力を認知されれば、自分の身も危険になる。事実、周囲に知られたことにより、命を落とした神秘持ちもいる。
 そのため、現在では神秘持ちの存在を知っているのは、魔術師でも一部であり、はっきりと誰が持っているかを知っているのは、魔術協会の上層部。そして、能力まで知っているのは、神秘持ち同士くらいなものだ。

「だから、今度話してみようかと思うのだけど、今は少し大変みたいだから」

 部屋をノックすれば、待機していた使用人が慌てた様子でドアを開ける。
 心配する使用人を宥め、ハーブティーを淹れるように伝えると、ダイアに座るように促す。

「アークチスト家を襲撃した犯人はたったひとりだったの」

 さすがに夜中に女性の部屋に滞在するのは悪いと、帰ろうとしていたダイヤも、その言葉に足を止め、椅子へ座った。

 つかみどころがないといわれるアークチスト家だが、確かなことがあった。
 彼らが視る未来は、分岐を越えて辿り着いてしまったのなら回避不可能。回避したいなら、運命が決まる前の分岐へ辿り着く前に対処しなければいけない。

「それを一番よく知っている自分たちが、滅びる未来を視てしまった」

 その時の気持ちなど、想像に難くない。
 アークチストは、その運命から逃れるため、手を尽くした。セレスタイン家の扉も叩かれた。

「結局、どうにもならなかった。どうにもならなくて、諦めたの」

 アークチスト家の崩壊は避けられないのが、星の導きだと。そう笑った。

「アークチスト家が助からないのなら、せめて弟子や使用人たちは助けてほしいって、うちにも何人か移ってきてもらった人がいるわ」

 実際の血筋は途絶えたとしても、それがアークチスト家の崩壊を示しているなら、他の人は巻き込まない。それが、当時の当主が定めたところだった。
 渋った者もいたが、最終的にアークチスト家に残った使用人は、ほんの数人だったという。その数人の使用人も、襲撃当日には屋敷には立ち入りを禁止したという。

「うちに頼まれたことはもうひとつあってね」

 それは、襲撃後のことだった。

「もし、生きている人がいたなら、助けてほしいって」

 もしかしたら、誰かが戻ってくるのを視ていたのかもしれない。ただの希望だったのかもしれない。だが、確かに、その頼みのおかげで、助かった命はひとつあった。

「じゃあ、犯人もその時に?」

 襲撃からすぐに報復は行われたと聞いていたが、エンジュが言うには、その時、犯人はすでにいなかったという。

「もしかしたら、犯行後すぐだったから証拠はあったのかもしれないけど」

 困ったように眉を下げるエンジュは、本当に犯人に繋がるものを知らないようだった。

「実際、お父様も犯人については、ほとんど知らないの。成人男性で、一般人よりほんの少し、魔法が使える程度の単独犯だったってことくらい」

 知っているのは、その後の報復方法だけ。

「犯人を捕まえて、報復したのは、コーラルの後見人のゾイスって人よ」

 セレスタイン家も含め、ほぼ全ての家が、単独犯でも、魔法のほとんど使えないような人間だとも思っていなかった。
 想像とは全く違う犯人像を即座に想像したゾイスの洞察力に、舌を巻いていた。

「でも、そんな奴がひとりでできるものなんですか?」

 規模は小さいとはいえ、魔術師の名家。しかも、襲撃日までわかっていたのなら、一般人相手に負けるとは思えない。

「手引きをした人はいたんでしょうね。でも、そこまでは誰も見つけられなかった」

 実行犯は捕まったこと、コーラル自身の怪我のこともあり、手引きした人物への調査・報復は難しくなっていた。

「正直に言えば、私はアークチストの前の当主が好きじゃなかったの」
「え」
「助けてって言ってくれれば、手を掴めるのに、あの人は笑うだけで、運命を受け入れるの」

 昔のコーラルも同じだった。
 彼女たちは、きれいに微笑み、決まって運命星の導きだと諦める。
 他人の命でも、自分の命であっても。

「でも、久々に会ったコーラルは違った」

 ちゃんと生きているように笑って、手を取ろうと藻掻く。
 それが、あの双子のおかげかはわからない。

「あの子は、きっと運命星の導きを否定してくれる気がするの」

 目の前の彼と同じ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御鏡の青き神さまと巫乙女

奈古七映
キャラ文芸
平和に暮らしていたふつうの女子高生が、古い神社の御神体に宿る神さまに魅入られたせいで、不穏な事件に巻き込まれていく物語。

桜井兄弟のばあい

染西 乱
キャラ文芸
桜井さんちの男三兄弟が幸せに恋愛したりする話 三兄弟の兄ハジメは小学生の頃友達だっためぐむに告白される。好きとか付き合うとかまだわからないとめぐむを振ったハジメは、もう一人の親友であるイチコに「ずっと友達でいてくれ」と頼むが、イチコには「出来ないかもしれない約束はしない」と言われてしまう。 高校受験を控えたハジメは、遅くまで予備校で勉強して帰宅していた。家の近くで揉み合っている男女に気づくと、それはイチコで…… 普段はコメント欄閉じてるタイプなんですが、読書キャンペーンが同時開催しているのでコメント欄開けてます。 感想考えるのは大変なので、ここのコメントは「読んだで、よかったで!」「おもしろかったで!」「途中までがんばったわ」ぐらいの感じでいいので、読書キャンペーン用にどうぞ。 ※当方も適当に返事したりしなかったりします。私が読んで不快なコメントは予告なく削除します。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

真実の愛を見つけましたわ!人魚に呪いをかけられた箱入り令嬢は、好みの顔した王子様のようなお方を溺愛しております

蓮恭
恋愛
「お父様、このように丸々と太った酒樽のような方とは暮らせませんわ。隣に立てば暑苦しいったらないでしょう」 「この方も背がひょろりと高過ぎてまるで棒切れのよう。私が扇で仰げば倒れてしまうのではなくて?」 「あらあら、この方はまるで悪党のように悪いお顔をなさっておいでです。隣に立てば、私の命まで奪い取られそうですわ」  そう言って父親であるメノーシェ伯爵を困らせているのは娘であるジュリエット・ド・メノーシェである。  彼女は随分と前から多くの婚約者候補の姿絵を渡されては『自分の好みではない』と一蹴しているのだ。  箱入り娘に育てられたジュリエットには人魚の呪いがかけられていた。  十八になった時に真実の愛を見つけて婚姻を結んでいなければ、『人魚病』になってしまうという。  『人魚病』とは、徐々に身体が人魚のような鱗に包まれて人魚のような尻尾がない代わりに両脚は固まり、涙を流せば目の鋭い痛みと共に真珠が零れ落ちるという奇病で、伝説の種族である人魚を怒らせた者にかけられる呪いによって発病すると言われている。  そんな箱入り娘の令嬢が出逢ったのは、見目が好みの平民キリアンだった。  世間知らずな令嬢に平民との結婚生活は送れるのか?    愛するキリアンの為に華やかな令嬢生活を捨てて平民の生活を送ることになったジュリエットのドタバタラブコメです。 『小説家になろう』『ノベプラ』でも掲載中です。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

致死量の愛を飲みほして+

藤香いつき
キャラ文芸
終末世界。 世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。 記憶のない“あなた”は、彼らに拾われ—— ひとつの物語を終えたあとの、穏やか(?)な日常のお話。 【致死量の愛を飲みほして】その後のエピソード。 単体でも読めるよう調整いたしました。

本屋さんにソムリエがいる、ということ

玄武聡一郎
キャラ文芸
水月書店にはソムリエがいる。 もちろんここは、変わった名前のフランス料理店ではないし、ワインを提供しているわけでもない。ソムリエの資格を持っている人が勤めているわけでもない。これは物の例えだ。ニックネームと言い換えてもいい。 あらゆる本に関する相談事を受け付ける本のソムリエ、「本庄翼」。 彼女にかかれば「この前発売した、表紙が緑色の本が欲しいんだけど、タイトル分かる?」系のおなじみの質問はもちろんのこと「最近のラノベでおすすめの本はある?」「一番売れている本が欲しい」的な注文や「息子に本を読ませたいんだけど、どんな本がいいと思う?」「こういうジャンルが読みたいんだけど、最初に読むならどれがおすすめ?」といった困った質問も容易く解決される。 これは、本屋さんでソムリエをする本庄翼と、彼女のもとに相談に来る、多種多様な相談客、そして――元相談客で、彼女を追いかけて水月書店で働きだした、何のとりえもない「僕」の物語だ。

拾った猫はねこまたでした。いつの間にかに家を乗っ取られて猫屋敷化が止まらにゃいっ★

青海
キャラ文芸
 闇夜を引き裂く悲痛な叫びに思わず窓を開けてしまったのが全ての始まりでした。  

処理中です...