人魚は地上で星を見る

ツヅラ

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3章 人魚の涙編

04

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「海行きたい」

 それは、何気ないアレクの言葉から始まった。

「海! うーみー!」
「……この冬に?」
「よゆーでしょ。できるだけ、北の方はいかないからさぁ。毎日学校で飽きたぁ!!」

 この双子を買って、使用人として雇い始めてから、知り合いに人間社会について学ぶなら、学校に一緒に通った方がいいのではないかと提案された。
 意外にも、双子も乗り気で、ある程度のマナーと読み書きをマスターするのであれば、一緒に学校に通うことを許可した。
 しかし、今まで別世界に住んでいたような存在だ。長い目で見る必要があるかと、気長に構えていたのだが、この双子、魔法の素質はもちろん、頭もいいらしい。3ヶ月もしない内に出した条件を完璧にクリアしてきた。
 それからは、学校へは一緒に通っているのだが、飽きたらしい。

「ついこの間、主人の飲み物に薬を混ぜたやつのセリフとは思えないな」
「う゛……そ、それはぁ、もうしないからぁ……」

 向かいで、アレクと似たような表情をするクリソも、少しは反省しているらしい。
 人魚になるなんて体験、そうはできないので、それそのものは構わなかったのだが、この双子の行動は唐突で、理由が理解できないことも多いことが問題だった。

「ですが、今度、長期休みがありますから、少し出かけませんか? 学校に通ってから思いましたが、案外時間を拘束されてしまって……」
「悪だくみする時間が無い?」
「それもありますが……」
「素直だな」

 隠す気が全くない辺りある意味流石と言えるかもしれない。

「三人でのんびりと何も考えない時間を過ごしたいんです」

 寂し気に笑うクリソの表情は、嘘をついている様子ではない。

「私が言うのもなんだけど、爺臭いな。実は、100歳超えてるとか言わないでよ?」
「同じ言葉を返しますよ。同族を口にしたなら、一言おっしゃっていただければよかったのに」

 食べたいですか? と首を傾けて、指をさすクリソに、結構だと断われば、笑われる。

「でもさぁ、広い世界を知れっていう割に、センセーも知らねーことばっかだし、学校の中ばっかだし」

 魔法は使える人と使えない人がいる。だが、小中学校では使える子供も使えない子供も一緒の学校に通う。はっきりと、魔法専攻が出てくるのは、高校からだ。
 言ってしまえば、今の学校では、人魚なんておとぎ話的な存在だし、まさか
隣の席に座っているのが、人魚だなんて思ってもいない。魔法の使えるクラスメイトというだけ。教師から見ても同じだ。
 クラスメイトよりは、まだ人魚たちとの戦争や魔術師の存在に詳しいかもしれないが、それだって彼らからすれば、別世界の話だ。

 コーラルたちの通う学校は、魔法使える人も多く、理解度は高いが、それでもアレクと衝突することは多々あった。

「そうね。お前が人間社会を知らないのと同じね」

 そういえば、アレクは不満気に唸る。

「でもま、考えとく」

 コーラルの言葉に、ふたりは目を輝かせた。

 背丈に合わない高い椅子に腰かけながら、ノンアルコールカクテルを傾ける。

「なるほどね」

 この店のオーナーであり、コーラルの古い知り合いは、派手だが上品な化粧をした男は、満面の笑みで目の前に冊子を広げた。
 そして、ものすごいスピードでページを捲ると、あるページを開き、コーラルの前に置く。

「ここなんてどう? あとはー」

 おそらくこの男は同意してくるとは思っていたが、まさかこのスピードで旅行先まで提案されるとは思っていなかった。
 新しく冊子を捲り始めている男から目を離し、目の前に置かれた内容に目を落とす。

「キャンプ場?」
「そうよ。冬なら、キャンプ場も人が少ないし、海辺ならほぼ貸し切り状態だもの!」

 確かに、人目が多い場所では、万が一、双子が人魚に戻ってしまった時に支障が出る。それに、ふたりがたまに溢す、広い場所で泳ぎたいという言葉の意味を実感してしまったこともある。
 海、人間が泳げる場所じゃなくても、あの双子にとっては問題ない。むしろ、その方が喜ぶのではないだろうか。

「いいわけないだろう」
「げ……」

 冊子を閉じたのは、ゾイス。
 どうやら、買い出しから帰ってきてしまったらしい。

「そんな嫌そうな顔をしてもダメだ。第一、君は前にあの双子に攫われたばかりだろう。どうして、平然な顔であの双子と一緒にいられるんだ。
 今度は海に引きずり込まれて、帰ってこれない可能性だってあるんだぞ」
「大丈夫じゃないかしら。貴方も見たでしょう? 帰ってきた時のふたりの顔」
「相手は人魚だ。僕らと同じに思ってはいけない」

 決して双子が嫌いというわけではなく、ただコーラルを案じてのことということはわかるが、あの双子もゾイスと同じくらいコーラルのことを大切に思っている。

(まぁ、愛し方が違うのは、仕方ないけど)

 頬に手を当て、息をつく。

「あまり高いところだと困るのだけど」
「僕の話を聞いてたか?」
「文句があるなら一緒に来る?」
「出かけるなと言っているんだ」

 ゾイスは魔法が使えない。だから、あの双子が本気でゾイスを抑えようとすれば簡単にできる。コーラルを守るのなら、危険な場所に行かせないことが第一だ。
 あとは、資金の問題はあるが、それは最悪どうにか工面することは不可能ではない。

「なら、占ってみたら?」

 一向に言い争いが終わらなさそうなふたりに、オーナーが仕方なく提案した。
 コーラルの占星術で悪い結果が出なければ、きっと平和に終わる。その結果さえあれば、ゾイスだって、少しは納得するだろう。
 しかし、コーラルの表情は少しだけ曇る。

「……コーラル?」
「いいわ。いい結果が出たら、出かけるから」
「いいや、悪い結果が出なければ、だ」
「いい結果が出るってことは、悪い結果じゃないのだから、いいでしょう?」
「いいや。君は今、意図して”悪い結果がでない”ことを避けているからね」

 こういう時に、ゾイスの観察眼は本当に困りものだった。
 結局、ふたりの言い争いに結論は出ず、双子の迎えが来た。

 その夜、屋敷に一本の電話が入った。

『はぁい』

 オーナーからだ。

『さっきは、ゾイスの手前言えなかったけど、実は森の精霊いたずらに困ってるっていう場所を知ってるの。格安で泊まれるわよ』
「あぁ、そう。ありがとう。じゃあ、連絡を取っておいてくれる?」
『いいけど、大丈夫? ゾイスの言ってたこと、間違ってはいないんでしょう?』
「……まぁ、そうね。どっちも出てるの」

 どうしようかと迷ったその日、一番に占った。
 出かけることで、悪い結果もいい結果も出た。出かけないことでも、同じだった。

『どっちも?』
「まだ星が定まってないのでしょうね。でも、どちらでも同じ結果。だから、出かけても出かけなくても同じなのよ。あの時と同じ」

 違うことと言えば、どう転んでも絶えると出ていたよりは、いい結果と言えることくらいだろうか。

『……諦めているわけじゃないのよね』
「諦めてるなら、わざわざ水辺になんて行かないわよ」
『……もう少し素直に話せば、ゾイスだってわかってくれるわよ?』

 連絡はオーナーに任せ、コーラルは電話を切った。
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