人魚は地上で星を見る

ツヅラ

文字の大きさ
上 下
8 / 45
1章 総合魔法実技試験編

08

しおりを挟む
「アメーッジングッ!」

 ゴールの小島に辿り着いたと思えば、いきなり響いてきた声がこれだ。
 恍惚に頬を染め、腕を広げているシトリンに、怯えた目でダイアの背後に隠れるバーバリィと完全に不審者を見つめる視線で睨み、バーバリィを背中へ隠すダイア、そしてため息をつくコーラル。

「あぁ、素晴らしい! 素晴らしいよ! 満点! 満点だよ!」
「げぇ……なんでこいつがいんの?」
「一応、試験の監督手伝いだそうですよ」

 少し遅れながら、帽子を被り、人間姿になったアレクとクリソが、心底嫌そうな目でシトリンを見る。

「勝手に点数をつけるな。全く……」

 疲れたように頭に手をやる教師がいうには、順位は7位らしい。

「先生! 早く戻ってきてください! ハートリーさんの足が!!」
「あ゛ぁ゛っ! そいつはもう解呪をかけてある! 放っておけば、4日で元に戻る!」

 めんどくさそうに頭をかきながら、呼ぶ生徒の元へ足を向ける。

「まったく、面倒なことをしてくれたな。素晴らしい石化魔法だ」

 去り際に、クリソへ恨み言を残していった。

「お褒めに与かり光栄です」


―― 数時間前 ――

 コーラルたちと別れてから、クリソは早々に海岸へ出ると、海に飛び込み人魚の姿で小島にかけられた唯一の橋へ向かった。
 予想通り、橋には生徒たちを妨害するための大量の罠が仕掛けられていた。
 爆弾などの橋そのものを破壊する罠は、どうやら外されているらしいが、コーラルの考え通り、まともに橋を使ってゴールする気が起きなくなる罠の数だ。

 となれば、小島へ渡る手段としては、誰かが渡った後に罠を把握して進む、もしくは、箒などで空から小島を目指すのが一般的だ。
 間違っても、海を泳いで渡るなどと考えるのは、相当体力の自信があるか、人魚くらいだ。

 空は、遮蔽物が無い分、視認されたら攻撃される。
 ここまで泳ぐ間にも、いくつか用意されたブイに魔法が施されているものがあった。おそらく、ブイの上を飛んだ魔術師を落とすための砲撃魔法が仕掛けられているのだろう。

「ハハッ! この橋を渡ってゴールなんてできるわけねェだろォ?」

 空がダメならば、ほとんど生徒は、橋を目指すことになり、必然的に他人を蹴落としたい人間は、橋の上を陣取り、直接妨害することになる。
 案の定、橋の上で、ひとつの勢力が陣取ったらしい。

 橋の上の人間に恨みはないが、コーラルのためにもハートリーという人物を通しては困る。
 橋にもいくつか足止めの罠を仕掛けたが、ここに陣取る勢力には、できる限り他の足止めをしてもらい、その上でゴールしないでほしいところだ。

「さすが、ハートリー様!」

 どうやら、容赦はいらない人物らしい。


「というわけで、足止めのためにも、高揚感のでる魔法と魔法薬の効果が上がる魔法で、ハートリーさんをささやかながら応援させていただきました」

 それだけではないことは、出会って短いが察しがついた。
 ついたが、ここで聞きたくはないと、それ以上聞くことはやめた。

「その後は、いつでも崖の下へ飛び込めるように、あの崖の下で待機していました」
「すごかったんだよ! 水の中からぶわーって!」
「よかったですね」

 無邪気に目を輝かせるバーバリィに、邪気まみれに笑みを作るクリソに、ダイアはそれしか言えなかった。

「ありがとう。コーラル」
「別に。あの事、忘れないでよ」
「もちろんだとも」

 小さく目を細めたシトリンは、明らかに威嚇しているアレクに目をやり、笑みを深める。

「さぁて! レディが体を冷やすものじゃないよ。タオルを」
「ありがとう」

 タオルを受け取れば、すぐに手元から消え、頭に乗せられた。

「フフフ……やはり、いいものだね」
「アレク。痛い。痛いから」

 不貞腐れたように力の込められている手だが、決して傷つけるような強さではなく、コーラルの濡れた髪を拭いていた。

「見つけたぞ! アークチスト!!」

 騒がしい声に目をやれば、三年の制服を着た男が立っていた。

「テメェだな!? 弟の足を石にしやがったのは!」
「言いがかりはやめてもらえる? だいたい、私のアリバイは、貴方のお友達がよく知っているんじゃなくて?」

 ピクリを震えた眉。

「本当に、海水に混ざった石化の魔法薬が靴の中に入るなんて、不運でしたね」

 興奮さえしていなければ気が付けたかもしれないが、誰よりも優位に立った状況に文字通り、足元が疎かになってしまったのだろう。結果、石化の魔法は、じわじわと靴の中で足を蝕んだ。

「石化の魔法薬が、混じってるわけないだろ!!」
「星の道行が悪かったのでしょう。貴方に、星の導きがあらんことを」

 優雅に微笑みながら、礼をするコーラルに、バーバリィが首をかしげているが、気にしなくていいと頭に手をやる。

「おっと!」

 頭を下げるコーラルに、ハートリーは杖を振り上げるが、妙に明るい声が制止する。

「それは良くない。実に良くない。
 ここで、アークチストに手を上げれば、僕も然るべき処置を取らなければならなくなる」

 口元は笑っているが、その目は、瞳の奥は一切笑っていなかった。

「~~ッ! ヴェナーティオ! お前は、そいつの味方をするのか!?」
「アークチストは常に中立。手を上げるならば、然るべき覚悟を、と言っているだけだよ」
「っ」

 微笑むシトリンに、ハートリーは分が悪いと、去っていった。

「さて、青バラの君は人が悪い。愛を試すなんて」
「妙なこと言わないで。アイツらが、本当に貴方が怖いのか確認したかっただけ。まさか、本当だとは思わなかったけど」

 心底呆れたようにため息をつくコーラルに、シトリンも小首を傾げた。
 ようやく終わりを迎えたと思っためんどうごとに、胸を撫で押そうとした、その時、

「おい」

 ひどく苛立った声が、シトリンへ向けられた。
 声の主は、その声色とそっくりな表情でシトリンを睨んでいた。

「ヴェナーティオだと?」

 その言葉に表情を変えたのは、シトリンではなく、コーラルだった。
 あえて、ダイアたちの前では、シトリンのことを、ヴェナーティオだとは言わなかった。面倒ごとになることが目に見えていたからだ。

「あぁ。シトリン・T・ヴェナーティオだよ。
 以後お見知りおきを。獣の太陽。そして、獅子の君」

 最大の敬意を表し、礼をするシトリンに、掴みかかる。

「なにを、ふざけたことを……!!
 テメェが、テメェらが、何をしてるかわかってるのか!?」

 掴みかかられているというのに、その表情は恍惚とした笑み。

「仲間を、家族を、売ってるんだ!!」

 ヴェナーティオ家は、獣人や人魚などを販売する商人だった。
 獣人たちからすれば、憎しみと恐怖の象徴そのものだ。

「そうだね」
「なんで、そんな笑顔で……」
「もちろん、大切な家族や仲間と離れ離れというのは、かわいそうだとは思うよ。できることなら、新たな主人と仲良くやれることが一番だ。
 難しいこととはわかっているけどね」
「……」
「だからこそ、幸せになれた彼らに祝福をするのさ!」

 当たり前の顔で、当たり前の言葉を高らかに告げたシトリンに、価値観の違いに圧倒される他ない。
 彼には、自分の言葉など通じない。

「あーあー、だから言ったでしょ。ヴェナーティオは変態だって。まともに気にする方が疲れるわよ」
「……でも、テメェらさえいなければ、姉さんは……」
「……何があったかは聞く気がしないけど、お前が呆れるほどのことなら教えてあげる。
 ヴェナーティオは、獣人とか他種族の販売が有名だけど、人間も当たり前のように売ってるわ」
「……は?」
「狩りをして、自分たちより弱いなら捉えて、愛をもって販売する。それがこいつらなの。理解できる?」

 もはや、理解する気があって、何度言葉を交わしたところで、理解などできる気がしない。
 緩やかに力が抜けた手からシトリンも、そっと抜ける。

「ダイア。その……まだちゃんと言えないけど、ヴェナーティオさんたちは、許しちゃいけない、けど、ボクたちを助けてくれたのも、ヴェナーティオさんたちだから」

 王族の子供を逃がしたのは、ヴェナーティオだ。
 たとえ、その理由が理解し難くても。
 それには感謝しなければいけない。

「あぁ……それは、感謝してる。だが! 許さねェことは事実だ!」
「あぁ、すばらしい。それでこそ、獣人の太陽たる君だ」

 キラキラと輝く黄金の瞳に、シトリンはまた微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

Dark Night Princess

べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ 突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか 現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語 ホラー大賞エントリー作品です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

処理中です...