7 / 9
セントジョーンズワート
しおりを挟む
外来対応の窓口で、お薬手帳を叩きつけると共に、睨みつけられる。
「これ、意味わかんないんだけど」
喧嘩腰の意味わからないだけど。
しかし、帰れと言えないのが接客業の辛いところ。
お薬手帳に視線を落とせば、この病院以外の薬局の薬のことらしい。
そっちで聞いてくれない? という気持ちは大いにあるが、薬剤師である以上、薬についての質問をされたら答えないわけにもいかない。
病院の中にある薬局は病院の薬剤部ではなく、病院の中に調剤薬局あると勘違いする人も多い。
病院の中のコンビニと似てるかもしれないけど、あのコンビニだって、その店舗のオーナー、病院だったりするんだぞ。
調剤関連だったら、薬局に電話して対応してもらうが、飲み合わせとか単純な薬についての質問である限りは、できないのが辛いところ。
かかりつけ薬局料とれないのに。
「私、このセントジョーンズワートって飲んでるんだけど」
書かれているのは、ワーファリンの下、※マークの後におそらく注意事項として記載されている文言。
『セントジョーンズワートの含まれているものと一緒に服用しないようにしてください』
「最近飲み始めたんですか?」
「ずっとよ! 書いてあるでしょ?」
んん?
「ほら!」
最初のページから、見せつけるようにワーファリンのページを見せられる。
んんん……
嫌な予感。
「ごめんなさい……サプリとかですかね? それとも、お茶とか?」
「は? 書いてあるでしょ? さとうクリニックでもらってるでしょ」
なる、ほど、なー
「えっと、ワーファリンってお薬は、飲んでますよね?」
「飲んでるわよ」
「それ以外に、サプリとかは?」
「たまにビタミン剤飲むぐらいよ」
「……えーっと、申し訳ないんですが、ちょっと確認してもいいですか? このさとうクリニックから、お薬は……血圧と血液サラサラと、コレステロールのお薬をもらってますね」
「そうよ」
「じゃあ、朝2つ」
「朝2、夜1。ずっと飲んでるんだからわかるわよ」
おわかりいただけだろうか。
この人の矛盾点を。
「バカにしてんの!?」
してます。
したいです。
「してません。朝は、血圧を1つ。サラサラを1つ。夜は、コレステロールを1つ。さとうクリニックさんから出てるのは、この3つだけですよ?」
「もう一個あるでしょ!」
猛烈な勢いで指さされるセントジョーンズワート。
これはもう、薬局で渡された時に文句言ってほしいなぁ。
というか、幻の4錠目を登場させるんじゃない! 裸の王様か!
「これは、ワーファリンを飲んでる方に、注意として書いているものです。ワーファリンの中に含まれているわけではありません」
「え、そうなの?」
なるほど。含有されている系と思ったのか。
「だいたいセントジョーンズワートとか言われても、わっかんないわよ!」
オウ、逆ギレ。絶対怒りたいマン。
「そうですねぇ。結構、健康食品とか、サプリとか、そういうものに含まれている、ハーブですね。別名もあるので、それこそ薬局とかで買う時に、薬剤師か登録販売員にお薬手帳とその商品見せてください。問題あるか、ないか見てくれますので」
ふーん。という生返事をしながら、ビニール袋を漁り、またカウンターに叩きつけてきた。
「これ買っちゃったんだけど!」
トクホのお茶。CMで体脂肪が気になるあなたへ。とか銘打ってるアレ。
入ってないと思うよ?
「どうすんのよ!!」
「あー、見せてもらえます? 成分、見ますから」
入ってないと思うよ?(2回目)
一応、成分表を見たところで、特殊なものとしては『ケルセチン配糖体』程度。セントジョーンズワートのセの字も、西洋オトギリソウのセの字もない。
「入ってなさそうなので、これは飲んでいただいて大丈夫ですよ」
「そう。じゃあいいわ」
不満たらたらで帰ってもらった。
「大丈夫だった!?」
患者はどう見ても怒ってるし、私は謝る気配もなく淡々と答えている様子だから、心配して様子を伺っていたらしい。いい人。
事情を説明すれば、困ったように笑われた。
「まぁ、私たちもOTCはよくわからないしね」
OTC - Over the counter -
薬局で買える薬のこと。
軽い症状なら病院に行かず、自分で薬を選んで治しましょう。という、セルフメディケーションで使われる薬のこと。
元の単語に薬要素なくない? とか思わなくもない。
ドラックストアや保険薬局の薬剤師と、病院の薬剤師の大きな知識の解離のひとつ。
国家試験の時は、ある程度、あくまで国試に出る範囲は勉強するが、それ以上の詳しい話になれば、わからないというのが事実。
それこそ、一般名と商品名の種類の多さは比じゃないし、EXだのGだの、スーパーロボットよろしくな語尾で、強そうってくらいしかわからない。
一般名っていうのは、薬本来の名前。本名みたいなものだ。正確に本名というと、IUPAC名っていう、薬学生だけではなく、化学系学部の生徒までイヤな顔をする名前が本名ではあるが、使う人は一部なので、わかりやすく解説すると、
IUPAC名(本名)→ マイケル・ジョン・ハドソン
一般名(普段使いの名前)→マイケル・J・ハドソン
商品名(あだ名)→マイク
って感じだ。
毎年、新人薬剤師が泣かされてる。
有名どころで言うと、
IUPAC名
Monopotassium(1RS)-2-oxo-(3-ox-l-phenylbutyl)chromen-4-olate
たぶん、ほぼ全員の薬剤師が首をかしげる。
一般名
ワルファリンカリウム
薬剤師はこれでわかるし、勘の鋭い人ならわかるだろう。
商品名
ワーファリン
と、先程の血液サラサラの薬になる。
血液サラサラの薬は数あるが、昔からあるおかげで、このワーファリンの薬はわりと有名な部類に入る。
それこそ、納豆を食べちゃいけないって言っている人は、十中八九ワーファリンを飲んでいる。
これは、血液を固める酵素にビタミンKを必要とするものがあり、このビタミンKがそのままでは使えないため、少し形を変えて使うのだが、その形を変えるのを抑えるのがワーファリンの仕事だ。
変身ヒーローが変身する前に、変身用ベルトを破壊するような行為をしているわけだ。とんだ悪役だ。
しかし、納豆には、ビタミンKが多く含まれているため、効果が弱くなる。
濡れても大丈夫! 新しい顔よ! 状態。まさにアンパンチ。
そんなこんなで、なぜか薬剤師の5人に1人は、爺ちゃん、婆ちゃんに「納豆食べられないんです」と伝えて、半狂乱に陥られるエピソードを持っている謎のお薬。
ちなみに、殺鼠剤としても使用される。
人での致死量は 50mg/kg程度なので、3000mg。 5mg錠で600錠。相変わらずのオーバードーズ。
察しがつくだろうが、中毒症状は、消化管などからの出血。250~500mg服用時点で出血開始する可能性がある。
しかも、治療法もわかりやすい。
むしろ、ワーファリン開始したばかりで効果が出すぎたり、緊急オペ前に効果弱くするために治療が行われているせいで、わりと治療が確立されていたりする。
はい。納豆。(実際はビタミンKの注射)
「これ、意味わかんないんだけど」
喧嘩腰の意味わからないだけど。
しかし、帰れと言えないのが接客業の辛いところ。
お薬手帳に視線を落とせば、この病院以外の薬局の薬のことらしい。
そっちで聞いてくれない? という気持ちは大いにあるが、薬剤師である以上、薬についての質問をされたら答えないわけにもいかない。
病院の中にある薬局は病院の薬剤部ではなく、病院の中に調剤薬局あると勘違いする人も多い。
病院の中のコンビニと似てるかもしれないけど、あのコンビニだって、その店舗のオーナー、病院だったりするんだぞ。
調剤関連だったら、薬局に電話して対応してもらうが、飲み合わせとか単純な薬についての質問である限りは、できないのが辛いところ。
かかりつけ薬局料とれないのに。
「私、このセントジョーンズワートって飲んでるんだけど」
書かれているのは、ワーファリンの下、※マークの後におそらく注意事項として記載されている文言。
『セントジョーンズワートの含まれているものと一緒に服用しないようにしてください』
「最近飲み始めたんですか?」
「ずっとよ! 書いてあるでしょ?」
んん?
「ほら!」
最初のページから、見せつけるようにワーファリンのページを見せられる。
んんん……
嫌な予感。
「ごめんなさい……サプリとかですかね? それとも、お茶とか?」
「は? 書いてあるでしょ? さとうクリニックでもらってるでしょ」
なる、ほど、なー
「えっと、ワーファリンってお薬は、飲んでますよね?」
「飲んでるわよ」
「それ以外に、サプリとかは?」
「たまにビタミン剤飲むぐらいよ」
「……えーっと、申し訳ないんですが、ちょっと確認してもいいですか? このさとうクリニックから、お薬は……血圧と血液サラサラと、コレステロールのお薬をもらってますね」
「そうよ」
「じゃあ、朝2つ」
「朝2、夜1。ずっと飲んでるんだからわかるわよ」
おわかりいただけだろうか。
この人の矛盾点を。
「バカにしてんの!?」
してます。
したいです。
「してません。朝は、血圧を1つ。サラサラを1つ。夜は、コレステロールを1つ。さとうクリニックさんから出てるのは、この3つだけですよ?」
「もう一個あるでしょ!」
猛烈な勢いで指さされるセントジョーンズワート。
これはもう、薬局で渡された時に文句言ってほしいなぁ。
というか、幻の4錠目を登場させるんじゃない! 裸の王様か!
「これは、ワーファリンを飲んでる方に、注意として書いているものです。ワーファリンの中に含まれているわけではありません」
「え、そうなの?」
なるほど。含有されている系と思ったのか。
「だいたいセントジョーンズワートとか言われても、わっかんないわよ!」
オウ、逆ギレ。絶対怒りたいマン。
「そうですねぇ。結構、健康食品とか、サプリとか、そういうものに含まれている、ハーブですね。別名もあるので、それこそ薬局とかで買う時に、薬剤師か登録販売員にお薬手帳とその商品見せてください。問題あるか、ないか見てくれますので」
ふーん。という生返事をしながら、ビニール袋を漁り、またカウンターに叩きつけてきた。
「これ買っちゃったんだけど!」
トクホのお茶。CMで体脂肪が気になるあなたへ。とか銘打ってるアレ。
入ってないと思うよ?
「どうすんのよ!!」
「あー、見せてもらえます? 成分、見ますから」
入ってないと思うよ?(2回目)
一応、成分表を見たところで、特殊なものとしては『ケルセチン配糖体』程度。セントジョーンズワートのセの字も、西洋オトギリソウのセの字もない。
「入ってなさそうなので、これは飲んでいただいて大丈夫ですよ」
「そう。じゃあいいわ」
不満たらたらで帰ってもらった。
「大丈夫だった!?」
患者はどう見ても怒ってるし、私は謝る気配もなく淡々と答えている様子だから、心配して様子を伺っていたらしい。いい人。
事情を説明すれば、困ったように笑われた。
「まぁ、私たちもOTCはよくわからないしね」
OTC - Over the counter -
薬局で買える薬のこと。
軽い症状なら病院に行かず、自分で薬を選んで治しましょう。という、セルフメディケーションで使われる薬のこと。
元の単語に薬要素なくない? とか思わなくもない。
ドラックストアや保険薬局の薬剤師と、病院の薬剤師の大きな知識の解離のひとつ。
国家試験の時は、ある程度、あくまで国試に出る範囲は勉強するが、それ以上の詳しい話になれば、わからないというのが事実。
それこそ、一般名と商品名の種類の多さは比じゃないし、EXだのGだの、スーパーロボットよろしくな語尾で、強そうってくらいしかわからない。
一般名っていうのは、薬本来の名前。本名みたいなものだ。正確に本名というと、IUPAC名っていう、薬学生だけではなく、化学系学部の生徒までイヤな顔をする名前が本名ではあるが、使う人は一部なので、わかりやすく解説すると、
IUPAC名(本名)→ マイケル・ジョン・ハドソン
一般名(普段使いの名前)→マイケル・J・ハドソン
商品名(あだ名)→マイク
って感じだ。
毎年、新人薬剤師が泣かされてる。
有名どころで言うと、
IUPAC名
Monopotassium(1RS)-2-oxo-(3-ox-l-phenylbutyl)chromen-4-olate
たぶん、ほぼ全員の薬剤師が首をかしげる。
一般名
ワルファリンカリウム
薬剤師はこれでわかるし、勘の鋭い人ならわかるだろう。
商品名
ワーファリン
と、先程の血液サラサラの薬になる。
血液サラサラの薬は数あるが、昔からあるおかげで、このワーファリンの薬はわりと有名な部類に入る。
それこそ、納豆を食べちゃいけないって言っている人は、十中八九ワーファリンを飲んでいる。
これは、血液を固める酵素にビタミンKを必要とするものがあり、このビタミンKがそのままでは使えないため、少し形を変えて使うのだが、その形を変えるのを抑えるのがワーファリンの仕事だ。
変身ヒーローが変身する前に、変身用ベルトを破壊するような行為をしているわけだ。とんだ悪役だ。
しかし、納豆には、ビタミンKが多く含まれているため、効果が弱くなる。
濡れても大丈夫! 新しい顔よ! 状態。まさにアンパンチ。
そんなこんなで、なぜか薬剤師の5人に1人は、爺ちゃん、婆ちゃんに「納豆食べられないんです」と伝えて、半狂乱に陥られるエピソードを持っている謎のお薬。
ちなみに、殺鼠剤としても使用される。
人での致死量は 50mg/kg程度なので、3000mg。 5mg錠で600錠。相変わらずのオーバードーズ。
察しがつくだろうが、中毒症状は、消化管などからの出血。250~500mg服用時点で出血開始する可能性がある。
しかも、治療法もわかりやすい。
むしろ、ワーファリン開始したばかりで効果が出すぎたり、緊急オペ前に効果弱くするために治療が行われているせいで、わりと治療が確立されていたりする。
はい。納豆。(実際はビタミンKの注射)
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
フリー台詞・台本集
小夜時雨
ライト文芸
フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。
人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。
題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。
また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。
※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。

妻が家出したので、子育てしながらカフェを始めることにした
夏間木リョウ
ライト文芸
植物の聲を聞ける御園生秀治とその娘の莉々子。妻と三人で平和に暮らしていたものの、ある日突然妻の雪乃が部屋を出ていってしまう。子育てと仕事の両立に困った秀治は、叔父の有麻の元を頼るが……
日常ミステリ×ほんのりファンタジーです。
小説家になろう様でも連載中。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
憧れの青空
饕餮
ライト文芸
牛木 つぐみ、三十五歳。旧姓は藤田。航空自衛隊で働く戦闘機パイロット。乗った戦闘機はF-15とF-35と少ないけど、どれも頑張って来た。
そんな私の憧れは、父だ。父はF-4に乗っていた時にブルーインパルスのパイロットに抜擢され、ドルフィンライダーになったと聞いた。だけど私は、両親と今は亡くなった祖父母の話、そして写真や動画でしか知らない。
そして父と航空祭で見たその蒼と白の機体に、その機動に魅せられた私は、いつしか憧れた。父と同じ空を見たかった。あの、綺麗な空でスモークの模様を描くことに――
「私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている」の二人の子どもで末っ子がドルフィンライダーとなった時の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる