死にたがり薬剤師の調剤日誌

ツヅラ

文字の大きさ
上 下
6 / 9

風邪薬にはご用心

しおりを挟む
 仕事っていうのは、大抵の場合、人手不足だ。
 医療関係もそれは変わらない。むしろ、看護師はひどいかもしれない。
 インフルエンザにかかった方が悪い。
 なんなら、検査キットは発症直後なら陽性でないから、危険を感じたら早いところ検査だけして、陰性を出して働けという職場があるくらいなのだから。
 あぁ、怖い怖い……

「……」

 37.2℃
 なんとも微妙な熱だ。
 37.5℃あると、時期によっては休めとか命令が下るが、37.2℃だ。就業規則的に問題ない。

「ははっ」

 誠に遺憾である。

「え!? 困る!!」

 部長が休憩室で叫んでいる。
 正直、部長は苦手だ。おおよそ、部長クラスの役職の人間に下働きの人間は、少なからず苦手意識を持っているだろう。
 業績、働け、残業するな。どうしてそんなこともできないんだ。あの人はもっとどうのこうの……と。

 別の人との会話を聞く限り、どうやらひとりが熱を出しているらしい。なので、休むと。
 しかも、下痢をしているらしく、産業医からはノロ疑いだから、来るなと言われてしまったらしい。

「人が足りないんだよ!?」

 微熱の人間が言うのは何かと思うが、どうして腹痛も下痢もないのだろう。

***

「あ」

 調剤していたひとりが小さく声を漏らす。
 何かと目を向ければ、床から拾い上げたPTPシート。

「割っちゃった……」

 落とした錠剤のシートを踏んで割ってしまったらしい。

「飲む?」

 薬剤師あるある。
 もう破棄する以外ない薬を、とりあえず近くの人に飲むかと聞く。

 うーん。いらない。

 しかし、よく見ればその薬はカロナールだった。
 風邪薬で一度はもらったことあるだろう。一般名アセトアミノフェン。
 薬局で小児用風邪薬や解熱、頭痛薬と書いてあれば、十中八九、これのこと。
 今、すごくほしい薬だ。

「ほしい」

 割れて廃棄してしまう薬の再利用。味見の延長線の行為。
 無論、自己責任。

 正直、アセトアミノフェン、しかも低用量が効くとは思えないが、敵は微熱。運よくロキソニンやセレコックスが割れるなんてことも考えにくい。
 割れたら併用OKなんだし、併用だ。
 これをまさしく正しく間違った知識の横暴。

「生理痛? 効く?」
「プラセボ。次はぜひ、ロキソニンでお願いします」

 ふむ。効かねぇ。
 いや、熱を測っているわけではないし、実は36.5℃程度になっているかもしれない。きっとそうだ。
 現在、頭痛が痛いけれども。

「白野って何派?」
「一応、ロキソニン派。他はほとんど飲んだことなくて」

 頭痛薬っていうのは、大抵好みがある。アレルギー薬と同じ。
 ロキソニンが好きだの、イブが好きだの、セレコックスが好きだの。トラムセットが好きだの。最後のはどうかと思うけど。

 さて、アセトアミノフェンだが、みんなに効かないと文句をいわれる割には、地味に殺傷能力は高い薬だったりする。

 劇症肝炎。
 それよる死。

 基本、大量に飲んでも死なないようなものをピックアップされている薬の中でも、『Rumack-Matthewノモグラム』という薬物の血中濃度から肝障害がある、なし推測できるよう、グラフがわざわざ作られるほど、身近で、殺傷能力が高い。

 量としては、1回で200mg/kg以上。小さな規格でも、200mg入っているので、自分の体重の数だけ、錠剤を飲んでもらえばいい。
 だいたい60粒。葛根湯の瓶1瓶いかない程度。いけそう。

 しかしながら、解毒薬は存在する。
 ” N-アセチルシステイン ”
 臭い。マズい。えぐい。
 見事な三拍子が揃った液状の薬で、なによりコップ一杯分を飲まなければいけない。

 人はいった。人が嗅いでいい匂いではないし、ましてや飲むものじゃないと。
 そして、有機化学研究室の人間や物理部の人間はこういった。この匂いなら、耐えられる。慣れてる。お前の鼻は、もう手遅れだ。

 先生が、口から飲めるが、挿管するか? と訪ねたくなるほどの代物だ。吐かれたら元も子もない。

 今度、期限切れのものがあったら、一度は味見したい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻が家出したので、子育てしながらカフェを始めることにした

夏間木リョウ
ライト文芸
植物の聲を聞ける御園生秀治とその娘の莉々子。妻と三人で平和に暮らしていたものの、ある日突然妻の雪乃が部屋を出ていってしまう。子育てと仕事の両立に困った秀治は、叔父の有麻の元を頼るが…… 日常ミステリ×ほんのりファンタジーです。 小説家になろう様でも連載中。

フリー台詞・台本集

小夜時雨
ライト文芸
 フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。 人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。 題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。  また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。 ※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

キャバ嬢とホスト

廣瀬純一
ライト文芸
キャバ嬢とホストがお互いの仕事を交換する話

処理中です...