死にたがり薬剤師の調剤日誌

ツヅラ

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インスリン

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 ひんやりとする注射キット。
 これはインスリン。
 多分、『薬の名前言えるかな?(注射部門)』って、新宿で深夜に呑んでるリーマンにアンケートしたら、堂々の1位に輝ける。

「意外にヒアルロン酸注射かもよ」
「……なるほど。ありえる」

 膝、肩にガタが来てるオジサンたちの票がどれくらい集まるかが勝負だ。

 でも、実際、ご飯の前に注射してるって聞いたら、大人ならほとんどがインスリンと思うだろう。
 それくらい有名で、使っている人も多い。

 日本人っていうものは、数が増えれば、安心感も比例する。数が多いということが、安全に脳内変換されるのだ。
 インスリンだって、「”インスリン”と”インシュリン”って何か違うの?」って思う程度だろう。英語の発音の問題です。

 ただ、よくよく考えてほしい。
 ”注射”
 つまり、直接体に打ち込む。
 消化、吸収なしに、直接だ。

 そして、打ちすぎれば、低血糖を起こす危険な薬。
 低血糖。中途半端なら、冷や汗、ふるえに、ふらつき。
 それ以上なら、エネルギー不足による心停止。ある意味、衰弱死。

 低血糖が起きた時は、大抵はジュースとか飲んで休めばいい。
 それだけ聞くと、ご褒美思えるだろう。

 実際、ご褒美デブよ。

「ウォンテット シュガーデブ」
「白野、DM教育入院の記録でも書いてるの?」
「イエス。ヒー イズ セカンドDM。ローブラッドシュガーライ ソー シュガープリーズ。ユー テイク マイン ダイ? イエス」
「アウト!」

 糖尿病の人は、食べ物を制限される。
 特に2型の人は、今まで心置きなく食べに食べてきた結果のような病気のようなもので、いきなり病気だから食べるなと言われたところで、ムリなのだ。
 最初は、運動や飲み薬から自主性を求め始まる治療だが、それでも我を通し、医者がこれは自主性だけじゃダメだと思ったその時行われるのが”教育入院”。
 わがままボディに対して、半強制的に食生活、運動などを覚えてもらう1~2週間の糖尿病教育入院。
 医者、看護師、理学療法士、栄養士、薬剤師などなど、関わる人が多く、充実した入院生活を送ることになる。

 正直、薬剤師はインスリンの打ち方、コンプライアンス(薬の飲み忘れなど)の確認、薬の副作用、主に低血糖が起きた場合の対処方法を理解しているかの確認。
 栄養とか運動についての知識を聞かれたら、速攻で再指導の要請をかける。間違った知識教えられないもん。

 さて、ここで問題です。
 今まで、散々甘い物を心置きなく食べていたあなたですが、突然食べるなと言われ、買ってきたお菓子まで看護師に怒られ、没収されます。
 いい加減、精進料理のようなご飯ではなく、ケーキとかクッキーとか食べたいです。もう甘ければいいです。
 しかし、ここにいる看守は甘い物を手にした途端、犯罪者顔負けのように攻めてきます。
 どうすればよいでしょうか?

 頭の中の一休さんが答えます。

『私は低血糖を起こしています。ブドウ糖を摂取しなければ死んでしまいます』

 誰だ。そんな知識を教えたやつ。
 そうです。私です。私ですとも。

 正確に薬ではないけど、低血糖を起こした時のブドウ糖は粉、タブレットご用意ありますとも。
 ブドウ糖10gの粉がね!
 いつも思うけど、10gってなかなか量があるけど、口の中もそもそしそう……考えただけで歯が痛くなる。

「砂糖の致死量っていくつだ!?」

 砂糖に埋もれて死ねるなら、本望だろう!?

「人間の結果はないね。マウス、ラットで29700mg/kg 出典ないなぁ……たぶん経口だけど、絶対じゃない……あとはー約1kgって書いてはある」

 中毒情報センターもこればかりは、情報がないらしい。単純計算で60kgの人なら、約1.8kg摂取すれば死ぬ。
 180包のブドウ糖。

「薬局に在庫いくつあったっけ?」
「100はない」

 とても残念です。

 こうして、怒りのブドウ糖致死量大実験スペシャルは、失敗に終わったわけです。

「完全犯罪を考えた時に、インスリンっていいなぁって思ったんだけどさ」

 よくあるじゃん?
 どうすれば、警察に捕まらず、完全犯罪起こせるかって考える奴。
 最終的に他殺ってなった時点で負けだから、事故か自殺に見せかけて処理してもらうのが一番って話になる、アレ。

「そもそもインスリンの時点で、容疑者絞られるんだけど」
「インスリンがバレたらな」

 だが、一応、体の中に元々あるホルモンだから、検出されたところでバレやしない。

「そんなあなたにトレシーバのプレゼント」
「緑よりオレンジが好きぃ~」

 気になった人は、ぜひ”インスリン 色”で検索してみよう。
 作用時間が違って、代謝される時間も違うぞ。

「一度でいいから、インスリン飲んでみたいんだよね」

 結構、患者に伝えるためという名目上、薬剤師はいろいろな薬を飲んでみる人が多い。医者にも多いが。
 眠剤なんて、自分が飲んだ方が気持ちがわかるって、販売されている眠剤、すべて一度飲んでみたという医者がいた。
 いや、うん。そんないい話ではなく、単純な興味。

「飲んだことないからわからないけど、たぶんおいしくないよ……?」
「スリルって最高のスパイスっていうじゃん?」
「意味が違うと思う。それに、スリルなくない?」

 インスリンは、言った通り、多く打ちすぎれば低血糖を起こし、最悪死ぬ。
 けど、動物のホルモン、つまり大きな分類でいえばたんぱく質なのだ。要は、肉や大豆などの仲間。
 なので、注射せずに、口から飲んだところで、胃で消化され、低血糖どころか、ただの栄養源になる。

 意外に、生物の食べるって行為はすごいもので、血液に直接入れば毒だけど、口から入れば、毒じゃないなんてことは多い。
 ただ、実際にインスリンを飲んだ人ってのは、あまりいない。
 世界は広いから、きっと探せばいる。絶対に。

「インスリンは期切れないし。起こしたところで、絶対練習キット扱いでしょ」

 内服では無害だけど、注射すれば毒。
 それを盃にいれて、毒を食らわば……のように、一気に煽って――

 ダサいな。すごく。
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