ホワイトノイズ

ツヅラ

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第8楽章 護り謳う

01

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 穴の中にふたつの謡が重なり合い、大きな旋律となって穴の中に響く。
 そして、その謡を打ち消すようなノイズも、また大きく響いていた。

「こうして対面するのは初めてだな」

 ギリクたちの持ち帰った映像で、その姿を朧気に確認していたが、こうして明かりを照らして直に見たのは初めてだ。

「デカい」
「安直だな」
「いいだろ。わかりやすくて」

 この艦長に恐怖心というものはないのだろうかと、本気で心配になるものの、そんな世間話をするほど余裕がある人間は、艦長の隣で笑っている参謀以外にはいなかった。
 穴の最も深い場所で構えている黒竜に足のようなものは見えず、砂竜には必ずある翼も確認できない。黒い砂を適当に積み上げたような、言葉に表すならば小さな山のようなシルエット。辛うじて頭のようなところが黒々と光を反射するふたつの瞳のおかげでわかるくらいだ。
 砂竜というよりも、意志を持った巣と言われた方がしっくりくる。

「ん……なんだ。地を這う者レジスターも出てくるんだねぇ……」

 ジルは甲板から下をのぞき込み、見慣れた翼の生えた魚のような姿をした地を這う者が壁から現れたのを見つける。アネモネに向かった一匹はエリザによって撃ち抜かれ、ランスロットとシリカが乗る船、カサブランカにも飛んでいったが、カサブランカの弓使いのアーチによって撃ち抜かれていた。

「砂竜を生み出すとかあるんですかね?」
「ないとは言えないけど、遠慮したいわね」

 フレイヤの言葉にティファは想像しそうになる自分の思考を止めるため、この中では異様な白い制服に身を包むフレイヤを見た。手には触手を穿つことができる大きな杭、本来の武器であるレイピアを腰にかけていた。
 だが、それは少し普通のレイピアとは違うようだった。薄緑のレイピア。誰が見ても支給品ではない。

「宝剣らしいですよ。シルヴィアがこの戦いに赴くというならって」

 事もなさげに笑いながらとんでもないことを言うフレイヤに、まだ戦いも始まっていないというのに頭痛がしてくる。これ以上フレイヤに触れることはやめ、目をカサブランカに向けた。この宝剣を姫君から託されてしまうような女の妹であるフィーネやミスズ、ズルダがいるはずだ。

「いつもミスズ、私が怖がると手、繋いでくれるよね」

 震えていた手をミスズが握っていると、フィーネもそっと握り返してくれた。

「ズルダの方がよかった?」
「えー……ズルダはそんなキャラじゃないよ」
「そうかな?」
「そうだよ。ズルダがこんなことしたら、違う意味で怖いもん」

 少し離れたところでフィーネとミスズを睨みつけているズルダに、二人で笑うと今度こそいつものように怒鳴ってきた。

「なんか、こんな状況なのにいつもと変わんないね。ミスズもズルダも」
「てめェもだろ!!」

 ズルダに同意するように頷くミスズに、フィーネは驚きながらも笑うと、

「二人のおかげだよ。ありがとう」

 礼を言った。

「はいはい。お三方。仲がよろしいのも結構ですが、そろそろ来ますよ」

 ランスロットの言葉通り、黒竜の山肌のようだったそれは突然五本の触手に分かれ、開いた。内部から溢れ出す地を這う者は、一斉に飛び出すと四隻の軍艦に向かって飛んできた。
 共鳴者たちが船を守るように戦う中、スレイは地を這う者の間を縫うように飛ぶと、周りの地を這う者を無視し、一直線に黒竜に向かった。

「エリザ! 援護できるか?」
「誤射しても謝らないからね!」

 スレイは杭を構えると、黒竜の顔を切り裂くように振るが、触手に突き刺す為に作られた杭は、いつも使っている槍のように振っても切れるように研がれているわけではない。
 鱗のようなものを少し削った手応えはあったが、黒竜は呻くことすらしない。スレイはすぐに元の役割である触手を縫い止めるために、黒竜の顔に足を着くと力強く踏み込んだ。黒竜がスレイを排除しようと、鱗を飛ばそうと鱗が逆立った瞬間、黒々と輝く片目に矢が当たった。

「うわ……マジっすか」

 そう声を漏らしたのはその矢を射ったアーチだった。矢も逆鱗を矢じりに使い、それなりに強い共鳴をしているが、どうしても奏者と共鳴者からも離れることがあり、剣などの近接武器に比べて聖なる音の共鳴率は下がってしまう。
 だからといって、比較的柔らかいはずの目に矢を射って、刺さらないことはない。黒竜はそんな矢はなかったようにスレイの方を見ていたが、今度こそしっかりと片目に矢が刺さった。

「フフンっ♪ どんなもんよ!」

 自慢気なエリザは、数本だけランスロットからもらった、アーチの使ったものと同じ矢を射っていた。二人に差があるとすれば、エリザは弓の騎士の家系の一人であり、アーチよりも強い共鳴が出来るということだ。

「僕にもっと矢くれてもいいんだよ?」
「こんな贅沢な矢、こっちだって多くは持ってないんすよ。仲良く半分こしたでしょうが」

 無線でやり取りをする二人は、互いに肉眼で姿を確認していたが、エリザが全部くれてもいいんだよ? というジェスチャーをすると、苦笑いでそれを断った。
 スレイは怯んでいる間に、一本の触手にその杭を打ち込んだ。

「まずは一本……って、ウォッ!?」

 その直後、触手の鱗が逆立ち飛んできた。それをギリギリのところで使い慣れた赤い槍で弾きながらも、その杭から離れると、穿たれたはずの触手が徐々に突き刺した崖から離れようと動き出した。

「あまり離れすぎると、力が弱まって抜けるので、ちゃんと縫い止めておいてください」
「先に言っとけ!! テメェ!」

 元上司に対して怒鳴り返すが、抜けかけていた杭を蹴り、もう一度しっかりと縫い止めると、その杭の上に乗り槍を構えた。

「要は俺らはこっから離れんなってことかよ」

 杭を抜こうと、地を這う者がスレイに向かって飛んできていた。
 ひとつの触手が縫い止められたからか、残り四本の触手は鱗を逆立たせ、それを刃のようにして振り回されていた。

「これはなかなか……」

ガイナスもタイミングを見計らってはいたが、使い慣れない形状の武器を、動き続けている触手に突き刺すというのは難しかった。それは、フレイヤもナギも同様のようだ。
 ただ一人、槍というこの杭に似た武器を普段から扱っているライルは、あえて健在である左目側で暴れる触手を狙い、突き刺そうとをしたが、見えているだけあり鱗が数個飛んできた。

「ーーッ」

 そのうちのひとつが腕を掠るが、そのまま杭を突き立てた。

「悪いが俺も死ねないんだ」

 その傷からは血と砂が溢れ出していた。
 中心に位置する黒玉は既に見えているが、二本の触手が縫いつけられたためか、触手はより警戒し暴れている。

「使い慣れない武器では、やはり……」

 ガイナスは持っていた杭を部下に一時的に渡すと、自らの武器である斧に持ち替え黒竜に向かっていった。

「アンタもアレ、やるかい?」
「結構です」

 ジルがナギに聞けばすぐに否定し、ガイナスとは別の触手へ向かっていった。残ったフレイヤは最後の触手へ向かおうとしたが、黒竜の目がどこか別の場所を見ているのに気がつくと、その視線の先を追う。
 その瞬間、後ろで金属がぶつかる音に振り返れば、ティファが飛んできた鱗を防いでくれたようだ。

「なに、よそ見してるの! 地を這う者は他に任せて、貴方は触手をなんとかしなさい!」

 杭を穿つ五人は自分の身を守る以外には、地を這う者を倒すよりも触手に杭を穿つことを優先しろと命令されていた。
 大量の地を這う者に船が襲われていようとも、例え落ちたとしても。
 しかしフレイヤは黒竜が見つめていた四隻の内、最も高い位置にある船から黒竜に目を戻すと、その口と思わしきそれが開くの同時に、ティファの襟首に手を伸ばす。
 次の瞬間、鼓膜が破れるのではないかというほど咆哮が響きわたった。

 ティファの浮遊装置の共鳴はノイズにかき消され、落ちそうになるがフレイヤに掴まれていたおかげで、すぐに落ちることはなかった。咆哮が小さくなるにつれて共鳴も戻ってくる。

「あ、ありがとう」

 船の共鳴も同じように、咆哮の間弱まり、明らかに高度が下がっていた。ティファの礼も聞かずに、フレイヤはティファが体制を立て直したのを確認すると、すぐに襟から手を離し、一目散にその船に向かって飛んだ。
 ナギが触手に杭を穿とうとした時、その触手の動きが変わった。嫌な予感にジルはすぐさま槍を体の前に構え、ナギも同様に杭を構えると、その触手は二人を吹き飛ばしながら、アネモネに向かった。

「ヤバッ……!」

 アネモネを庇うように位置していたキャメリアすら目に入っていないのか、キャメリアごとその逆立った鱗を震わせながら薙ぎ払おうとしていた。

「ミドナに、手ェ出すなァッ……!!!」

 その触手を防ごうとしたのは、本来その鱗を砕き、触手を穿つための杭を持ったフレイヤだった。
 しかし、黒竜に力で勝てるはずもなく、少し軌道が逸れた触手はアネモネとキャメリア大きく損傷させる。

「お姉ちゃん!!」

 触手に弾かたフレイヤは穴の底へ落ちてく。フィーネが助けに向かおうとするが、今が好機とばかりに一斉に襲いかかってくる地を這う者に阻まれ、穴の底で倒れるフレイヤを見つめるしかできなかった。
 ガイナスは斧で一度触手を叩きつけると、そのまま部下から杭を受け取り突き刺し、ようやく何かあったらしい船の方へ振り返った。

「なんということだ……」

 その光景にガイナスはそう漏らすことしかできなかった。
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