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第7楽章 大凶鳴
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廊下に座り込み、ぴくりとも動かない黒いそれ。軽く蹴りを入れれば、恨めしそうな視線が上げられる。
これが同期だというのだから、ため息が漏れそうにもなる。
「何してんだ。邪魔だぞ」
そういえば無言で隣の扉を指さされた。その指された部屋は、この黒い塊こと、コンナの直属の上官の部屋であり、同時に最近の作戦の指揮を取っている人物でもある。ギリクもリンネに関しての報告のため、数日前に会っている。
「ここに用でもあったのか?」
「今回の作戦についてと……説教」
前のリンネでの作戦でキャメリアは無茶な航行をして、少し損傷をしていた。おそらくそれについて説教をされていたのだろう。
しかし、それならなぜ部屋の外でうずくまっているのか聞けば、今、用事で呼び出され部屋に上官がいないらしい。
「動くのもめんどうだし、眠いし、ここで待ってようかなって」
「そんなすぐに済むような用事なのか?」
「艦隊共鳴の検証とか言ってたから、結構かかる」
リンネの戦いで、ヒスイの謡を奏者たちが謡ったことで奏者たちが共鳴する状態となった。その時、残響領域は大きく広がり、聖なる音の力も上がっていた。
ひとつの謡を共鳴することにより船ごとに別々の性質の残響領域ではなく、大きな一つの性質の残響領域を作り出した。それによって能力の低い奏者の乗る軍艦の戦力も上がるのではないか、という仮説が立てられ、現在検証している最中だった。
「だとすると、アネリアさんのとこか」
「何? 気になるの?」
ニヤリと笑うコンナにそういう意味じゃねぇとだけ言えば、自分で振ってきた割には興味なさそうに膝に肘をつく。
「今のところ、あの神子が歌ってた謡でしか艦隊共鳴できないって話だし」
「お前、ホント情報早いな……」
「元神子の友達と、シスターの知り合いに聞いて回ればなんだかんだ教えてくれるし。というかそっちだってジニー辺りが気づいてたんじゃないの?」
「……まぁな」
コンナは突然立ち上がり体を大きく伸ばすと、ギリクの執務室に行こうと言い出すと、当人の返事を待たずに歩き出した。
着くなり早々、自分の執務室でもないのにノックせずに入る。ただ、それは誰もいないと思っていたからであって、中に人がいたらさすがに驚く。目を数回瞬かせると、ようやく口を開いた。
「びっくりした……」
「それはこっちのセリフだ」
中にいた男もさすがに勢いよく開けて入ってきた人物が、コンナだとわかると驚き、小さくため息をついていた。
「なんでライルいるの」
「そろそろ、次の作戦の詳細な通達があると思ってきたんだが」
「残念だけど、まだ艦隊共鳴の検証が終わってないから通達はないよ」
「お前が言うな」
「同じ艦長なんだしいいじゃん」
ギリクは部屋に入るとまた机の上に溜まっている報告書を手に取り、勝手に茶を煎れ出しているコンナを無視して椅子に座ると読み始めた。
「やっぱ、キャロちゃんセレクトはいいセンスだね」
ハーブの香りが部屋に広がり始め、棚や小さな冷蔵庫を探すがそれが見つからない。
「ジャムないの?」
「入れねぇだろ。普通」
「入れるだろ。普通」
「砂糖ならあるが、それではダメか?」
キリがないとライルが砂糖を差し出せば、コンナはまぁいいかとそれを受け取った。
一口甘いハーブティーをすすり、一息つくと、
「次の作戦、さすがにやばそうだよなぁ」
突然、そんなことを言い出した。それには、ギリクもライルも驚いてコンナのことを凝視してしまう。普段ならば、大規模な作戦だろうとなんであろうと、とりあえず殲滅の一言で終わらせてしまうような人間なのだ。このコンナという艦長は。
そんな人間が珍しく真剣な表情で弱気な発言をしているのだ。驚かない訳がない。
「お前、一応人間だったんだな……」
「それどういう意味?」
カップを置いて、短剣に手が向かっているコンナをなだめているライルを横目に今回の作戦のことを思い出していた。今だに口頭通達のみではあるが、ウィンリアにほど近い位置に、巨大な穴が発見された。
その中心からノイズが発生しており、巣であろうと推測されていた。ただその大きさは軍艦数隻を容易く飲み込めるほどの大きさで、巣の入口とは思えない大きさをしていた。
もし砂竜がいるのならば今までで最大であり、地を這う者も多く、リンネのように砂竜が複数いる可能性もある。加えて、ノイズも強く、近づくだけでも相当の聖なる音の能力が必要だ。
「しかし、なぜ発見が遅れたかは、今だに謎なんだよな?」
「あぁ」
ある日突然、砂海に大きな黒い穴が開いていたのだという。
「仮説はいくつかあるけどね。どれも決定的とは言えないものばかりだね」
当たり前のように会話に入ってきたジーニアスは、ティーポットに残っていたハーブティーを自分のカップに移しているところだった。
「一番有力なのは、地中深くに黒玉があってそこで巣を形成。その後、拡大しながらついに地上に穴を開けるまでに至ったんじゃないかって説。まぁ、それも砂竜が砂の中で生きられないってことがあるから、絶対とは言えないね。
あとは、他の巣から空気穴みたいなものが通ってる可能性も示唆されたけど、それも討伐が行われた巣には調査に入ってるから、そんな穴があれば気がつくってことで、実際わからないことだらけで困っちゃうね」
一人で笑っているジーニアスに、全員が一体いつから入ってきたのか、そもそも部屋に帰ってきたなら声くらいかけて欲しいと思っていたが、昔からのことでもう諦めていた。
「それにしても、なんか懐かしいメンバーで集まったね」
教育課程の同期であり、その時は毎日のように集まっていたが、今はこの四人で集まるということは少ない。こうして四人だけで集まると、昔のことが思い出される。ライルが感慨深くうなずけば、
「別に最近は顔よく合わせんだろ」
「全くだ」
艦長二人に冷たく言い放たれた。
班は四人以上で構成されなければならない。ミスズたちは既に三人。新しく誰かが入るか、もしくはバラバラに別の班にいれられるかのどちらかだ。おそらくは後者になるだろう。ミスズは無意識にため息をついていた。
「あら、浮かない顔ね」
知らない声に、慌てて背筋を伸ばしてそちらを見れば、修道着を着たお婆さんが穏やかな表情で笑いかけていた。
「招集をかけられたのかい?」
「え? あ、はい」
既にウィンリアの住人にも、次の作戦は噂になっていた。確かに、これだけ軍人たちが殺気立ち、軍艦もほぼ全て集結している状況であれば、はっきりと目には見えなくても緊急事態が起きていることは容易に想像がつく。
元共鳴者であれば、なおさらだろう。
「戦いはいやだろうね。あんたは若い子だ。まだまだ将来だってある。あんたの名前はなんて言うんだい?」
「ミスズです」
「ミスズ……あぁ。最近活躍してるらしいね」
「なんでそれを」
さすがに元共鳴者であっても、今までの詳細な戦果は聞いていないはずだ。
「これでも、私だって昔はすごかったんだよ。今はもう戦いは出来ないけどね。浮かない顔の女の子を助けるくらいできる」
私が上に掛け合ってあげよう。と言い出すお婆さんを慌てて止めれば、不思議そうな顔で首をかしげられた。しかし、それ以上なにか言葉が出てくることはなく、顔を伏すとお婆さんは柔和な笑みを浮かべ、小さく手招きをした。
案内されたのは小さな教会だった。リンネの木を模したステンドグラスの前に長椅子が並べられていた。外では子供たちが遊ぶ声がする。
「ここは孤児院も兼ねていてね。まぁ、ゆっくりしていきなさい」
そう言って出されたホットココアを受け取り、口を付けると甘い香りが広がった。
「ここにいる子はみんな共鳴者として素質があるわ。かわいそう話だけど、故郷を襲われた上に軍人として生きろと言われているの」
ウィンリアにある孤児院に引き取られた子供は全員が共鳴者として教育を受ける。そして、そのほぼ全員が軍人となる。もちろん拒否権はある。ウィンリアで静かに暮らすこともできる。しかし、助けられた恩や共鳴者として教育を受けるからか、軍人になる人の方が圧倒的に多い。
「あの子達にもやりたいことをやる権利はあるっていうのにね」
頬に手を当てため息をついているが、この孤児院は他の孤児院に比べ圧倒的に軍人になっている比率は少なかった。それも、このお婆さんが上に掛け合っているからなのだが、それをミスズが知るはずも無く、お婆さんの話に相槌を打っていた。
「自分のやりたいことがわからなくなってしまうことは誰にだってあるわ。ミスズだって何かのためにウィンリアに来たんだろう?」
「え……」
ミスズがウィンリア出身ではないことは話していない。しかし、はっきりと言い切られたその言葉に疑いはなかった。お婆さんも当たり前のことをただ言葉にしただけだというように、柔和に微笑んでいる。
「海がある町から来たんじゃないかい? ミスズは」
「どうしてそれを……」
驚いて聞き返せば、お婆さんは少しだけ眉を下げると、長年の勘だと告げた。勘だと言われては、それ以上聞けるはずも無く、ミスズは素直に関心し、庭で遊んでいる子供たちに目をやれば、確かに特徴がある子供もいた。
長年こうしたことを続けていればわかるものなのかと眺めていると、木の枝で寝ているネコを捕まえようと木を上る少年とそれを止めている子供たちがいた。
「のどかですね」
少年は木に上り、昼寝を邪魔されたネコに引っかかれ落ちていたが、すぐに恥ずかしそうに立ち上がってまた昼寝を始めたネコに怒鳴っていた。
「元々、ウィンリアに何かしたいと思って来たわけじゃなかったんです。私」
ただジーニアスやシリカ、他にもたくさんの場所の話を聞いて、自分の目で見てみたいと、そう思っただけだった。しかし、今の生活、共鳴者として地を這う者と戦うのも嫌ではなかった。少なくともフィーネたちがいるから。
それでもやはり、引っかかってしまうのは仲間の最期だった。
「誰かがまたいなくなるって考えちゃって……でも、二人共絶対に止まることはないから」
「逃げたって誰も責めないよ」
そんなのわかっている。だからきっと、責めるのは自分だ。逃げて、誰かの最期の話を聞いて、戦わなかった自分を責める。
ふと頭に乗った温かさに顔を上げると、お婆さんは変わらず微笑みながら、
「自分には素直でわがままじゃないとやってらんないって、軍人になった子が言ってたの。あんたもそうよ。自分に素直になりなさい」
優しくも強く頭を撫でられた。
ズルダは大きくため息をこぼした。班の変更が避けられないことは、さすがのズルダも理解していて、次の作戦で中心となりそうな軍艦の艦長や参謀に配属を直接頼み込もうと思ったのだが、あいにく三隻の艦長しか知らなかったため、まずはキャメリアの艦長であるコンナに頼んだのだが、顔を見た瞬間、用件を話す間もなく断られた。
理由もはっきりしており、次に頼むべき相手も教えてくれたところ、キャメリアではなく他に乗れと言っているだけなのだろうが。次に言われたグラジオラスの艦長であるギリクの元に行こうとすれば、暗い顔をしたフィーネが出てきたところだった。
「こんなところでなにしてんだよ。お前」
「あれ!? ズルダ。なんでいんの?」
「こっちが聞いてんだろ!」
「あ、ごめんごめん……いや、実はさ、次の作戦でグラジオラスに乗せてくださいって頼んでたの」
フィーネの言葉に同じことをしようとしていたことに驚きながら、自分も同じことをしようとしていたと言えば、フィーネも目を見開いて驚いていた。
「あ、あれ? そうだったの? てっきり、ズルダ、もうやめちゃうかと思ってたよ」
「なんでだよ。ダチがあんな風にされて、やり返さねェなんてありえねェだろ」
「あはは……ズルダらしいね」
苦笑いで返すフィーネは、ギリクは上次第だと、ただそれだけ告げられたと言えば、ズルダも困ったように頭をかく。コンナに言われたもうひとつは、アネリアに直接頼みに行けと言われたのだ。執務室では参謀がいるため、話が混乱すると言われ、アネリアが庭園にいることも教えられた。
残念なことにズルダは庭園の場所を知らず、フィーネに場所を聞けば一緒に行くと言われてしまった。
「……お前はやめねェのかよ」
「え? あー……だって、私ここが好きだし、みんながいるこの街守りたいもん。それに、昔よりも少しは強くなったんだよ。私だって……」
恥ずかしそうに頬をかくフィーネは、慣れた足取りで庭園を目指していた。
「ねぇ、ズルダ。ミスズのことなんだけど、ミスズは別ってことにしてもいい?」
「あ? べつにいいけど、いいのかよ?」
初めて会った時からずっと一緒にいた二人だ。今回も一緒かと思っていたが、フィーネは困ったように笑う。
「あれからずっと辛そうだからさ。お願い!」
確かに前の戦いが終わってから、ミスズは随分と暗かった。それは親友のフィーネでなくても、同じ仲間のズルダだってわかっていた。
手を合わせているフィーネを鼻で笑うと、
「別にいーって言ってんだろ」
そういって庭園に向かってまた歩きだした。
***
アネリアは検証を終えて戻る途中、フィーネたちに捕まりカフェのテラスで話を聞いていた。
「話はわかったわ。まだ作戦内容は決まってないけど、口添えはしておいてもいいわよ」
その言葉に二人が安心していたが、すぐにアネリアは厳しい表情を作ったが、視界の隅に走ってくる少女が見え、表情を崩した。
その少女と目が合うと、少女はすぐにテラスに駆け上がってきた。その息はひどく荒く、今まで走ってきていたことは容易に想像できた。
「ミスズ!? なんで……って、大丈夫?」
「ちょ、ちょっと、待って……」
フィーネから水をもらい、ようやく落ち着いたのか息をつくと、アネリアの方に向き頭を下げた。
「次の作戦でアネモネに乗せてください。お願いします」
それには二人は目を見開き、アネリアは予想通りだと笑った。
「もう……アンタたち、本当に仲がいいわね。二人にも言ったけど、私ができるのは口添えくらいよ。走らせちゃった分には見合わないかしらね」
「いえ、間に合ったならいいので」
ギリクに頼みに言ったところ、フィーネにも同じことをつい先ほど言われ、おそらくアネリアに頼んでいるだろうと聞いて、急いで追いかけてきていたのだ。そのまま別のチームにならないように。
アネリアは困ったように頬杖をついていたが、何か思いついたように声を漏らした。
「アレなら、うまくいくかもしれないわね」
「?」
三人は不思議そうに首をかしげたが、それがわかるのに時間は掛からなかった。
次の作戦を伝えられるのと同時に、新たな班員と顔合わせとなり、グラジオラスに四人は改めて顔を合わせていた。
「艦長が今回だけだから、今のうちに猛アタックしてきなさいね。なんて言ってたけど……まさか、あんたたちと一緒だとは……」
ソフィアは若干引きつった表情でフィーネを見ていた。そのフィーネは能天気に笑っていた。
「よかったじゃないですか! 先輩、前にグラジオラスに転属されたいって言ってたじゃないですか!」
「だから今回だけって言ってるでしょ!」
前の戦いでそれなりに負傷者はでていた。しかし、全員の回復を待っているわけにはいかない。それを補填するため、互いに補填し合うように共鳴者が臨時で転属していた。ソフィアもその一人だった。
無論、最年長であるソフィアはこの班のリーダーとなる。
「なんか嬉しいような悲しいような……」
「どんだけ俺らイヤなんすか」
「だってフィーネが何もトラブル起こさないと思えないんだもん……」
それにはミスズもズルダもなにも反論できなかった。
これが同期だというのだから、ため息が漏れそうにもなる。
「何してんだ。邪魔だぞ」
そういえば無言で隣の扉を指さされた。その指された部屋は、この黒い塊こと、コンナの直属の上官の部屋であり、同時に最近の作戦の指揮を取っている人物でもある。ギリクもリンネに関しての報告のため、数日前に会っている。
「ここに用でもあったのか?」
「今回の作戦についてと……説教」
前のリンネでの作戦でキャメリアは無茶な航行をして、少し損傷をしていた。おそらくそれについて説教をされていたのだろう。
しかし、それならなぜ部屋の外でうずくまっているのか聞けば、今、用事で呼び出され部屋に上官がいないらしい。
「動くのもめんどうだし、眠いし、ここで待ってようかなって」
「そんなすぐに済むような用事なのか?」
「艦隊共鳴の検証とか言ってたから、結構かかる」
リンネの戦いで、ヒスイの謡を奏者たちが謡ったことで奏者たちが共鳴する状態となった。その時、残響領域は大きく広がり、聖なる音の力も上がっていた。
ひとつの謡を共鳴することにより船ごとに別々の性質の残響領域ではなく、大きな一つの性質の残響領域を作り出した。それによって能力の低い奏者の乗る軍艦の戦力も上がるのではないか、という仮説が立てられ、現在検証している最中だった。
「だとすると、アネリアさんのとこか」
「何? 気になるの?」
ニヤリと笑うコンナにそういう意味じゃねぇとだけ言えば、自分で振ってきた割には興味なさそうに膝に肘をつく。
「今のところ、あの神子が歌ってた謡でしか艦隊共鳴できないって話だし」
「お前、ホント情報早いな……」
「元神子の友達と、シスターの知り合いに聞いて回ればなんだかんだ教えてくれるし。というかそっちだってジニー辺りが気づいてたんじゃないの?」
「……まぁな」
コンナは突然立ち上がり体を大きく伸ばすと、ギリクの執務室に行こうと言い出すと、当人の返事を待たずに歩き出した。
着くなり早々、自分の執務室でもないのにノックせずに入る。ただ、それは誰もいないと思っていたからであって、中に人がいたらさすがに驚く。目を数回瞬かせると、ようやく口を開いた。
「びっくりした……」
「それはこっちのセリフだ」
中にいた男もさすがに勢いよく開けて入ってきた人物が、コンナだとわかると驚き、小さくため息をついていた。
「なんでライルいるの」
「そろそろ、次の作戦の詳細な通達があると思ってきたんだが」
「残念だけど、まだ艦隊共鳴の検証が終わってないから通達はないよ」
「お前が言うな」
「同じ艦長なんだしいいじゃん」
ギリクは部屋に入るとまた机の上に溜まっている報告書を手に取り、勝手に茶を煎れ出しているコンナを無視して椅子に座ると読み始めた。
「やっぱ、キャロちゃんセレクトはいいセンスだね」
ハーブの香りが部屋に広がり始め、棚や小さな冷蔵庫を探すがそれが見つからない。
「ジャムないの?」
「入れねぇだろ。普通」
「入れるだろ。普通」
「砂糖ならあるが、それではダメか?」
キリがないとライルが砂糖を差し出せば、コンナはまぁいいかとそれを受け取った。
一口甘いハーブティーをすすり、一息つくと、
「次の作戦、さすがにやばそうだよなぁ」
突然、そんなことを言い出した。それには、ギリクもライルも驚いてコンナのことを凝視してしまう。普段ならば、大規模な作戦だろうとなんであろうと、とりあえず殲滅の一言で終わらせてしまうような人間なのだ。このコンナという艦長は。
そんな人間が珍しく真剣な表情で弱気な発言をしているのだ。驚かない訳がない。
「お前、一応人間だったんだな……」
「それどういう意味?」
カップを置いて、短剣に手が向かっているコンナをなだめているライルを横目に今回の作戦のことを思い出していた。今だに口頭通達のみではあるが、ウィンリアにほど近い位置に、巨大な穴が発見された。
その中心からノイズが発生しており、巣であろうと推測されていた。ただその大きさは軍艦数隻を容易く飲み込めるほどの大きさで、巣の入口とは思えない大きさをしていた。
もし砂竜がいるのならば今までで最大であり、地を這う者も多く、リンネのように砂竜が複数いる可能性もある。加えて、ノイズも強く、近づくだけでも相当の聖なる音の能力が必要だ。
「しかし、なぜ発見が遅れたかは、今だに謎なんだよな?」
「あぁ」
ある日突然、砂海に大きな黒い穴が開いていたのだという。
「仮説はいくつかあるけどね。どれも決定的とは言えないものばかりだね」
当たり前のように会話に入ってきたジーニアスは、ティーポットに残っていたハーブティーを自分のカップに移しているところだった。
「一番有力なのは、地中深くに黒玉があってそこで巣を形成。その後、拡大しながらついに地上に穴を開けるまでに至ったんじゃないかって説。まぁ、それも砂竜が砂の中で生きられないってことがあるから、絶対とは言えないね。
あとは、他の巣から空気穴みたいなものが通ってる可能性も示唆されたけど、それも討伐が行われた巣には調査に入ってるから、そんな穴があれば気がつくってことで、実際わからないことだらけで困っちゃうね」
一人で笑っているジーニアスに、全員が一体いつから入ってきたのか、そもそも部屋に帰ってきたなら声くらいかけて欲しいと思っていたが、昔からのことでもう諦めていた。
「それにしても、なんか懐かしいメンバーで集まったね」
教育課程の同期であり、その時は毎日のように集まっていたが、今はこの四人で集まるということは少ない。こうして四人だけで集まると、昔のことが思い出される。ライルが感慨深くうなずけば、
「別に最近は顔よく合わせんだろ」
「全くだ」
艦長二人に冷たく言い放たれた。
班は四人以上で構成されなければならない。ミスズたちは既に三人。新しく誰かが入るか、もしくはバラバラに別の班にいれられるかのどちらかだ。おそらくは後者になるだろう。ミスズは無意識にため息をついていた。
「あら、浮かない顔ね」
知らない声に、慌てて背筋を伸ばしてそちらを見れば、修道着を着たお婆さんが穏やかな表情で笑いかけていた。
「招集をかけられたのかい?」
「え? あ、はい」
既にウィンリアの住人にも、次の作戦は噂になっていた。確かに、これだけ軍人たちが殺気立ち、軍艦もほぼ全て集結している状況であれば、はっきりと目には見えなくても緊急事態が起きていることは容易に想像がつく。
元共鳴者であれば、なおさらだろう。
「戦いはいやだろうね。あんたは若い子だ。まだまだ将来だってある。あんたの名前はなんて言うんだい?」
「ミスズです」
「ミスズ……あぁ。最近活躍してるらしいね」
「なんでそれを」
さすがに元共鳴者であっても、今までの詳細な戦果は聞いていないはずだ。
「これでも、私だって昔はすごかったんだよ。今はもう戦いは出来ないけどね。浮かない顔の女の子を助けるくらいできる」
私が上に掛け合ってあげよう。と言い出すお婆さんを慌てて止めれば、不思議そうな顔で首をかしげられた。しかし、それ以上なにか言葉が出てくることはなく、顔を伏すとお婆さんは柔和な笑みを浮かべ、小さく手招きをした。
案内されたのは小さな教会だった。リンネの木を模したステンドグラスの前に長椅子が並べられていた。外では子供たちが遊ぶ声がする。
「ここは孤児院も兼ねていてね。まぁ、ゆっくりしていきなさい」
そう言って出されたホットココアを受け取り、口を付けると甘い香りが広がった。
「ここにいる子はみんな共鳴者として素質があるわ。かわいそう話だけど、故郷を襲われた上に軍人として生きろと言われているの」
ウィンリアにある孤児院に引き取られた子供は全員が共鳴者として教育を受ける。そして、そのほぼ全員が軍人となる。もちろん拒否権はある。ウィンリアで静かに暮らすこともできる。しかし、助けられた恩や共鳴者として教育を受けるからか、軍人になる人の方が圧倒的に多い。
「あの子達にもやりたいことをやる権利はあるっていうのにね」
頬に手を当てため息をついているが、この孤児院は他の孤児院に比べ圧倒的に軍人になっている比率は少なかった。それも、このお婆さんが上に掛け合っているからなのだが、それをミスズが知るはずも無く、お婆さんの話に相槌を打っていた。
「自分のやりたいことがわからなくなってしまうことは誰にだってあるわ。ミスズだって何かのためにウィンリアに来たんだろう?」
「え……」
ミスズがウィンリア出身ではないことは話していない。しかし、はっきりと言い切られたその言葉に疑いはなかった。お婆さんも当たり前のことをただ言葉にしただけだというように、柔和に微笑んでいる。
「海がある町から来たんじゃないかい? ミスズは」
「どうしてそれを……」
驚いて聞き返せば、お婆さんは少しだけ眉を下げると、長年の勘だと告げた。勘だと言われては、それ以上聞けるはずも無く、ミスズは素直に関心し、庭で遊んでいる子供たちに目をやれば、確かに特徴がある子供もいた。
長年こうしたことを続けていればわかるものなのかと眺めていると、木の枝で寝ているネコを捕まえようと木を上る少年とそれを止めている子供たちがいた。
「のどかですね」
少年は木に上り、昼寝を邪魔されたネコに引っかかれ落ちていたが、すぐに恥ずかしそうに立ち上がってまた昼寝を始めたネコに怒鳴っていた。
「元々、ウィンリアに何かしたいと思って来たわけじゃなかったんです。私」
ただジーニアスやシリカ、他にもたくさんの場所の話を聞いて、自分の目で見てみたいと、そう思っただけだった。しかし、今の生活、共鳴者として地を這う者と戦うのも嫌ではなかった。少なくともフィーネたちがいるから。
それでもやはり、引っかかってしまうのは仲間の最期だった。
「誰かがまたいなくなるって考えちゃって……でも、二人共絶対に止まることはないから」
「逃げたって誰も責めないよ」
そんなのわかっている。だからきっと、責めるのは自分だ。逃げて、誰かの最期の話を聞いて、戦わなかった自分を責める。
ふと頭に乗った温かさに顔を上げると、お婆さんは変わらず微笑みながら、
「自分には素直でわがままじゃないとやってらんないって、軍人になった子が言ってたの。あんたもそうよ。自分に素直になりなさい」
優しくも強く頭を撫でられた。
ズルダは大きくため息をこぼした。班の変更が避けられないことは、さすがのズルダも理解していて、次の作戦で中心となりそうな軍艦の艦長や参謀に配属を直接頼み込もうと思ったのだが、あいにく三隻の艦長しか知らなかったため、まずはキャメリアの艦長であるコンナに頼んだのだが、顔を見た瞬間、用件を話す間もなく断られた。
理由もはっきりしており、次に頼むべき相手も教えてくれたところ、キャメリアではなく他に乗れと言っているだけなのだろうが。次に言われたグラジオラスの艦長であるギリクの元に行こうとすれば、暗い顔をしたフィーネが出てきたところだった。
「こんなところでなにしてんだよ。お前」
「あれ!? ズルダ。なんでいんの?」
「こっちが聞いてんだろ!」
「あ、ごめんごめん……いや、実はさ、次の作戦でグラジオラスに乗せてくださいって頼んでたの」
フィーネの言葉に同じことをしようとしていたことに驚きながら、自分も同じことをしようとしていたと言えば、フィーネも目を見開いて驚いていた。
「あ、あれ? そうだったの? てっきり、ズルダ、もうやめちゃうかと思ってたよ」
「なんでだよ。ダチがあんな風にされて、やり返さねェなんてありえねェだろ」
「あはは……ズルダらしいね」
苦笑いで返すフィーネは、ギリクは上次第だと、ただそれだけ告げられたと言えば、ズルダも困ったように頭をかく。コンナに言われたもうひとつは、アネリアに直接頼みに行けと言われたのだ。執務室では参謀がいるため、話が混乱すると言われ、アネリアが庭園にいることも教えられた。
残念なことにズルダは庭園の場所を知らず、フィーネに場所を聞けば一緒に行くと言われてしまった。
「……お前はやめねェのかよ」
「え? あー……だって、私ここが好きだし、みんながいるこの街守りたいもん。それに、昔よりも少しは強くなったんだよ。私だって……」
恥ずかしそうに頬をかくフィーネは、慣れた足取りで庭園を目指していた。
「ねぇ、ズルダ。ミスズのことなんだけど、ミスズは別ってことにしてもいい?」
「あ? べつにいいけど、いいのかよ?」
初めて会った時からずっと一緒にいた二人だ。今回も一緒かと思っていたが、フィーネは困ったように笑う。
「あれからずっと辛そうだからさ。お願い!」
確かに前の戦いが終わってから、ミスズは随分と暗かった。それは親友のフィーネでなくても、同じ仲間のズルダだってわかっていた。
手を合わせているフィーネを鼻で笑うと、
「別にいーって言ってんだろ」
そういって庭園に向かってまた歩きだした。
***
アネリアは検証を終えて戻る途中、フィーネたちに捕まりカフェのテラスで話を聞いていた。
「話はわかったわ。まだ作戦内容は決まってないけど、口添えはしておいてもいいわよ」
その言葉に二人が安心していたが、すぐにアネリアは厳しい表情を作ったが、視界の隅に走ってくる少女が見え、表情を崩した。
その少女と目が合うと、少女はすぐにテラスに駆け上がってきた。その息はひどく荒く、今まで走ってきていたことは容易に想像できた。
「ミスズ!? なんで……って、大丈夫?」
「ちょ、ちょっと、待って……」
フィーネから水をもらい、ようやく落ち着いたのか息をつくと、アネリアの方に向き頭を下げた。
「次の作戦でアネモネに乗せてください。お願いします」
それには二人は目を見開き、アネリアは予想通りだと笑った。
「もう……アンタたち、本当に仲がいいわね。二人にも言ったけど、私ができるのは口添えくらいよ。走らせちゃった分には見合わないかしらね」
「いえ、間に合ったならいいので」
ギリクに頼みに言ったところ、フィーネにも同じことをつい先ほど言われ、おそらくアネリアに頼んでいるだろうと聞いて、急いで追いかけてきていたのだ。そのまま別のチームにならないように。
アネリアは困ったように頬杖をついていたが、何か思いついたように声を漏らした。
「アレなら、うまくいくかもしれないわね」
「?」
三人は不思議そうに首をかしげたが、それがわかるのに時間は掛からなかった。
次の作戦を伝えられるのと同時に、新たな班員と顔合わせとなり、グラジオラスに四人は改めて顔を合わせていた。
「艦長が今回だけだから、今のうちに猛アタックしてきなさいね。なんて言ってたけど……まさか、あんたたちと一緒だとは……」
ソフィアは若干引きつった表情でフィーネを見ていた。そのフィーネは能天気に笑っていた。
「よかったじゃないですか! 先輩、前にグラジオラスに転属されたいって言ってたじゃないですか!」
「だから今回だけって言ってるでしょ!」
前の戦いでそれなりに負傷者はでていた。しかし、全員の回復を待っているわけにはいかない。それを補填するため、互いに補填し合うように共鳴者が臨時で転属していた。ソフィアもその一人だった。
無論、最年長であるソフィアはこの班のリーダーとなる。
「なんか嬉しいような悲しいような……」
「どんだけ俺らイヤなんすか」
「だってフィーネが何もトラブル起こさないと思えないんだもん……」
それにはミスズもズルダもなにも反論できなかった。
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