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第6楽章 ホワイトノイズ
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ヒスイはリンネの木をしばらく見上げると、手にもっていた片腕だけのどんぐりの人形を床に置いた。
「砂竜が、来る……」
淡々と語るヒスイの瞳には何も写ってはいない。
「木を喰らうため。森を喰らうため」
目を伏せるヒスイの頭に乗せられる暖かい何か。ヒスイは数度まばたきをすると、驚いたように乗せられた手の持ち主をその瞳に写した。
「大丈夫! ヒスイちゃんはここにいて! 私たちがちゃんと守るから」
「じゃあ、これはこのままにしておいても大丈夫? また来るから」
頷くヒスイの頭をもう一度撫でると、フィーネはミスズとグラジオラスの元へ戻ろうと立ち上がり、森に向かおうと足を向けると、待って。と小さな声がかけられた。
「大きなノイズが地下にいる……だから、気を付けて」
心配そうに見上げるヒスイに、二人は大きく頷くと、
「いってくるねー!!」
大きな声で手を振りながら、二人は森の中に消えていった。
そして、
「村ってどっちだっけ!?」
すぐに迷子になった。
リンネの森は聖なる音が全方向から響くため、たとえ動きだしていたとしてもグラジオラスの位置はわからず、空を見上げたところで木々の隙間から見える空は小さすぎて方角はわからない。
適当にまっすぐ進めば森からは出られるかと、歩きだした時だ。
「そっちじゃないっすよ」
飄々とした声が二人にかけられた。青年と思しき男はフードを深く被り、ある方向を指さした。
「おふたりさんは、リンネの村に向かってるんでしょう? でしたら、あっちっすよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!! ミスズ! 向こうだって!」
「え、あ、うん」
「あ、それから、この森立ち入り禁止ですから、入っちゃダメですよ!」
きっちり注意するフィーネに、男はフード越しに頭をかいていた。
「お互い様ってことで、手を打っちゃくれませんかね?」
「今度からは気を付けてくださいね」
「肝に銘じときます」
急いでいるからとフィーネは敬礼をすると、教えられた方向へ走り出した。その後ろでは、ミスズが驚いた様子でフードの男のことを見ていた。
その声も姿も知っていた。まさか、こんな場所で再会するとは思っていなかったが、男は人差し指を口元に当てると、すぐにそれを下ろす。
「?」
着いてこないミスズに心配してフィーネが振り返る時には、男は不思議そうに急がなくていいのかとミスズに聞いた。
「……急ごう。フィーネ」
「あ、ちょっと待って!」
森の中を村に向かって走っていくふたりをフードの男は見送った。
グラジオラスはすでに浮いていたが、ウィンリアのように奏者の謡がなくても少しは浮遊ができるらしく浮遊装置を共鳴させ、ギリギリで甲板に飛び乗った。
「ギリギリ間に合ったか」
「遅ェ! お前ら間に合わなかったら、俺らまで留守番だったかもしれなかったんだぞ!」
甲板で待っていたユーリとズルダに謝ると、すぐに船内に入った。
「ミスズ? さっきからちょっと変だけど大丈夫?」
「え? そうかな?」
「うん。森で会った人、知り合いだった?」
首をかしげているフィーネに本当のことを言うかとも思ったが、どう見てもあの仕草は言うなというものだ。違うと嘘をつけば、納得した様子ではないが、武器を手に取るとミスズの分も渡してくる。
ユーリから作戦の話を聞けば、数分前の全ての艦内で起きていた反応と全く同じものを返した。
「砂竜がいっぱいってどういうこと!? 似てるとかじゃなくて!?」
「いや、砂竜だそうだ。リンネ襲撃のために砂竜自らが動いているのんじゃないかと言われているが……とにかく、今回は巣の内部で砂竜や黒玉を叩く部隊はつくらず、防衛のため砂竜を全て倒す。私たちも砂竜を倒せる状況であれば倒せということだ」
「マジで……?」
引きつった表情を見せるフィーネだが、ユーリがほとんどは砂竜の周りの地を這う者を倒すことになるだろうと言えば、幾分か安心したようだった。
その時、無線で砂竜の群れと接触が近いと入り、甲板にでると確かに砂竜の群れが向かってきていた。
「あなたたち、砂竜と本気で対峙するのは初めてよね?」
ティファはいつも通りグラジオラスの護衛だ。ミスズたちの元に来ると、とにかく翼を切るか、目を潰すなどの機動力を削ぎ、それからトドメを刺せと教えられた。そして、逆鱗には触れないようにしろとも。
「どうしてですか?」
「逆鱗は絶対に砂にならないのよ。砂竜のノイズはあれから発生させて増幅させているから、向こうの方が共鳴率も高いのよ。だから、奏者が同じものを持って刺さない限り砂になることはないの。でも、それで地を這う者に指示を出してるみたいだから、うまく音を相殺すれば地を這う者を混乱させることもできるわ。まぁ、それをやった人は危険だし、あなたたちにそこまでは求めてないわ」
ティファのアドバイスに頷くと、ミスズたちはすでに戦いが始まった空へ飛んでいった。
***
戦況はあまりいいとは言えない。ただでさえ、砂竜が複数に、しかも大量にいるというだけで大きな驚異だというのに、どこか砂竜の動きに統率性があった。
「まるで人間同士の争いを見ているようだな」
「人間同士の争いなんてここ何百年起きたことないだろ」
起きたところで、地を這う者に食われて全てがなくなるだけだ。そうとわかっているのに、わざわざ自分たちの資材を浪費してまで戦いたいと思う人間はいない。
「砂竜が人間と同等にまで知恵をつけた! そして、同等の力を持つ者同士、手を組み同じ敵に立ち向かう。これならこの状況に説明がつく。どうだ? 艦長」
通信は開いているため、アネモネにもグラジオラスにも今のクロスの仮説は聞こえているだろう。そして、クラウドはそんなクロスに何か言いたいこともあるだろうが、今は言い争っている場合ではないと判断したのか、いつものような反論はなかった。
しかし、今回はクラウドではなくジーニアスがクロスの仮説に異議を唱えた。
≪ そうはいうけど、今回見つかってる巣は超大型がひとつだよ。中型、大型が複数存在して、なにかしらの連絡手段があるなら、それもありえるかもしれないけどね。まぁ、このために戦力が整うまで一緒に寝泊まりしたっていうなら別だけど。
それに、地を這う者は横よりも、縦の繋がりが強いように感じる。おそらく、前の砂竜が一番僕たちが戦った砂竜の中で知能が発達していたと思うけど、それでも繋がりは縦だった。でも、もしこの砂竜たちが横の繋がりを持つなら、今戦ってる砂竜は今まで以上に知能を持ってるってことになる。そんな砂竜たちが、わざわざ僕らがいるタイミングでリンネを襲うとは思えないよ ≫
ジーニアスの言葉に、クロスは先ほど言っていたことをすぐに撤廃すると、それに同意した。
「だが、そうなれば残る可能性はひとつだぞ」
砂竜を複数従える砂竜がいるということだ。それがいるとなれば、おそらく巣の中だろう。
「どうする? スレイたちを向かわせるか?」
「いや、さすがに無理だろ。この状況じゃあ、一気に頭落とせないな……」
≪ よかったわ。アンタ、まさか突っ込むんじゃないかってヒヤヒヤしたわよ ≫
ボスがいるとなれば、最初にボスを引きずり出すことが多いからか、アネリアは心底安心したようにコンナに言った。そして、アネリアはとにかく今は砂竜の数を減らそうと、艦長全員に確認を取り、全員が同意した。
また一匹の砂竜の体が崩れ落ちていく。
「絶好調だね。何体目だい?」
「一々数えてねェよ!」
スレイが砂を払うと、五体目だとナギが答えれば、ジルも答えが返ってくるとは思っていなかったのか、驚いたようすでナギを見た。
「……拗ねてるのかい?」
「いえ」
あまり表情は変わらないが、長い付き合いのふたりにはナギの表情が不満そうなのはすぐに理解できた。その理由も。スレイは仕方ないと槍を肩に担ぐと、
「じゃあ、次はお前がやるか」
「わかりました」
頷くナギは確かに嬉しそうだった。
「なんであんなに簡単に倒せるの!?」
「知るか!!」
フィーネのボヤきにズルダが半ばキレながら答えれば、ようやく片翼を傷つけた砂竜の咆哮にまで怒鳴り返していた。
「落ち着け。ズルダ」
冷静な声でユーリは自分に向かってくる地を這う者を切ると、ズルダの傍に寄り体制を立て直すように指示した。
「周りの数が多いな……」
「倒しても倒してもキリないよね……! これ」
フィーネがうんざりしながら、ミスズと互いに自分の死角を補うように構える。
「フィーネ。ヒスイちゃん、地下に大きなノイズがあるって言ってたよね?」
「え? あーうん! そんなこと言ってた」
「……もしかして、いるのかも。あの巣の中に、砂竜」
「そんなこといっても、どうにもできないよ!?」
普通の砂竜一匹にこれだけ苦戦しているのだ。巣の中に潜入して戦うなんて絶対に無理だ。ミスズもさすがにそれくらいは分かっている。ジーニアスにそれを連絡すれば、すぐさま無理だと言う返事が返ってきた。
この状況で砂竜の大群を無視して巣を攻撃すれば、リンネが危険に晒される。今回の最重要の目的はリンネの保護だ。
≪ とにかく、ミスズたちは目の前の敵に集中して ≫
「了解」
どちらにしても、自分たちの実力ではどうにもならないのだ。ミスズは目の前の砂竜に集中した。
「ミスズ、フィーネ。一瞬でいい。道を開けるか?」
ふたりが砂竜までの道を作った瞬間、ユーリが懐に飛び込み逆鱗に共鳴させた剣を当て、周りにいる地を這う者を指揮を混乱させるという。その混乱している間に、三人で同時に叩けば倒せるだろうと、息が合わなければ危険な作戦ではあったが、三人はすぐに頷いた。
ヒスイはリンネの木の根に座ると、遠くで奏でられる音を聞いていた。その傍らには、おかしな顔のどんぐりの人形が置いてあった。
「また来客?」
まぶたを開ければ、中年の男が立っていた。男のことは知っていた。一度、同じように、この場所で会ったことがある。
「お久しぶりです。リンネの神子さん」
「また木の葉を取りに来たの?」
前に一度、リンネの木の葉、つまり残響石を取らせてくれと頼まれたのだ。本来ならば、祭司たちを通して行われるその行為は、ここ数十年行われることはなかった。
このリンネの木は成長こそしているが、その成長は遅く、数百年で数ミリ葉を大きくする程度であるため、過去にどうしても防衛の為に必要だと言われた分しか取ること許されない。
そのためウィンリアも、残響石はできる限り使い回し、加工によって小さくなったものも余すことなく使い切る。一番小さいものでは最早砂や塵と同レベルの大きさであり、音響弾の中に詰められている。
「いえ、今回は別の要件です」
「私は何もしない。前のように好きにすればいい」
リンネを守ることにも嫌気がさしたヒスイはただここにいることを選んでいた。木が奏でる音を聞き、リンネの行く末を見守る。それは神子の使命ではあった。
本来ならば、木を取ろうとする男のことは止めなければならないが、少し傷つけられたところでどうでもいいと、前は男が残響石を取るのをただ眺めていた。
「それでは困るんですよ」
しかし、男は今回は引き下がらなかった。
「今、戦いが起きているのは知っているでしょう?」
「知ってる。それがなに?」
「はっきり言います。このままでは、彼らは負けます」
瞳が揺らぐ。それを見透かすように男は微笑み、ヒスイの傍らにある人形を見た。
「それ。彼女たちから送られたものでしょう?」
「……どうしてそれを」
「たまたまどんぐりを拾ってる時に遠目に見かけましてね。そんな話をしていたものですから」
警戒されているのははっきり見て取れた。それでも、男は微笑みを絶やすことはない。
「ミスズ。彼女は、私たちにとっても必要な存在です。この場で失うわけにはいきません。彼女のことは、例えあの艦隊が全滅しても我々が助けます」
「……他の人間はどうでもいいの?」
「知ったこっちゃありません」
息が詰まるような感覚は生まれて初めてだった。溢れ出しそうになる何かを吐き出す方法もわからなかった。
「あなたならあの艦隊がどうなろうと、リンネがどうなろうと関係ないというでしょうから、あまり期待はしていませんよ。ここを護りたいとも思わないのでしょう?」
ただ一つだけ、またフィーネたちと会って、今度はどんぐりってものがなんなのか、作りかけの人形を完成させたいとか、あの栗色の髪の女の子ともちゃんと話をしたいとか、そんな他愛のことをしたいという気持ちだけがはっきりと自分でも理解できた。
それは、この男の頼みを聞かなければきっと叶えられないことだった。
「……何をしろっていうの」
男はまるで分かっていたかのように笑みを深めると、
「あなたができる護る手段はひとつでしょう?」
リンネの木から教わる謡を奏でること。それが、神子が行える唯一の地を這う者からリンネを護る方法だ。
「“廻リ謡”を謡ってください」
男の言葉にリンネは、しばらく人形を見たあと頷いた。
「砂竜が、来る……」
淡々と語るヒスイの瞳には何も写ってはいない。
「木を喰らうため。森を喰らうため」
目を伏せるヒスイの頭に乗せられる暖かい何か。ヒスイは数度まばたきをすると、驚いたように乗せられた手の持ち主をその瞳に写した。
「大丈夫! ヒスイちゃんはここにいて! 私たちがちゃんと守るから」
「じゃあ、これはこのままにしておいても大丈夫? また来るから」
頷くヒスイの頭をもう一度撫でると、フィーネはミスズとグラジオラスの元へ戻ろうと立ち上がり、森に向かおうと足を向けると、待って。と小さな声がかけられた。
「大きなノイズが地下にいる……だから、気を付けて」
心配そうに見上げるヒスイに、二人は大きく頷くと、
「いってくるねー!!」
大きな声で手を振りながら、二人は森の中に消えていった。
そして、
「村ってどっちだっけ!?」
すぐに迷子になった。
リンネの森は聖なる音が全方向から響くため、たとえ動きだしていたとしてもグラジオラスの位置はわからず、空を見上げたところで木々の隙間から見える空は小さすぎて方角はわからない。
適当にまっすぐ進めば森からは出られるかと、歩きだした時だ。
「そっちじゃないっすよ」
飄々とした声が二人にかけられた。青年と思しき男はフードを深く被り、ある方向を指さした。
「おふたりさんは、リンネの村に向かってるんでしょう? でしたら、あっちっすよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!! ミスズ! 向こうだって!」
「え、あ、うん」
「あ、それから、この森立ち入り禁止ですから、入っちゃダメですよ!」
きっちり注意するフィーネに、男はフード越しに頭をかいていた。
「お互い様ってことで、手を打っちゃくれませんかね?」
「今度からは気を付けてくださいね」
「肝に銘じときます」
急いでいるからとフィーネは敬礼をすると、教えられた方向へ走り出した。その後ろでは、ミスズが驚いた様子でフードの男のことを見ていた。
その声も姿も知っていた。まさか、こんな場所で再会するとは思っていなかったが、男は人差し指を口元に当てると、すぐにそれを下ろす。
「?」
着いてこないミスズに心配してフィーネが振り返る時には、男は不思議そうに急がなくていいのかとミスズに聞いた。
「……急ごう。フィーネ」
「あ、ちょっと待って!」
森の中を村に向かって走っていくふたりをフードの男は見送った。
グラジオラスはすでに浮いていたが、ウィンリアのように奏者の謡がなくても少しは浮遊ができるらしく浮遊装置を共鳴させ、ギリギリで甲板に飛び乗った。
「ギリギリ間に合ったか」
「遅ェ! お前ら間に合わなかったら、俺らまで留守番だったかもしれなかったんだぞ!」
甲板で待っていたユーリとズルダに謝ると、すぐに船内に入った。
「ミスズ? さっきからちょっと変だけど大丈夫?」
「え? そうかな?」
「うん。森で会った人、知り合いだった?」
首をかしげているフィーネに本当のことを言うかとも思ったが、どう見てもあの仕草は言うなというものだ。違うと嘘をつけば、納得した様子ではないが、武器を手に取るとミスズの分も渡してくる。
ユーリから作戦の話を聞けば、数分前の全ての艦内で起きていた反応と全く同じものを返した。
「砂竜がいっぱいってどういうこと!? 似てるとかじゃなくて!?」
「いや、砂竜だそうだ。リンネ襲撃のために砂竜自らが動いているのんじゃないかと言われているが……とにかく、今回は巣の内部で砂竜や黒玉を叩く部隊はつくらず、防衛のため砂竜を全て倒す。私たちも砂竜を倒せる状況であれば倒せということだ」
「マジで……?」
引きつった表情を見せるフィーネだが、ユーリがほとんどは砂竜の周りの地を這う者を倒すことになるだろうと言えば、幾分か安心したようだった。
その時、無線で砂竜の群れと接触が近いと入り、甲板にでると確かに砂竜の群れが向かってきていた。
「あなたたち、砂竜と本気で対峙するのは初めてよね?」
ティファはいつも通りグラジオラスの護衛だ。ミスズたちの元に来ると、とにかく翼を切るか、目を潰すなどの機動力を削ぎ、それからトドメを刺せと教えられた。そして、逆鱗には触れないようにしろとも。
「どうしてですか?」
「逆鱗は絶対に砂にならないのよ。砂竜のノイズはあれから発生させて増幅させているから、向こうの方が共鳴率も高いのよ。だから、奏者が同じものを持って刺さない限り砂になることはないの。でも、それで地を這う者に指示を出してるみたいだから、うまく音を相殺すれば地を這う者を混乱させることもできるわ。まぁ、それをやった人は危険だし、あなたたちにそこまでは求めてないわ」
ティファのアドバイスに頷くと、ミスズたちはすでに戦いが始まった空へ飛んでいった。
***
戦況はあまりいいとは言えない。ただでさえ、砂竜が複数に、しかも大量にいるというだけで大きな驚異だというのに、どこか砂竜の動きに統率性があった。
「まるで人間同士の争いを見ているようだな」
「人間同士の争いなんてここ何百年起きたことないだろ」
起きたところで、地を這う者に食われて全てがなくなるだけだ。そうとわかっているのに、わざわざ自分たちの資材を浪費してまで戦いたいと思う人間はいない。
「砂竜が人間と同等にまで知恵をつけた! そして、同等の力を持つ者同士、手を組み同じ敵に立ち向かう。これならこの状況に説明がつく。どうだ? 艦長」
通信は開いているため、アネモネにもグラジオラスにも今のクロスの仮説は聞こえているだろう。そして、クラウドはそんなクロスに何か言いたいこともあるだろうが、今は言い争っている場合ではないと判断したのか、いつものような反論はなかった。
しかし、今回はクラウドではなくジーニアスがクロスの仮説に異議を唱えた。
≪ そうはいうけど、今回見つかってる巣は超大型がひとつだよ。中型、大型が複数存在して、なにかしらの連絡手段があるなら、それもありえるかもしれないけどね。まぁ、このために戦力が整うまで一緒に寝泊まりしたっていうなら別だけど。
それに、地を這う者は横よりも、縦の繋がりが強いように感じる。おそらく、前の砂竜が一番僕たちが戦った砂竜の中で知能が発達していたと思うけど、それでも繋がりは縦だった。でも、もしこの砂竜たちが横の繋がりを持つなら、今戦ってる砂竜は今まで以上に知能を持ってるってことになる。そんな砂竜たちが、わざわざ僕らがいるタイミングでリンネを襲うとは思えないよ ≫
ジーニアスの言葉に、クロスは先ほど言っていたことをすぐに撤廃すると、それに同意した。
「だが、そうなれば残る可能性はひとつだぞ」
砂竜を複数従える砂竜がいるということだ。それがいるとなれば、おそらく巣の中だろう。
「どうする? スレイたちを向かわせるか?」
「いや、さすがに無理だろ。この状況じゃあ、一気に頭落とせないな……」
≪ よかったわ。アンタ、まさか突っ込むんじゃないかってヒヤヒヤしたわよ ≫
ボスがいるとなれば、最初にボスを引きずり出すことが多いからか、アネリアは心底安心したようにコンナに言った。そして、アネリアはとにかく今は砂竜の数を減らそうと、艦長全員に確認を取り、全員が同意した。
また一匹の砂竜の体が崩れ落ちていく。
「絶好調だね。何体目だい?」
「一々数えてねェよ!」
スレイが砂を払うと、五体目だとナギが答えれば、ジルも答えが返ってくるとは思っていなかったのか、驚いたようすでナギを見た。
「……拗ねてるのかい?」
「いえ」
あまり表情は変わらないが、長い付き合いのふたりにはナギの表情が不満そうなのはすぐに理解できた。その理由も。スレイは仕方ないと槍を肩に担ぐと、
「じゃあ、次はお前がやるか」
「わかりました」
頷くナギは確かに嬉しそうだった。
「なんであんなに簡単に倒せるの!?」
「知るか!!」
フィーネのボヤきにズルダが半ばキレながら答えれば、ようやく片翼を傷つけた砂竜の咆哮にまで怒鳴り返していた。
「落ち着け。ズルダ」
冷静な声でユーリは自分に向かってくる地を這う者を切ると、ズルダの傍に寄り体制を立て直すように指示した。
「周りの数が多いな……」
「倒しても倒してもキリないよね……! これ」
フィーネがうんざりしながら、ミスズと互いに自分の死角を補うように構える。
「フィーネ。ヒスイちゃん、地下に大きなノイズがあるって言ってたよね?」
「え? あーうん! そんなこと言ってた」
「……もしかして、いるのかも。あの巣の中に、砂竜」
「そんなこといっても、どうにもできないよ!?」
普通の砂竜一匹にこれだけ苦戦しているのだ。巣の中に潜入して戦うなんて絶対に無理だ。ミスズもさすがにそれくらいは分かっている。ジーニアスにそれを連絡すれば、すぐさま無理だと言う返事が返ってきた。
この状況で砂竜の大群を無視して巣を攻撃すれば、リンネが危険に晒される。今回の最重要の目的はリンネの保護だ。
≪ とにかく、ミスズたちは目の前の敵に集中して ≫
「了解」
どちらにしても、自分たちの実力ではどうにもならないのだ。ミスズは目の前の砂竜に集中した。
「ミスズ、フィーネ。一瞬でいい。道を開けるか?」
ふたりが砂竜までの道を作った瞬間、ユーリが懐に飛び込み逆鱗に共鳴させた剣を当て、周りにいる地を這う者を指揮を混乱させるという。その混乱している間に、三人で同時に叩けば倒せるだろうと、息が合わなければ危険な作戦ではあったが、三人はすぐに頷いた。
ヒスイはリンネの木の根に座ると、遠くで奏でられる音を聞いていた。その傍らには、おかしな顔のどんぐりの人形が置いてあった。
「また来客?」
まぶたを開ければ、中年の男が立っていた。男のことは知っていた。一度、同じように、この場所で会ったことがある。
「お久しぶりです。リンネの神子さん」
「また木の葉を取りに来たの?」
前に一度、リンネの木の葉、つまり残響石を取らせてくれと頼まれたのだ。本来ならば、祭司たちを通して行われるその行為は、ここ数十年行われることはなかった。
このリンネの木は成長こそしているが、その成長は遅く、数百年で数ミリ葉を大きくする程度であるため、過去にどうしても防衛の為に必要だと言われた分しか取ること許されない。
そのためウィンリアも、残響石はできる限り使い回し、加工によって小さくなったものも余すことなく使い切る。一番小さいものでは最早砂や塵と同レベルの大きさであり、音響弾の中に詰められている。
「いえ、今回は別の要件です」
「私は何もしない。前のように好きにすればいい」
リンネを守ることにも嫌気がさしたヒスイはただここにいることを選んでいた。木が奏でる音を聞き、リンネの行く末を見守る。それは神子の使命ではあった。
本来ならば、木を取ろうとする男のことは止めなければならないが、少し傷つけられたところでどうでもいいと、前は男が残響石を取るのをただ眺めていた。
「それでは困るんですよ」
しかし、男は今回は引き下がらなかった。
「今、戦いが起きているのは知っているでしょう?」
「知ってる。それがなに?」
「はっきり言います。このままでは、彼らは負けます」
瞳が揺らぐ。それを見透かすように男は微笑み、ヒスイの傍らにある人形を見た。
「それ。彼女たちから送られたものでしょう?」
「……どうしてそれを」
「たまたまどんぐりを拾ってる時に遠目に見かけましてね。そんな話をしていたものですから」
警戒されているのははっきり見て取れた。それでも、男は微笑みを絶やすことはない。
「ミスズ。彼女は、私たちにとっても必要な存在です。この場で失うわけにはいきません。彼女のことは、例えあの艦隊が全滅しても我々が助けます」
「……他の人間はどうでもいいの?」
「知ったこっちゃありません」
息が詰まるような感覚は生まれて初めてだった。溢れ出しそうになる何かを吐き出す方法もわからなかった。
「あなたならあの艦隊がどうなろうと、リンネがどうなろうと関係ないというでしょうから、あまり期待はしていませんよ。ここを護りたいとも思わないのでしょう?」
ただ一つだけ、またフィーネたちと会って、今度はどんぐりってものがなんなのか、作りかけの人形を完成させたいとか、あの栗色の髪の女の子ともちゃんと話をしたいとか、そんな他愛のことをしたいという気持ちだけがはっきりと自分でも理解できた。
それは、この男の頼みを聞かなければきっと叶えられないことだった。
「……何をしろっていうの」
男はまるで分かっていたかのように笑みを深めると、
「あなたができる護る手段はひとつでしょう?」
リンネの木から教わる謡を奏でること。それが、神子が行える唯一の地を這う者からリンネを護る方法だ。
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男の言葉にリンネは、しばらく人形を見たあと頷いた。
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