ホワイトノイズ

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第3楽章 正義と過去と愛と友情

03

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 数年前のある日のこと。
 教育課程の途中であったフレイヤは、ウィンリアが初めてだというクロスのために、下層を案内していた。

「お姉ちゃん……? あれ!? 今日、帰ってくる日だっけ!?」

 偶然鉢合わせたフレイヤの妹であるフィーネは、姉の予定外の帰宅に慌てるが、夜には中層に戻ってしまうと伝えれば安心したように、しかし寂しそうに息をついた。そして、隣にいたそれほど年が変わらないように見えるクロスにもしっかり挨拶をする。

「ほぉ……お前の妹なのに、しっかりしてるな。いや、だからこそか?」

 クロスが関心していると、軽く頭を叩かれる。

「フィーネの方が年上だぞ。敬えよ」
「え!? そうなの?」

 共鳴者の教育を受けるためには、14歳になっている必要がある。つまり、フレイヤと同級生だと紹介されたクロスは、必然的にフィーネよりも年上になるのだが、どうやら違うらしい。

「俺は特別編入だからな」
「特別編入? そんなのあるんだ……」
「筆記さえできればな」

 その筆記試験の難易度は、参謀試験と同程度かそれ以上と有名なのだが、それを知らないフィーネは、自分も受けようと言い出し、慌ててフレイヤが止める。

「家寄るの?」
「ちょっとだけね。あ、でもこの辺、案内してからいくから」
「じゃあ、みんなに伝えてくるよ!」

 フィーネはフレイヤとよく似た笑顔で手を振ると、家に向かって走っていった。

「似てるところは似てるか……」
「だろー? かわいいところまで似ちゃって」

 それには心が折れそうになるほど冷たい視線を送ったが、フレイヤには全く効かない。
 改めて、フレイヤを置いて周辺の散策しようと歩きだしたが、すぐにその場で足を止めたままのフレイヤに、眉をひそめながら振り返った。

「どうした」
「なんか、騒がしい……?」

 耳の奥に残るようなノイズのような音。クロスも耳を澄ませるが、騒がしいと思うほどの何かは聞こえない。

「向こう側から……」
「砂海?」

 フレイヤが砂海を指しているが、何も異変はない。
 だが、フレイヤはクロスよりも共鳴者としての能力が高い。奏者は地を這う者レジスターの存在に敏感だが、共鳴者もそれは同じ。その能力が高ければ高いほど、敏感になり、地を這う者の接近にいち早く気がつく。
 フレイヤは共鳴者としての能力は、数いる共鳴者の中でもトップクラスに近く、数値だけでいえば騎士の家系にも劣らないほどだ。そのフレイヤが違和感があるというのだ。クロスも否定せず、砂海へ目をやる。
 二人がしばらく目を凝らしてそちらを見ていると、突然それは動いた。

「!!」
「なんで!?」

 地を這う者だった。
 ウィンリアは王宮を中心に、街全体に聖なる音が響くよう、街全体がパイプオルガンのようになっている。そのため、聖なる音が響くウィンリアには地を這う者は侵入できない。
 できないはずなのだが、今こうして侵入してきて、人を襲おうとしていた。

「可能性としては、前に妹君が亡くなったことだろうな」

 聖なる音は感情に引きずられるところがある。
 少し前、現国王の娘、つまり姫君の妹が亡くなったと大騒ぎになっていた。王族の心境など想像に容易い。
 悲しみの中では、いつもよりも聖なる音の力は弱まる。だからこそ、こうして地を這う者がウィンリアに入って来てしまった。

 しかし、理由に想像がついたからといって、こうして襲撃を受けてしまっている今、文句を言ったところで何も変わらない。
 下層の末端の町の、しかも大群ではなく少数に襲われているこの状況では、警備隊にすぐには伝わらないだろう。むしろ、フレイヤたちが連絡をした方が早い。

「きゃぁぁぁああああ!!!」

 その悲鳴の先には、襲われそうになっている同い年くらいの少女がいた。

「!」

 それを見るなり、短剣に手をかけ駆け出そうとするフレイヤに、クロスはすぐに止めた。

「フレイ! 地を這う者を生身で殴ったところで、ダメージはない!」
「でも、少しなら私にだって!!」

 共鳴者も音を発することはできる。だが、それは奏者に比べれば申し訳程度で、戦闘用に音が響いていない今、共鳴者単独での音で戦うなど、いくらウィンリアとはいえ、地を這う者の足止めにすらなるかもわからない。
 この状況で取るべきなのは、一刻も早く軍を出動させてもらうことだ。
 それに、これが第一波である可能性が大きいのだ。たったひとりを送るよりも、この後の第二、第三波のために動くべきだ。それが、最終的に助かる人数は多い。

「ここで見捨てたら、私は軍に入った意味がない!!」
「それで死んでもか?」
「それでも!! 守る!!」

 今度は止める間もなかった。
 駆け出したフレイヤは、少女を襲おうとしていた地を這う者の横腹に短剣を突き刺す。
 弱い音では、そこから血の代わりに溢れる砂も、崩れさる砂もあるはずがない。それでも、やらないという選択肢はフレイヤにはなかった。

 しかし、予想に反し地を這う者は、短刀が突き立てた瞬間、大穴を開け、砂に還った。

「ぇ……?」

 いつからか、聞いたことのない謡が響いていた。

「この声……」

 フレイヤにとって聞いたことのない声だが、どこか聞き馴染みのあるような謡。
 クロスにとっては、とても懐かしい声と謡に、呆れながらも楽しげに嘲笑した。

「フレイ! この音が届く範囲からでるなよ! 増幅器を通してない、生の音だ」
「え、あ、う、うん! わかった!」

 誰だかわからないが、力を貸してくれるならそれでいい。
 フレイは襲いかかる地を這う者へ飛び込んだ。

「まったく、こちらに来ても相変わらず引きこもりだと思っていれば、こんなところで再会するとはな」

 ため息混じりに、浮遊装置を共鳴させ飛び上がる。展望台のように突き出しているそこに、懐かしい姿が立っていた。

「呆れたぞ。ミドナ。まさか、こんなところで再会するとはな。やはり、引きこもりは引きこもっていたほうがいい」

 数年経っても変わっていない悪態に、ミドナは謡うことをやめず、呆れたような視線だけ送る。
 地を這う者は、下級であれば奏者に近づくことすらできないが、聖なる音に引かれるように飛びかかってくるため、耐えうる力をもつものは、一目散にミドナへやって来た。
 フレイヤも止めようとはするものの、いつもの武器ではない分、どうしても討ち漏らしが多い。代わりに、最後の盾となっていたのは、クロスだった。

「まったく、討ち漏らすな! 俺が戦闘は得意じゃないことを知ってるだろ」

 武器らしからぬ武器のおかげで、普段から持ち歩いていても文句はでないそれは、その一つ一つの糸が共鳴していた。その長く太めの糸が二人を中心に蠢き、彼らを砂に帰していく。

 第二波がくる直前、ようやくそれはやって来た。

「戦艦、アネモネ」

 空を見上げ、クロスがそれの名を呟いた。

***

「それで、君たちはわかっているのか? 事の重大さに」

 部屋の中、フレイヤ、クロス、ミドナは並んで立たされていた。向かいには二人の教官と、アネモネの艦長であるアネリア、それからミドナの先生もいた。
 特に怒っていたのは教官であり、怒られているのは主にフレイヤとクロスの二人だ。
 だが、クロスは全く悪びれた様子もなく説教を聞き流し、フレイヤは謝ってはいるものの反省している様子はなく、なおさら教官の説教を長引かせていた。
 ほとんど立っているだけだったミドナもそろそろ疲れてきた頃、小突かれなにかとクロスを見れば、小さな声で質問をされた時の解答の内容を耳打ちされる。

「まぁまぁ……とりあえず、もう少し状況などの確認をした方が、良いのではないでしょうか?」

 アネリアも、すぐにでも太い血管が切れそうな教官を宥め、隣にいた先生にも同意を求めれば、小さく頷いたことに安堵しながらも、フレイヤの方を見た。

「フレイヤちゃん。地を這う者襲撃までの状況を説明してもらえる?」
「えっと、ビーっとしてて、変だなって思ったら、いきなりバーって!」

 フレイヤが元気に返事をしたあと、身振り手振りを使って説明するが、その説明は擬音だらけで、知っていた教官はため息をつき、アネリアと先生は唖然とする。

「この通り、この女の説明はこの世でおそらく最も下手と思えるのですが、この煩わしい説明を聞き続ける気ですか?」

 咳払いしてからクロスがうるさそうにフレイヤの口を塞ぎ聞けば、代わりに説明を頼まれる。先程に比べてとてもわかりやすく聞こえる説明に、妙な感動を抱きつつも、状況判断はやはり間違っているように感じられた。

「その状況において、君たちは連絡をするべきだったと思うが?」
「私は奏者であるミドナの保護を優先しました」
「フレイヤは?」
「私は襲われそうになってる人を見捨てるなんてできないので!」

 何か適当に理由を付けてしまえばいいものの、正直にそう答えてしまうフレイヤに、ため息をつく。

「ミドナ。君は?」
「……キャロを助けてくれようとしてたから」
「でも、奏者はまず自分の身を第一に考えるようにと教えたよね? 逃げようとは、思わなかったのかい? 君ほどの能力があれば、襲撃前に予兆はわかっていただろう?」
「キャロがいなかったし、共鳴者が近くにいることはわかっていたから……先生が護衛に用意した人だと思ってた」

 目を反らすミドナに、先生は目を細めると入れ知恵をしていたクロスの方を見た。クロスもすぐに気がつき、ニヤリと小さく口端を上げた。
 事実、フレイヤの能力の高さは、騎士の家系の匹敵する。容姿すら知らず、音の感覚だけで捉えていれば、護衛の騎士の家系と勘違いしたと言われても仕方ない。

 結局、フレイヤとクロスは反省文と、トイレ掃除、課題といったペナルティを受け、ミドナもしばらく外出禁止という比較的に軽い罰で済んだ。

「いやー怒られたねー!」
「なんで楽しそうなんだ……」
「バカだからだ」

 部屋を出てから、ミドナはしばらく先生を待たなければならないからか、足を止め、フレイヤもクロスも自然と一緒に待っていた。

「って、そういえば、クロスは知り合いなの?」
「あぁ。同郷だ」
「ふーん……私はフレイヤ。あなたは?」
「え……あ、ミドナ、です」

 困ったように視線を泳がせるミドナの手を取る。

「あの時は、ありがとうね! ミドナが助けてくれなかったら、ダメだったかも」
「え……あ、それは、キャロを助けてくれたから……えっと、ありがとう」

 初めて目を合わせて礼を言われた時、フレイヤの中で何かが変わった。

「好きです。付き合ってください」
「…………は?」

 ミドナだけではない。その突然のフレイヤの行動に、クロスも引きつった表情で固まった。そんな完全に硬直した三人の中に、走ってくる足音があった。
 その足音はミドナに抱きつくと、涙目で「よかった!」と叫ぶ。その少女には、フレイヤもクロスも見覚えがあった。

「あの時の!」
「あ……あの時は、ありがとうございました!」
「あ、ううん! 大丈夫だった? 怪我は? お尻とかぶつけなかった? 気持ち悪いとかない?」
「だ、大丈夫です」

 まるで兄のようだと思いながらも返事をすれば、本当に嬉しそうな笑顔でよかったと、自分以上に喜ぶ。

「って、あれ? ミドナ?」

 先程からぴくりとも動かないミドナに、キャロルとフレイヤが心配そうに見つめるが、クロスだけは呆れたように、ため息をついた。

「人と関わるのが苦手だしな……抱きつかれたり、告白されたりで、ついにフリーズしたんだろ」
「え? 告白? 君が?」
「アタシアタシ!」

 元気よく手を挙げるフレイヤにキャロルはじっと見たあと、ミドナの腕を組む。

「ミドナは私のものだよ?」
「こんなところで、ライバル出現!? アタシのラブは、世界一だもん!!」

 だが、いたずらするような表情で、キャロルはミドナの腕を自分の方に寄せる。そうなると、自然に腕はキャロルの胸の辺りに押し付けられるわけで、

「そういうのはずるいと思う!!」

 すかさずフレイヤが文句を言うが、言われたキャロルは全く気付いていないようだった。

「おい。騒がねェって約束だろ」

 遠くから見ていたギリクだったが、さすがに騒ぎすぎだと注意する。

「えへへ……ごめん」
「ごめんじゃねぇよ。無理いって入れてもらったんだぞ」
「う……ごめんなさい。じゃあ、ミドナ。また今度、遊びに行くね」

 バイバイと手を振ると、ようやく気がついたように、手を振り返した。
 この事件が、後に姫君に伝わり、たくさんの人を救った勇気ある共鳴者として、フレイヤは史上初の騎士の家系ではない姫君直属の王立騎士となった。
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