ホワイトノイズ

ツヅラ

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第1楽章 討伐作戦

06

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 妙にサラサラとした砂の上を歩く。地を這う者はいない。
 怪我人は治療を、他は回収できる遺品を回収していた。

「チフスはまだよかった。両親に顔を見せられる」
「……」

 ユーリの言葉を否定してしたくてもできなかった。遺体の回収ができない人、損害が激しい人、ユーリの言う通り、その中でチフスは“まだ”いい方だった。

「フィーネ……?」

 ミスズが心配そうに顔をのぞき込めば、フィーネは涙をこぼしていた。

「助け、られなかったっ……!」

 ミスズは、涙を零し嗚咽を漏らすフィーネをそっと抱きしめた。
 昔、母にそうされたように、優しく頭を撫でる。

「ありがと、ミスズ」
「ううん。大丈夫?」
「うん。泣いてても、何も変わらないもんね……もっと強くならないと」

 拳を強く握るフィーネは、泣き止むと頬の涙を拭った。その様子に、ミスズとユーリは安心したように笑みを溢した。

「てめェ!!! マジでいい加減にしろよ!?」

 響くギリクの怒鳴り声に、外で作業をしていた全員が何事かと目を向ければ、ギリクともう一人、女が立っていた。
 グラジオラスの青と白の制服とは違う、黒と赤のワンピースタイプの制服。そして、左腕に装飾されている三本の太い縄は、その女が艦長であることを示していた。

「え、えーっと……」
「コンナ艦長だな」
「コンナ艦長……?」

 不思議そうな顔をするフィーネに、ユーリはため息をついて説明した。

「軍艦キャメリアの艦長だ」
「あぁ……」

 キャメリアといえば、泣く子も黙るといわれるウィンリア屈指の討伐部隊。その中でもエリートと呼ばれる巣の殲滅専門の部隊だ。
 乗っている共鳴者は実力者ばかりで、通常の軍艦に乗っている筆頭騎士であってもあの船に乗ってしまえば、ただの一戦力程度となってしまうと言われている。

「艦長、若い人なんだ……」

 そんな軍艦の艦長なのだから、艦長もベテランでもっと年齢は高いと思っていたが、ギリクと同じ、もしくは下といった年齢に見える。

「どうしたんだろ?」
「さぁ……」

 気になるが、艦長同士の話し合いに入るわけにもいかず、遠巻きに眺めているしかできない。
 そして、その注目を集めていたふたりの話題はというと、

「真面目な話の最中に、変な話題入れてくんじゃねぇよ」
「変な話題って……別に、カルラちゃんいないかな? って話だろ」

 特に真面目な話ではなかった。

「だから、なんてここにカルラが必要なんだよ!?」
「癒し」

 怒りも度を通り越し、ただため息をつくしかできなかった。
 少しでも、この自分の欲望に素直すぎる女から意識を別のところにやろうと、周りを見れば、キャメリアの奏者である少年が、共鳴者たちに抱きつかれていた。抱きつくというよりも、抱えられるという感じだが。
 目が合ったからか、「助けて」と目で訴えかけられるが、精神的にも物理的にも強い共鳴者の楽しみである、かわいい子供とのスキンシップに割り込むことなどできない。しかたなく、視線を戻す。

「で、さっき言ってた事情ってのはなんだったんだよ。お前が、逃がすなんて珍しい」
「あー! それな! 聞いてよ!」

 妙に食いつきがよく、驚いて身構えてしまう。

「超大型の巣って話はあっただろ」
「あ、あぁ……」

 砂竜のひとつの習性として、もし巣が破壊され、砂竜のみが残るような状況になった時、前に作った巣が残っていた場合その巣へ戻る。
 そのため、その付近の発見されていた巣を同時攻撃、破壊し、逃げ場を無くし、確実に仕留める作戦が取られる。
 今回は、砂竜がいると確定された超大型の巣へキャメリアともう一隻が参加し、グラジオラスが砂竜の逃げ先である巣の破壊する作戦が取られていた。

「確かに数も多いし、巣にも近づきにくいし大変だったんだけど……まさか、巣に二匹砂竜がいると思わないじゃん」
「……二匹?」
「二匹。しかも、一匹がもう一匹逃がすために大暴れ……逃げた方角が巣が発見されてる方だし、アネモネだけで対処できる程度まで数減らしてから、何人か置いてきて追ってきたってわけ」

 グラジオラスにも砂竜に対応できる戦力は備わっているが、前提として今回の作戦には、新人を連れて行く余裕がある程度には、砂竜は関わらないとされていた。そんな状況で、突然砂竜が現れれば、被害は大きくなるだろう。
 事実、突然現れた砂竜に甲板に取り付かれ、キャメリアの援護がなければ、被害はもっと大きくなっていた。その援護の仕方が、ギリクを苛立たせているのだが。

「つまり、超大型ってよりも巣が2つ重なったってこと?」

 ジーニアスが聞けば、コンナは首を横に振った。

「うちの参謀がいうには、巣が2つ重なったって感じじゃないらしいんだよ」
「ってことは……つがいかね?」
「やっぱりそう思う?」

 コンナも笑いながらそう返すが、ギリクだけは眉間にしわを寄せていた。

「前例はねぇぞ」
「だからって、否定する?」
「否定はしてないだろ。どっちにしたって、一度調査が入らない限りわからねぇんだ」

 地を這う者はわからないことが多い。故に、討伐が終わった後は、調査隊が派遣される。詳しい調査結果が出てからでなくては、断定はできない。

 小さな耳鳴りのような音に、ミスズとフィーネは艦長たちの会話姿から目をそらし、その音のする方を見れば、先程助けてくれた男の方が、一際大きな砂の塊の前に屈み手を触れていた。

「気になるか?」
「ライルさん!」

 突然降ってきた声に驚いて振り返り、敬礼すればライルも少しだけ驚くと敬礼を返してくれた。

「お疲れさま」
「お疲れ様です」

 戦果のことも被害のことも聞いており、フィーネの目元を見れば、先程まで泣いていたこと、それを強く拭ったこともわかった。そのため、その話題にはあえて触れずに、先程ふたりが見ていた方向を見る。

「あれは何をしてるんですか?」
「砂竜の逆鱗を探してるんだ」
「砂竜の逆鱗?」

 砂竜を含め、地を這う者は倒せば、砂になってしまい、元々どの部分だったのかはわからなくなる。

「逆鱗だけは特別でな。砂にならないんだ。砂竜は咆哮を響かせるために、逆鱗と共振するんだ。俺たちの使ってる共鳴武器のほとんどが、逆鱗を使ってるんだぞ」
「え!? これって、砂竜からできてるんですか!?」

 フィーネが驚いて、自分の剣や浮遊装置を見るが、鱗のような形跡はない。ミスズも自分の共鳴武器を見るが、これが逆鱗から作られていると言われても信じられない。
 ふたりの不思議そうな顔にライルは、逆鱗から作っているが、あくまで逆鱗は音を共鳴することができるというだけで、共鳴された音を増幅したり、強度の確保したりするために、別の素材を特殊な技術で錬成しているのだと補足する。

「さすがに量の確保もあるし、それに――」
「それに?」
「扱いが難しいんだ」

 奏者が共鳴武器をつけて音を増幅させることは問題ない。それ自体は、現在も行われている方法だ。しかし、共鳴者は奏者との相性が合わない限り、逆鱗全てをつけた武器を扱うことはできない。元々、共鳴者は聖なる音を発するようには体ができていない。無理に合わない音を大きく響かせようとするなら、自分の体が傷つく。
 ちょうどその時、男が石のようなものを持ち上げていた。そして、ビンに入れるとこちらを見た。

「!」

 慌てて敬礼しようとするフィーネとミスズだったが、飛びついてきたそれに、敬礼はできなかった。

「ふたり共、おかえり!」
「ぇ……」
「ただいま」

 反射的に返したフィーネも、不思議そうな顔をしていた。だが、カルラからしてみれば、戦闘から無事に帰ってきてくれたのだ。その言葉が正しいのだろう。

「ただいま」

 ミスズも同じように返せば、カルラは満面の笑みを浮かべた。
 そんなカルラとミスズたちの様子をじっと見ていたコンナに、ギリクは警戒するように半歩カルラを庇うように立てば、コンナも気づいたようにギリクを見た。

「そんなに警戒しなくてもいいだろ」
「いや、あるだろ」
「……」
「……」
「いいじゃん。かわいいものは愛でたくなる」
「黙れ。ロリコン」

 静かに戦う艦長達に気がつきながらも、ライルはカルラの周囲を一応警戒していた。時折、コンナの様子も見ながら。
 ミスズだけが、その違和感に気がつきながらも、カルラとフィーネの会話から離れることはしなかった。

「なぁ、ハグか頭なでるなら、どっちがいいかな?」
「ハグは却下だ」
「このパパ厳しいな」
「娘はかわいいからね」
「誰が、あんなクソガキの……!」

 言い返そうとした時、コンナがカルラに向かおうとするのが見え、すぐに体の向きを変えたが、その前にコンナの足を止める声がした。

「アネモネと連絡ついたぞ。問題なく、向こうも終了だそうだ」
「参謀ならタイミング読め」
「いたいけな少女に変態が襲いかかろうとするのを止める、絶妙なタイミングだと思ったのだがな?」

 自信満々の笑みで言い切る参謀に、コンナは恨めしそう睨む。

「本部に作戦終了の報告。合わせて、アネモネに停泊所からの護衛が必要かを聞いてこい」
「了解した」

 そんな睨みすらも楽しげに返すと、船に戻っていった。しかし、すでにギリクの警戒が戻っており、カルラには近づけないだろう。
 もういっそ、適当に声をかけて、特攻しかけてもいいかと考え始めるが、真面目な口調のギリクの言葉に思考を戻す。

「ところで最近、地を這う者が増えてるような気がするんだが」

 コンナもここ数ヶ月のことを思い出してみるが、首を傾げた。

「そうか? 私はそれほど配属してから長くない。長年の感覚での平均を知らないからわからないんだが?」

 それは同期であるギリクも同じである。

「だとしても、最近、殲滅目的の出撃が多い気がしてな」

 感覚的に増えているような気がするだけで、明確な数ははっきりとはしない。
 しかし、それこそコンナにはわからない感覚だった。

「元々コンナは、殲滅専門の部隊だから、そんなに差はないかもしれないね。でも、確かに僕も出撃に関しては多いと思ってるよ」
「ジニーがいうなら、そうなのかもな」
「なんでジニーなら信じるんだよ」
「そりゃぁ、エリート参謀の意見は聞くさ」
「……」

 全く悪びれないコンナに最早呆れるしかなかった。
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