ホワイトノイズ

ツヅラ

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第1楽章 討伐作戦

03

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ウィンリアが徐々に小さくなっていくのを、フィーネはじっと見つめていた。

「ウィンリアってあんな形してたんだね……」

 ウィンリア生まれのフィーネにとって、故郷を外から見るということは初めてのことだった。

「見たことなかったのか! 私でも見たことあるのに!」

 幼い声にミスズが目を向ければ、この船で最年少である栗色の髪を持つ少女が立っていた。
 この少女が、このグラジオラスの”奏者”のカルラ。奏者は世界でも1%もいないといわれる程少ないため、まだ幼くても必要となればこうして連れ出されることがある。
 その優先順位は艦長よりも上であり、たとえ船が落ちたとしても奏者だけは生き残らせろと言われるほどに、奏者は重要人物とされていた。

「……な、なんだ?」

 フィーネとミスズが何も言わずにじっと見つめてくるからか、少し怯えたように身構えるカルラだったが、

「ガオーっ!!!」

 突然、フィーネが両腕を上げそんな大声を出すものだから、体を大きく震わせ脱兎のごとく甲板を走りぬけ、船内に入ってしまった。

「……って、やばっ!!!」

 その向かった先に慌ててフィーネとミスズが向かえば、予想通りの場所、というよりも予想通りの人物の背中に張り付いていた。

「ほら!! ほら!! やっぱり来た!!」

 フィーネを指さしながらカルラは、涙目でそのしがみついている男にいうが、男は呆れたようにため息をつき、こちらを見た。

「お前ら……このビビリ娘の扱いには気をつけてくれ……」
「す、すみません……ギリクさん……」
「カルラちゃんの反応がかわいくて……つい」

 最初の顔合わせの時から、ギリクについてきたと思えば、顔を向けられたり手を差し出されると反対方向を向き、逆に構ってもらえなくなると不安そうにギリクを見つめる姿は、子供独特のかわいさがあった。
 カルラが涙目で必死にギリクに訴えている中、笑い声が耳に入ってきた。

「パパも大変だね」
「誰がパパだ。こんなクソガキいらねぇよ」
「お前なんかパパじゃないからな!!」

 ギリクの言葉に、カルラは指しながらそういうが、ミスズが隣で屈み、耳元で「がおー」と囁くだけで、ギリクにしがみついてしまう。
 そんな様子を楽しげに笑っているジーニアスに、心の中でやっぱりいとこだと、静かにため息をついた。

 グラジオラスは、今日中に停泊地に着き、そこで補給を受けたあと、翌日巣へ攻撃を仕掛ける予定だ。

「ねぇ、ギリク」
「なんだ?」
「そこってどんなとこ? です」

 慌てたように付け足された敬語を気にすることもなく、ギリクは答える。

「特に何か変わったものはないな」

 奏者は基本的に、一つの軍艦に決まって乗ることが多い。奏者によっては複数の軍艦に乗る場合もあるが、カルラの様に幼い場合、船での生活に慣れさせる意味や船の雰囲気、特に艦長と性格上の合う合わないは数値上で高くても、本人と直接会わない限りわからない。
 それこそ、本人同士の馬が合わないだけで、戦闘が大きく傾くことだってある。
 ただギリクとカルラは、誰がどう見ても仲がいい。というよりも、カルラがギリクに懐いていた。
 カルラを乗せたのはまだ数が少ない。そのため、近くの停泊地であっても行ったことがないことは多い。

「……遊びたいのか?」

 そんなことを聞く理由はひとつだ。要は観光したいと言っているのだ。

「だって! ミドナもカシオもおもしろいって言ってるし!」

 バタバタと腕を振って訴えるが、ギリクはめんどくさそうに目を向けるだけ。
 それだけで、おおよその答えはわかる。奏者はいくら治安がいいとはいえ、首都以外を護衛なしで歩き回ることは許可されない。それこそ、首都ウィンリア内ですら、外出申請や外出場所を申請し、それを認められなければ、庭園と呼ばれる奏者たちが住む施設から出ることが許されない。
 討伐前で殺気立っている中、奏者の観光のための護衛を任せられるのは数人しかいないし、何かあれば作戦に支障が出る。外出許可が出る訳がない。

「いいんじゃない?」

 気の抜けたジーニアスの言葉が聞こえるまでは。

「へ……?」
「おい」

 カルラのマヌケな顔とギリクの睨む視線がジーニアスに向くが、別に気にした様子もなく続けた。

「ちょうど、いつもより人も多いことだし、治安もいいところだ。たまには、カルラだって外の空気も吸いたいよね」

 笑顔でそういうと、カルラは嬉しそうに大きく頷いた。

「……おい。誰に任せる気だ。ライルはメンテの――」
「そんなの知ってるよ。ミスズたちなら、ちょうど暇でしょ。新人で、掃除とか運搬くらいしかやることないし、それだって普段と変わらないんだから」

 新人にそんな最重要人物である奏者の護衛をさせようとするジーニアスに、普通の艦長であればすぐに却下することだが、ギリクは許可した。

「いいの!?」
「あんまはしゃぐなよ……他の人の迷惑にならないようにな」
「うん!!」

 まるで遠足に行く子供のような注意を受け、カルラはぴょんぴょんと跳んで浮かれていた。

「ミスズたちのチームは……」
「ユーリをリーダーにする五人チームだよ。全員で護衛でいい?」
「任せる」
「了解。じゃあ、護衛はつけるからね」
「だれ?」

 浮かれ気分で聞き返せば、

「さっきの二人」

 カルラの動きが見事に止まった。

***

 停泊地は軍用施設があり、地を這う者レジスターからの襲撃に備えられている。おかげで、他の町よりも発展しているが、それでもやはり首都には到底かなわない。

「なァ。リーダーさんよォ……俺ら、こんなにのんきにしてていいのかよ」

 青い制服を着崩したガラの悪い男、ミスズたちのチームであるズルダが、隣を歩くリーダーであるユーリに聞く。

「これが私たちに与えられた任務だ。何か異論があるのか?」
「……そりゃァ……ネーけどよ」

 目を向けられただけで、さっと顔をそらす。

「でも、これだけ離れてて大丈夫ですかね?」

 後ろにいたもう一人の男、チフスが、前を楽しげに歩くフィーネとミスズ、そしてカルラを見ながら言う。ユーリも警戒しながらも答えた。

「あのふたりは強い。何かあっても、対処できるだろう。それに、私たちもすぐに駆けつけられる距離だ」

 この人ごみの中、すぐに駆けつけられるのは、おそらくユーリだけだろうが、ミスズたちが時間を稼いでいる間に辿り着けはするだろう。

「それにしても、最初あんなに怖がられてたのに、ずいぶん仲良くなりましたね……ふたり共」

 カルラと街を見て回って来いと言われ、最初こそカルラがフィーネとミスズを警戒していた様子だったが、今ではずいぶん仲がいい。

「フィーネの奴がガキなんだろ」

 そうズルダが吐き捨てるように言われているとも知らず、フィーネは買ったアイスをカルラに渡していた。フィーネとミスズも自分の分を買い、交換し合っていればそれをじっと見つめる視線。

「交換する?」
「うん! する! …です!」

 ミスズが聞けば、うれしそうにアイスを差し出してくる。フィーネも加わり、それを一口食べれば、カルラ以上に嬉しそうな笑顔になる。

「おいしー!!」
「フィーネ食べ過ぎ! 私の分、無くなる!!」

 本当にフィーネはよく食べる。普段の生活を見てても、食べることが好きなのか、食べ物が好きなのか、それとも両方なのかわからないが、とにかくよく食べる。
 ミスズは時折、後ろの方を歩くユーリたちを見るが、一定の距離を開けてついてきていた。

「そういえばさ、なんで『です』ってつけるの?」

 思い出したように敬語を付けるカルラの口調に、ずっと気になっていたことをついにフィーネが聞いてしまえば、カルラは罰の悪そうに顔をそらせ、

「だって……ギリクとか年上にはちゃんと敬語使いなさいって、先生が」

 先生というのは、奏者の施設にいる教育係のことだ。幼い頃に施設に入ることになる奏者に、教育をするために数人が常駐している。退役した軍人の最も良い再就職先という噂があった。

「でも、ほとんど忘れてるよね?」
「う゛」
「別に慣れてないなら、いいんじゃない?」

 そんなフィーネの言葉に、ミスズも子供なんだし構わないとも思うが、確かに常識的にはダメな気もした。

「だよね!! ミドナも別に敬語使ってることないし!」
「ミドナ?」

 知らない名前に首をかしげると、

「奏者の人だよ。施設の奏者じゃ一番序列が高い奏者の人」

 奏者の序列は、奏でる聖なる音が純粋であるほど高くなる。
 王族が最も高く、王族の中でも序列があり、一般的に女性の方が上のことが多い。次が施設に集められている奏者だ。王族とは別に序列が設定されているが、その中でもそのミドナという奏者は、王族と同レベルではないかとも噂されている。
 その辺は、機密情報扱いとされているが、ミドナは破格的な奏者であることには違いなかった。
 序列だけでなく、奏者の情報はそのほとんどが機密となっていることが多いのだが、フィーネは妙に詳しかった。

「妙に詳しいね」

 率直に言葉にしてみれば、フィーネは視線を逸らし、頬を掻くと、

「あー……うん。ちょっと色々あってねぇ……」

 珍しく言葉を濁したのだった。

「それで、次はどこに行くの?」
「え? あ……」

 そう聞かれ、空を見ればそろそろ赤く染まり出してきていた。ユーリに目を向ければ、首を横に振られる。さすがに夜になる前に戻らないとまずい。
 ミスズがそれを告げれば、カルラは少し不満そうだった。

「またくればいいじゃん! ネ!」

 フィーネがそういうが、カルラは不満そうにふたりを見上げている。

「ふたりは、今回だけ……なんでしょ」

 今回の討伐が終われば、ミスズとフィーネはグラジオラスから降りる。またどこかの停泊地を一緒に回ることはできない。
 フィーネが困ったようにミスズに目を向ければ、ミスズは屈み、カルラに目線を合わせる。

「ウィンリアじゃ、ダメ?」
「え……?」
「私は、ウィンリア出身じゃないから、まだあそこのことよく知らないし、カルラちゃんはどう?」
「私も……ずっと施設だし……」

 ウィンリア生まれだとしても、奏者の素質があればすぐに施設に入れられてしまう。それ以外であれば、10歳になった時。それもまた施設に入れられ、ウィンリアすらまともに見て回ったことは少ないだろう。

「じゃあじゃあ!! 私、案内する!!」

 ウィンリア出身であり、詳しいフィーネが手を挙げれば、カルラも機嫌を直したようで、笑顔で小指を立てた。

「うん!! 絶対だよ! 指きり!!」
「指きりー!」

 三人で小指を絡め、約束を交わした。
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