ホワイトノイズ

ツヅラ

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第1楽章 討伐作戦

01

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“ 地を這う者レジスター ”
 それは世界を脅かす生き物であり、魚のように砂の中を泳ぎ、時には空に跳ぶ。
 彼らを通常の兵器で倒すことはできない。
 唯一、彼らを砂に帰すことができるのは、聖なる音を響かせることができる者だけ。


 音の響きが小さくなり始め、腰につけた浮遊装置の共鳴が、少しずつ小さくなっていく。

「ミスズ? 早く降りないと」

 危ないよ。と、レイピアを持った金髪の少女が、地面に降りようとしない友人を見上げる。

「あ、うん」

 ミスズと呼ばれた少女は慌てて言われた通り、高度を下げ、地面に足をつけた。周りを見れば、地面には新しい小さな砂の山が出来ていた。

「負傷者なし。さすが、志願組だな」

 負傷者がいないことをチームのリーダーであるユーリが上官に伝えれば、再び通常警備に戻るよう命令される。

「フィーネ?」

 ミスズが共鳴武器を管理室に預け、警備に戻ろうとしたすると、先程の金髪の少女、フィーネの姿がなかった。まだ中だろうかと引き返せば、フィーネは一人、じっと自分の手を見つめていた。

「フィーネ?」
「あ……ミスズ……」

 少しだけ青い顔をしているフィーネは、ミスズの手をつかむ。その手は、血が通っていないかのように冷たく、震えていた。

「やっぱり、私まだ、慣れないや……」

 いくら倒せる手段を持っているとはいえ、地を這う者との戦いは命懸けだ。新人でミスズの様に平気な顔をしている人の方が少ない。

「ミスズは、強いね……」
「……外の空気吸ったら、きっと良くなるよ」
「うん」

 ミスズはその手をしっかり握り返すと、行きつけの店に向かった。

***

 かつて、誰もが聖なる音を響かせることができたという。しかし、今では、聖なる音を響かせられる人は減り、力も弱くなった。
 今では、聖なる音を広く強く響かせることのできる者を“奏者”と呼んでいる。
 地を這う者と対抗できる存在だが、人数が圧倒的に少なかった。加えて、“奏者”の力は不安定なもので個人差や、心境によって響かせることができなくなってしまう。故に、十歳の誕生日に聖なる音を広く響かせることのできる子供は、“奏者”として軍が保護する。
 そして、その“奏者”を補助する者が“共鳴者”。奏者の響かせる音を元に、音を大きく響かせる役割だ。
 地を這う者と戦うのは、主に“共鳴者”だ。命を危険に晒すことになるが、共鳴者となり戦うことを選択すれば、世界で最も安全といわれる首都ウィンリアに家族と共に移住することを許されるため、家族のためと志願する人も多い。

「おつかれさま」

 二人の前に、コーヒーと数枚のクッキーを置かれた。
 頼んだのは、コーヒーだけだ。クッキーは頼んでいないはず。運んできたマスターを見れば、相変わらずの無表情。

「サービスです。ごゆっくり」

 ミスズやフィーネも“共鳴者”であり、つい数日前に教育課程を終え、こうして首都警備および実戦を重ねていた。マスターにお礼を言えば、無表情の頬がほんの少しだけ緩む。
 首都ともなれば警備は厳重であり、ほとんど死者を出すこともなく、大きな危険は伴わないが、実戦となれば、やはり恐怖に感じるものが多かった。そんな少し青い顔をした新人への気遣いなのだろう。

「戦った後に砂海を見ると、なんか……ちょっと嫌だよね……」

 この辺は元々、緑に溢れていたと言われている。とはいえ、そんな言い伝えがあるくらいで、実際のところその記録は全く残っていない。一説によると、大昔、王宮をここに作った頃、地を這う者の襲撃を何百、何千と凌いだ結果、広大な砂海が生まれたと言われている。

「まぁ、本当かどうかわからないから」

 それが一番有力な説であることは間違いないが、絶対とは言われていない。

「そうなんだけどさぁ。海かぁ……砂じゃなくて、水がいっぱいあるんでしょ?」
「うん」
「うー……私も海、見たーい。ミスズは、海の近くの家だったんだよねぇ。うらやましい……」
「近くというか、海に出っ張ってるというか……でも、すごい田舎だよ?」

 それこそ、ここからの船は年に一度出ればいいくらいだ。そもそも、この世界で海を見たいというなら、相当都市から離れなければならない。途中で地を這う者の襲撃を受けても、救援は間に合わないし、戦う力もない。そんな危険な場所に好き好んで暮らすのは、もの好きと呼ばれる人たちだ。
 元々そんな町に住んでいたミスズは、十四歳、共鳴者となるため、ウィンリアに来た。ただ、両親はそのもの好きに入るタイプらしく、ウィンリアへの移住は断られた。

「ねぇねぇ。ミスズ」

 対して、サービスで貰ったクッキーを食べているフィーネは、昔からここに住んでいる。

「なに?」
「今日、家にこない? みんなも喜ぶしさ!」

 フィーネの家は、兄弟が多い。ミスズは一人暮らしに近いような生活を送っているため、フィーネはよく家に招待してくれる。
 ひとりが好きというわけでもないし、誰かと食事を一緒に食べられることは嬉しいので、断ることもないのだが、今日はダメだった。

「ごめん……昨日、作りすぎちゃった夕飯、まだ残ってるんだ」

 夕飯が残るという感覚は、大家族であるフィーネにはよくわからないが、その目は輝いていた。意味することは、ひとつ。

「……私の家、くる?」
「行く!! ミスズの料理おいしいよね~ちょっと変わってて」

 即答だった。相変わらず、食べ物には目がない。

「変わってないよ!? 普通だからね!」

 ちょっとした食文化の違いだ。

***

 すっかり元気になったフィーネは鼻歌交じりに、ミスズの家に向かっていた。途中、軍艦用の整備ドックの前を通ると、ふとフィーネが足を止めた。

「あれ?」

 ミスズも自然と足を止め、フィーネが見ている整備ドックを見る。

「なにかあった?」

 ウィンリアは基本的に平和で、人々ものんびりと暮らしていることが多いが、何故か、今日は整備ドックは慌ただしく、殺気立っていた。

「あ、ソフィア先輩!」

 そんな中に見知った顔を見つけ、フィーネが大げさに手を振れば、向こうも驚いた様子でこちらを見た。周りの人も、自然とソフィアの方に視線を向け、一瞬にして注目の的になってしまったソフィアは、慌てた様子でフィーネの元に来た。

「恥ずかしいからやめて!!」
「お久しぶりです! 先輩!」
「あーもう……はいはい。久しぶり。相変わらず、マイペースね……」
「えへへ~」
「褒めてないから」

 照れるフィーネに冷たく言い放つと、大げさにため息をついた。
 ソフィアは、教育課程の先輩であり、何故か、フィーネが起こすトラブルに巻き込まれることが多く、いつの間にか、よく知る関係となっていた。
 とはいえ、ソフィアにとって、フィーネは最早トラブルメーカー以外のなにものでもなく、出来れば遠巻きに見ているだけでありたいところだ。

「何かあったんですか?」

 ミスズが隣からそう聞けば、ソフィアは迷った後こう答えた。

「これから、討伐なのよ」

 ”討伐” それは、首都や町を襲う地を這う者から守るための戦いではなく、その元となる地を這う者の巣への攻撃のことだ。災いは、元から絶たないと終わらないことはわかっているが、それにはそれ相応の危険が伴う。そのため、討伐を行う部隊へは志願者が募る。
 そのため、討伐部隊に頑として入らない人や討伐部隊を野蛮、命知らずと罵る人間もいる。
 しかし、ソフィアは自ら志願し討伐部隊に入っていた。そして、フィーネやミスズも討伐部隊へ志願していた。

「せっかく戻ってきたのに、休む暇もないし」
「ドンマイです!」

 討伐部隊の中にはいくつか種類があり、基本的に首都に駐在し、巣発見の報告を受けてから出撃する部隊、常にある程度離れた場所を警備、捜索、時に討伐を行う部隊、捜索のみを主に行う部隊と大きく分けて三つが存在する。
 ソフィアはその中でも、警備なども行うよろず部隊であるため、ウィンリアにいることは多くはない。そのため、こうして戻ってくるは休暇の意味が含まれていることが多いのだが、今回はただの補給だ。

「しかも大型みたいだし……」

 ぼやくソフィアに、ミスズも苦笑いを浮かべるしかなかった。

「もういい? 私も準備とかあるから」
「あ、はい! 頑張ってください!」

 ソフィアが行ってしまい、ミスズとフィーネも邪魔にならないよう、早々に出口に向かった。
 青と白のスタンダードな制服姿の二人が出口に小走りで向かっていく姿を、自然と目で追う黒い制服を着た女。

「艦長であるなら、話は集中して聞いて欲しいものですね」

 呆れるように責める言葉が刺さるが、それよりもきつい言葉がもっと近くから放たれた。

「いい獲物を見つけたんだ。生物の性だろ」
「ま、確かに美人とすれ違ったら、そっちを見るなっていう方が酷よね」
「お前ら……」

 とはいえ、この二人に怒ったところで意味などないことは分かっている。

「話を進めても?」

 それは向こうも同じで、話を進めるように促せば、地図に示されたピンの間に指を滑らせていく。
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